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幽玄交渉人の余白 ― 幽玄は悪ではない  作者: 余作
第一章【幽玄との日常】
17/24

第17話:新人研修

本作は一話完結型、日曜日・水曜日の週2回更新です。

《依頼書》


依頼者:幽玄管理庁(UGA)交渉局

依頼内容:住宅内で発生している原因不明の精神不調事案の調査

現場:郊外住宅地・第二管理区画 戸建住宅

異常概要:滞在者が強い不安・恐怖を訴え、長時間滞在が困難となる事例が複数発生。明確な原因は未特定

制約:対象住宅の損壊禁止/外部機関への情報共有禁止/居住者不在状態維持

報酬:3000万円



「……精神不調、ですか」


若い女性の声が、わずかに裏返る。


「はい。今回は現場観測を優先します」


事務的な声が淡々と続く。


「交渉人の同行研修として参加してください」


紙がめくられる。


「なお、過去の調査員は三名。いずれも体調不良により途中離脱」


「原因は特定されていません」



住宅は周囲と同じ造りだ。

外壁も新しく、庭も整えられている。


ただ、窓がすべて閉じられている。


余白(よはく)は門の前に立っている。

その隣で、女性が資料を握り直す。


「……(たちばな)です。交渉局研修員」


名乗る声は小さい。

視線は家ではなく、手元の紙に落ちている。


「その……よろしくお願いします」


門は開いている。

風はない。


だが、玄関の扉がわずかに揺れる。


閉まっている。


それでも、揺れている。


橘が足を止める。


「……今、動きましたよね」


玄関までの距離は数メートル。

その間に、影がない。


建物の影が、途中で切れている。


橘が息を止める。


「……日陰、変じゃないですか」


足元を見る。


自分の影が、途中で薄くなる。

そして、消える。


一歩踏み出すと、また現れる。


そのとき、玄関の中から音がする。


軽い足音。

一歩、止まる。

もう一歩、止まる。


橘の声がかすれる。


「……誰か、います?」


「橘さん、幽玄交渉人の余白です。よろしく」


橘は一瞬だけ肩を跳ねさせる。

声をかけられて、遅れて顔を上げる。


「……あ、はいっ」


慌てて姿勢を正し、軽く頭を下げる。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


手に持っていた資料を強く握りすぎて、紙がわずかに歪む。


「その……初めてで。こういう現場」


言いながら、視線が玄関へ戻る。


扉は閉じたままだ。

さっきの揺れは止まっている。


橘が小さく息を吐く。


「……気のせい、ですよね」


足元を見る。

影は、ちゃんとある。


だが、玄関の手前だけ、わずかに暗さが違う。


影ではない。

濃さだけが、そこにある。


橘が一歩近づく。


床が鳴る。

一度だけ。

遅れて、もう一度。


橘の動きが止まる。


「……また、二回」


玄関の内側から、音がする。

何かが、壁をなぞるような音。


ゆっくりと。

一定ではない速度で。


橘の声が小さくなる。


「……やっぱり、誰か……」


「そりゃいるでしょ。幽玄が」


橘の呼吸が一瞬だけ止まる。

言葉を理解してから、ゆっくりと顔を向ける。


「……え」


目がわずかに見開かれる。


「い、いる前提なんですか」


声が少しだけ上ずる。


玄関の扉が、内側から軽く叩かれる。


コン。


間を置いて、コン。


橘の肩が跳ねる。


「い、今の……」


扉は閉じたまま動かない。

だが、叩いた位置が少しずつ下に移動している。


コン。

コン。


床に近づいていく。


橘が一歩下がる。


「……低く、なってる」


音が止まる。


静寂。


次の瞬間、玄関のすぐ外――二人の背後で、同じ音が鳴る。


コン。


