悠々博士
俺達は急ぎつつ、身を隠しながら進んでいった。
母さんが自分の影から蛇を放って周囲の警戒をしつつ先頭で道を決め、俺は母さんについていく。
ロスは俺と母さんを守るように、少しだけ俺達から離れた後方で白と黒の銃を握って警戒を続けている。
「俺が索敵の魔術を覚えていれば役に立てたのに、ごめん」
「ならこの戦いが終わったらちゃんと覚えておきなさいよ? 大切なロスちゃんを守る為にもね」
「わかってるっての、ロスの為にも頑張るって決めたんだから、やってやるっての」
「……そう、頑張って」
母さんは俺に少しだけ笑顔を見せてから、すぐに鋭い目付きの暗殺者の顔に戻っていく。
まぁ、アレだよな。
母さんはロスを自分の夫の愛人、もしくは隠し子だと思っているんだから、応援してくれるとはいえそんな女の子に好意を向けている俺を良く思っていないはず。
……待てよ、ロスは確かに親父しか知らない話をしていたが、それだけで愛人や隠し子って断定はできないよな?
でも母さんがそこまで単純に物事を考えているとは思えないし……。
だとしたら、母さんは俺の気づいていない"何か"に気づいていて、あえてロスを試しているとか?
いや、なら何の為にそんなことをしているのかわからない。
「少し休憩しましょ、ルー君はお腹は空いてるかもしれないけど、今の胃の状態で固形物を食べたら吐いちゃうからね。飲み物だけにしておきなさい」
「あ、ああ」
母さんが座って、俺も近くに座る。
ロスも休憩をとるだろうと思って、手を振って呼んでみるが、最高に可愛い笑顔を向けてくれるだけで銃を握ったまま少し離れた場所から動こうとしない。
なんだ、アイツ休憩だって気付いてないのか?
「ロス、休憩だぞ」
聞こえてないのか?
まったく、呼んできてやるか。
「ルー君、ロスちゃんは私達が休憩できるように警戒を続けてくれてるのよ、だから呼びに行くのはやめなさい」
なるほど、確かに全員が休んでいる所を襲われたらたまったもんじゃない。
休憩一つでもいざという時の事を考えて行動する。
少し考えれば当たり前の事なのに、俺は言われるまで気付かなかった。
ロスは……まだ14歳なのに、俺よりも経験を積んでいて自分の休憩よりも俺達を休ませる優しさも持ち合わせている。
「ロス、やっぱり素敵だよな」
「無理してなきゃいいけど」
「無理? まぁ確かに移動中もずっと警戒してるからそろそろ疲れが出ても……」
「あの子、ずーっとかなりの広範囲を魔術で監視してるのよ、逆探知されないように魔術を複雑化させてね」
魔術で監視だと?
それなら、何かしらの魔力を感じるはずだ。
少し目を閉じて集中してみるが、見られている時特有の魔力がまとわりつく感覚も、居場所を探られている時の風に乗った魔力も感じ取れない。
「なんも感じないけど」
「私も微かに感じ取れるぐらいだし、ルー君が気付かないのは無理もないわ」
「母さんが微かにって……マジかよ」
「でもね、こんな複雑な魔術を使い続けるのは簡単じゃないし、魔力の消費もそれ相当に大きいわ。あの子は確かに魔力量が多いみたいだけど、それでも私やルー君より少ないし……」
母さんが破壊され、かつて建材だったであろう木片を一つ手にとって、人の形を描いてから上半身と下半身を真っ二つにするように一本の線を引く。
意味が分からずに見ていると、母さんは上半身にバツをつけてから、それを指した。
「私の目が間違っていなければ、ロスちゃんの魔力はもう半分を切ってるわ」
「半分って……まぁ、でもまだ半分あれば戦えるし、ロスは銃使いだから魔術師みたいに魔力が無いと死ぬみたいな事はないだろ?」
「あの子が使っていた黒色の射撃に、この複雑な監視魔術、どれだけバルトロスのやり方を教えられているのか知らないけれど、バルトロスの魔術はどれも体への負担が大きいのよ」
……そうか?
