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俺が惚れた少女は、何故か親父の面影を抱いている  作者: ケイト
一幕目 君が親父の愛人か、腹違いの妹だとしても

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実戦経験



 木漏れ日が落ちる崩れた街道を、心地よい風が吹き抜けていく。

鳥のさえずりが響く穏やかな昼下がり。

俺たちは、この大陸で悪魔に抵抗を続ける神都"テイテオ"へと向かって歩みを進めていた。


 テイテオは巨大な防壁に囲まれた堅牢な街だ。

昔は交易の要所でもあり、あらゆる物資と情報が集まる場所だと言われているけれど……今はレイア様と人間が手を取り合って耐えている最前線都市と言っても間違いではないだろう。


 道中、少し前を歩くロスの背中を、俺はなんとなく目で追っていた。


「シアコトルさんってその、バルトロスが居ない間にその……男ができたりとか……」


「何? 私に男がいたのならバルトロスを貰ってもいいかって事かしら?」


「毒蛇を出さないでくれ! 違っ、違いますよ! その、バルトロスがよく"シアは美人だから男が寄り付いてそうで怖い"と言っていたので」


「あの人……私が浮気すると思っていたの? ますます痛め付けないと気が済まなくなったわ」


「うぇ!? いや、そ、そんなつもりじゃなくて!」


 歩くたびにサラサラと揺れる美しい髪。華奢な肩。昨日の一件以来、ロスは俺と目を合わせようとせず、どこか落ち着かない様子で距離を取っている。


 ……照れているんだろうな。

いや、無理もない。

母さんも言っていたけれど、あんな情熱的な言葉を朝一番に浴びせられたら、年頃の女の子なら誰だって意識してしまうはず。

俺だって、親父のあのキラーフレーズがここまで破壊力があるとは思わなかったし。


「……なぁ、ロス」


 俺は少し歩調を速め、ロスの隣に並んだ。

ビクッ、とロスの肩が跳ねる。

まるで肉食獣に狙われた小動物のような反応だ。


「そんなに怯えなくていいって……それよりさ、テイテオの街に着いたら、どこに寄るつもりなんだ? ロス、テイテオで何か探してるものがあるって言ってただろ。俺も手伝うから、何を探すつもりなのか教えてくれよ」


 俺が純粋な厚意からそう尋ねると、ロスはあからさまに視線を逸らし、気まずそうに頬を掻いた。


「んー……まぁ、ちょっとね。お前には関係ないことだ。私一人で片付ける」


「水臭いこと言うなよ。俺たち、もう一晩一緒に過ごした仲じゃないか。ほら、遠慮せずに」


 俺は少しでも距離を縮めようと、ロスの華奢な肩にポンと手を置いた。

ただの、親愛の情を込めた軽いボディタッチのつもりだった。


「ひゃっ……!? さ、触るな馬鹿!」


 凄まじい悲鳴だった。

ロスは全身の毛を逆立てた猫のように飛び退き、顔を真っ赤にして自らの肩を抱きしめた。

その瞳には、羞恥と……なぜか、底知れない"生理的嫌悪"のようなものが入り混じって震えている。


「ば、馬鹿……?」


「あ、いや、違う! 言葉のアヤだ馬鹿ッ! とにかく、気安く私に触るなと言っているんだ、このっ……!」


 ロスはパニックを起こしたように言葉を詰まらせると、そのまま小走りで前衛を歩いていた母さんの背後へと隠れてしまった。


 母さんの腰のあたりにギュッとすがりつき、こっちをちらりと見てから、母さんに抱きついてしまった。

……なんだよ、あれ。

あんなに喜んで気絶までしたのに、触っただけであんなに拒絶されるなんて。


 俺が自分の手のひらを見つめながら首を傾げていると、振り返った母さんが、呆れたような、それでいてどこか面白がるようなジト目で俺を見た。


「ルー君、いくら悪気がないとはいえ、嫌がる女の子に無理やり触るのは、ただの痴漢よ?」


「ち、痴漢って! 人聞きの悪いこと言わないでくれよ、母さん。俺はただ、ロスの力になりたいだけで……!」


 必死に弁解する俺を見て、母さんはフッと妖艶な笑みをこぼした。

そして、自分の腰にすがりついているロスの頭を、まるで愛しい我が子のように、優しく撫でた。


「ふふっ、分かっているわよ。ねぇロスちゃん、ルー君はね、貴女のことを本当によく思っているのよ? ちょっと不器用で、父親の真似事ばかりしている可愛い子で……でもね根は優しいの」


「う、うぅ……シアの匂い、落ち着く……ルイサ、距離感がバグってて怖いんだよ……」


 ロスは母さんの言葉を聞いているのかいないのか、母さんに顔を埋めたまま、深々と息を吸い込んで安堵の吐息を漏らしている。


 なんだかんだで、ロスは母さんとひっついている時が一番幸せそうな顔をするんだよな。

息子の俺から見ても絶世の美女である母さんと、儚げな美少女のロス。

二人が身を寄せ合っている光景は一枚の絵画のように美しく、目の保養にはなるのだが……俺としてはちょっと、いや、かなり複雑だ。


 俺のプレゼントより、母さんの匂いの方が落ち着くのか? 

