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第1話:読んでいるのは、だれ?(前編)


この世界は、おそらく並行世界。

どこかで、我々と分岐した世界。

超常との距離が、わずかに近い世界。


この超常を総称して「幽玄」という。



机の上に、新しい依頼書が置かれている。


今度はUGAの公文書だ。

灰色の封筒。封印は機械式の管理印。


中の書類は簡潔だった。



《依頼書》


依頼者:幽玄管理庁(UGA)監査局

依頼内容:異常認識事案の現地確認および対話対応

現場:関東圏某市・市立中央図書館


異常概要:

館内書架において、特定の書籍が

「同一内容のまま複数冊存在する」現象が確認された。


蔵書データベース上では該当書籍は1冊のみ。

実際の棚では最大7冊まで増殖が確認されている。


制約:

図書館は通常営業中。一般市民への認識拡散を避けること。

蔵書の強制焼却・破棄は禁止。


成功報酬:900万円



依頼書の下には、UGA監査官の手書きの補足がある。


《内容は同一です。紙質もインクも同一。》


その下の一行だけが、強く書き直されている。


《ただし——》


一拍。


《読むたびに“少しだけ文章が違う”》



市立中央図書館。


夕方の時間帯で、館内にはそれなりに人がいる。

学生、会社員、子供連れ。


静かな空間に、ページをめくる音だけが広がっている。


問題の棚は、文学コーナーの奥だった。


古い木製の書架。

番号ラベルは913.6。


そこに、一冊の本が置かれている。


タイトルは——


「夜の裏側について」


しかし棚には、それが六冊並んでいる。


装丁も

ページの擦れ具合も

紙の色も


完全に同じだった。


棚の前には、UGAの監査官が立っている。


三十代ほどの男。

眼鏡をかけ、腕章を隠すようにジャケットを着ている。


監査官が低い声で言う。


「現在は六冊です」


少し間。


「昨日は三冊でした」


監査官は棚から一冊を持ち上げる。


「読者は違和感を感じません」


「普通に読んで、普通に返します」


そして小さく付け足す。


「ただし——」


一拍。


「同じページを二回読むと、文章が違う」


図書館の奥で、誰かが本を閉じる音がした。


そのとき。


棚の本が、かすかに揺れる。


まだ誰も触れていないのに、


七冊目が、ゆっくりと本の列に滑り込んだ。


余白が小さく言う。


「おっ、増えたよ」


書架の前の空気が、わずかに動く。


誰も触れていないはずの棚に、確かに七冊目が並んでいる。


UGA監査官は目を細めて背表紙を数える。


「……七冊」


小さく息を吐く。


「今、増えましたね」


周囲の閲覧席では、誰も気づいていない。


学生がノートを取り、

誰かがページをめくる音がするだけだ。


監査官は声を落とす。


「こういう増え方をします」


「目の前で確認できるケースは、まだ少ないですが」


彼は棚から一冊を抜き取り、ぱらりとページを開く。


数行だけ読んでから、本を閉じる。


そして再び、同じページを開いた。


監査官の眉が、わずかに動く。


「……変わってる」


小声で言う。


「さっきは——」


彼はページを指で押さえる。


「“夜は世界の裏側にある”と書いてあった」


少し間。


「今は」


紙面を指差す。


「“夜は世界の隙間に落ちている”」


書架の奥で、別の背表紙がほんのわずかに動いた。


本棚の影の奥に、

誰かが息を潜めているような感覚がある。


しかし——


そこには誰もいない。


監査官が静かに言う。


「この本、著者が存在しません」


「出版記録もない」


背表紙を見せる。


そこには、ただタイトルだけがある。


夜の裏側について


その瞬間。


棚の奥から、紙が擦れる音がした。


本が、ひとりでに一ページだけめくれる。


そこには、たった一行の文章が増えていた。


《読んでいるのは、だれ?》


余白はわずかに首を傾げ、答える。


「余白だよ」


書架の前の空気が、ほんのわずかに止まった。


図書館の奥では、誰かが椅子を引く音がする。

だが、この棚の前だけが不自然に静かだった。


開かれたままの本のページ。


そこにあった一行が、ゆっくり滲むように揺れる。


《読んでいるのは、だれ?》


その下に、インクがにじむように文字が増えた。


《余白?》


UGA監査官が一瞬だけ息を止める。


「……今、書き足されました」


声は、ほとんど囁きだ。


ページの文字が、まだ乾いていないように見える。


しかしインクの匂いはない。

紙の手触りも変わらない。


そして、もう一行。


《余白は、読む人?》


書架の奥で、また紙が擦れる音がした。


棚の七冊すべてが、わずかに同じタイミングで揺れる。


本のページが、ゆっくりと一枚めくれる。


新しい文章が現れる。


《それとも》


少し間。


《書く人?》



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


もし本作を面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価をいただけますと励みになります。

ひとつひとつの反応が、次の事案へと繋がっていきます。


それでは、また次の事案で。


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