番外編 優理の優雅な日々
白河優理の朝は早い。
優理は鳴っていた目覚まし時計を止めると、ベットから起き上がり、パジャマから部屋着に着替えて、リビングへと向かう。
エプロンを着けると、教材系VRで昔学習した手順で、手早く食材を調理していく。
やがて優理の目の前には一通りの料理が出来上がっていた、そのどれもがプロの料理人が作ったかのような完璧な出来映えだ。アシスト機能で料理の作り方のコツを学んでいた新人類である優理には、この程度のことは造作もないことだった。
優理はその料理達をトレーに乗せて運んでいく、優理と同じ年頃の旧人類が同じ事をすれば、持ち上げることすら出来ずに落としてしまうだろうが、新人類として強化された優理の筋力は複数の料理を同時に持ち上げることに成功していた。
優理は荷物を持ったまま玄関へと向かう。
小柄な優理が食べるにしては多い分量。
それはもとより、隣にいる彼女のおじさんと共に食べる為に、二人分の量用意していたのだ。
(おじさんは直ぐに冷凍食品に頼るから、優理がいないと駄目だよね!)
優理が初めて暁にあって驚いたのは、思ったより歳を取っていたことだ。
優理からして見れば、黄昏はゲーム内で出会う高校性くらいの少年と同じような姿をしているのではないかと思っていた。旧人類である以上、そんな事はあり得ないのだが、もとより現実での交友関係が少なく、仮想世界を主体にしてきた優理にして見れば、ゲームの姿と現実の姿は似ているものという印象があったのだ。
もっとも、暁は28歳だという事なので、言うほど歳を取っているわけでもないのだが、6歳頃である優理からして見れば大分年上で、歳を取ったおじさんのように見えてしまうことは不思議ではないのかも知れない。
そんな歳を取った暁を見て、優理が思ったのは不安だった。
(健康的じゃないおじさんは早死にしちゃうっていうし、優理が気を付けないと)
ただでさえ優理と暁では一回り以上歳が離れている。
だからこそ、先に死ぬとなったら暁だろう。
加えて優理は、ネットを散策していた時に見つけた噂から、一人暮らしをしているおじさんは大概自堕落で不健康な生活をしていて、結果的に早死にしてしまうものだ、という偏見をいつの間にか持つようになっていた。
それが優理としては嫌だったのだ。
折角見つけた一緒にいられる相手。
それが失われて、また独りぼっちになってしまうことなど、優理には耐えられなかったのだ。
――だからこそ、優理は暁が長生き出来るように、ひっそりと暁を管理することに決めた。
「今日はおじさんと何しようかな~」
優理はそんな事を言いながらご機嫌で歩く。
暁は、優理に自分のことをおじさんと呼ぶなと言っていたが、優理はそれでもあえておじさん呼びを続けていた。
なぜなら、その呼び方は優理に取って意味があるものだからだ。
優理に親はいない。
自分が捨てられたことを理解した優理は、親がいないと思うようにした。
そんな風に家族はもういないと思い込んだ優理だったが、それでも彼女に取って身内と言えるような存在がいないことは、彼女に寂しさを齎すのには充分なことだった。
そんな彼女は暁にあった時に思い出したのだ。
親ではない親戚という身内の中に、叔父さんという言葉があること。
叔父さんというのは基本的に血縁で歳が一回り以上離れた年上の男の人だ。
場合によっては、兄妹の子供に対して遊び相手になってくれることもあると聞く。
そんなうろ覚えの噂を覚えていた優理は、自分に取って暁がその叔父さんに近しいものであると思った。
だからこそ、優理は暁を、自分の叔父さんだと思い込むようにしたのだ。
勝手に子供を捨てて他人になる親がいるのなら。
勝手に他人を自分の叔父にする子供がいてもいいだろう。
そんな子供ながらの反骨心もあり、優理は暁という存在を、親しくしている血の繋がった叔父さんのように思い、慕って、依存していた。
歩いていた優理は、ついに暁の家の前に着いた。
優理は暁から、『ドア壊すくらいなら、これで開けてくれ』と言われて預かった合い鍵を使って、中へと入る。
黄昏の家のリビングの机に、二人分の料理を置いて、優理は黄昏が寝ている部屋へと向かう。
(昨日は夜勤じゃなかったはず。今日は一日おじさんと遊べる!)
