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スタンピードの発生条件

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 エリン・ヘリアルが死んだというのに、メレデクヘーギ侯爵領にスタンピードが押し寄せてきた。


 普通に考えたらテイムした魔法士の死亡と同時に魔獣のテイム効果も解消されてなければおかしい。


 もちろん、強く魔法がかかった魔獣もいるだろうが、大量の魔獣がテイムされたままとは?


 そもそもテイム自体が難しい。


 本能で生きる魔獣には忠誠心みたいなものはないんだし。


 飼い慣らすのだって難しいのに、無理に命令に従わせる――しかも、この場合は無理に死ぬまで戦い続けろと命令するのだから、普通ならまず従わない。


 その普通なら従わないところを無理に魔法で従わせるのだから、順調にいっているうちはいいとしても、なにかちょっとしたことでもあれば容易にテイムが解けてしまうはず。


 術者の死亡はちょっとしたことどころではないはずなのだが。


「ごめん、ちょっと教えてもらいたいんだけど」


 周囲にいるメレデクヘーギ侯爵家の人たちを憚って、水溺姫にこっそり話しかけた。


 いちおう本人から畏まった言葉遣いでなくてもいいと許可をもらっているんだけどね。


「なにかな?」


「ヘリアルが死んだのに、その魔法だけが残ってスタンピードが継続するの? それともヘリアルは本当は死んでない? 例えばアペフチの胃の中でまだ生きているとか」


「ドラゴンに食べられたのに、お腹の中で生き残るなんて聞いたこともないけど。それは、まず無理ね」


「それでは、いまのこの状況をどう説明する?」


「スタンピードを人工的に発生させるとか、大量の魔獣をテイムするとか、そんな都合のいい魔法なんて存在してなくて、あるのは単純にダンジョンを暴走させる魔法だとか?」


「ダンジョンを暴走させる……」


 確かに人工スタンピードやテイムよりは、暴走のほうがリアリティーがある。


 素人考えだけどコントロールするよりは暴走のほうが難易度が低そうだと思うし。


 もちろん、ダンジョンの暴走だって、なにをどうやったらそんなことができるのか僕には想像がつかないし、やれと言われても絶対に無理だけど。


「もう1つ訊きたいことが」


「なに?」


「あのスタンピードはポラーニを狙い、僕たちを追いかけ、いまはメレデクヘーギ侯爵家のほうに向かって進んでる。つまり、まったくの暴走とは違うような気がするんだけど?」


「……そもそもスタンピードがなんであるのか、どうして起こるのか、発生条件はどんなものなのか、誰にもわかってなくて、一般的にはダンジョンから魔獣が溢れて暴走するということになっているけど、それもただの推測だから、見当違いの的外れなのかもね。しかし、そうだとしたら、いったい今回のスタンピードはどういう仕組みで起こっているのかわからないわね。まあ、対処方法は単純にして簡単だから問題はないけど」


「対処方法があるの?」


「ええ、もちろん。魔獣を皆殺しにすればいいのよ」


「ああ……なるほど単純だ」


 簡単というほうにはちょっと賛同しかねるけど。


 水溺姫などという物騒な2つ名を持った冒険者らしい意見だ。


 もっとも、ファルカシュ子爵家にしてもメレデクヘーギ侯爵家は何度となくスタンピードに襲われ、それを撃退して生き残ってきた家でもある。


 でも、そういう家の子孫にしてもスタンピードは謎の現象らしい。


 僕の在籍しているレシプスト王立学園をトップに学校があるにはあるけど、実用的な教育が中心で、大学のような専門機関もない。


 仲のいい魔法士が共同で研究をしたり、弟子に発見したことを教えたりすることはあっても、学会みたいな団体もなければ大々的に研究成果を発表する場もないし。


 そもそも特許のような、発明したものの権利を保護する仕組みもないから、広く発表して得することもないのだ。


 街には鐘の音が響き渡っていた。


 城壁の外の住人たちは続々とメレデクヘーギ侯爵家に逃げ込んでいる。


 その城壁ではバリスタの整備をしている騎士の姿があった。


「王子、強行偵察に出ますが、どうします?」


 メレデクヘーギ侯爵がやってきて質問するが、その顔は「もちろんくるよな?」と語っていた。


 まあ、言うまでもないよね?


