第十一章 蒼風石暴走
蒼風宮の記録保管庫を出た瞬間、ゼフィ=ラウが沈んだ。
ほんの一瞬だった。足元が、抜けたように軽くなる。続いて、腹の底をつかまれるような重さが来た。床の白い石が低く唸り、壁の蒼風石灯が一斉に明滅する。天井から吊るされていた記録管が触れ合い、かすかな硝子の音を立てた。
セイは思わず壁に手をついた。
ファティマが隣で悲鳴を飲み込み、鞄の上から〈ファティマの書〉を押さえる。
「いま、落ちた?」
「少しだけ」
ウィンディの声が硬かった。
彼は宮殿の窓へ駆け寄り、外を見下ろす。
雲海が、さっきより近い。
それが錯覚ではないことは、都市全体の音が教えていた。上層の風車塔が高く鳴り、空中回廊の支柱が軋み、遠くの方で人々の悲鳴が上がる。蒼風都市ゼフィ=ラウは、雲の上に浮かぶ理想郷ではなく、巨大な重さを持つ都市なのだと、セイは初めて身体で理解した。
浮いているものは、落ちる。
当たり前のことが、急に恐ろしかった。
ナディールは青ざめた顔で、窓の外を見た。蒼銀の羽が震えている。だが、すぐに振り返り、護衛に命じた。
「風歌神殿へ伝令を。中枢蒼風石の安定儀礼を開始します。上層区の市民は内側の回廊へ退避。下層には、排風路から離れるよう知らせてください」
「殿下、議会からは地上侵入者の拘束を優先せよとの――」
「都市が沈めば、拘束する場所も残りません」
静かな一喝だった。
護衛は深く頭を下げ、走り去る。
ナディールはクラウディアへ向き直った。
姉と呼びたかった相手。
公式記録から消された第一皇女。
だが、今はその言葉を飲み込んだ。
「中枢の状態は」
「悪化しています」
クラウディアは硝子盤を開いた。
蒼い線で描かれた都市構文が、激しく震えている。中枢蒼風石から放射状に伸びる風の流れは、本来なら均等に広がるはずだった。だが、今は上層側だけが強く光り、下層へ向かう線は何本もねじれている。さらに、外側から荒い風の線が食い込んでいた。地上側の風歌だ。
クラウディアの指が、いくつもの乱れを追った。
「原因が重なっています。地上セイレーンの侵入による防護構文の過剰反応。ウィンディの試作安定器が補助炉と干渉した反動。王家記録保管庫の封印解除による中枢系譜構文の再照合。そして――」
彼女は一瞬、言葉を切った。
「風界王ゼークの古い構文が、現在の都市構文と噛み合っていません」
「ゼークの構文が?」
ウィンディが目を見開く。
「蒼風石は風界王の古い構文を核にしている。それは知ってる。でも、変質してるなんて記録は――」
「公式記録にはありません」
クラウディアは静かに言った。
「ですが、乱れています。古い構文に新しい血統儀礼が継ぎ足され、さらに羽色による適格判定が重ねられている。その上で、私の存在を正史から消したため、中枢は本来必要な黒翼側の制御線を欠いたまま動いています」
ナディールの顔が痛みに歪んだ。
「姉様を消したことが、都市の制御にも」
言ってから、彼女ははっと口を押さえた。
公の場ではない。だが、その呼び方は、まだクラウディアに許可を求めるような響きを持っていた。
クラウディアはそれに触れなかった。
「それだけではありません」
ファティマが小さく言った。
全員が彼女を見る。
ファティマは、鞄の上から〈ファティマの書〉を押さえたまま、震える声で続けた。
「さっき、エムが正史を開いた。〈光天の書〉でクラウディアの記録を照合した。あのとき、白い光が欠けてる場所を消そうとしてた」
「消そうとしていた?」
セイが聞くと、ファティマは頷いた。
「うん。正史にないなら白くする。余白に戻す。そんな感じ。クラウディアの名が、王家の記録の下に隠れてたでしょ? あそこに光が入って、白紙にしようとした。でも、ナディールが封印を開いたから、消えきらずに中枢が引き裂かれてる」
