疑念
途中で、オーランド視点に変わります。
すぐに行われた空き部屋の調査で、柱時計の中に隠されたレバーが発見された。
これを引くと据え付けの姿見が動き、階下へと繋がる階段が現れる仕組みとなっていたようだ。
かなり昔に作られた隠し通路らしく、王族や側近、誰一人としてこの通路の存在を認識していなかった。
隠し階段を降り長い地下通路を抜けた先にあったのは、城壁のすぐ外側にある古びた教会の墓所だ。
まだ新しい馬車の轍があることから、おそらく犯人がここから馬車に乗ったと推測されたが、大通りで他の轍に混ざり行き先まではつかめなかった。
階段や通路に残った靴跡から、犯人は二人組で、靴のサイズから一人はかなり大柄な人物だとみられるが、それ以上の手掛かりはない。
詳しい事情を知っているとみられる侍女はずっと意識不明の状態だったが、深夜、ようやく意識を取り戻した。
さっそく事情聴取が行われたが、どうにも要領を得ない。どうやら、意識を失うまでの当日の記憶がすっぽりと抜けているようだ。
同じ頃、街中で意識不明で倒れている大男も発見される。
聖女誘拐の容疑者として第二騎士団が意識の戻った男から話を聞くが、こちらも侍女と同様に、全く記憶が残っていなかった。
その後の詳しい鑑定で、二人とも魔法で操られていたことが判明する。
◇
オーランドはまんじりともせずに朝を迎えた。
体は疲れているのに、頭の中はミサのことで埋め尽くされ、おちおち寝てなどいられなかった。
昨夜、ミサが行方不明だと知らされたオーランドは激しく動揺した。
ロイの説明によると、空き部屋の隠し通路を使用した大胆な手口で、犯人につながる証拠は見つかっていないとのことだった。
しかし、オーランドにはわかっていた。こんなことをしでかす人物は、ラムザート以外にはいないのだと。
ロイもオーランドの説には同意してくれたが、ラムザートが犯人だという物的証拠が何もない以上、屋敷の捜索はおろか事情聴取さえも行えない。
単独でドイル家の屋敷に乗り込むと息巻いたオーランドを宥めたのは、一緒に話を聞いていた兄のガーランドだった。
両親が心配しお目付け役として同行していた彼は、取り乱す弟を一喝し連れ帰ると、一度頭をよく冷やせと外出禁止命令を出した。
オーランドが食事もせずに寝室に引きこもったのを確認すると、その足で両親の下へ向かった。
ガーランドの話をきいた父は黙り込み、母は絶句し涙を流した。傍にいたメリルも沈痛な面持ちで目を伏せている。
皆の様子に、ミサはもうすでにシュバルツ家の一員なのだとガーランドは痛感するのだった。
◆◆◆
食欲のない中無理やり朝食を食べていると、兄が入ってきた。
昨夜の自身の行動を詫びると、兄は気にするなと微笑んだあと、私に報告があると言った。
その様子にミサ様のことだと感じ取った私は、あらゆる事態を想定し覚悟を決めると背筋を伸ばした。
「ははは……オーランド、そんな悲壮感を漂わせた顔をするな。それで、良い報告とおまえにとって悪い報告があるが、どちらから聞きたい?」
悪い報告など聞きたくはないが、聞かないという選択肢はないようだ。
フーッと深呼吸をすると、兄を見据える。
「では、悪い報告から」
「そうか、いきなりだな……では言うぞ。聖女様が婚約されるそうだ」
「……意味がわからないのですが、ミサ様は無事に見つかったということですか?」
「そうだ」
「そうですか……良かったです」
強張っていた体の力が一気に抜け、ホッと胸をなでおろす。
とにかく早くミサ様にお目にかかって、直接無事を確認したい。
「昨夜遅く知らせがあった。聖女様が見つかり、誘拐犯が捕まったと……おまえの予想通り、犯人はラムザート様だった」
犯人の名を聞いても、やはりなという感想しかない。
それよりも気になるのは、ミサ様が婚約されるという話。
「それで、ミサ様はどなたと婚約されるのですか?」
「ラムザート様の兄、リムバート様だ」
「……はあ?」
事態が飲み込めない私に、兄が説明をしてくれた。
ラムザートに囚われていたミサ様を救出したのはリムバート様で、その時に、幼い頃一緒に遊んだ相手と知り二人は再会を喜び合ったとのこと。
今回のことでリムバート様はミサ様を生涯守ると誓い、彼女がそれを受け入れたというのだが……
「その顔は、全然本気にしていないな?」
「当たり前です! そもそも、ミサ様からリムバート様の名前を聞いたことなど一度もありませんので。それより、ミサ様はいつ我が家にお戻りになられるのですか? 村へ戻らないといけませんし……」
「聖女様は、これからはずっとドイル家、リムバート様のところにいらっしゃるそうだ」
「えっ……それは、ミサ様のご意思ですか?」
「リムバート様は、そう仰っているそうだが」
俄には信じられない話だった。
孤児院のことをいつも一番に考えておられるミサ様が、それを捨て置き婚約者?と過ごすことなどあり得ない。
