8.マルティーナのお茶会・後
本日(5月25日)の更新、2/2
お茶会に参加していた四人の令嬢も立ち上がり、私を囲んで非難する。
漸く立ち上がったエリザベスは勝利を確信したのか、ほくそ笑んでいる。
だから、丸見えなんだってば。
「マルティーナ様って噂通り冷血なのですね!」
「見損ないましたわ。嫉妬に狂ってエリザベス様を害すなんて…」
「そもそも、婚約者を繋ぎ止めることが出来ないなんて情けないですわね」
「気が強くて性格も悪いとくれば流石にマルティーナ様を選ぶ殿方もいらっしゃいませんでしょうけれど」
口々に令嬢達は私を嘲笑う。
エリザベスに非がないと信じて疑わないその性根に拍手を贈りたいくらいだ。
転けたが無傷のエリザベスと、熱湯を被り紅茶やお菓子で汚れている私。
もし仮にお茶会を台無しにするつもりなら、エリザベスに怪我を負わせ、ドロドロに汚すだろう。
もし、自分がその立場なら。そう考えはしないのだろうか。
「エリザベス様、お怪我は?」
「膝を擦りむいてしまいましたわ」
敢えて、安否を確認する。
私は漸く重い腰を上げ、エリザベスに近寄る。
突然の行動に驚いたらしい令嬢達は自分達に危害が及んだらと思ったのか、一歩引いてくれる。
返って来た答えに私は膝を折り、膝を確認させてもらう。
「あら、本当ですわね。血は出ていませんし化膿の心配や雑菌が入り込む恐れはありませんわね」
「白々しい…!貴女が私に足を引っ掛けた癖に!」
エリザベスが頭上で喚くが気にせずポケットからハンカチを取り出して膝に巻く。
これだけしておけば周りも何かがおかしいと思う、筈。
「折角お気に入りのティーセットでしたのに…。知っていながらやったのでしょう!」
「なんのことですか。私が貴女のお気に入りをわざわざ把握するとでも?」
屈辱からか顔を真っ赤にしたエリザベスは尚も私を責める。
私は割れた陶器がある場所に膝をついているのだが、それに関して気が付いた様子はない。勿論、周りの令嬢もだ。
情報を集める目的がなければ、絶対何かを仕掛けられるお茶会など参加しなくても良かったのだ。
だが、わざわざ参加した。もしかして、エリザベスは私が策もなしにのこのこ現れたとでも思っているのだろうか。
「謝罪を要求致します!」
こちらの台詞です。
私が言いたかった、その台詞。
「何故?貴女は一人で転け、私に熱湯を掛けてテーブルクロスを引いて更に中身の入ったままのティーカップやお菓子を雪崩させた。私は貴女からの謝罪をまだ受けておりませんわ」
「マルティーナ様が足を引っ掛け無かったら起こらなかった事ですわ」
太々しく私を見下ろすエリザベスに溢れそうになる溜息を飲み込んだ。
溢れそうになる不快感を無表情の中に覆い隠す。
「リザ!大丈夫か!」
「ジェイ様!」
空気を読まず、婚約者のジェイコブがエリザベスを庇う様に私の前に立ちはだかった。
いつの間にお互いの愛称で呼ぶ程仲良くなったのだろうか。興味もないが。
しゃがみ込んだままの私を汚物でも見る様な目で睨み付けるジェイコブと、その後ろで意地悪くほくそ笑むエリザベス。
「マルティーナ、お前か。ずっと我慢していたが…!」
「あら、脳内お花畑なのですね」
「貴様…!」
机に転がっていたティーカップを掴み、ジェイコブは私に思い切り投げつけた。
貴族の男がそんな短絡的な行動をするなど想像出来ておらず、ティーカップは私の頭に当たり、砕けた。
その衝撃で私は破片の中に倒れ込む。
「はっ、わざと当たっただろう。悲劇の主人公気取りか?」
「まさか。男性に暴力を振るわれる経験が無くて身がすくんだだけですわ」
頭と、肩や腕から血が滲む。
いつまでも破片の上に寝ていたくもないので、さっさと立ち上がり、笑って見せる。
「ブロード家では女性への暴力が当たり前なんですね?まぁ怖い。お父様に報告しなくては」
「お前がエリザベスに危害を与えなければ俺はこんな事しない!」
「へぇ、エリザベス様の言う事しか信じませんのね」
「当たり前だろう。お前みたいな性悪の話など聞くものか」
本当に誰も彼もお花畑に住んでいるのだろうか。
膝を擦りむいただけのエリザベスと、満身創痍の私。並んでいてもやっぱり私が悪く見えるのか。
呆れて物も言えない。
黙り込んだ私にジェイコブは偉そうに言う。
「お前がこの場の片付けをしろ。お前が台無しにしたんだ、それぐらい当たり前だろう」
「ジェイ様、膝を擦りむいてしまいましたの」
「あぁ、リザ。怖かっただろう。馬車は用意している」
嵐が去った。
令嬢達もバカ二人が去ると関わり合いになりたく無いらしく何処かへ消えた。
魔法で破片を片付け、テーブルクロスに染み付いた汚れをとる。
血が流れ続けていた。
頭からの出血は傷が浅くても豪快に血が出るものだ。制服も、白銀の髪も血で赤黒く染まっている。
魔法で怪我を跡形も無く治す事はできるが、私は敢えて治さなかった。
何故かと言うと、帰宅して医師を呼び、診断書を書いてもらうつもりだからだ。
だが、血を流しっぱなしなのも良くないだろう。貧血でくらりと目眩がする。
あの馬鹿共はどんな神経をしていたら血みどろの女を置いていけるのだろうか。
帰ろう。
そう思い息を吐いたら体が傾いだ。
倒れると思い、思わず目を瞑る。だが、誰かに支えられ、難を逃れた。
恐る恐る目を開くと同じクラスの黒髪に赤目を持つクロウリーがいた。
「…マルティーナ嬢、大丈夫ですか」
「すみません、クロウリー様。ただの貧血ですわ。お見苦しい姿で申し訳ありません」
「怪我を」
私はさっと身を翻し、カーテシーを見せる。
私の怪我の具合が気になるらしいクロウリーは手を中途半端に伸ばし、引っ込めた。
「後日またお礼させて頂きます。では」
くるりと踵を返し、庭園の奥に進む。
運良く誰にも遭遇せずに済んだ。周りに人が居ない事を確認し、瞬間移動をする。
帰宅すると早速医師を呼んでもらい、診断書を書いて貰った。
アメリア母様は血塗れで帰ってきた私を見てオロオロと心配し、家にいたアル兄さんとエルモ兄さんは口を開けて驚いていた。
帰宅した父様は、事の成り行きを聞いて婚約を破棄すると憤慨したが、まだ仕返しをしていないので待ってくれと頼んだ。
証拠はしっかり残ってある。
エルモ兄さんだけ、きちんと監視の瞳が作動していたか確認のために映像を見たが、ジェイコブとエリザベス、そして周りに侍っていた令嬢達の馬鹿加減に絶句をしていた。
元々シリアスな話ばっかり書いてるのでちょっと重くなってしまいましたが、マルティーナの性格上すごく重くなる事はない予定です。