ファティマの顔は青ざめていた。
エムに「壊れた本」と呼ばれた傷は、まだ消えていない。けれど、彼女は逃げずに言葉にした。
クラウディアは静かに頷いた。
「正史照合による欠落記録の白紙化。あり得ます。〈光天の書〉が示した記録は、都市の公式史と強く共鳴していました。消されたものを消されたまま固定しようとしたのなら、中枢に残っていた私の制御線はさらに切断されます」
「つまり」
アズィーザが腕を組んだ。
「地上の怒り、発明家の未完成品、王家の嘘、古い神様の継ぎ接ぎ、正史の少女の白い頁。全部まとめて、空の都を落としにかかってるってわけだ」
「言い方は雑ですが、おおむね正しいです」
クラウディアが答えると、アズィーザは苦笑した。
「雑でも当たれば値がつく」
「値段をつけている場合ではありません」
「分かってるさ」
そのとき、二度目の沈降が来た。
今度は一瞬ではなかった。
床が斜めに傾く。
窓の外で、空中庭園の一角が崩れ、青い花びらが雲海へ吸い込まれていく。遠くの回廊で人々が滑り、兵士が翼を広げて支えようとする。蒼風石灯がいくつも割れ、青い火花が風に散った。
ファティマがセイの袖をつかむ。
「セイ、都市が落ちてる」
「うん」
声が震えた。
都市が落ちている。
目の前で、町が失われかけている。
ハナンの光景がよみがえった。崩れる聖堂。黒い霧。名前が吸われる声。セシルの手。
また、何かを救えないのか。
また、誰かが消えるのか。
鞄の中の聖印が、胸を打つように重かった。
ナディールは窓辺へ進み、蒼銀の羽を広げた。
「風歌神殿へ向かいます」
「殿下、今の傾きで上層へ行くのは危険です」
クラウディアが言う。
「それでも、私が歌わなければ市民はもっと不安になります。王家の風歌は、都市を落ち着かせるためのものです」
「正統な風歌だけでは足りません」
「分かっています」
ナディールはまっすぐクラウディアを見た。
「それでも、私にできることを先にします。足りないことを知ったうえで」
クラウディアは少しだけ目を伏せた。
「分かりました。私は中枢へ行きます」
「中枢へ?」
ウィンディが叫んだ。
「あそこは王家と神殿の許可がなきゃ入れないし、今は一番危ない場所だぞ」
「危ないから行くのです。私が読むべき乱れは、そこにあります」
「じゃあ俺も行く」
「あなたの発明は暴走したばかりです」
「だから行く。俺の装置がどこで干渉したのか、俺が見なきゃ直せない」
「喧嘩してる暇はないよ」
ファティマが割って入った。
「ナディールは歌う。クラウディアとウィンディは中枢を見る。ボクとセイも……」
そこで彼女は言葉を詰まらせた。
魔本を開くのが怖い。
それはセイだけではない。ファティマも同じなのだ。
アズィーザが彼女の頭を軽く叩いた。
「本猫、いま無理に全部言わなくていい。できるところまで言いな」
「ファティマ」
「はいはい、ファティマ。で、あたしは?」
「アズィーザは盗まない」
「それは難しい役目だねえ」
「あと、避難経路を探す。地上係留槍とか、古い桟橋とか、そういうの詳しいでしょ」
アズィーザの琥珀色の目がわずかに光った。
「いいね。盗人向きだ。逃げ道探しは得意だよ」
役割が決まるより早く、都市はさらに傾いた。
遠くで風歌神殿の鐘が鳴る。
ナディールは護衛を伴い、上層へ飛び立った。蒼銀の羽が光をまとい、傾く都市の風を切って上昇する。その背中は美しかった。けれど、もう美しさだけでは足りないことを、誰もが知っていた。
セイたちは、クラウディアとウィンディに続いて中枢蒼風塔へ向かった。
