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俺が惚れた少女は、何故か親父の面影を抱いている  作者: ケイト
一幕目 君が親父の愛人か、腹違いの妹だとしても

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複合魔術 カタストロフ

 

 鼻を突くのは、噎せ返るようなひどい血の臭いだ。

さっきまで歩いていたのどかな街道の面影なんて、もうどこにもない。

視界に飛び込んでくるのは、無惨に千切られた人の肉片と、石畳にぶちまけられた赤黒い染み。


 防壁に守られていたはずのテイテオの街は、文字通り悪魔たちの"エサ場"に成り果てている。


「どうなってんだよ、うっぷっ……」


「ルー君、吐くのは後にしてちょうだい」


 母さんの冷静な声にハッとし、胃袋からせり上がってくる吐き気を、奥歯を噛み締めて無理やり飲み込んだ。

注意されるのも無理はない。

目の前では、漆黒の剛毛に覆われた異形のバケモノが、今まさに俺たちを襲おうと身を沈めていた。


 人間を引き裂くためだけにあるような、不自然に長くて鋭い鉤爪。そこから滴り落ちる血が、パチャリ、と嫌な音を立てて足元で跳ねる。


「知能は無さそうだが……ふむ、ルイサ! まずは基本からいくぞ」


「基本って、こんな状況で授業かよ!?」


「そんな小難しい事はしねぇよ! ただ、やり方を教えるからやってみろってだけだ、悪魔を殺すのに簡単なやり方を教えてやる」


 悪魔は俺たちの言葉など理解していないのだろう。

目の前でこんなやり取りをしているにも関わらず、獲物を前にして逃げる様子はない。

喉の奥から、グチャ、グチャと濡れた肉を擦り合わせるような、気味の悪い唸り声を響かせている。


 ……やるしかない。

ここでビビって逃げたら、俺があいつらのエサになるだけだ。


 震えそうになる手で、俺は親父の銃を構えた。


「まずはバルトロスの基本技、弾丸に空間を削り取る魔術"カタストロフ"を乗せて発動させろ」


「簡単に言うなっての! アレが基本技なのは親父ぐらいだって!」


 ロスは俺の抗議など「知らん」と言いたげな表情で、白と黒の銃を器用にクルクルと回してみせた。


「ここから派生させていくのがバルトロス流なんだから、四の五の言わずにとりあえずやってみろ」


 銃を武器にする魔術師にとっての、一撃必殺の奥の手。

転生者たちの言葉を借りるなら、"ウルート"……だったか?

普通の魔術師なら、安全な後方で立ち止まり、極限まで集中してようやく発動できるレベルの超高等魔術だぞ。

それを、ロスは"前提条件"だと言い放ってやがる。


「私は周囲の警戒をしておくから、ルー君はしっかり頑張りなさい」


「わかってるっての!」


 母さんが自身の影から無数の蛇を呼び出し、周囲の瓦礫へと解き放った。

それを見たロスが、ふらりと母さんの隣へと歩み寄る。


「さてと、私はシアコトルの護衛に回るかな」


「ちょ、ロスさん!?」


「こんな美人を野ざらしにして守らないなんて、無責任な事できねぇっての。それに言うべき事は言ったし、お前に足りないのは実戦経験だし」


 そうかもしれないけどさ。

せめてこう、近くで見ててくれるとかあってもいいんじゃないか?

母さんは強いし、俺を見ていて欲しいんだけど……。


「あら、隙を見てバルトロスの正妻である私を消そうってことかしら?」


「違います! 貴女が傷つくのはその……バルトロスが許さないと思うので」


「……隠し子を私に育てさせる為かしら」


「だから違いますってばぁ!」


 俺に付きっきりで教えてくれるのかと思っていたが、ロスは母さんの隣に陣取り、瓦礫の山を跋扈する悪魔の群れへ銃口を向けた。

口では母さんからの疑いに対して否定をしているけれど、その明るいやり取りとは真逆の表情だ。

ロスの普段の可憐な美少女としての表情じゃない、戦う戦士の表情を見せている。

可愛いだけじゃない、親父の真似をしているだけの変な少女でもない。


「シアは蛇で小型の悪魔の相手を頼む、俺は他の人型のやつを片付ける!」


「シアって呼んでいいのは夫だけよ、愛人風情が……」


 真似だけじゃなく、本当にそこに親父のような安心感を確かに感じている。

そして……やり方だけ教えて、あとは実戦で勝手に覚えろって教え方まであの乱暴な親父そっくりにする必要はないんじゃないか?