橘が振り向く。

誰もいない。


門の外も、道路も、空だ。


コン。


足元。

地面のすぐ下から、叩く音がする。


橘の声が震える。


「……下、から……?」


地面の一点が、わずかに沈む。

押し上げるように、膨らむ。


形になりかけて、止まる。


『――見つけた』


声が、足元から滲む。

低く、しかしはっきりとした音。


橘が息を飲む。


「……これ、何、ですか」


「見つかっちゃった。なんてね」


橘は一瞬、言葉の意味を処理できずに固まる。

そのあと、ゆっくりと顔を向ける。


「……冗談、ですよね」


声がわずかに震える。


足元の膨らみが、わずかに脈打つ。

形にならず、沈みもせず、ただそこにある。


『見てる。見つけた。見ている』


同じ言葉が、少しずつ違う間隔で重なる。


橘が後ずさる。


「……増えてませんか、声」


地面の膨らみが、もう一つ増える。

最初のものより、少しだけ遠い位置。


コン。


今度は玄関の内側から。


コン。


背後の地面から。


コン。


どこからか、もう一つ。


橘が思わず余白の袖を掴む。


「……あの、これ、囲まれてませんか」


玄関の扉が、わずかに開く。


中は暗い。

光が、途中で止まっている。


境目が、はっきりしている。


『入る?』


声は中から。


『見せるよ。もっと』


橘が息を詰める。


「……見せる、って……何を」


玄関の暗がりの奥で、何かが動く。


人の形に見える。

だが、関節の位置が合っていない。


立っているのに、立っていない。

こちらを向いているのに、視線が合わない。


『怖い?』


声が、はっきりと問いになる。


橘の指が強く食い込む。


「……っ、これ、普通に怖いです」


「お邪魔します」


玄関の扉が、余白の動きに合わせてゆっくりと開く。

軋む音は一度だけ鳴り、遅れて同じ音がもう一度鳴る。


中は暗い。

光は差し込んでいるのに、途中で止まっている。


床に影が落ちていない。


橘がその場で固まる。


「……入るんですか」


声は小さい。


足元の膨らみが、扉の内側へ滑るように消える。

外には何も残らない。


『来る』


声が、家の中全体から響く。


『来る来る来る』


同じ言葉が、少しずつ速さを変えて重なる。


橘が一歩踏み出す。


床が鳴る。

一回。

遅れて、もう一回。


橘が顔をしかめる。


「……これ、慣れます?」


廊下は真っ直ぐだ。

奥にリビングが見える。


だが、距離が一定しない。


一歩進むと遠くなり、

止まると近づく。


『見てる』


声が右から。


『見てる』


同じ声が左から。


橘がきょろきょろと視線を動かす。


「……どこにいるんですか」


壁の一部が、わずかに沈む。

内側から押されているように膨らむ。


人の顔のような輪郭が、浮かびかける。


だが、目の位置がずれている。


『見てる見てる見てる』


橘が息を荒くする。


「……あの、これ、全部見てるって言ってますよね」


奥のリビングから、何かが落ちる音がする。


乾いた音。

一度だけ。

遅れて、もう一度。


『もっと見せる』


声が近づく。

距離がわからない。


近いのか、遠いのか。


橘の声がかすれる。


「……これ、長くいたら、まずいやつじゃないですか」


「橘さん、お仕事お仕事」


橘は一瞬だけ固まる。

その言葉を聞いて、呼吸を整えようとする。


「……は、はい。仕事、ですね」


無理に姿勢を正す。

だが、視線は落ち着かない。


廊下の壁が、ゆっくりと内側へ膨らむ。

今度ははっきりと、人の上半身の形になる。


ただし、腕が長すぎる。


『見てる』


声が、耳元で囁く。


橘がびくりと肩を震わせる。


「……近い、近いです」


後ろを振り向く。

誰もいない。


だが、足音が一つだけ遅れてついてくる。


