第十一話
がらがら、と音が迫る。見れば大型の山車のようなものがやってきて、その上では裾の広がったドレスを着た人形たちが踊っている。歯車で動く自動人形というやつだ。
山車は何台も、通りを練り歩くようにやってきて、それにまとわりつくように子供たちが歩いてる。子供たちは色紙で作ったふわふわの装飾を身に着けていた。
山車の上には機械仕掛けの楽団、カボチャのように丸っこい鎧を着た騎士、頭が複数ある犬と、それを従える老人は昔話からの引用。
「すっご、あんなのどこから借りてきたの」
「借りてきたんじゃねえさ! 歯車祭のために作ったんだろう!」
筋骨隆々の工員さん達はすっかり出来上がっていて、山車によじ登ってお姫様に抱きついたり、楽団の横を歩きながら高らかに歌ったり。
そうかと思えば取っ組み合いの喧嘩なんかも起こって、女がそういう工員に水をぶっかけたりしている。そしてふらふら立ち上がってまたビールをあおる。
人がどんどん増えていく。工場街の大通りはパレードの眺め、高い場所の窓からは紙吹雪が撒かれてる。
「さあどんどん食べてくれ! 炭化熟成させた牛だよ!」
炭のように真っ黒な牛肉を吊った台車がやってきて、おそろしく大きな包丁でそぎ切りにされる。
表面が炭化しているが、1枚そぎ落とせばピンク色でみずみずしい肉が出てくる。その薄切りを焼いて、数種のソースを絡めてパンに挟んだものが配られる。かじってみると肉汁とスパイスが口の中で爆発するような衝撃。おいしさで舌が翻弄される。
少し離れたところでは大型のサケが解体されてる。北の方で釣られる銀冠鮭だ。凍った状態のその唇にフックをひっかけ、80度ぐらいの油に通し、ほどよく溶けたところで次は氷水に、そして刺身にしていく。サケの食べ方は「私」の方の記憶にもあるけど、なんだかこっちの世界のほうが豪快で荒々しい。
4種の肉を詰めたミートパイがある、果物の薄切りで作られたミニチュアの家がある、溶鉱炉の模型から流れ出すのは真っ白なチーズ、それを固く焼いたピザですくうように食べる。総金歯の工員さんが板チョコをばきんと噛み割る。
音楽が拡大している気配。音が大きいのではなく鳴らされる範囲が大きくなっている。工場街のすべてを巻き込んで、あるいはギアラッドの市街地にまで届くほど。
どれほどの人が来てるのかもう分からない。私はひときわ高い山車に引っ張り上げられてワインととびきりの肉が振る舞われる。でも私が中心なのではなく、祭りはもはや目的も目標も見失ってひたすら快楽をむさぼる場になっている。
「ちょっと! もう2時間も食べて飲んでだけどいいの!?」
大声を張り上げないと誰にも聞こえない。横にいたのはいつの間にかバールさんだ。自動人形もぶっ続けで動かしっぱなしなので、バールさんのようなベテランが修理しながら動かしてる。
高齢の工員さんは飲み食いは激しくないけど、みんな楽器を弾いたり肩を組んで歌ったり、針金を曲げて子どもたちにおもちゃを作ったりしてる。
「いつもの歯車祭より多少やかましいな、まあ怪我だけはするな」
バールさんの低い声は喧騒の中でもよく通る。
「それと踊りが始まる、股を縛ったキュロットに着替えないとな」
「え、踊り」
聞き返した途端。私の体を掴む無数の手。
街の女性たちだ。私を引っ掴んで引きずりおろして、かと思えば持ち上げて、もみくちゃにして、どこかの建物に引っ張り込んで着替えさせられる。化粧を直されるだけでも溺れるような感覚。
「踊りって何やるの?」
「もちろん輪踊りさ、便所は行っときなよ」
いちおう私が主役の祭りなんだから逃げるわけにもいかない。通りに出ていくとすでに男女が肩を組んで円形に並んでいる。そこは四つ辻の中央、大きく空間を取って30人ばかりが並ぶ。そして数人が私を見つけて、一気に輪に引っ張り込まれる。