カタストロフは複雑だったが、体への負担って意味じゃそこまで感じなかった。
あの黒色の射撃はやった事ないからわからないけれど……。
「でも俺はそんな事感じなかったけどな、カタストロフだって、母さんの毒だって使ってもそこまで体に負担はなかったよ」
「私が丈夫な体に産んだおかげね!」
母さんが笑顔で、自分を指差しながらフフンと笑っている。
何も口にはしていないが、目の輝きからしてお礼を言って欲しいのか、それとももっと別の言葉が欲しいのか……はぁ、たまにこう面倒くさい反応するんだよな。
でもまぁ、もし本当にそうなら、うん、ありがとう。
「ルー君には昔から私の毒を少しづつ与えていたし、私が丈夫な体を与えてあげた。でもロスちゃんはまだ14歳、それも小柄な女の子よ? もしカタストロフを連射すれば魔力が尽きるのはもちろんだけど、銃を握る腕が折れてもおかしくないの」
木片を置いた母さんは、ロスを見てから。
「本当に、あの子ってなんなのかしら」
そうポツリと呟いた。
ちょうどいい、ついでに聞いてみよう。
「母さん、何でロスを親父の愛人か隠し子だって思ってんだ?」
「そりゃ、あの人が長い間帰ってこなかった時と産まれた年が一致してるし、銃まで預けられてるし……」
その理由は前に聞いた。
俺が知りたいのはそれじゃない。
「母さんは、他の理由を知ってるんじゃないか?」
少しだけ、母さんは静かになった。
ロスを見てから俺を見て、さらにもう一度ロスを見る。
「魔力、かな」
そして、母さんは疑いの話をしてくれた。
「魔力の使い方、使ってる魔術、初めてロスちゃんに会った時に使っていた致命傷を避ける為の薄い防御魔術の膜……まるでバルトロスが女の子になって帰ってきたんじゃないかって思ったわ」
ロスってそんな事してたの!?
初めてロスに会った時、俺は彼女の魅力に引き込まれて、可愛いぐらいしか思ってなかったんだけど。
「でも魔力の質が違ったの、まるでルー君みたいだったわ」
「俺?」
「ええ、私とあの人の魔力を半分ずつ受け取っているルー君と同じよ、でもあの子はバルトロスの魔力と……私じゃない別の女の魔力を混ぜ合わせた物を持ってるの」
母さんがロスを鋭い目付きで見た。
警戒していた彼女もそれに気付いたのか、少し離れたここからでもハッキリとわかるぐらいにビクッと震えてから、視線を空に反らしていく。
「なら、隠し子……なのか?」
「普通なら隠し子で確定よ、でもあの子は……普通じゃないの」
「普通じゃないって?」
「まるで元々半分しか魔力を持ってない体に、後からバルトロスの魔力を入れたような……少し歪な魔力をしてるの」
「それって、どう愛人に繋がるんだ?」
母さんは立ち上がり、手足についた砂をはらいながら。
「自分の寿命を削る、相手と心が通じている、この二つの条件を満たした時だけ使える魔術があるのよ」
さらに、ロスを強く睨んでいた。
もし彼女が親父の隠し子なら、彼女に罪は無い。
それはすべて親父が本物のクソ親父だったってだけ。
母さんだって、それはわかっているはずだ。
それでも彼女がロスを強く睨みつけているのは……きっと。
"愛した男をそこまで心酔させた女が別にいる"という事実が許せないから。
多分、そういう事なんだろうな。
「しかし、そんな魔術があるとはね。魔術師を目指してなくて良かったよ」
俺はため息混じりに服に付着した砂を払い、母さんの描いた絵も足で消した。
この話は、ロス本人が真実を話すまで解決しない。
正解がわからないのに勝手なイメージを押し付けるのは、ロスに失礼だろう。
「休憩終わりに早速でごめんなさい。ちょっと気になる事があるんだけど……シアコトルさん、あそこの"壁"の方向を探ってみてくれませんか?」
後方で警戒していたロスが、真剣な面持ちでこちらを振り返った。
母さんは不服そうに鼻を鳴らしつつも、目を閉じて魔術で……多分確認をしている。
そして数秒後、驚いたように目を見開いてロスを見た。
「……壁が、修復されているわ」
「えっ!?」
俺は思わず声を上げた。
テイテオやアグアタを囲む外壁は、ただの石壁じゃない。
悪魔を弱体化させる特別な魔導障壁だと教科書で習った。
一度壊されれば修復には数ヶ月の工事が必要なはずだろ?
「待って、この独特の魔力……。まさか、あの"インチキ博士"……? でも、あいつは……」
「そうです! 悠悠さんです!」
ロスの声が弾んだ。
まるで旧友の名を呼ぶような、あまりにも親密な響きが明るい声と共に広がっていく。
「ちょっと待ちなさい。あのインチキと、ロスちゃんは知り合いなの?」
母さんの声が一段低くなる。
「あ……っ! その、えっと……バ、バルトロスから、その、面白い知り合いがいるって聞いてるんです!」
あからさまに動揺して、ロスが視線を泳がせる。
なんだなんだ? さっぱり意味がわからない。
俺を置いてきぼりにして、母さんとロスは壁を修復した人物に心当たりがあるらしい。
「おい、母さん。俺にもわかるように説明してくれよ!」




