14.三匹の猛獣
賭博場を出た三人は、その足で孤児院へと戻った。陽は既に傾いてきている。
応接室にはルイス、アシュトン、ディルク、エマ、ロイドの五人が集まっていた。大役を務めたセシリアは、戻ってきてすぐにイザークとブリジットに遊びに誘われてここにはいない。
「たいちょー、お疲れさーん」
「本当にサイラスと接触出来るとは……セシリア様すごすぎでしょ」
ディルクとアシュトンの話などルイスは聞いていない。イライラはピークに達していた。ソファに座り、足を組んで不穏な空気を纏っている。
「あれー?めっちゃ機嫌わるー。ロイド、何があったの?」
反応のないルイスを不思議に思い、ディルクはロイドへと声をかけた。
「あ、あの……サイラスがセシリアさんをえらく気に入りまして。セシリアさんの活躍で情報は手に入ったのですが……終始セシリアさんを口説いていて……」
小声で報告するロイドに、ディルク・アシュトン・エマは、『あちゃ~』という顔をした。道理でルイスが殺気立っているわけだ。サイラスはルイスの地雷を軽々と踏み抜いたらしい。
「ルイス様の前でセシリア様を口説くなんて度胸あるなー」
「だよね~」
「危険な芽は今のうちに潰すべきだ」
物騒な事を言い出すエマにロイドは慌てて話を逸らした。エマの手には、いつの間にかナイフが握られていたのだ。
「と、とりあえず!競売は十日後に王都のレスター商会で行われるようです。指輪は輸送中とのこと」
「レスター商会?」
ディルクはロイドの言葉を繰り返した。レスター商会とは王都に本店を置くそこそこ大きな商会だったはず。
「はい。最近になってレスター商会が指輪を手に入れたそうです。今回、レスター商会は『王家の秘宝』と分かっていて競売に出すそうです」
ロイドの説明に納得の声を上げたのはアシュトンだ。アシュトンの情報の中にも、レスター商会のあまり良くない噂は入ってきていた。
「あー、あの狸じじいか。悪どいことやってても納得だなぁ」
「アシュトンさん、何か知ってるんですか?」
「狸と揶揄されるほど、人となりがそこそこ有名だからね。あいつ、若くてキレイな女性を金で買うから」
「………最低クソ野郎」
「エマ、言葉わっるー」
ロイドもエマと同じ言葉を思っていた。今回の調査でそこもしっかり調べておこうと心に決める。
そんな中、アシュトンが特大の爆弾を投下する。
「ちなみに、セシリア様が夜会に出て『女神』だ『妖精』だなんて有名になったもんだから、狸じじいの耳にも入っちゃってさ。あのエロじじい、興味津々らしいよー」
「ひいぃぃーー!!アシュトンさん、それ今言わなくていいですっ!」
ーーーブチッ!
ロイドの悲鳴は悲しく響くだけであった。アシュトンのカミングアウトにルイスは見事にブチ切れてしまった。
「あんのクソじじいっ………徹底的に叩き潰すっ!」
ゆらりとした禍々しい殺気が立ちこめる。部屋の中はルイスの凍てつく殺気で極寒の地と化していた。魔王よろしく恐ろしい形相のルイスだが、慣れているアシュトン達はけろりとしている。怯えているのはロイドだけであった。
「うーん……たいちょーに人殺しされると困るなぁ」
「セシリア様を不埒な目で見るクソ野郎など豚のエサにしてしまえ」
「あのね、俺らは国の兵士なの。昔みたいに人殺しなんてダメだし、証拠がないと簡単には捕まえらんないの」
「あ゛?肝心なときに使い物にならない役立たずが」
「はぁっ?単細胞がよく言うよ」
こっちはこっちでエマとディルクが険悪な雰囲気になりつつあった。ロイドは、自己紹介(?)でディルクが元暗殺者だと言ったことを思い出した。それ程までに二人が睨み合う様子は本気で怖い。
そんなロイドを不憫に思い、二人を止めに入ったのは兄貴分のアシュトンであった。この混沌とした状況を収められるのは、この場では彼だけだろう。
「はいはい。ディルクもエマも今はケンカしない。ったく、相変わらずなんだからさー」
火花を散らしていたディルクとエマをアシュトンが頭を撫でて宥める。こちらの火種はアシュトンによって一瞬で鎮火となった。
アシュトンは、そのまま怒れるルイスにも声をかけた。
「で、ルイス様どうします?罪状が必要なら俺が調べてきましょうかー?」
「いや。十日後、レスター商会の競売場を一斉摘発する。罪状など現場で『王家の秘宝』が見つかれば何とでもなる」
「…………さいですかー」
もはやルイスの目は据わりきっていた。これは確実に前線に出るつもりだろう。ルイスの目的が『王家の秘宝』奪還から、『レスター商会壊滅』に変わっている気がしないでもない。
「とりあえずのシナリオが必要だ。今回はーーー」
四人はルイスから一斉摘発をするための作戦と細かい指示を説明された。怒り狂っている割には、ルイスの作戦は緻密でよく考えられていた。
「……たいちょー、やっぱ頭いいなぁ。今回はめっちゃ楽しそう♪」
「………エグいです」
「ルイス様はブチ切れたら怖いからねー」
「私の仕事がないですぅ………」
話を聞いた四人はそれぞれの感想を口にした。今回は『王家の秘宝』が関わるので、アシュトンとエマに出番はない。軍で動くことを、前提としている。
「俺のセシリアを下卑た目で見やがって……楽に捕まえてなどやるものか」
ルイスの怨嗟の言葉に四人はセシリアがこの場にいなかったことを心から安堵するのであった。
◆◆◆◆◆