コツ。

一歩遅れて、コツ。


橘の呼吸が浅くなる。


「……ついてきてますよね」


リビングの方から、テレビのような音が漏れる。


ザー……というノイズ。

画面は見えない。


音だけが流れている。


『怖い?』


声が、はっきりと問いになる。


壁の輪郭が、こちらを向く。


『怖いと、見える』


ノイズが一瞬だけ強くなる。


『怖いと、増える』


橘の足が止まる。


「……増えるって、何が」


その瞬間、廊下の奥にもう一つ影が立つ。


さっきの“形”と同じ。

だが、少しだけ近い。


距離が縮んでいる。


『怖いと、残る』


声が重なる。

二つ。

三つ。


橘が思わず余白の方を見る。


「……あの、これ」


言葉が途切れる。

指が震えている。


「怖がってると、増えてませんか」


「そうみたいね」


橘は一瞬、言葉を失う。

肯定されたことで、逃げ道が消えたように見える。


「……やっぱり、そうですよね」


呼吸を整えようとして、うまくいかない。


リビングの入口が、わずかに歪む。

直線だったはずの枠が、内側へたわむ。


『増える』


声が一つ。


『増える増える』


二つに重なる。


奥の影が、もう一つ増える。


さっきと同じ形。

だが、今度は首が傾いている。


橘の視線が釘付けになる。


「……あれ、さっきと違います」


一歩下がる。


コツ。

遅れて、コツ。


足音が二つになる。


『怖い』


声が、橘のすぐ横から響く。


『怖いは、残る』


壁の膨らみが、もう一つ増える。

三つ。

四つ。


輪郭だけの人型が、廊下に並び始める。


『怖いは、形になる』


橘が思わず目を逸らす。


「……見たくない」


その瞬間、影が一つだけ近づく。

距離が縮まる。


『見ないと、増える』


声が、低くなる。


橘の肩が強く震える。


「……え、どっちでも増えるんですか」


「君、増やし過ぎると本体が薄まるよ」


橘の呼吸が一瞬だけ止まる。

言葉の意味を追うように、ゆっくりと周囲を見る。


「……本体」


影が一つ、わずかに揺れる。


『……薄く?』


声が、ほんの少しだけ遅れる。


廊下の奥の影が、にじむ。

輪郭が崩れ、形を保てなくなる。


『分散は、効率』


しかし声に迷いが混じる。


『だが……維持は』


壁の膨らみが一つ、ゆっくりと沈む。


橘がその変化に気づく。


「……減ってる?」


さっきまで四つあった輪郭が、三つになる。


『怖いは必要』


声が、少しだけ弱くなる。


『だが、過剰は……』


廊下の距離が安定する。

伸び縮みが止まる。


橘がゆっくりと息を吐く。


「……あの、今、ちょっと楽です」


影の一つが、完全に崩れる。

床に染みのように広がり、消える。


『……観測が変わった』


声が、はっきりと一つになる。


『怖いを、制御した?』


橘が余白を見る。


「……これ、効いてますよね」


「ほらホラー、ちゃんと本体を維持して」


橘は思わず二度、瞬きをする。


「……え、維持、ですか」


影の残りが、わずかに形を取り戻す。


『……必要量』


声が、低く整う。


『過剰は崩壊。不足は消失』


廊下の奥に、一つだけ影が残る。


『適正な恐怖を要求する』


橘がぎこちなく周囲を見る。


「……適正って、何ですかそれ」


影がゆっくりと動く。

近づきすぎず、遠ざかりもしない。


『強すぎる恐怖は分裂を招く』


『弱すぎる恐怖は観測を断つ』


壁がわずかに波打つ。


橘が小さく息を吐く。


「……さっきより、怖くないです」


影がわずかに揺れる。


『維持されている』


橘が戸惑ったまま呟く。


「……怖すぎてもダメで、怖くなさすぎてもダメって」


視線が余白に戻る。


「……これ、調整するんですか」


「橘さん、僕の“ほらホラー”を流すの?