蒼風塔は、ゼフィ=ラウの中心を貫く巨大な塔だった。外から見たときは白く美しい塔に見えたが、内部はまるで風の井戸だった。螺旋状の通路が塔の内壁に沿って下へ伸び、中央には巨大な縦穴がある。その奥で、蒼い光が脈打っていた。
中枢蒼風石。
都市を浮かせる心臓。
セイは、その光を見た瞬間、息をのんだ。
あまりにも大きい。
それは石というより、青い嵐を閉じ込めた星の欠片のようだった。何本もの鎖と風構文の輪が周囲を囲み、神殿から伸びる歌の線、王家の系譜構文、排風路へ続く制御線が複雑に結ばれている。
しかし、その美しい構造は今、激しく乱れていた。
青い光の中に白い亀裂が走っている。〈光天の書〉の頁に似た白さだった。その白い亀裂は、どこかの記録を消そうとするように広がり、周囲の蒼い構文を削っている。さらに、下方からは地上の荒い風が突き上げ、横からはウィンディの試作炉の残留波が引っかかり、上方からはナディールの風歌が必死に整えようとしていた。
整えようとするほど、欠けた場所が痛む。
そんなふうに見えた。
「ひどいな……」
ウィンディの声がかすれた。
「これをずっと、正しい構文だと思ってたのか」
「正しい形に見えるよう、上から何度も整えられてきたのです」
クラウディアは黒い羽を肩布の下で震わせながら言った。
「けれど、欠けている場所は埋まっていない。私の構文を消した空白に、別の儀礼を重ねて隠していた。普段ならそれでも都市は浮きます。ですが、複数の衝撃が重なった今、空白が裂けています」
ファティマが青ざめた顔で蒼風石を見る。
「白いところ、気持ち悪い。あれ、欠けた記録を白紙にしようとしてる。クラウディアの名前があった場所も、地上と空が分かれる前の記録も、ゼークの古い構文も、全部まとめて『なかったこと』にしようとしてる」
「エム……」
セイは呟いた。
彼女はここにいない。
だが、光天の書の照合はまだ残っている。正史にないものを白くする光。
正しい記録を守るために、欠けた記録を消す光。
その正しさが、都市を落とそうとしている。
上方から、ナディールの歌が響いた。
澄んだ声だった。
高く、清らかで、正統な風歌。
蒼風石の光が一瞬だけ整う。都市の傾きが少し戻り、人々の悲鳴が遠のく。
ナディールの歌は本当に美しかった。
セイは、それを疑えなかった。
彼女は都市を守ろうとしている。必死に歌っている。王家の継承者として、自分にできるすべてを注いでいる。
しかし、白い亀裂は消えなかった。
蒼風石は再び暴れ、都市全体が大きく傾いた。塔の内部の通路が斜めになり、セイは手すりにしがみつく。ファティマが悲鳴を上げ、アズィーザが彼女の首根っこをつかんで引き戻した。
「本猫、雲海行きはまだ早い!」
「ファティマ! あと助かったけど、持ち方が猫!」
「猫耳だから合ってるだろ」
「合ってない!」
軽口はあったが、声には余裕がない。
ウィンディは蒼風石へ向けて計測器をかざした。
「ナディールの風歌だけじゃ足りない。いや、足りないっていうより、届いてない場所がある。正統構文が通る道は安定する。でも、外された制御線が反応してない」
「それが黒翼構文です」
クラウディアは静かに言った。
全員が彼女を見た。
黒い羽は、まだ肩布に隠れている。
それなのに、塔の中の乱れた風は、まるでその羽を呼ぶようにクラウディアの周囲を回っていた。
「私の羽は、正しい風を増幅するものではありません。乱れた風、逆流した風、排風路に落ちた負荷、記録から外された構文を読むための羽です。都市は、それを不吉と呼んだ。けれど、中枢は最初から、私のような構文を必要としていた」
「じゃあ、クラウディアが加われば」
ウィンディの声に希望が混じる。
