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第7話:迷い道→寄り道(前編)


この世界は、おそらく並行世界。

どこかで、我々と分岐した世界。

超常との距離が、わずかに近い世界。


この超常を総称して「幽玄」という。



《依頼書》


依頼者

幽玄管理庁(UGA)交渉局


依頼内容

大阪府内某区にて発生中の認識異常事案の再交渉および事態安定化


現場

大阪府 大阪市 港湾再開発地区

「咲洲南岸ブロック」


異常概要

二日前、UGA登録交渉人による初期交渉が実施された。

交渉は決裂し、対象幽玄は行動様式を変質、事案規模が拡大。


現在確認されている異常

・同地区の地図情報が各種媒体で一致しない

・一部道路が「到達不能地点」として記録される

・監視カメラ映像に同一人物の多重出現

・現場作業員7名が「同じ場所に戻れない」と証言


UGAは本事案を

局所事件 → 都市級認識異常の前段階

として警戒レベルを引き上げた


制約

対象幽玄は前任交渉人の定義操作により

自己認識構造が変質した可能性あり


対象への直接的封印処置は

位相不安定化の危険があるため禁止


成功報酬

1億2000万円



依頼書の紙面はそこで終わっている。

電子署名欄にはUGA交渉局の印章だけが残されていた。


その場にいたUGA職員が短く息を吐く。


「……本来は、あなたに直接持ち込む案件じゃないんです」


「最初の交渉人はベテランでした。失敗するような人じゃない」


男は少し言葉を探した。


「でも――」


「帰ってきた彼が、こう言ったんです」


男は依頼書の端を指で叩いた。


「“あれはもう、最初に観測された存在じゃない”」


わずかな間が空く。


「交渉の途中で、幽玄が“自分の役割”を変えた可能性があります」


少し声を落とす。


「つまり……」


「誰かが“定義してしまった”」


外では風が強い。

窓ガラスの向こうで港のクレーンが軋んでいる。


男は最後に言った。


「現場はもう、地図どおりじゃありません」


余白が肩をすくめる。


「僕で大丈夫かなぁ……」


少し考えてから言う。


「とりあえず、行こか」


UGA職員はその言葉を聞くと、一瞬だけ目を細めた。


「ありがとうございます。現地には封鎖線が敷かれています」


「ただ……封鎖と言っても意味があるかは分かりません」


男は依頼書を封筒へ戻す。


「現場には観測担当が一人います」


「鏡渡機関の所長です」


余白が少し笑った。


「メガネくん?」


男は少し驚いた顔をした。


「……ええ。七代目所長、渡辺探です」



大阪湾に面した再開発地区は、夜の港特有の風に包まれていた。

埋立地の道路は広く、新しいはずなのに妙に人の気配が薄い。


遠くにコンテナヤードの照明が白く滲んでいる。

だが、その光が道路の途中で不自然に歪んで見えた。


道路標識が一本立っている。


咲洲南岸ブロック →


矢印の先には確かに道路が続いている。

しかし少し先で、街灯の並びが途切れていた。


そこに一人の男が立っている。


白衣の上に防寒コート。

眼鏡を掛けた研究者だった。


男は足音に気づくと振り向く。


「……ああ」


少し驚いた顔をする。


「あなたが交渉人?」


余白が軽く手を振る。


「久しぶり、メガネくん」


男は一瞬きょとんとした。

それから小さく苦笑する。


「……先生」


軽く頭を下げた。


「七代目ですが、呼び方は変わらないんですね」


余白が笑う。


「だって同じメガネだし」


探は眼鏡を指で押し上げる。


この眼鏡は鏡渡機関に代々継承される幽玄観測装置。

創設者――渡辺渉の記録と記憶を保持した観測機器。


余白が昔「メガネくん」と呼んだ男の意志が、そこに残っている。


探が前方を指さした。


「ここから先です」


「正確には――“先だった場所”」


渡辺探は手に持っていたタブレットを操作した。


画面には現地の地図が表示されている。


だが――


画面上の道路は途中でぐにゃりと曲がっている。

まるで誰かが消しゴムで削ったようだった。


「二日前までは普通の再開発道路でした」


「直線、倉庫、工事ヤード、港湾管理棟」


探は小さく息を吐く。


「でも今は」


「同じ道を歩いても、同じ場所に出ません」


港の風が吹く。

潮の匂いが少し強くなる。


そのとき。


遠くの街灯の列が、ゆっくり一本増えた。


最初からそこにあったかのように自然に。


探が呟く。


「……ほら」


「今、一本増えました」


彼は静かに続けた。


「これ、道路が増えてるんです」


「街灯が増えるたびに」


風だけが鳴る。


そのときだった。


遠くの暗がりから、足音が聞こえる。


コツ

コツ

コツ


人の歩く音。


しかし姿は見えない。


探が目を細めた。


「……今のは」


「さっき消えた作業員の歩き方と同じリズムです」


その瞬間。


街灯の影が一つだけ、逆方向に伸びた。


そして声がする。


暗がりの奥から。


少し歪んだ声。


『……また』


『また、道を聞きに来たの?』



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


もし本作を面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価をいただけますと励みになります。

ひとつひとつの反応が、次の事案へと繋がっていきます。


それでは、また次の事案で。


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