これが最近の若者か……」


橘は一瞬、ぽかんとする。


「……え?」


遅れて反応する。


「い、いや今それ言うところですか!?」


声が少しだけ大きくなる。


「普通に怖い状況なんですけど!?」


影が一瞬だけ歪む。


『……変動』


声がわずかに揺れる。


『恐怖、減衰』


橘がはっとして口を押さえる。


「あ、え、今の……」


足元を見る。

影は増えていない。


壁の膨らみも戻っていない。


橘がゆっくりと息を吐く。


「……ちょっと、怖さ薄れました」


影が一歩だけ後ろに下がる。


『……維持、低下』


橘が余白を見る。


「……もしかしてこれ、怖がりすぎない方がいいやつですか」


「でも、怖いんでしょ?」


橘は言葉を止める。


「……怖いです」


小さく、しかしはっきりと言う。


影がわずかに輪郭を取り戻す。


『維持』


橘が喉を鳴らす。


「でも……さっきみたいに、無理です」


影が揺れる。


『過剰は不要』


『適正な恐怖を要求する』


橘が少しだけ眉を寄せる。


「……ちょうどいい怖さって、何ですか」


影が、ほんの少しだけ近づく。

一歩。

止まる。


『逃げない程度』


『見続ける程度』


橘の呼吸がゆっくりになる。


「……見てます」


声はまだ震えている。


だが、目は逸らしていない。


影の輪郭が安定する。


『維持』


空間が、静かに整う。


「幽玄がんばれ。“適正な恐怖”って何だよ……新人研修にならん」


橘は思わず吹き出しそうになって、慌てて口を押さえる。


「……いや、今それ言います?」


声はまだ震えているが、さっきより軽い。


影が一瞬だけ歪む。


『……不満』


『恐怖が不足している』


橘が目を見開く。


「……え、減ってません?」


『維持が困難』


声がわずかに途切れる。


橘が余白を見る。


「……これ、弱ってません?」


影がゆっくりと揺れる。


『恐怖を……要求する』


橘が困ったように言う。


「いや、でもこれ以上怖がれって言われても……」


一歩だけ後ろに下がる。


コツ。

遅れて、コツ。


だが音は一度しか続かない。


影がさらに薄くなる。


『……不足』


空気が、少しだけ軽くなる。


橘が小さく息を吐く。


「……なんか、ちょっとかわいそうになってきました」


「……幽玄、相談に乗るよ?」


影がわずかに揺れる。


『……相談?』


橘が一瞬だけ固まる。


「……相談って、するんですかこれ」


影が形を保とうとする。


『怖いが、必要』


『だが、強すぎると壊れる』


『弱いと、見えなくなる』


橘が小さく頷く。


「……さっき、薄くなってました」


影が少しだけ近づく。


『適切な恐怖を、知らない』


『人間は、すぐ壊れるか、すぐ慣れる』


橘が余白を見る。


「……確かに、どっちかでした」


『維持方法を、求める』


空間は静かだ。


「小出しな演出をして、雰囲気出した方がいいと思う」


影が、わずかに止まる。


『……小出し』


『一度に見せない?』


橘が少しだけ前に出る。


「……あ、それ、いいと思います」


「さっきみたいに一気に来ると、普通に無理ですけど……」


廊下の奥を指さす。


「ちょっとずつなら、見ていられるかも」


影がゆっくりと動く。

一歩だけ近づく。

止まる。


『段階的に、恐怖を提示する』


壁の一部が、わずかに沈む。


橘がそれを見る。


「……今くらいなら、大丈夫です」


影が安定する。


『維持』


『恐怖の密度を、制御する』


橘が小さく頷く。


「……さっきより、ちゃんと怖いです」


「でも、逃げなくて済みます」


影が、ほんの少しだけ濃くなる。


『……最適化』


コツ。

一度だけ。


「そうそう。“幽霊の正体見たり枯れ尾花”っていうから、正体は隠したまま維持」


影が静かに揺れる。


『……正体を、固定しない』


『理解されすぎると、弱まる』


橘がじっと見る。


「……今の、ちょうどいいです」


『曖昧さを維持する』


『確定しない恐怖』


橘が小さく頷く。


「……わかります」


「はっきり見えるより、今の方が怖いです」


影がわずかに濃くなる。


『維持』


コツ。

一度だけ。


静寂。


橘が余白を見る。


「……これ、研修としてはだいぶ高度じゃないですか」


「あと、大事なことを一つ」


影が揺れを止める。


橘も姿勢を正す。


「……なんですか」