くっそ、だけどやるしか……。


「ルイサ! お前なら必ずできる、やってみせろ!」


 その凛々しく真面目な姿を見せておきながら、ロスはニコッと14歳の少女らしい笑顔を見せてきた。

さっきまでカッコいい姿を見せておきながら、不意打ちのような形で、女性としての魅力を俺に叩き込みながら俺ならできると言ってくれている。


 フフッ、ああ、そうだな。

その可憐な少女のキラキラとした笑顔をもう一度見るためなら、そしてそこまで素敵な笑顔で期待してくれるなら、答えない訳にはいかないだろう。

男として、惚れた女にいい所を見せる。

そのためなら、なんだってできそうな気がする。


「さてと……カタストロフ、だったよな」


 頭の中で、カタストロフの術式を組み込んでいく。

撃った弾丸の軌道上の空間を削り取る魔術。

これを、凡人の俺に、動き回りながら使えって言うんだから無茶苦茶だけど……。


「どうやらロス先生は、見た目の可愛さとは真逆で、スパルタが過ぎるっぽいなッ!」


 ぼやいた瞬間、悪魔が大きく翼を広げた。

鋭く、当たるだけで腕ぐらいなら切断してしまいそうなソレは風切り音を出しつつ、刃のように鋭い黒色の羽を、散弾のごとく俺を目掛けて飛んでくる。


 せっかく脳内でカタストロフの術式を組み上げていたのに、羽を躱すために体を捻った瞬間、頭の中の計算式がガラガラと音を立てて崩れ去ってしまった。


 ……おいおい、これ、本当にできんのか?

今の俺には、親父の背中が、バカみたいにデカイ壁にしか感じられなかった。


 ダメだ、集中できねぇし計算が全然追いつかねぇ!

敵の動くスピード、魔術を組み込んでそこに魔力を流しそんで、それを発動させて弾丸に宿らせる。

おまけに空間を歪める数値の固定まで。

全部を同時に、しかも完璧にやらないとただの不発で終わっちまう。


 落ち着いて集中すれば、できるかもしれない。

でも、そんな計算に気を取られてたら、次の瞬間にはあのデカい爪で俺の首が飛んでいる。


 悪魔が、低く身を沈めた。

石畳が砕ける音がしたかと思うと、死神の鎌みたいな爪が俺の視界いっぱいに迫ってきた。

これ、防御は間に合わないよな?

え、ここで、俺は死ぬのか?


『プロテクション!』


 思わず目を瞑りそうになった瞬間、俺の目の前に紫色の壁が出現し、悪魔の爪を弾き返してくれた。

剣と剣が激突したような硬い音が響く。

最上位防御魔術である"プロテクション"の声の主を探してみるが、周囲にいるのは悪魔と、ナイフを持って戦う母さん、それに白と黒の銃で戦うロスだけだ。


「いったい、誰が……?」


「ルー君! 集中!」


 母さんの鋭い声が、俺の困惑を切り裂く。

その瞬間、俺の握る銀色の銃が、いつもより強く輝いているのに気付いた。

もしかして、この銃が守ってくれたのか? だとしたら、あの女性のような声は……。


 いや、考えるのは後だ。

俺は一人で戦ってるわけじゃない。後ろには母さんもいるし……ロスが見てる。

あいつは俺にコイツを倒せると言った、なら、やってみせろよ、俺!


 俺の目の前の悪魔はいきなり飛び上がり、空に舞う。

そこに銃を撃ち込むが、素早い動きで躱され、当たったとしても大したダメージにはなっていない。

そいつは俺を無視し、後ろで背中を見せて無防備になっているロスの頭上に向かって、鎌みたいな嘴を突き立てようと急降下してきていた。

ロスを……!


「やらせるかよ!!」


 頭で考えるより先に、手が動いていた。

二丁の銃には慣れてない。

親父は使わせたがっていたけれど、両手に銃を持っているといつも親父と比較されて、無責任な期待を押し付けられるからむしろ避けていた。

でも、今の俺の頭ん中は、今まで生きてきた中で一番クリアに澄み渡っていて、違和感や使いにくい感覚が何一つなかった。


「ロスに手ぇ出すんじゃねぇ!」


  二つの銃声が重なって一つの爆音になった。

ロスの見せた黒色の弾丸ではなく、何故か青色だったけれど、空からロスを狙った悪魔の頭部と翼を撃ち抜いている。

そして、悪魔から金属を擦るような嫌な音がした。

思いもよらない異音に驚いたけれど、悪魔の傷口は大きく広がっていた。


 勢いは殺せたし、ロスを守る事はできた。

だが、親父のカタストロフのような威力じゃないし……アイツはまだ生きて……いる?