何か裏があると感じた。
「ミサ様と面会することは可能でしょうか?」
人伝ではなく、お会いして直接本人から話を聞きたい。
「おまえがそう言うと思って、リムバート様に面会を申し込んでおいた。だから、そのときに聖女様へ直接尋ねてみればいい」
「ありがとうございます」
やはり兄は仕事のできる男だと、改めて尊敬の念を抱く。
その後のやり取りで、ミサ様との面会は一週間後に決まった。
(なぜ、面会までにこんなにも時間がかかるのか……)
私はじりじりしながら、一日千秋の思いで面会日を迎えた。
◇
ミサ様は、お元気そうな様子だった。
穏やかな笑みをたたえソファーに腰掛けられているお姿は、紛れもなく淑女そのものだ。
「ガーランド、久しぶりだな。息災だったか?」
「おまえこそ、卒業後ずっと領地に引きこもっていたのに、王都にいると聞き訪ねてみれば結婚するだと?」
「ああ、愚弟があんな大事件を引き起こして後始末が大変だが、そのお陰で愛しい人と再会できた。それだけはアイツに感謝だな」
リムバート様が隣に座っているミサ様の手を握るが、穏やかな笑みを浮かべたままでミサ様は何も仰らない。
彼女の首元にはネックレスが光っている。
シルバーの台にサファイアとエメラルドがあしらわれたそれは、リムバート様の髪色と瞳の色を表現している物。
傍目からは仲睦まじい姿にしか見えず、私は思わず目を逸らした。
「弟君に囚われた聖女様を助けたのがおまえだっていうのは本当か?」
「ああ。アイツが急に婚約を解消したりして様子がおかしいと、こちらの執事から連絡があったんだ。それで、父上から頼まれて仕方なく行動を監視していた。まさか、聖女誘拐という大罪を犯すとは思っていなかったが……」
兄とリムバート様の話は続いている。
私は二人の話に耳を傾けながらも、ミサ様を観察していた。
今日はまだ一度もミサ様の声を聞いていない。出迎えの挨拶の時も、話をしたのはリムバート様だけだ。
「……ミサ様、お体の具合はよろしいのですか?」
「…………」
「マーサ先生をはじめ、孤児院の皆が大変心配しております。一度村へ戻り、元気なお姿を見せてはいただけませんか?」
「…………」
「……オーランド君、彼女は今回のことで心に深い傷を負ったんだ。また拐かされないかと不安に思っている。だから、村へ戻ることはできない。もちろん、その責は弟にあるし、私が弟に代わって彼女へ一生償いをしていくよ。彼女もそれを望んでいるんだ」
「本当にミサ様は、それでいいのですか? 治療を望む患者たちが、あなたを待っているんですよ」
「……っ」
「……ミサ」
一瞬、ミサ様の口が開きかけたが、リムバート様に名を呼ばれ再び沈黙する。
しかし、静かに微笑んでいたミサ様の瞳の奥が揺らいだのを、私は見逃さなかった。
◇
「それで……どうだった?」
帰りの馬車の中、腕を組んだまま兄が口を開いた。
「やはり、ミサ様はご自身の意思でリムバート様の傍にいるわけではありませんでした。何らかの方法で、強制されているようです」
「私もそれとなく観察していたが、魔法にかかっている気配は感じなかったぞ。どうやって心を縛るというんだ?」
「方法はわかりませんが、ミサ様の不安を感じました。これから共に生きていくと心に決めた相手が隣にいるのに、不安を感じるなんてあり得ません」
それに、不安だけでなく「助けて!!」というミサ様の声が私には聞こえたのだ。
一刻も早くミサ様を救出したい。あんな奴の傍に置いておきたくない。
何とかしたいのに、何もできない。もどかしさだけが募り気ばかりが焦る。
私は拳を強く握りしめた。
「おまえは、どうしてそう思ったんだ?」
「……揺らぎがありました」
「なに?」
「ミサ様は不安を感じているとき、よく瞳が揺れるのです」
他の人には理解できないだろうが、護衛騎士として一番傍にいた私だからこそ気づくことができた。
「よくわからんが…私も多少違和感はあったから、おまえを信じるとしよう。それで、今後のことだが……」
「ミサ様を、即刻あの家から救出します!」
「オーランド、少し落ち着け」
気が急っている私を宥めた兄は、現状の説明を始めた。
ドイル家からミサ様との婚約申請が出されているが、あの事件が起きたばかりということもあり国王陛下が保留にしていること。
リムバート様は、許可が下りしだいミサ様を連れ領地へ戻るつもりであること。
「このまま領地へ連れて行かれてしまえば、こちらは手も足も出せなくなる。だから、それまでに解決しないといけないぞ……」
「ミサ様を、正気に戻すことができれば良いのですが…」
それから兄とあれこれ案を出し合ったが、どれも決め手に欠ける。
何か良い手立てはないだろうかと考えを巡らせながら屋敷に戻ると、私に来客があるという。
(約束も無しに、一体誰が……)
訝しげに思いながら応接室へ向かうと、そこには意外な人物が待っていた。