「ちょっと! 踊り方知らない!」
「すぐ慣れるさ!」
ステップは単純だが荒々しい、大地を踏み鳴らす躍動感。私はどうにかついていく。それはすぐに無意識のステップになる。組んだ肩から踊りのリズムが伝わる。
音楽が速度を上げる。叩きつけるようなトリル、場の盛り上がりに同調するようなトレモロ、複数の奏者がいるけど音を合わせるつもりがあるのかないのか、めちゃくちゃに入り混じる音を誰かが引っ張って、あるいは芸達者な人が即興で合わせる。同じリズムなのに二度と同じ音はない。列車からの風景が次々と切り替わるような感覚。
全員が脚を動かし肩を揺らし、私も無意識で踊りに同化する。男たちのパワフルな足踏み、女たちのしなやかな体がそれを受け流す。それは右回りの円運動。力の流れが右から来て体を突き抜ける。何度も何度も繰り返される。
「そうれ!」
誰かが飛び上がる。その右隣が一瞬遅れて飛び上がり、波が伝播する。速度はさほどでもないが波が進むたびにジャンプが高くなり、特に女性は隣の男に引っ張られ、頭より高く跳んでる。その波が、私のところまで。
「わっ!?」
体重が消える。重力が無視される。一度も跳んだことがないほど強烈な跳躍。そして分かる。がっしりと肩を組んだ両脇が力のすべてを私に伝える。
これは男は意地で跳び、女は耐えて跳ぶ踊り、しかもその波が何度も何度も回る。見ればあちこちで同じような輪が組まれて、でも私たちの輪が一番高く跳んでる。
音楽がかぶさる。肉の焼ける匂いとアルコールの匂い、果物の鮮烈な香気、子供たちが囃し立てる声。練り歩く山車の色彩。時おり浴びせられる水はレモンが入ってる。口に入ると強烈な酸味と覚醒感。景色がはっきり見えるような一瞬がある。
信じられるだろうか、その踊りは一時間以上も続く。
男たちは次々と交代し、汗だくになって倒れてそれでも笑ってる。女たちも木靴が砕けるほど飛び跳ねて、勢いで服がはだける人なんかもいて、輪の真ん中で道化師がジャグリングなんか披露して。
「よし替われ」
脇に炎のような赤い髪。男爵だ。輪に参加した男たちに力がみなぎるのが分かる。男爵の前で無様な跳躍は見せられないのか。
跳ぶ。これまでで最も高く、雲まで飛ばされそうな勢い。男爵は他の工員に比べれば細身なのに、誰よりも力強い。
「社長! これいつまで続くんですか!」
「さあな! 道を砕いて砂に変えるまで踊れ!」
音楽の弾き手も次々と交代、楽器は調律が狂い始めて職人さんが即興で直す。金属の板でドラムを作る人がいる。パイプに穴を開けて金管楽器を作る。急ごしらえのそれを体が破裂する勢いで吹いて、霧笛のようにたなびく音が生み出される。
ステップが入った。高速で左右に脚を投げ出すようなステップ。ラインヴァル領で習ったものとまるで違う、そもそも体系があるのかも分からない野性的なステップ。誰かの足踏みに皆が習い、踊りと音楽が駆け足で競う。そして不意をついて強烈な跳躍。
もう何時間踊ったのか分からない。明日はきっと筋肉痛だ。私は耐えきれず輪から抜ける。男爵はまた消えてる。今度はどこで踊っているのか。
女性たちが駆け寄ってきて脚をもんでくれる。卵と牛乳と果汁を合わせた飲み物も。
「あ、ありがとう」
「ほらほら、主役なんですから早く立ってください」
飲み物に砂糖と香辛料がたっぷり入ってる。甘いのになんてジャンクでパワフルな味わい。そしてレモン水で出来た氷を口に突っ込まれる。
なんて強烈な酸味と冷たさ、さっき飲んだもののカロリーが一気に燃焼されて無理やりに活力を生み出す。
ペアで踊る人もいる。男女が腰をぶつけ合い、互いの脚を踏み砕こうと狙うようなステップ。音楽は情熱的な響きが混ざり、ハーモニカは哀愁をわずかに潜ませる。
