永井果津喜
たくさんの人生、たくさんの思いをここで救済する物語。
みんなのことが嫌い。僕は小学生からいつもいじめられてきた。僕は悪くなかったけれどみんなは僕のせいだって。あんたがしっかりしないから、みんなのあしを引っ張るんだ。もう嫌だ。あんたの隣を歩きたくない。もう嫌だ!
ずっと自分にぶつけられる言葉。暴力。精神的に来るような人格否定。僕はそれでも。こんな人生だったとしても僕はあの子を信じたい。信じてあげたい。僕の人生がどんなにボロボロだったとしても。
朝4時。たくさんの野菜とたくさんのお菓子。それでたくさんの肉とキノコ。いろんなものを買い込んで仕込みを始める。朝はこの仕事。個人で経営しているこの食堂は子供に朝ごはんを食べさせてここでみんなの体と心を休ませる施設。ここは商店街のような。でもたくさんの協力で経営が成り立っている施設。ここで朝ごはんを提供する。昼のためにお菓子とパンとジュースを渡して、午後には銭湯の利用ができてここの住宅に泊まることもできる。
みんなでずっと休めることのできる仕事。朝動くのはつらいと思ったことがあったがそんなこと思うわけにはいかない。みんなのために働く奉仕活動なのにアイデアがどんどん湧いてくる。料理なんてできるわけがないと思っていた。でもやってみたら面白いことがわかる。みんなはこの仕事をしているといつもきまって言う言葉。ありがとう。頑張ってね。
自分のために取り組んでいるんじゃないのか。自分のためが人のためになっているだけだろ。ぼくはこの心で問題ない。僕はもうどうでもよくなってる。この仕事を続けても構わない。
「さぁ、やるぞ。」
大体具だくさんの豚汁をつくる。くたくたになるまで煮込んだ野菜と豚肉を食べると活力がわく。
眠たい目でてを丁寧に洗ったうえでびにーる手袋でおにぎりを200個を延々と握る。
「果津喜さん、おはようございます。」
「うん。おはよう。」
「ご飯食べに来ました。」
「はい。そこに入れてね。」
「うん。」
お金の落ちる音が一つ二つ鳴る。
少しづつ、ごはんを食べる子供たちや子供連れが増えてきた。作業を切り替える。いつも弁当箱をもってきて。そこに簡単なご飯を詰める。ごはんは昨日作ったものや作って余った総菜をいれて昼の弁当にする。ここでは午前4時から午後8時50分まで働く。ここで僕の生活が始まる。
10時に作業がひと段落した。ここの食堂はもともと飲食店を営んでいた老夫婦が引き払った後に始まった。この形で営業するのは5年前の不況の時代だった。
住むところも確保できなくなった人たちを支援する仕事。子供もいれば、ここに住みながら生活している人もいる。最後にここに短期的に居住して仕事をする人の施設にもなっている。
ここに仕事をする前は非雇用の仕事を2つしていた。食堂をすることになったのは偶然。この仕事は向いていないと思いながらもいやいや続けることにもいかず、自分の人生にも納得いくこともなくただただ黙々と作業を続けるにはもう精神的にも限界を迎えていた。
この仕事をしているときに付き合っていた人。もう嫌だと言われて別れた。僕はもうどうでもよかった。だからこの仕事につくことができたと思っている。
自分に自信がない。そう思っている。自分には特技などなく、ずっとなにをするべきなのか?これに意味があるとは思えない。そもそもここに居たくない。ずっとこの仕事は嫌だ。ずっと文句と不満を続けていた。そんな気持ちをこの食堂で働きつづけて溶けてなくなっていった。ぼくはここで働いている、そう自覚するのに時間がかかった。けれどよかった。
ぼくの次の仕事は仕事を探すこと。でもまだ26歳。こんなことを続けているのにはまだ理由がある。まだこの仕事をしながら、違う仕事をしたい。けれどもいつまでも奉仕活動のような仕事をしているわけにもいかず。ずっとこのままではいけない。
「あ!お疲れさん。きょうはどうしたの?」
「はい、しごとを探しに来ました。」
「はい、いいのあるよ。受けてみたら?」
「はい。それなんですけど。」
「うん、食堂の仕事はどう思う?」
「かなり疲れます。でももうあの仕事でもかまわないかなと思ってます。」
「うん、やっぱりこの仕事でいいの?まだ選択肢はあると思うけど。」
「大丈夫です。それで食堂の調理師になりたいってどう思います?」
「給料は安いよ。でもお金はたまるね。あとは何かしたいことはない?」
「ずっと考えてたことなんですけど、調理師の仕事に携わりながらいろんなことに挑戦したいなと」
「うん、具体的にはどんなこと?」
紙を一枚出す。
「うん、いいの?その歳でまだ決めるべきでもないよ。まだいろんな道があると思うけど。」
「はい、問題ないです。」
「よし、分かった。それじゃあがんばってね。やっと決まった感じ?」
「はい。」
うん。と肩をパンパン。頑張ってという感情が伝わってくる。
紙には婚姻届。もう決めたから。あの人を迎えに行く。
「ありがとうございました。」
「お!にいちゃん!どうするの!,,,あ!決めたの!がんばったね!いいぞ!俺しんどくてもやるからな!まかせてな!行って来いよ!それと、戻ってくるなよ!にいちゃん!」
「はい!ありがとうございます!いってきます!」
「がんばれよー!」