 剣をとって侯爵のほうに向かう。


 すると水溺姫もやってきた。


「わたくしも出ます」


「同行いたしましょう」


 後ろから嗄れた女の声がした。


 真っ赤なローブに、真っ赤な宝石が目立つ杖を持った高齢の女性――なんだか魔女みたい。


 大鍋でトカゲとかイモリを煎じて悪いことに使う薬を作ったり、箒に乗って空を飛ぶような、そんなイメージ。


 まあ、かなり高名な魔法士なんだろうけどね。


 低レベルの魔法士がこんな派手だと笑われるだけだし、ここにいるということはメレデクヘーギ侯爵家の関係者なのだろうから腕が悪いはずがない。


 侯爵はちょっとだけ2人を眺めながら考える様子を見せたが、すぐに快諾した。


「一緒にいこう。どんな大群だろうが、しょせんは魔獣。蹴散らしてやろう」


 そして、僕に魔女っぽい魔法士を紹介してくれた。


 ターダス・モリラ・ユーリック・ゾ・エラ・ランゲという、やたら長い名前で、メレデクヘーギ侯爵家の魔法士団長をやっているという。


 第1偵察隊として、ポラーニに残留して一緒に戦ったコチシュ隊長は騎士団長だったはずなので、騎士と魔法士という違いはあるにしても、もともと同僚だったはず。


 騎士団長が練れた人物だったからといって、魔法士団長も同じだとは限らないが、あまりに癖が強いようなら侯爵が登用するとも思えないし。


「ターダス・モリラ・ユーリック・ゾ・エラ・ランゲといいます。わざわざ前のほうは覚えなくてもだいじょうぶです。ランゲとお呼びください、クリート王子」


「ここにいるのは駆け出しの剣士くらいに考えてください」


「ほう……謙遜されなくてもよい立場なのに。噂話など、まったく当てにならないようだ」


「いやいや、僕は剣だけしか取柄のない出涸らし王子ですよ。いまだって、このスタンピード防衛戦で経験を積めば剣士としてもう一段は上にいけるとか、そんなことしか考えてないですから。まあ、上手く生き残れたらの話ですけど」


「いやいや、何万もの魔獣の群れを前にして剛毅なことだ。田舎のバーサンで王都のことには疎く、なにやら噂の切れ端がときどき耳を届くだけですので」


 そこに水溺姫が口を挟んできた。


「さっきクリートに聞いたところ魔獣の群れは正確にポラーニを狙ってきて、いまはメレデクヘーギ侯爵家を攻撃しようとしているみたい。ねえ、ランゲ。スタンピードを人工的に起こしたり、本当だったら無秩序に溢れ出す魔獣を誘導することはできると思う?」


「ふむ……クリート王子がそんなことを……しかし、どうでしょうか? 発生させたり、誘導するなど、私はできませんし、そんなことができるという魔法士にも会ったことないですね。どんな魔法を発展させたり、組み合わせれば可能かも見当がつきません」


「あなたもですか。では、しかたありません。どっちにしても、やることは簡単。メレデクヘーギ侯爵家に二度と近寄らないように本能に恐怖を刻みつけてみましょう。クリートも手伝ってください」


 すると今度は侯爵が口を挟んだ。


「ん? いつの間にか王子と仲良くなったようだな」


「義理の息子になるのでしょう? あなたも普通に息子として扱ったらいかが?」


 侯爵がこっちを見たので、僕も口を添えた。


「そうしてください」


「わかった。まあ、この領内ではそうする」


「王城でも問題ないですよ、みんなからすれば出涸らし王子なので、王家の血筋の者に不敬だとか憤る貴族はいないんじゃないかな?」


「第3王子が出涸らしなら、第1王子や第2王子はもっと味や香りがよくないといけない」


「そういえばヘリアルからマリオネットに最適な王子なのに貴族に人気がないのは不思議だとか、なんとか、イヤミみたいなことを言われたような……」


「犯罪者に墜ちたあげくドラゴンの糞にされた男の言葉なんぞ、穢れているから、すぐに忘れるがいい」


「もう忘れました」


「それでいい」


 侯爵は頷くと、門のほうに向かう。


 その後ろを水溺姫が続き、僕も追った。






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