14 別人に変貌した幼馴染②
我が家を貧乏まっしぐらへと導いた元凶、かつ、モテない同盟の兄の助言である『思っていなくても可愛くすっとぼけろ!』
ああ~。今日まで気づいていなかったけど、なんて素晴らしい格言なんだろう。
もはや、この言葉を我が家の家訓にしたいくらいだ。今日から忠実に守っていくわよ。
生まれ変わった私は首をこてんと傾げ、「あなたは誰?」と呟く。
その相手はもちろん、よーく存じ上げるレオナールだが……。
私の人生において、最大級といえる渾身のボケ。
それを思いっきりかますと、彼は私を見つめたままボロボロと大粒の涙をこぼす。
「え……?」
どうしたというのだ。
あ~、そうか。なるほどね。
彼にとっては、せっかく捕まえた偽婚約者が、よりによって欠陥品になったからか。
おそらく、それが悲しくて泣いているのだろう。
上目づかいできょとんとした空気を醸し出せば、ただひたすら押し黙り、彼の出方を待つ。
彼の反応を、うずうずと待ちきれない私とは裏腹に、レオナールは声も出せないほど泣き続けている。
そんな彼の偽装婚約への執念がビリビリと伝わる。怖いくらいに。
危なかったわ……。
選択を見誤らなくてよかった。あのままいけば本当に五年も拘束されるところだった。
悲しみに暮れる彼からの返答がないため、今は何時かしらと、マイペースに周囲を見回す。
部屋に置いてあった一人かけのソファーがベッドの横に移動し、薄い毛布が一枚、背もたれに折りたたまれている。
どういうことだ?
レオナールがこの部屋で、しばらく過ごしていた雰囲気があるんだけど……。
偽装婚約発表のパーティーから、一体、どれだけの時間が経過したのだろうか。
そう思っていると、レオナールに、ぐっと抱きしめられ、レオナールの鎖骨が私の顔に当たる──。
「ふぇ……」
わけも分からず、胸が圧迫され変な音が出た。
すっとぼけた私に怒っているのだろうかと考えていれば、レオナールは絞り出すように弱々しい声を出す。
「エメリーを……俺があの日、屋敷まで送っていれば」
「エメリー?」
違ぁーーう! どうしたのよレオナールは?
彼が私を呼ぶときは、「お前」でしょう。どんなときだって。
かつて、私の名前を何度も伝えたのだが、「お前は、お前だ」と、全くもって理解できない反撃にあった。
それっきり、レオナールからは「お前」か「枯れ木」呼ばわりされている。
未だかつて二人きりの場面で私の名前を呼んだこともないレオナールに、一体、何が起きたというのだ⁉
けれど、私の疑問とは、全く見当違いの質問が返ってくる。
「もしかして、自分の名前も分からないのか?」
「名前って、エメリーですか?」
「いいや。あなたはエメリーヌで、俺はずっとエメリーと呼んでいたから」
は? 嘘をつけ。呼んでいないだろう。
あのパーティー会場の参加者に嘘をふりまいていたレオナールが、今度は私を騙しにかかっているんだけど……どういうことだ⁉
それにしてもいい加減、レオナールの胸の中から離してくれないだろうか。
男性の胸の中って「広くて硬いのね」と、キュンとしたのは初めだけで、レオナールと密着するなんて恥ずかしくてたまらないから!
変に意識してしまうせいで、全く感じる必要のない緊張とドキドキを抱く。
彼に私の感覚はどのように伝わっているのかと考え始めてしまい、頬が熱くなり居心地が悪い。
羞恥心が最高潮に達してきた私が、もぞもぞと動き始めれば、彼の腕がさらにぎゅっと締まった。
は? ちょっと離してよ! と、危うく口走りそうな衝動を、ぐっとこらえ取り繕う。
「あのう……あなたは誰ですか? 流石に若いから、父ではないでしょうが……兄? それとも弟かしら?」
「エメリーは、本当に記憶がないのか?」
「ええ、少しも」
「ほら、よく見て」という彼が、私から少し離れると、顔をまじまじと見せてくる。
彼の目が腫れて隈が酷い。
こんな疲れた顔のレオナールを見るのは初めてであり、本心を告げた。
「──ごめんなさい。顔を見ても誰だか分からないわ」
「そんな……俺のせいで……嘘だろう……俺の天使が……」
「だから、あなたは誰?」
「エメリー……。どこか痛い所はないか?」
「特段にないわ……」
「よかった」
と言った彼が安堵のため息をつくと、気が抜けたようにソファーに腰掛けた。
「お兄様? ですか?」
小首を傾げ、先ほどの質問よりも選択肢を狭めてみた。
こうなれば答えは「ノー」一択。間違えようがない。
私の質問を否定したあとに、「自分は幼馴染だ」と告げるだろう。
よし! こい、こい、こいと彼の返答を待つ。
するとレオナールが、悪びれる様子もなくくすりと笑い、鼻声を出す。
「寂しいな。本当に覚えていないのか……」
「そうみたいで、ごめんなさい」
「俺はエメリーの婚約者だよ。この一週間、俺の愛しい眠り姫の目が覚めるのを、片時も離れず待っていたんだ」
「はい?」
思わず眉をひそめ、冷たい声が出た。
彼に対して記憶喪失の演技をしているのを忘れてしまったが、私は悪くないだろう。
レオナールが私以上に、すっとぼけたことを言い出したせいだ。