だが、クラウディアはすぐには頷かなかった。
彼女は蒼風石を見上げる。
青い光と白い亀裂と、王家の鎖に縛られた都市の心臓を。
「私がこの都市を救うのですか」
その声は、とても静かだった。
「私を消した都市を。黒い羽を不吉と呼び、名を記録から削り、必要な時だけ読み取る力を求める都市を」
誰もすぐには答えられなかった。
クラウディアは続ける。
「助けても、また功績は消されるかもしれません。ナディールの風歌が都市を救った、と記録されるかもしれない。黒い羽の構文は危険だったが、王家の管理下で利用された、と書かれるかもしれない。あるいは、最初から私などいなかったことにされるかもしれない」
彼女の声は震えていなかった。
そのことが、かえってつらかった。
「私は結局、必要な時だけ使われる存在なのでしょうか」
その問いに、ウィンディが拳を握る。
「違う!」
彼は叫んだ。
「違うって、俺は言う。何度でも言う。君がやったことは俺が記録する。技師街の連中にも言わせる。ナディールだって――」
「ウィンディ」
クラウディアが止めた。
「あなたの言葉はうれしい。ですが、それだけでは足りません」
ウィンディは言葉を失った。
ファティマも、何か言いたそうにしている。
だが、彼女はぐっと堪えた。壊れた本と呼ばれた自分が、壊れた記録を庇う。エムの言葉がまだ彼女を傷つけている。それでも、今は軽く「大丈夫」と言えないことを、ファティマ自身が分かっているようだった。
セイは、クラウディアを見た。
何か言わなければと思った。
でも、怖かった。
救いたいと言うのが怖い。
そう言った瞬間、クラウディアを自分の物語にしてしまいそうで。
セシルを救えなかった自分が、今度こそ誰かを救いたいだけなのではないか。
エムの問いが、胸の奥でまだ鳴っている。
おまえは、彼女を救いたいのか。それとも、救うことで自分を救いたいのか。
セイは鞄に触れた。
聖印がそこにある。
冷たい重み。
逃げるな、と言われている気がした。
でも、急いで答えを作るな、とも。
「クラウディアさん」
セイはゆっくり言った。
自分の言葉が軽くならないように。
彼女の痛みを、自分の痛みに置き換えないように。
救いという言葉で包んでしまわないように。
「僕には、クラウディアの痛みは分からない」
クラウディアが、セイを見た。
黒い瞳の奥に、風が揺れている。
「分かったって言ったら、また間違えると思う。僕は、クラウディアがこの都市を救したいのか、救いたくないのか、それも決められない。救ってくださいって頼むことも、きっと簡単には言えない」
都市がまた揺れた。
遠くで誰かが叫ぶ。
それでもセイは、言葉を止めなかった。
「でも、クラウディアが自分の羽でどうするのか、見ていたい」
その言葉は、風の中へ落ちた。
救う、ではなかった。
救ってほしい、でもなかった。
見届ける。
クラウディアを自分の罪悪感の答えにしないために、セイが今どうにか選べた言葉だった。
クラウディアは何も言わなかった。
だが、肩布の下で黒い羽がかすかに動いた。
ファティマがセイの隣で、小さく頷いた。
「ボクも見たい」
彼女は言った。
「ボクは欠けてる本かもしれない。壊れてるところがあるのかもしれない。でも、見たものは覚えたい。クラウディアが自分で選んだことを、ちゃんと覚えたい」
ウィンディが深く息を吸った。
「俺は、君がやるって言うなら道具を作る。やらないって言うなら、別の手を考える。間に合うかは分からない。でも、君を部品みたいに使うのは嫌だ」
アズィーザは短剣をくるりと回した。
「あたしは盗人だからね。都市が落ちるなら逃げ道を盗んででも作る。でも、黒い羽の使い道を盗む気はないよ」