ぼう、っと弾けるような音。見れば工場の上の方の窓から筒が突き出され、花火の光が滝のように落ちている。七色の火花が石畳まで落ちて、あろうことかその中に飛び込んで踊る人も。
そこからは色彩の乱舞。赤い蒸気を噴き出す筒、緑に光るガストーチ、金属製の山車がやってきて、複数の筒から炎を噴き上げる。
影が長いことに気づく。日が西に傾いてる。
まだ夕方、と感じる。私の体感では1週間は踊り続けた気分。食べるものがどれも刺激的で、ガスワインの酔いが心地よくて、あの輪踊りの男爵は素晴らしく力強くて。
そして料理と音楽と踊りと光と、あらゆるものが一気に流れて一気に通り過ぎていって。
気が付けばもう夜だ。私は気絶していたのかもしれないし、この世のものではない怪物に変わって踊っていたのかもしれない。
空には花火が舞っている。「私」の記憶にあるものほど鮮やかではないけど、光が弾けてギアラッドの街を照らす。私は煉瓦の壁に背もたれて、脇には男爵がいた。
「男爵」
「どうした、社長と呼べ」
私も男爵も声が枯れてる。目も充血してるし髪も乱れてて、どちらも汗だくだ。
「私、これから大切な仕事に取り組むんですよ。この世界を変えるほどの事業なんです」
「ああ、契約書は見せてもらった、なかなか興味深い計画だ」
読んでたのか、提出したばかりなのに。いや、読んでるのになんで。
「私、こんなに楽しいこと知って、仕事する気なくなったらどうするんですか。この夜を一生忘れられなくなったら」
「俺も怖い」
男爵が言う。
「遊び歯車というやつだ。全体の機構に関係ない歯車。大型の機械は冗長性を持たせて歯車を組むから、たまに、まるで必要ない歯車が混ざることがある。回っているのに力を伝えていない歯車、あるいは回ってすらいない歯車だ。遊びすぎるとそうなってしまう、という喩えでもある」
「男爵もそれになるんですか」
「なるかも知れん。快楽というやつは圧倒的で、人間はあまりにも弱い。どれだけ真面目でも、情熱を燃やす事業を抱えてても、酒と女と祭りでそれを投げ出すやつもいる」
「私、こんなの覚えたら夜遊びするかも知れませんよ。男爵だってそうでしょう。本気で私を放り投げてどうするんですか。靴が壊れるほど飛び跳ねてどうするんですか」
「それも人間だ」
男爵は笑う。私の腰を抱えて壁から引きはがし、たかだかと抱え、笑いながら回る。
「力いっぱい遊んで、それで壊れたらそこまでの人生だ! 全力で生きるってのは全力で遊ぶってことだ!」
宴は続く。
子の宴は本当に終わるのだろうか、宴の終わりを予感させるものが一切なく、倒れるまで走る人のように無茶がまかり通る。
私は。
私は、目の端で誰かを探してる。
それは誰だろう。キリーか、バールさんか、晨だろうか。
いえ、その人たちは何度か見かけてる。キリーは仕事があるらしくて、何度か私の様子を見に来ては去っていく。
バールさんは同年代の工員さんと酒盛りしてるし、晨はずっと踊ってる。彼女の踊りは猫のように柔軟性があって、窓から突きだした鉄パイプの上でも見事に踊る。無数の拍手が、歓声が彼女に投げられる。
男爵は私の手を引き、また踊りの輪を探す。あの輪踊りは本当に危険なのに、忘れがたい快楽になりそうなのに、それでも輪を探してしまう。
探してる。
誰をだろう。祭りの熱で浮かされた頭は思考が働かない。油と砂糖と、香辛料とお酒と、女たちの嬌声と男たちの胴間声、そんなものの中では正気を保っていられない。
いない。
やはり、あの人たちはいない。
私がその名前を意識したのは、もうすっかり疲れ果てて、それでも音楽は凄まじくて、道の端で毛布にくるまり、まどろみとも気絶ともつかない領域にいた時のこと。
やはりいない。
フリンジ夫人は、レンチ様は。
あの二人はどこにいるのだろう。こんなにも眩しい夜なのに、この世のすべてが集まってくるような熱狂の祭りがあるのに。
あの二人は……。