「おいちゃん!僕、あの子と結婚します!」
「うん、がんばってな。兄ちゃん、もう来るなよ。その歳で頑張ったんだからな。いい人生送れよ。」
「はい!」
ここに来たのは8年前。高校に行かなくて家族にここに送り出された。僕はここから居なくなりたい。
ずっと思っていた。でもすぐにあきらめた。ずっと落ち込んだ気持ち。ずっとずっと。暗い所に居て動かず、なにも思わずただただ生きたくない。ここで何もせず時間が止まってほしい。そんな気持ちが、頑張れないという思いが、自分の体中を奥の奥に沈み込んで出られない。
そのきもちを救い出してくれた、ここの商店街に住むみんながこの僕を救いあげてくれた。
ぼくはここで生きてこれた。それでいい。ここでよかった。
電車に乗る。いつもの各駅電車。今から迎えに行く。どこにいるのかもうわかってる。僕はみんなが嫌いだった。ひとりで居てもみんなが僕を見ている。なにをしているのかなんてどんな意味があるのかわからない。僕は僕が嫌い。みんなも僕が嫌い。家族は信じてくれない。頼る人なんかいなかった。頼られることを知らなかった。
一生懸命頑張って送ってきた人生だった。ここで聞く言葉。それがどんな18年間だったとしても。この5年間だったとしても。僕は僕で。永井果津喜として生きていられる。
永井果津喜。父親が考えてこの子は人生が大変な目にあってもいつかいつか。この人生で大きなものを携えて、喜んでいられる。そんな意味がある名前。
僕はあの子に出会った。とても落ち込みやすくて、とても強く人に当たる気が強い女の子。
ずっと僕と話すときには下を向いていた。不機嫌そうに見えたけど、多分違ったんだろう。
「お兄さん、ご飯おいしかった。ありがとう。」
「お兄さん、私、この料理の味付け知りたい。」
「お兄さんは好きな人いますか?」
「お兄さんはみんなやさしいって言ってます。でもここの仕事してるのはなんでなんですか?おにいさんはなんの仕事してましたか?」
「お兄さん、わたしは、その、飲食業の仕事って難しいですか?私料理できると思いますか?」
「ねえ!お兄さん。私就職できたんです!私、ずっとずっとお兄さんを待ってます。お兄さん!ずっと好きです。いつも優しくしてくれるお兄さん。わたし優しくておいしいご飯作るお兄さん。好きです。私遠くでお兄さんを待ってます。頑張ってください!私、たまにこっちに来ます。待っててください。」
僕はここまで言われたことない。自信がなかった。今も自信なんかあるのかな?多分無い。全然ない。こんな自分が好きなんてどんな風に見えているんだろう?僕はどんな風に見えているんだろう?分からないけど信じていいんだろうか?分からない。でも喜んでいる顔。嬉しそうな。
「ありがとう。お兄さんはみんなのこと見てるときとても優しいね。」
「ありがとう。おいしかったよ。兄ちゃん、これ。僕の所で作ってるお菓子。たくさんあるから、みんなに配っていいよ。持ってくるからね。」
「なあ、兄ちゃん。ここの食堂でお金はらってもらってな。銭湯と宿泊所作るかって商店街の人たちで言ってるの。ここな。本当はみんな、ここで暮らしたほうが活気があって良いんだよ。みんな子供育てるの大変なのに。兄ちゃん来てから子供の通学路になったんだけどな。みんなでここ盛り返そうと思ってるの。兄ちゃん、ここで短期で働く人とかの弁当とか、子供がいつもパンとかお菓子もらってるから。ここで弁当作って渡してほしいんだ。そしたら子供な、此処に来て、いつでも楽しく暮らせるようにしたいんだ。ここのお金な、あんたが盛り返してくれたお金な、兄ちゃんがここの永井さんとこの家に住んだ時にすこしずつ少しずつ貯まってきたんだよ。だからここでその奉仕活動しようってなってな。いいか?兄ちゃん、おれらでがんばろうな。ちゃんと暮らせてお金貯まるようにするから。いい?n兄ちゃん、がんばってな。」
「一花ちゃん、僕のところに来て結婚する?僕な本当は一花ちゃんと同い年。一花ちゃん。なぁ、一花ちゃん。こっち来て結婚しない?」
「うん、いい。やめる。仕事やめて食堂手伝うの?」
「違うよ。新しい場所で食堂することになった。あのな、僕な。ずっとずっと一花ちゃんの実家の近くで食堂することにした。それでいい?そしたら一花ちゃんな家族のそばで働いてずっと実家に帰れるだろ?一花ちゃんな、おれと結婚してずっと群馬県のあのちいさな食堂で働いて僕が実家の事業手伝うから。いいか?ずっと一緒に暮らそうな。」
「おにいさんはそれでいい?もう帰らなくていいの?お兄さんはそれで大丈夫?みんなが心配してないの?いいの?わたしでいい?お兄さんのそばにいていい?」
「うん、それじゃあ結婚しよう。一花ちゃん。僕隣に居ていい?」
「はい。よろしくお願いします。お兄さん。お兄さんは...その名前ってなんですか?ずっと聞いてないんです。聞いたけど聞いたんだけどよく聞こえなくて。なにか分からなくて。だからお兄さんって言ってたんです。名前ってなんて呼びますか?」
「ぼくは永井果津喜。人生が大変だったとしても、きっと大きなものを携えて必ず喜んで生きていられる名前。果津喜。」
一花ちゃんはどんな子なの?って思いますよねー。でもそれでいいんだと思います。みんな好きな人とはちゃんと目見て話そうねー。




