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後編

 ……自分の怪我が原因で結婚させたと不安そうにするリン。

 そのたびにウィルドが違うと。愛していると、上手くない言葉ながらも伝えるのだが。

 残念ながら、彼女にはウィルドの気遣いにしか思えないらしい。

 自分の持っている言葉を尽くしても駄目で、態度で大切に甘やかしても駄目だったら、後はどうすればいいのかと、結婚して二年間、ひたすら悩んでいる。


「あの子も頑固というか、なんていうかこう……度の過ぎたネガティブ思考だよなぁ。絶対に自分が悪いんだって頑なになっちゃて」


 悩むウィルドの様子を見るのが楽しいとばかりに、またケラケラと笑ったローシー。

 その様子にウィルドは顔を凄ませた。


「リンを侮辱するか」

「おいおい。怒るなって。そういう意味じゃねーから」


 彼はその後、小さく息を吐いて「仕方ないか」と呟き前髪をかき上げた。

 呟きの意味が分からず、片眉を上げるウィルド。

 

「何が、仕方ない」

「うーん……」


 ローリーはウィルドの座るの執務机のすぐ前まで歩いて近づいてきたあと、机の上にある書類の山をぱらぱらめくりながら口を開く。

 

「……まぁ、今日は早めに帰ってさ。リンさんの好物の桃のタルト? だっけ。それと花でも買って帰って、二人の時間過ごしたら?」

「なんでお前がうちの嫁の好物を知ってる」

「お前が話したんだろうが。桃のタルトににこにこしてるリンが可愛いって、のろけたの忘れたか」

「そんな事あったか」

「あったあった。お前、酔っぱらってデレデレにのろけてた」


 黙り込んだウィルドを前に、ローシーはぱらぱらとめくる書類の束の中から一枚、二枚と紙を抜き出していく。


「―――あのな。奥さんが不安になってるのって、お前が傍にいないからだろ? 隊長職について一年、ほんと仕事ばっかしやがって」

「………」


 ――――寂しい。

 そんな小さな感情が連鎖して、どんどんリンの不安が広がっているのかもしれない。朝の朝食程度の会話では、彼女にじっくり向き合うほどに腰を下ろしていられない。毎朝彼女の足を気遣うウィルドと、一人で大丈夫と遠慮するリンの不毛な攻防のみの会話で終わっている。

 夜も帰宅は夜中で、会話よりも早く眠ることを優先するようにと促され、その言葉を受け止めるままにウィルドは休んでしまっていた。

 リンもウィルドもお喋りが得意ではないから、余計に互いの感情が伝わりにくいのだ。


 初めてその事実に気付いたウィルドは、立ち上がろうとして、しかしはっと気が付いて椅子に腰かけ直す。


「……だが」


 ウィルドは机の上に積まれた書類を見下ろして太い眉を寄せる。

 身体を動かすのは好きだが、頭を使う仕事は少々苦手だった。だから事務仕事には人一倍時間がかかってしまう。

 責任感のあるウィルドが、任された仕事を放りだすことは出来なかった。

 眉を寄せて唸り続けるウィルドに、ローシーは溜息を吐いた。


「だから絶対にあんたの判がいるのだけ抜いた。これなら一時間もあれば終わるだろ。―――仕方ないから、あとは俺が代理としてやっといてやる」


 そういって、先ほど抜いたばかりの数枚の紙をウィルドの前に広げた。

 正しく必要な書類を、短時間で見つけ出す彼の能力には、ウィルドはいつも驚かされる。


「……仕方ないって、そういう意味だったか」

「俺っていいやつだろ? はい、これと、これと、これね。こっちはまぁ明日でも大丈夫だから持ち越しとけ」

「あぁ。助かる」


 ウィルド一人では、より分けるだけで何時間もかかっただろう。

 うけとった書類に早速目を通す為に机に身を乗り出した。


「いえいえ。っつーかウィルドさ。普段から任せられる仕事は他の人間に降ればいいんだよ。上に立つ立場になったんだから、下の人間の使い方を覚えろ」

「そうだ、な……努力する。……ありがとう」

「礼は言葉よりも奥さんの手作りアップルパイをホールで頼む」



* * * *




  ――――数時間後。


 もう日付も過ぎた完全な夜更けとなっている時間帯にも関わらず、城下町の隅にある小さな、しかし品の良い小洒落たレストランでは、男女が向き合い食事を共にしていた。

 

