13 別人に変貌した幼馴染①
目を覚ますと、ベッドの横に人の気配を感じる。
ちらっと流し目で窺ってみたが、誰か分からない。
死んだ魚のような目をした金髪の青年だ。黒髪ではないところをみると兄ではない。
よーく、よーくその人物を見れば、「へ?」と変な声が漏れた。
なんと! 私のベッドサイドに泣き腫らした顔のレオナールがいるのだ⁉
いつものキラキラしい彼はいづこへ。
レオナールの形の良い眉は、不安気にぐにゃりと曲がり、彼の自慢の目は赤く充血している。瞼は随分と重そうだ。そんな姿は見たことがない。
生気を失いやつれ果てた彼は、とにかく死にかけた顔をしている。何が起きたんだ?
──っていうか、なんで人のベッドの横にいるのよ、変態め。
そんな風に冷めた目で見つめる。
「め……目が覚めた……」
どんよりと闇を背負うレオナールが、泣き出しそうな口調で声を出すと、口元を震わせ、滝のような涙を流し始めた。
え⁉ その姿を見て、彼が泣いている姿を晒すなんてと、激しく動揺する。レオナールは私のことが大嫌いだ。
それは昔からずっと変わらない。
そんな彼が、最大の弱点となり得そうな姿を見せるわけがない。
この状況を理解できずにこう尋ねた。
「誰かしら?」
「え? 俺のことが分からないのか?」
驚く彼の涙が、ぴたりと止まる。
レオナールのことを馬鹿にして言ったはずなのに、質問を質問で返された。
『俺のことが分からないのか』って、はて? そんな疑問符が頭をくるくると回るが、震えながら呼吸する彼に、ふざけている雰囲気もない。
どうしてそんな風に彼は尋ねるのかしらと、考える。
そうすれば、私の記憶は頭を強く打ったところで消えていた。
そのうえ、そっと頭に手を当てれば、布が巻かれている。
感触的には包帯のような気がする。
──ああ、なるほどね、と自分の置かれた状況を察した。
頭を強く打った私の記憶が飛んでいると勘ぐり、「俺のことが分からないのか?」と、質問してきたのかもしれない。
最後の記憶があるのは、パーティーの帰り道である。
公爵家のお屋敷を出発した馬車は、止まるはずのない場所で突如として停止し、馬車の扉が勢いよく開き、男たちに外へと引きずり出された。
確か三人くらいの男がいたはずだ。
横に広がる草むらに連れ込まれたのは覚えている。
彼らは私が着ているドレスの胸元を引き裂こうとしていたけど、思いのほか豪華なため、ビクともしなかった。
素手でどうこうしようと思っても、話にならなかったようだ。
それもそうだろう。レオナールの怨念のこもった刺繍がびっしりと入っていたのだから、強度だけは最高である。もはや鎧みたいに。
破きたくても鎧みたいなドレスには手も出せず、彼らが慌てていれば、額から血を流す公爵家の御者が走ってきたはず。
近づいてくる人の気配に気づき、私の首からネックレスを引きちぎった彼らは一斉に走り出した。
このまま犯人を逃がしてなるものかと考えた私は、そのうちの一人を必死に取り押さえようとして……彼が持っていた棒で頭を殴られた。
そこで記憶が終わっている。
ひとしきり全ての状況を整理し終えると、心の中の悪魔が囁く。
もし『記憶喪失のふり』をすれば、レオナールと約束した『婚約者のふり』をちゃらにできる気がする。
逆にこのまま現実に戻れば、独身貴族を五年も謳歌したいレオナールと安直に交わした契約が待っている。
そうなれば、私が二十二歳になるまで婚約者のふりをさせられるのだ。
あのときの私は、なんて愚かだったのだろう……。
契約期間を確認しなかった私も悪いが、五年は長い。
今はみずみずしい乙女も、冗談抜きで枯れ木になり兼ねない。
一度は公表した婚約発表だって、婚約者である私が記憶喪失と分かれば、有責も何もあったものじゃない。
何の問題もなく、両家納得のうえでこの婚約を破談にできるはず。
婚約解消が成立してから、折をみて、体よく私の記憶が戻ったことにすれば、今までと同じ人生が待っている。
そう、そう、そう!
貧乏子爵家の令嬢として、パッとしない人生が、この先も平坦に続く。
盗賊の皆さまぁぁあ!
よくぞ私を狙ってくれたわ。
近所のリスしか寄って来ない冴えない枯れ木令嬢を!
こうなれば、もう感謝、感謝、感謝しかないわよぉぉぉおー!
おっといけない。感情が昂りすぎた。
ごほんっ、と内心咳払いをして、気を取り直す。
兄の教えを、今、存分に生かすときがきた──。
「あなたは誰?」
にやけるな自分と言い聞かせながら、ぼそっと発する。