 地面に倒れた悪魔の俺が撃ち抜いた場所、頭部と翼から青色の光が全身に走っていく。

ソレが何だかわからないが、悪魔はバタバタともがくだけで立ち上がる事も、飛ぶ事もできずにいる。

そして全身が青色に染まった時、悪魔はただの青い光の粉になって、血生臭い空気に溶けていった。


 ……気持ち悪いくらい、あっけない消滅だった。


「あれって……っ……」


 一気に魔力を持っていかれて、目の前がグラグラ揺れる。

カタストロフの練習は初めてじゃない、だから消費する魔力の量は把握している。

だけど、それ以上の魔力を急に体内から抜き出されたような感覚がして、視界が少し歪む。

へたり込みそうになった俺の背中に、ドンッ、と柔らかくて温かい衝撃がぶつかってきた。


「ルイサァッ!!」


 ロスは俺の首に思いっきり腕を回して、泣きそうな、でもすごく嬉しそうな声で叫んだ。


「すごい、すごいぞルイサ!  流石……いや、英雄の息子だ!  お前ならできると信じていたぞ!」


 ロスが俺の頭を、ぐしゃぐしゃと乱暴に撫で回してくる。

背中に感じる柔らかい感触と、頭にある小さな手の温かさに、俺の顔は一瞬でお湯が沸騰したみたいに熱くなった。


「ちょ、ロスさん! 当たってます! 色々当たってるから!」


「当たっている?  ああ、確かにお前が弾を当てたのはしっかり見たぞ!  最高の狙撃だった!」

 

 ロスは俺の言う"当たってる"の意味に全く気づかず、さらにギュッと抱きついてくる。

……うん、これはご褒美だよな?

死にかけた俺へのご褒美だ!


「えへへ、ロス、もっと強く抱きしめて……」


「おう! よくやったな、このこの!」


「頭じゃなくて、その、もっと体を……」


「はいはい、ロスちゃんは、ルー君から離れてね」


 俺をジト目で見下ろしていた母さんが、自身の影から伸ばした蛇でロスの襟首を掴み、ズルズルと引き剥がした。

悲しいことに、短いご褒美タイムの終了である。

 

 ロスは「なんで怒られてるんだ?」とばかりにキョトンとしているが、俺の顔は……多分、とんでもなくニヤけていたんだろう。

母さんからの視線が痛い。


 ため息をついた母さんが、青色の粉になった悪魔を覗き込んで、急に冷静な暗殺者の目つきになってポツリと呟いた。


「……ねぇルー君、今のカタストロフ、少し様子が変だったわよ」


「え……?」


 母さんが指差したのは、光の粉になって消えていく悪魔だ。

確かに相手を粉にするってのはただ空間を削り取っただけじゃ説明がつかない。


「でも私は確実にカタストロフの魔術を感じ取ったから、ルイサはちゃんと使えているよ?」


「それは分かってるわよ、でもロスちゃん……この粉になるっていうのはカタストロフの魔術じゃ不可能な事よ? 私の毒なら可能だけど……あの毒の魔術はかなりの量を相手に仕込まないといけないからあまり実戦向きじゃ……」


 母さんとロスがいきなり顔を見合わせた。

そして俺を見てから、もう一度同じ動作を繰り返して、頷いてから母さんが俺に近づいてくる。


「カタストロフで傷口を作って、そこに私の毒の魔術を混ぜ込んだのね、ただ壊すんじゃなくて、内側の構造から腐らせて崩壊させる……どんな鉄壁でも削り取って毒で殺すなんて、バルトロスでも大人になってから数回しか成功しなかった、とんでもない複合魔術よ」


 母さんの言葉に、俺はポカンとしたまま自分の両手を見つめた。

そんなすごいことやったなんて自覚はねぇよ。

俺はただ、必死にロスを守らなきゃって、いい所を見せたいって思っただけだ。

親父のバカみたいな破壊力と、母さんの精密な毒の魔術。


「俺のカタストロフが……複合魔術だってのか?」


「もはやこれはカタストロフじゃないわ、ルー君だけの特別なカタストロフね」


 二つの血が混ざり合った俺の体の中で、この地獄みたいな街の真ん中で……親父すら超えるかもしれない"俺だけの新しい力"が、初めて目を覚ました瞬間だった。


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