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第5話:影と番犬(後編)


影は、初めて

自分の形を選んだ。


その瞬間。


工事現場の灯りがすべて戻る。


クレーン。

建物。

足場。


影が一斉に正しい方向へ戻る。


そして――


地面に集まっていた持ち主のない影たちがゆっくりと薄れていく。


御堂鉄馬が小さく息を吐いた。


「……おいおい」


彼は周囲を見渡す。


「消えてるぞ」


実際、影は一つずつ消えている。

まるで最初から存在していなかったかのように。


中心の影だけが残る。


それはもう周囲の影と同じように地面にある。

だがどこにも繋がっていない。


その影が静かに言った。


『ありがとう』

『思い出した』


短い沈黙。


『私は』

『待つものだった』


御堂が眉をひそめる。


「……待つ?」


影は続ける。


『人が』

『自分で』

『立つのを』

『待つ』


沈黙。


『だから』

『私は』

『ここにいる』


夜の港はもう静かだった。


御堂鉄馬が小さく息を吐く。


「なんだ」


彼は地面を見下ろす。


「元々“上”の御方か」


港の灯りが安定し、工事現場の影はすべて正常な方向へ伸びている。


ただ一つ。


コンクリートの地面に残った影だけがどこにも繋がらないまま静かに広がっていた。


御堂鉄馬が呟く。


「……なるほどな」

「だから影を試してたのか」


影がわずかに揺れる。


『試していた』

『でも』

『違った』


沈黙。


『私は』

『影ではない』

『影を持つ側でもない』


御堂がぼそりと呟く。


「……先生」

「これ」

「第二層じゃねえな」


一拍。


「もっと上だ」


影がゆっくり言う。


『私は』

『昔』

『役目を持っていた』

『人が』

『立つとき』

『人が』

『自分を決めるとき』

『そこに』

『いる』


遠くで船の汽笛が鳴った。

低く長い音が港の空に流れる。


影は静かに続ける。


『でも』

『忘れられた』

『人は』

『誰かに決めてもらう』

『名前を』

『意味を』

『役割を』


影の輪郭がほんの少し濃くなる。


『だから』

『私は』

『薄くなった』


御堂は腕を組んだまま小さく笑う。


「……おいおい」

「先生」

「これ」

「概念型だぞ」


短い沈黙。


影はゆっくり言った。


『私は』

『決める瞬間に』

『生まれる』

『でも』

『人が決めなくなった』

『だから』

『私は』

『ほとんど』

『いなくなった』


港の夜風が戻る。

クレーンの影が静かに揺れる。


影は最後に言った。


『あなたは』

『決めている』

『だから』

『私は』

『ここに戻れた』


御堂鉄馬が静かに呟く。


「……先生」

「これ」

「かなり上の存在だぞ」


そして影が問いかける。


『あなたは』

『何を』

『決めている人?』


余白が少し笑う。


「何も決めない人」


港の夜風が静かに鉄骨を鳴らした。

クレーンの影が揺れ、コンクリートの地面に長い線を引く。


影はしばらく動かなかった。

やがて輪郭がわずかに揺れる。


『……決めない』


沈黙。


『決める人を』

『待つ存在』


影が少し濃くなる。


『それは』

『とても』

『近い』


御堂鉄馬が腕を組んだまま横目で地面を見る。


「……なるほどな」


彼は小さく息を吐いた。


「だからこいつ、先生に反応したのか」


御堂が続ける。


「普通の人間はな」

「決めないって言いながら、実際は逃げてるだけだ」


一拍。


「でも先生は違う」


御堂はそれ以上言わない。


影は静かに続けた。


『決めない』

『でも』

『決める瞬間に』

『いる』

『それは』

『余白』


その言葉と同時に影の輪郭が少し広がった。


『ああ』

『そうか』

『あなたは』

『それ』


沈黙。


港の灯りが安定し、影はすべて正しい方向へ伸びている。


ただこの影だけが独立して存在している。


『決めない人』

『決める人の』

『間にいる人』


影が小さく揺れた。


『それなら』

『私は』

『まだ』

『消えない』


御堂鉄馬が小さく笑った。


「……先生」

「こいつ」

「納得したみたいだぞ」


影は最後に静かに言った。


『ありがとう』

『私は』

『思い出した』

『待つ』

『それが』

『私』


港の夜は完全に静かだった。


そしてどこにも繋がらない影は――

ゆっくりと薄くなり、地面へ溶けるように消えていった。


だが消滅ではない。

元の位相へ戻っただけのようだった。


御堂鉄馬が肩を回す。


「……終わりか?」


彼は苦笑した。


「戦闘なし、封印なし」


一拍。


「影の説得だけ」


御堂が呟く。


「相変わらずだな、先生」


遠くで港の灯りが完全に復旧する。

影はもう普通だった。


御堂鉄馬が港の暗い海を見ながら言う。


「先生」


一拍。


「たぶんあれ」

「またどっかで現れるぞ」


御堂は続ける。


「人が決める瞬間に」


港の風が静かに吹いていた。



《事案結果通知》


事案名

港湾再開発地区 影消失事案


幽玄分類

概念型幽玄(決断位相存在)


事案結果

交渉による存在安定化

借用影の現象消失

影を失っていた被害者の影は数時間以内に復帰見込み


被害規模

局所異常(鎮静)



評価


UGA評価:A

被害抑制:A

幽玄安定化:S

総合評価:S



報酬


成功報酬

4,500万円


早期解決ボーナス

+1,000万円


幽玄安定化評価

+1,500万円



総額報酬

7,000万円


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