女同士だから警戒心がないだけかもしれないが、なんだか敗北感を味わわされた気分だ。


「そういえば、ルー君」


 和やかな空気の中、母さんはロスを背中に庇ったまま、ふと真面目なトーンで問いかけてきた。

その声色は、先ほどまでの母親の顔から、少しだけ"戦う人間"のそれに変わっていた。


「貴方、強くなると言っていたけれど……具体的に、どんな強さを望むの? これまで私が教えたのは暗殺と毒殺だけだけど、それじゃダメなの?」


「どんな強さ、か」


 俺は歩きながら、顎に手を当てて思考を巡らせた。

母さん程じゃないが、毒を扱う事に自信はある。

だがこれは誰にでもできるし、暗殺術はそもそも対人が基本で悪魔に通じるとは思えない。

だから俺が求めるべきは、そんな力じゃない。


「そりゃあ……決まってる、親父みたいな強さだ」


 俺は迷うことなく、強く拳を握りしめた。


「俺はいつか必ず、あの"壊滅たるバルトロス"の背中に追いついて……いや、超えてみせる。親父みたいに、どんな敵でも一撃で粉砕する圧倒的な力と、大切な女を喜ばせる余裕を持った、最高の男にね」


 その言葉を口にした瞬間だった。

ビクッ、と母さんの背中に隠れていたロスの肩が、大げさなほどに跳ねた。


「ほ、本当か、ルイサ!?」


 ロスは弾かれたように母さんから離れて顔を出し、ものすごい勢いで俺に詰め寄ってきた。

さっきまでの怯えたような、俺を痴漢扱いしていた態度はどこへやら。

その瞳は、まるで夜空の星をすべて集めたかのようにキラキラと輝き、顔には抑えきれない歓喜が満ち溢れている。


「バルトロスに憧れているのか!? あいつを超えたいと、本気でそう思っているんだな!? よし、なら私が直々に、バルトロスの戦い方を基礎から教えてやろう!」


「え、あ、おう……ありがと。でも、なんでお前が親父の戦い方を?」


「ふふん! 私はバルトロスのことを誰よりも知っているからな! いいかルイサ、あいつの魔力操作というのはな、ただぶっぱなしてるわけじゃない。極限まで圧縮した魔力を、空間の歪みを利用して一気に解放するんだ! お前はまだ、魔力の"圧縮"と"放出"の技術がダメなんだ」


