4.新しく始めよう
「ようやく殿下のことが理解できました。こっちの憎しみをかき立てるほどずる賢くもないし、女を手玉に取れるほど格好いいわけでもない。要するにふっつーの人です」
「な……」
エリシアの言葉にアラスターは顔を真っ赤にした。
「あと、いい人です。自分の事しか考えてなかったと言うけれど、そうではなかったように思えます。本気で私を救いたいと考えていたことが、行動や言葉の端々から感じられました」
やんわりと掴んだアラスターの肩を、エリシアはそっと揺すった。
「そりゃ、最初のきっかけは違ったのかもしれないけど」
「エリシア、僕は……」
「確かにアラスター殿下の祖先は、私の祖先を見捨てた。だからと言って殿下に対して怒りは感じません。むしろ尊敬します。先祖の過ちを正そうとするのは、すごく勇気がいることだと思うから」
エリシアはさらに言葉を継いだ。
「姿かたちを変えさせて、皇女の真似事までさせたのは、万が一私に魔力がなかったときにメンケレン帝国へ逃がすためだったんですよね?」
「それもギャレットからの手紙に書いてあったのか?」
「はい。9歳からの10年間、とてつもない情熱で頑張ってくれたんですよね。皇太子様によれば、この装置は『愛と献身の象徴』だそうです」
「あ、愛!?」
アラスターがぎょっと目をむいた。
「驚くことです? 殿下の一連の告白って、回りくどい愛の言葉と解釈することもできますもん。私のことでいつも頭がいっぱい? 人生の中で最良の時間? それって狂おしいほどに激しく恋してるってことじゃないですか?」
「からかうな! 僕の事なんか、少しも男として見てないくせにっ!」
「ええまあ、いまのところは」
エリシアはうなずいた。
「でも、殿下にまったく興味がないわけではないです。むしろ、めちゃくちゃ気にかかってます。だって『おもしろい男』なんですもん。8歳のときもそう思ったんですよね、貴族の子どもに泥団子を投げたら魔法が返ってくるのに、クソ真面目に泥団子を投げ返してきたから」
「おもしろい男……」
「唯一無二の男だと、女性に思わせる力があるってことです。だから自信持ってください」
エリシアはにっこり笑った。全部アラスターからの受け売りだが、嘘偽りのない気持ちだった。
「ご先祖様のことは殿下の責任じゃない。百年前は百年前で、色々と複雑な事情があったわけで。過去の因縁に終止符を打っても、友情に終止符を打つことはないですよね?」
「エリシア……」
「お互いに人生の転換期なんですよ。ここから、新しく始めましょう」
アラスターがふっと口元をほころばせた。
「……それじゃあまず、アージェント家の旧領地に出かけよう。慰霊碑を立てて、大厄災で亡くなった人々のために祈りを捧げよう」
「いいですね!」
「君に宝石を買ってやらないとな。世界一価値が高いオレンジダイヤモンドはどうだ? ドレスもオーダーメイドで作ろう」
アラスターがにやりとする。エリシアは慌てて首を振った。
「いやですよ、吐いちゃいますよ!」
「うちに残るなら女伯爵になるんだぞ? みすぼらしい格好で領地に戻したら、王家の面目丸つぶれだ」
「うわあ、やっぱり悪魔のような男だった……。んん? どうして私が慰霊碑を建てたがってることを知ってるんですか? 看護師さんたちにしか話してないのに」
「そりゃ君、あのうちのひとりが僕の母親だからさ」
「王妃様!? もしかしてターシャさんですかっ!?」
どおりで貫禄があると思った。エリシアは全身が小刻みに震え出すのを感じた。
「え、私、王妃様に身の回りの世話をさせてたんです? うわ、殿下を憎む新たな理由ができてしまった……」
「いやいやいや、母さんが自分から志願したんだから。父さんを王宮から引き離すために、家出の真似事をしてくれるだけでいいって言ったのにさ」
アラスターが宥めるような声で言った。
「国王様まで巻き込んで……アラスター殿下、やっぱり私にはあなたが必要です。これから私が直面する事態から、死ぬ気で守ってくださいよ!」
エリシアは叫んだ。
アラスターはエリシアの手を固く握りしめ「望むところだ」と答えた。
彗星のごとく現れた『百年遅れの天才エリシア』は、神から授かった才能を世界中の人々のために使った。
一生贅沢な暮らしが保証されているのに質素倹約を貫き、恵まれない人々を支援したので、彼女は広く愛され人気があった。
のちに夫となるガルブレイス国王アラスターとは、心から信頼し合える対等な関係を築いていたらしい。
彼らは苦楽を共にし、病めるときも健やかなるときも手を携え、多くの人々の命を救った。エリシアの胸元にはいつも、アザミの葉をかたどったブローチが燦然と輝いていたらしい。
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お付き合いいただきありがとうございました。
また番外編でお会いできたらとた思います!
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イラストは雲屋ゆきお先生です。書下ろしにも力を入れました、こちらもよろしくお願いします!