クラウディアは、ゆっくり目を閉じた。
上方から、ナディールの歌が続いている。
美しく、苦しい歌だった。
正統な風歌。
制度に許された風。
だが、その歌だけでは届かない場所がある。
クラウディアは目を開けた。
「私は、この都市を許していません」
静かな声だった。
「私を消した王家も、黒い羽を不吉と呼んだ神殿も、私の名を記録しなかった役人も、必要な時だけ私の力を求めるこの都市も、許していません」
誰も遮らなかった。
「それでも」
彼女は肩布に手をかけた。
「私は、私の羽をこの都市のためだけに使うのではありません」
布が外れる。
黒い羽が、半分だけ現れた。
夜空のような羽。
青と紫の光を含み、蒼風石の乱れた光を受けて深く輝く羽。
「この羽が何をするのか、私が決めます」
その瞬間、蒼風石が大きく脈打った。
白い亀裂が広がり、都市全体がさらに傾く。
雲海が窓の向こうで大きく迫った。
上層から、ナディールの歌が一瞬だけ途切れる。
「ナディール!」
ウィンディが叫ぶ。
クラウディアは顔を上げた。
黒い羽はまだ完全には開いていない。
けれど、その奥に風が集まり始めていた。
「中枢へ降ります」
「降りるって、あの真下に?」
ファティマが青ざめる。
「はい。黒翼構文は、上から歌うものではありません。乱れの下へ入り、逆流の底を読むものです」
「つまり、一番危ないところ?」
「そうです」
「正直に言わなくていいのに!」
ファティマが悲鳴を上げる。
セイは蒼風石の縦穴を見下ろした。
青い嵐と白い亀裂が渦を巻いている。あの中へ降りる。考えただけで足が震えた。
ウィンディはゴーグルを下ろした。
「俺の滑空翼の補助機がある。人ひとりなら中枢付近まで降ろせる。戻れる保証は……」
「たぶん?」
ファティマが睨む。
ウィンディは少しだけ笑った。
「今回は、たぶんって言わない。戻す。俺が戻す」
アズィーザが肩を鳴らす。
「じゃあ、命綱はあたしが見る。盗人は紐の扱いが得意でね」
「信用していいんですか」
セイが聞くと、アズィーザはにやりとした。
「落ちたら盗む相手が減るからね。今回は信用しな」
「理由はひどいけど、分かりました」
ファティマが〈ファティマの書〉を抱えた。
「ボクも、蒼風石の欠けた記録を探す。直接触らない。まだ怖い。でも、見る。思い出せるところまで」
クラウディアはファティマへ視線を向けた。
「無理はしないでください」
「クラウディアもね」
「難しいですね」
「うん。知ってた」
短いやり取りだった。
だが、そこにはさっきまでとは違う温度があった。
セイは、クラウディアの横に立った。
「僕にできることは?」
「見ていてください」
クラウディアは言った。
「そして、私が何をしたのか、私の名で覚えていてください」
セイは頷いた。
「はい」
それは、重い返事だった。
でも、逃げたくなかった。
蒼風石の暴走は続いている。
地上からの風、未完成の発明、正史の白い光、古い神の構文、王家の嘘。そのすべてが絡まり合い、空中都市を雲海へ引きずり下ろそうとしている。
正統な風歌だけでは届かない。
正史に残された血統だけでは、都市は救えない。
必要なのは、消された名。
隠された羽。
黒い風を読む者。
クラウディアは、もう一度蒼風石を見下ろした。
肩布を完全には外さない。
まだ、その時ではない。
けれど、黒い羽は確かに風を受け始めている。
セイはそれを見ていた。
救うためではなく。
許されるためでもなく。
彼女が自分の羽で何を選ぶのか、見届けるために。
都市は大きく傾き、雲海へ沈み始めていた。
その沈む空の中で、黒い羽の魔導師が、ようやく自分の風へ手を伸ばそうとしていた。