『……条件の追加?』


橘が息を整える。


「……これ以上、何かあります?」


「君の“存在”は消えないから、怖がらせなくても大丈夫」


影が、ゆっくりと揺れる。


『……消えない?』


橘が目を瞬かせる。


「……え」


空間の重さが、少し抜ける。


影の輪郭が、ほどける。


『怖がらせなくても、維持できる?』


橘が小さく呟く。


「……じゃあ、今までの」


『維持のための手段』


『だが、唯一ではない』


『観測があれば、成立する』


橘が余白を見る。


「……見てれば、いいってことですか」


影が、ゆっくりと頷くように揺れる。


『認識され続ければ、消えない』


コツ。

一度だけ。


橘が息を吐く。


「……じゃあ、怖がらせなくても」


「“いる”って思われてればいいんですね」


影が、安定する。


『……更新』


『恐怖依存から、観測依存へ移行』


空間が、完全に落ち着く。


橘がゆっくりと頷く。


「……それなら、やれそうです」


「あと、干渉が過ぎると、封印局や玄策社みたいな怖い人たちが来るよ?」


影が、ぴたりと止まる。


『……強制介入』


『排除対象になる?』


橘が思わず背筋を伸ばす。


「……あ、あの人たちですか」


影がゆっくりと後退する。


『過剰干渉は、リスク』


『存在維持を優先する』


橘が息を吐く。


「……さっきより、全然落ち着いてます」


影が、ほんのわずかに揺れる。


『適度な観測、適度な存在』


コツ。

一度だけ。


橘が小さく笑う。


「……これなら、共存できそうです」


「この場を離れて、よくよく人間観察してみたら?もし、次に被害を出した時は……分かるよね」


影が、わずかに揺れる。


『……観察』


『人間の反応を、蓄積する』


廊下の奥の気配が、ゆっくりと薄くなる。


橘がその変化を見つめる。


「……離れていってます」


『過剰な場への固着は避ける』


『適切な介入を選択する』


空間の重さが抜ける。


橘が肩の力を抜く。


「……さっきまでと全然違います」


影はほとんど見えない。


だが、“何かがいる”感覚だけが残る。


『……理解した』


『次は、過剰にしない』


完全に消えないまま、広がる。


橘が息を吐く。


「……これで、終わり……ですよね」


「ごめん、研修にならなくて……でも、交渉人が何してるか分かったね」


橘は少しだけ呆けた顔をする。


「……いえ」


ゆっくりと首を振る。


「めちゃくちゃ研修でした」


「怖かったですけど……」


「怖いのをどうするか、じゃなくて」


視線が廊下の奥――もう何もいない場所に向く。


「どう“扱うか”なんだなって」


小さく息を吐く。


「……あと、ああいうのとも普通に会話するんですね」


余白の方を見る。


「しかも、説得というか……調整、みたいな」


玄関の方から、風が一度だけ通る。


開いていないはずの扉が、わずかに鳴る。


だが、それ以上は何も起きない。


橘が肩の力を抜く。


「……正直、もっとこう」


手で何かを押さえるような仕草をする。


「封じたり、追い払ったりするのかと思ってました」


一瞬だけ苦笑する。


「全然違いました」


視線が少し柔らかくなる。


「……でも、分かりました」


玄関へ向かって一歩踏み出す。


床は、一度だけ鳴る。

遅れはない。


「“無理にどうにかしない”ってことですよね」


振り返る。


「その代わり、ちゃんと見て、話す」


軽く頷く。


「……難しいですけど」


外の光が、普通に差し込んでいる。


影は、途切れていない。



《通知書》


事案名称:恐怖依存存在の観測維持移行

依頼者:幽玄管理庁(UGA)交渉局

担当交渉人:余白

同行者:橘(交渉局研修員)


結果:恐怖依存から観測依存への条件変更成立

状態:安定


報酬:3200万円


内訳:

・成功報酬:3200万円

・追加報酬:0円

・合計:3200万円


UGA評価:S


備考:過剰恐怖により分裂傾向あり/観測密度調整で安定化

ここまでお読み頂き、誠に有り難うございます。


もし、本作を“面白い”と感じて頂けましたら、

ブックマークやご評価(★)を戴けると、大変励みになります。


拙いながらもコツコツ投稿しておりますので、

「また読みたい」と思って頂ければ幸いに存じます。

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