優理は暁の仕事のスケジュールを把握していた。
一度夜勤の次の日に遊ぼうと無理矢理押し入って暁を起こしたら、起きた暁が優理に対してガチギレしたのだ。夜勤明けというのがどれだけ睡眠を取りたいものか、懇々ととかれた優理は、己の行いを反省し、こうやって黄昏の夜勤がない日を狙って遊びに来るようにしているのだ。
「おじさ~ん」
カチャリと扉を開けて部屋の中を覗き込むと、暁はまだ中でスヤスヤと寝ていた。
それを見て優理はにやりと笑う。
それは悪戯を思いついた子供の笑みだ。
優理はそのまま暁の寝ている上に飛び乗ろうとして――。
直前で思いとどまって足を止めた。
「むぅ。優理が飛び乗ったらおじさん死んじゃうかも」
実際に新人類のジャンプ力で飛び上がった後に、その優理の全体重が寝ている暁に当たれば、怪我ではすまない大ダメージを与えることが出来ただろう。
それに気付いた優理は足を止めたのだ。
なぜなら優理は出来た子供だから、悪いと思うことは止めることが出来るのだ。
仕方ないと思った優理は、暁を起こさないように近くにすり寄り、ベットの上に登ると、暁の上に布団越しに馬乗りになった。
「ぐぇ……」
優理が乗った瞬間に、潰れた蛙のような鳴き声を発する暁。
それでも起きない暁を、馬乗りになった優理はぺしぺしと叩いた。
「おじさーん! 朝だよ! おじさーん!」
「ううぅ……。優理……、もうそんな時間か」
優理に叩き起こされた暁は、目覚まし時計に目を向けると、思わずそんな言葉を呟いた。
優理がベットから降りると、のそのそと起き出して、リビングへと向かう。
そしてそのまま席に着いた。
同じように席についた優理と共に、「いただきます」と言ってご飯を食べ始める。
「相変わらず旨いな」
「えへへ」
黙々と食べていた暁が、その料理の美味しさにそんな感想を漏らす。
褒められる事が少ない優理は、暁のその言葉に笑顔を見せる。
「何処で料理を習ったんだ? まだ6歳ぐらいだってのに大したもんだ」
暁が何気なく呟いたその言葉に、優理は思わずぴくりと震える。
優理は言葉を選びながら、それでも直接暁に聞いた。
「教材系VRで習ったら出来るようになってた。
……こんな優理は怖い?」
恐る恐る呟いた優理。
それに対して暁は、何てこともないように答える。
「いや、そうは思わないな。ただ便利だなとしてか思えん」
「えへへ」
暁の言葉を聞いて、再び優理は頬を綻ばせた。
そんな優理の額に、暁は軽くデコピンをする。
「いた! なにするの!」
「子供を便利だなんていう悪い大人の言葉を喜んでるんじゃない」
「むぅ~」
膨れっ面になりながらも、優理は何処か嬉しそうだ。
優理に取っては、こうやって説教をしてくれる相手もいなかったため、優理のことを思って、こうして言葉を尽くしてくれるのが嬉しかったのだ。
怒っても嬉しそうにしている優理を見て、『此奴何言っても喜んで受け入れるんじゃないの』と優理の未来を不安視しながらも、呆れかえる暁。
そんな暁を見て、優理は話を変えた。
「そうだ。おじさん! 今日は何をするの?」
「今日? 今日か……。そうだな……。じゃあ、一緒に遊○王のアニメでも見るか」
「うん!」
こうして色鮮やかになった優理の優雅な日々は続いていく――。