一方、セシリアはイザークとブリジットに連れられて談話室へ来ていた。
二人はセシリアの左右に陣取りおしゃべりを楽しんでいた。セシリアの柔らかな雰囲気が居心地が良いのか、年少の二人はセシリアにベッタリであった。
「ねーねー、セシリア様はお泊まりしていかないのー?」
「エマもいるよー?ハンナのご飯もすっごく美味しいんだよ」
「ごめんなさい。きっとすぐ王都に戻らないといけないから帰って準備をしないといけないの」
「「 えーー 」」
セシリアは、不満そうに口を尖らせる二人の頭を撫でた。すぐに嬉しそうに目を細める二人は無邪気な子猫のようだ。
「セシリアさん、すげぇなー。チビ達があっという間に懐いてる」
「さすがはルイス様の未来の奥方ね。猛獣を手懐け慣れてるわ」
「リンダ、さりげなくルイス様も猛獣扱いしてるっしょ?」
「あら、どう見ても猛獣でしょう」
セシリア達を見て、そんな感想を漏らしたのはアデルとリンダであった。談話室にはこの五人がいた。
イザークとブリジットは、暗殺者として育てられる予定でとある組織に飼われていた。劣悪な環境の中、身を寄せ合って必死に生きていたため、とても仲間意識が強い。年も近いからか、二人は保護されてからも常に一緒であった。
孤児院にすっかり慣れた今では、猛獣と言われるほど中々に悪戯っ子に育っていた。やたら好奇心旺盛で行動的なのが年長者達の秘かな悩みだ。
「じゃあさ、オレらが泊まりに行けばいいんじゃね?」
「そっか!イザークすごーい!」
猛獣と称された年少組二人は何やら作戦を練るように話し合いを始めた。このままでは本邸まで付いていきそうであった。見かねたアデルが声を挟む。
「おーい。お前ら、本邸に行くのはダメだからな」
「「 なんでー? 」」
二人で揃って首を傾げる様子は本当の兄妹のようだ。アデルとリンダが呆れ顔をする中、セシリアはクスクスと笑ってしまった。
「本邸の警備は凄いのよ。ちゃんと招待された人以外は入れないようになっているの。領主様の家なのだから勝手に侵入しちゃダメよ?」
「「 そっかー 」」
リンダの説明に二人も納得したようであった。しかし、それで安心できないのが猛獣二匹である。
「こいつらなら本当に侵入しかねないからなぁ。あとでアシュ兄ちゃんに言っておかないと」
「そうね。アシュ兄なら何とかしてくれるわ」
「ふふ、アシュトンさんはとても頼られてるんですね。二人もアシュトンさんが好きなの?」
「「 うん、好きー! 」」
息ぴったりで返してくる二人に皆で笑顔になった。
「アシュ兄ちゃんはねー、とっても強いんだよ!本気出しても全然勝てないんだ!」
「寝てるときに棒を振り下ろしたけど避けられちゃった!」
「二人で後ろからやった時もダメだったよな」
「あれはイケると思ったのにねー」
このカミングアウトにはセシリア達も返す言葉を失った。そういえば、自己紹介でアシュトンは『誰も労ってくれない』と言っていた気がする。
「アシュ兄ちゃん……不憫過ぎる」
「そういえば今朝眠そうにしてたわね……」
子供達はなぜか得意気な顔をしていた。どう見ても襲撃犯はこの二人に違いない。
「えぇと……まぁ、子供の悪戯ですし」
「セシリア様、目が泳いでますよ」
「俺でさえそこまでしたことないわー」
三人は猛獣達の悪戯に苦笑いしか出来ない。悪戯で片付けていいものかも判断に悩むところであった。
そんな時、最年少のブリジットがセシリアの腕をくいくいと引っ張った。猛獣の名に似合わぬ、ぱっちりとした大きな瞳がセシリアを見上げていた。
「セシリア様はルイス様とケッコンするのー?」
「え?」
「ルイス様はセシリア様にゾッコンだって聞いたよー」
「ええっ!」
いきなりの話題転換は子供特有のものだろう。ブリジットの無邪気で無垢な視線が痛い。セシリアは気恥ずかしい思いながら無難に答える事にした。
「えぇと……結婚はします」
「ケッコン嫌なのー?」
無邪気さがとにかくツライ。アデル達へ助けを求めてみるもニヤニヤと楽しそうに笑っているだけで助けを期待できそうにはなかった。
「いえ……あの……ルイス様のことは……好き……です……」
「おぉー!」
恥ずかしいのを堪えながらセシリアが答えると、ブリジットは何故か感心するような声を上げた。しかし、猛獣と呼ばれる二人には遠慮という言葉はない。
「違うよ、ブリジット。結婚するなら『好き』じゃなくて『愛してる』って言うんだよ」
「そうなの?じゃ、セシリア様はルイス様のことを愛してないの?」
イザークとブリジットの無垢な瞳に見つめられたセシリアには、一つの答えしか許されなかった。
「………愛してます」
「「 おぉー!! 」」
イザークとブリジットは、セシリアの答えに手を叩いて喜んだ。ルイスの事は嘘偽りなく愛しているが、あえて聞かれるととても言いづらかった。
「あんなキレイで清純な人がルイス様のお嫁さんなんて……」
「ルイス様の溺愛が凄いとは聞いていたけど……ちゃんとラブラブなのね」
「まぁ、ルイス様の愛情の方が多いだろうけどねー」
「同感だわ」
アデルとリンダがひそひそ話す声は、セシリアまで届かないのであった。
サブタイトル『三匹の猛獣』とは、ルイス・イザーク・ブリジットの事です。
ルイス=セシリアが絡むことには容赦なしの猛獣
イザーク&ブリジット=悪戯好き、やんちゃ過ぎで猛獣
意味合いがちょーっと違うのです。