 周囲に客は一人もいない。

 何故なら、ここは男の実家が経営しているレストランの一つである。

 仕事を終えた夜中になってやっと時間の空いた彼は、レストランに恋人を呼んで手料理をふるまっているのだった。


「あーもうっ、ウィルド様ったら、また私のリンを不安にさせてたわっ……いえ、私の発言が原、因……? うう……!」


 出来上がった料理をテーブルに置き、彼が彼女の正面の席に着くなり、彼女―――フルラは金色の髪を揺らして大きく頭を振り憤慨した。

 リンの親友のフルラと、ウィルドの部下兼友人のローシーは、彼ら夫婦を通じて知り合い、恋人同士になったばかりだった。


「とにかくリンが悲しそうな顔しているなんて耐えられない! ローシー! 何とかして!」

「何とかって……まぁ、ちょっとだけ助言はしてきたから、今の不安定なリンさんの気持ちは軽くなるんじゃないかなぁと思うけどね」

「あら。対応が早い……有り難う」


 フルラは少しばかり安堵し、ほっと胸をなでおろしながらフォークとナイフを手に、ローシーの出してくれた料理をいただく事にする。


「いただきます」

「どうぞ召し上がれ、愛しい人。時間が無かったから簡単なもので悪いね」

「どこが簡単なものですか。盛り付けはとても綺麗で繊細。サラダの野菜なんて飾り切りまでしてくれちゃって。匂いもすごく美味しそうだわ」


 料理は使用人のするものという家庭で育ち、卵ひとつ割れないフルラにとっては尊敬さえする出来だ。

 フルラはまず、大皿から手元の小皿へと取り分けたばかりの、チーズと野菜のたっぷり入ったキッシュを切り分けて口に運ぶ。


「んー! やっぱり美味しいじゃないっ」


 外側はバターたっぷりなパイ。

焼きたてならではのサクサクとした歯触りとバターの風味がたまらない。

 中は少し柔らかく仕上げられていて、噛むとチーズをたっぷり含んだ卵生地がとろりと舌の上で溶け、ベーコンと野菜の旨みが口いっぱいに広がった。

 塩加減も焼き加減も最高にフルラの好みだ。

 もの凄く美味しい。

 

「相変わらず素敵な腕前。恋人が料理上手なんて贅沢すぎるわ」

「ははっ。フルラはいつも本当においしそうに食べてくれるから作り甲斐があるよ」

「だって本当に美味しいのだもの。料理人になれるのではなくって?」

「自分でも料理人の才の方があるとは思うけど。だが好きなのは騎士道だから仕方ないよなぁ」

「騎士をしているあなたももちろん恰好良いわよ?」

「それはそれは……有り難う、ハニィ」

 

 バチッと肩目をつむって見せた彼のこのキザ過ぎる仕草が、実は照れ隠しからくるものだとフルラは知っている。

 恋人の可愛らしい反応に胸を疼かせながら、フルラは次にカブのポタージュスープに舌鼓をうつ。カブの自然な風味とミルクのほのかな甘さ、そして素材を引き立てる少しの塩味が合わさって、ほっこり癒される味に仕上がっていた。


 他にも並んだ彼の料理を順に堪能していく。

 フルラは体は細いのに実はローシーよりも良く食べるのだ。



そうしてゆったりと真夜中の二人きりの食事会を堪能しつつ、会話を楽しむ。

 ウィルドの補佐をしているローシーも、相当忙しい。

 同じ家で暮らしているリンとウィルドよりも会う機会は少なく、この時間はとても貴重で大切なものだった。

 

 しかしやはりいつの間にか、自然と共通の知り合いであるあの夫婦の話題に移ってしまうのだ。


「……まぁでも実のところ、ふたりの悩みってただののろけ話よね」


 二人同時に、強く頷き合う。


「お互いに相手に気を使わせてる! もっと気楽にしてほしいのに! もっと幸せになって欲しいのに! だもんなぁ」


 過去にあった事故は、二人にとって間違いなく心の傷になっている。

 ウィルドはどうしても彼女の足を奪った罪悪感を抱いてしまうし、リンもその怪我を理由に婚約した経緯に恐縮してしまう。

  いっそのこと、どちらも相手を解放してあげた方が罪悪感からも解き放たれるかもしれないのだが。

 しかし別れるという選択は、二人とも頭に思い浮かべさえしない。

 考えるのは『どうすればもっと幸せな笑顔を自分に(・・・)向けてくれるのか』だ。


 フルラはデザートの木苺のアイスをスプーンですくいながら、子供の用に頬を膨らませる。


「今日会ったリンったら、また綺麗になってたの。ウィルド様の名前を出すだけで嬉しそうにしちゃって! 大切にされているって丸わかり! 悔しい! 私のリンなのに!」

「ほんとに大好きなんだ」

「そうよっ。だって私、リンしか友達いないのだもの」


 ローシーが勢いよく噴き出す。


「はははは! フルラはその派手な外見でものすごい人見知りだもんなぁ」

「悪い!?」

「可愛い」

「っ!?」


 真っ赤になった恋人の姿にほほ笑みつつ、ローシーはワイングラスを傾け、一口飲む。

 芳醇なぶどうの香りを楽しみながら、ふと思い出したように顔を上げた。


「あ。そうだ、今度リンさんのアップルパイをワンホール貰えることになった」

「やった! 大好物なの!」


 彼女が大好きなものだと知っているからリクエストしたのだとまでは口にしない。

 ローシーの空いたグラスに、ご機嫌なフルラがボトルをもって新しいワインを注ぐ。

 グラスの中でなみなみと揺れるグラスを間に挟み、恋人二人はくすりと同時に笑いを漏らした。 


「ま、あの夫婦はずっとあのままだろ」

「でしょうね」


 ……あの大きな熊みたいな体格の男が、小柄で儚い雰囲気の妻を丁寧に大切に扱っている場面も。

 互いに互いを度が過ぎるほどに大切にしている姿も。

 見ている側からすればもう何だか「爆発してしまえ」だ。

 それくらいに彼らが寄り添う姿は初々しくて、恥ずかしい。


 ―――――リンの足が不自由なのはもう変えようもなく、あの事故ももう起こってしまったことでどうしようもない。


 おそらく彼らは幼い時に胸に刺さったその心の傷をずっと抱き続けるのだろう。

 

 でもきっと。

 チクリチクリと胸を差す痛みを持ちつつも、ずっと互いを想い合い、大切にし合い、手に手を取り合って過ごしていくのだろうと。

 ローシーとフルラには容易に想像が出来るのだった。


 ただひとつ、時間をかけてゆっくりと向き合いながらでいいから、いつか互いの感情が罪悪感ではなく愛であることを心から信じあえるようになりますようにと、切に願った。




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