 ロスは身振り手振りを交えながら、早口で熱弁を振るい始めた。

俺は少し引き気味に頷きながら、内心で舌打ちをしていた。


 なんだよ、さっきまで俺が肩に触れただけで悲鳴を上げて逃げ回ってたのに。

親父の話になった途端、すげぇ食いつきっぷりじゃないか。

どんだけ親父のファンなんだよ、こいつ。

いや、かつてテイテオを守った英雄だから憧れる気持ちは分かる。

分かるけど……。


 ……なんで俺が、自分の親父に嫉妬しなきゃなんねぇんだよ。


 意中の美少女が、自分よりはるかに年上の、しかも自分の父親に熱狂的な憧れを抱いているいう事実。

いや、あれは憧れだけなのだろうか。

それ以上の感情も含んでいるんじゃないだろうか。

俺は、なんとも言えない理不尽な嫉妬と敗北感に苛まれながら、ロスの熱血指導を右から左へと聞き流していた。


「……つまり、撃ち出す瞬間に質量を持たせた魔力に相手を削り取る為の魔術をかけて……おい、聞いてるのかルイサ!」


「あー、聞いてる聞いてる。魔力を圧縮してドカン、だろ?」


「違う! もっと繊細なプロセスが……!」


 ロスがムキになって怒りかけた、その時だった。


 ボチャッ。

街道の乾いた土の上に、何か水気を含んだ重いものが落ちる鈍い音が響いた。

俺たちの足元、ほんの数歩先。

それは、どう考えてもこの長閑な風景にはそぐわない音だった。


 横の茂みから何かが飛び出してきたわけじゃない。それは、俺たちの頭上、澄み渡る青空から"降って"きたのだ。


「……え?」


 俺の思考が、一瞬だけ完全に停止した。

足元に転がっていたのは、泥と……べっとりと纏わりつくような赤い液体にまみれた、"人の腕"だった。


 肩の関節から乱暴に引き千切られたかのような、生々しい断面。

そこから、まだ温かい血がドクドクと流れ出し、乾いた土を赤黒く染めていく。

ごつごつとした指先には、見覚えのあるテイテオの正規兵が身につける銀の腕輪がはまっていた。


「な……っ」


 弾かれたように空を見上げる。

雲一つない青空。

鳥が優雅に舞っていたはずの頭上には、巨大な影が通り過ぎたような不気味な気配だけが残っていた。


「母さん、これって」


「……蛇は反応してないからかなり上空かしら、そしてこれは体から千切られて間もないわ」


「そういう事じゃなくて!」


「シアコトル、ルイサ、私の後ろに下がって」


 ロスが背中に担いだ黒と白の銃を握り、俺と母さんの前に立った。


「おいおい、マジかよ」


 そして、ロスの黒色の銃が向けられた森を抜けた先に広がる、テイテオの街が。

街をぐるりと囲んでいるはずの、魔物除けの巨大な外壁。

悪魔とのどんな戦があったとしても、これまで決して破られることはないと言われていた堅牢な壁が……。


 ここからでもわかるぐらい無惨に崩落し、巨大な風穴が空いていた。


 目に魔力を集中させてさらにハッキリと見てみると、ひび割れた城壁の隙間から、黒々とした煙がもうもうと空へ立ち昇っている。

そこには、人間を掴み空に羽ばたく鳥のような悪魔が無数にいて、柔らかな腹部だけを啄んで残りを捨てていた。


「……急ぐぞ」


 耳元で、低く、冷たい声が響いた。

誰の声かと思ったが、その声の主は先程まで親父の話で頬を紅潮させ、俺に嫉妬させていた年頃の少女だった。


 その目は鋭く細められ、口元は固く結ばれている。

全身から放たれる圧倒的な威圧感は、歴戦の戦士そのもの。

無数の悪魔を屠ってきた"英雄"の覇気が、ロスの小さな体から確かに立ち昇っていた。

俺は、その変貌ぶりに一瞬だけ息を呑んだ。


「……あ、あぁ、行くぞ!」


 母さんもすでに臨戦態勢に入っていた。普段の柔らかな微笑みは消え去り、暗殺者としての冷徹な顔つきで、袖口に仕込んだ暗器の感触を確かめている。


 俺たちは無言のまま、土を蹴って走り出した。

嫌な予感が全身の毛穴から吹き出している。心臓が早鐘のように鳴り響き、喉がカラカラに乾く。


「ったく、レイアの奴……!」


「ロス? お前レイア様と知り合いなのか?」


「……バルトロス関係で少しな」


 テイテオ近くの石畳の通りには、無数の死体が転がっていた。

武器を持った兵士だけじゃない。

逃げ惑う最中に背中から切り裂かれた商人、子どもを庇うように倒れた母親。

すべての命が、理不尽な暴力によって等しく蹂躙されていた。


 そして、その死体に群がり、生きたまま腹を裂き、臓物を貪り喰らっている異形の化け物たち。

漆黒の肌、鋭い鉤爪、そして血に飢えた赤い瞳。

まごうことなき、悪魔たちだ。


 濃密な血の匂いと、絶望の叫び声が響き渡る中。

肉を噛み砕く音を立てていた悪魔の群れが、ゆっくりと俺たちの方へ醜悪な顔を向けた。

血まみれの牙が、ニタニタと歪な弧を描く。

 

「ルイサ!」


「な、なんだ!?」


 ロスは悪魔に怯む事なく、親父のように真っ先に振る舞っていた。

両手に銃を持ち、肩で風を切りながら進んでいく。


「お前はバルトロスと同じだ、なら実践で学べ! 理論や理屈はシアコトル譲りのその頭に後で詰め込むとして、お前に必要なのは……!」


 黒色の銃から、黒色の弾丸が飛んでいった。

それは、本当に普通の射撃だったし、俺でもできそうなものだった。

だが、ソレが悪魔に当たった瞬間、その空間がぐちゃぐちゃになったような、無理矢理削り取られたような。

何とも言いがたい、凄惨な悪魔の遺体だけが残されていた。


「本物の、命のやり取りの経験だ」




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