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魔本物語  作者: 秋月瑛
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プロローグ

 私は私であって私ではない。

 〈存在〉は〈存在〉によって〈存在〉している。

 私を創造した魔導師は私に多くの知識を与え育てた。

 他が〈存在〉するからこそ私は〈存在〉するのだ。

 私を記した魔導師は全てを私に記す前に朽ち果てた。

 世界が広がり続ける限り私は無知であるだろう。


 今日も朝から雨が降っていた。

 どんよりとした曇天の下、僕は傘を差しながら住宅街を歩いていた。

 雨の日は外を歩く人が少ないから好き。

 僕と同年代の人たちは今頃学校で勉強をしている。そう、僕は学校に通っていない。それもだいぶ前から行ってない。

 中学に入学してすぐに入院して退院できたのが二年生の夏休み明けだった。病院を退院できたのはよかったけど、クラスや学校に馴染めなくて不登校になってしまった。それから学校には行ってない。

 入院中は時間を持て余すことが多くて本ばっかり読んでいたような気がする。それ以来、僕の趣味は読書になった。今でも家にいる時はいつも本ばっかり読んでる。と言ってもほとんど家にいるから、一日中本ばっかり読んでいると言ってもいいかもしれない。

 静かな雨の中、僕は行く当てもなく歩いていた。

 目的があって歩いているわけじゃない。ただ、雨が降っていたから外に出ただけ。雨の日は人通りが少ないから外に出ただけ。人には会いたくないけど、外に出たかった。

 よその家の庭から青い紫陽花が顔を出している。

 葉に雨粒が溜まっては雫が地面に落ちて四方に弾ける。

 しばらく紫陽花を見ていると、どこからか雨音に紛れて動物の鳴き声が聴こえてきた。たぶん猫の鳴き声だと思う。

 僕は鳴き声に誘われるままに歩き出した。その時、僕は呼ばれている気がしたんだ。猫は僕を呼んで鳴いている。

 紫陽花を見ていた場所からだいぶ歩いた。それなのに猫は見つからないし、猫の鳴き声が聴こえる。猫の鳴き声なんてそんなに大きくないはずなのに僕の耳には届いた。だから僕は確信した――やっぱり僕を呼んでいる。

 しばらく歩いたところで、僕は電信柱のすぐ横にあるダンボール箱を見つけた。僕はそのダンボール箱に小走りで近づいてしゃがみ込んだ。ダンボールのふたは閉まっていたけれど、この中にきっといるに違いない。そう、僕には思えた。

 ふたを開けると中には小さな仔猫が僕を見つめながら入っていた。そして、手でそっと頭を撫でてやると、喉を鳴らして顔を僕の手にすり寄せてきた。この時に僕はこの仔猫を家に持ち帰ることを決意いていた。

 ダンボール箱のふたを閉め持ち上げると、僕は家に向かって歩き出した。もう猫の鳴き声は聴こえない。

 濡れた道路の水を跳ね上げながら僕は急いで家に帰り、すぐさま自分の部屋に入ってダンボールのふたを開けた。

 すぐに仔猫と僕の視線が合う。

 仔猫の瞳は僕から見て右が紅色、左が金色という不思議な瞳をしていた。そして、首輪には金色のコインが付いていて記号のようなものが刻まれているけど、それの意味することはわからない。もしかしたらどこかの文字で名前が刻まれているのかもしれない。

 仔猫をそっと抱きかかえてあげると、その下から一冊の本が現れた。

 僕は仔猫を膝の上に置いてダンボール箱の中から本を取り出した。

 表紙が厚くて電話帳よりも分厚い本。動物の皮を貼ったと思われる表紙には金色の文字らしきものが刻まれている。そして、ページをめくっていくと蟻みたいに小さな文字がびっしりと書かれていて、その文字は印刷物じゃなくて手で書いたような文字だった。

 ふと僕の頭の中にある名前が浮かんだ――魔導書。

 魔導書とは神々やその眷属の伝承や魔法に関する膨大な知識を記した書物のことで、ファンタジーが好きな僕はこの手の本にも興味があった。でも、書かれている文字が読めないので、これが本当に魔導書なのかはわからない。きっと僕の思い違いの方が確率として高いと思う。

 謎の本を読むことを一時断念した僕は仔猫をお腹の上に乗せながら床に寝転んだ。

 仔猫を見ながら想像を膨らませる。

 この仔猫は異世界からやって来た仔猫で、この魔導書と一緒に敵から僕の世界に逃げてきたんだ。それで、この仔猫の住む世界には動物や人間を掛け合わせた種族がいて、猫人や犬人、翼の生えた人間もいるかもしれない。あとは、魔法が当然のように存在していて、恐ろしいモンスターもいるかもしれない。そんな世界に行ってみたい。

 毎日毎日家の中に引っこもって生活して、学校にも行かない僕。でも、本当はいろんなところに行ったり、いろんな人と話たりしてみたい。けど、この世界じゃ駄目なんだ。僕はこの世界に見捨てられた。

 誰も行ったことのない世界に行けたら、僕はなにか変われるかもしれない。なんていうのは都合のいい話。僕は逃げたいだけなんだ。けど、僕は……。

「誰も知らない世界を冒険したみたい」

 僕がそう呟くと、どこから声がしたような気がした。

 仔猫を抱きかかえながら上体を起こして辺りを見回していると、またどこからか声が聞こえた。でも、誰もいない。

 また、声がした。

 そして、僕はすぐ近くに置いてあった謎の本に目を向けた。

 声がする。それは音じゃなくて、僕の内に直接なにかを語りかけてくる声。声といっても言葉じゃなくて、感覚的に感じと取れる想い。そう、本が僕を呼んでいた。

 厚い表紙をめくった瞬間、僕の視界は真っ白になった――。

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