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スタンピードは終わらない

081


 もうすぐ麓というところでメレデクヘーギ侯爵家の救援隊と出会った。


 むこうはドラゴンを見た瞬間、すかさず迎撃態勢になりかけ、その背にフェヘールの姿を確認すると向けた剣を引く。


 侯爵と侯爵夫人が前へ出てきた。


「王子、またこれは……」


「ダンジョンで出会ったドラゴンのようですけど……」


 2人とも絶句しているところからすると、やっぱりドラゴンの背に乗せてもらうのは、この世界でも破格のことなのだろう。


 しかし、メレデクヘーギ侯爵家の騎士たちは冒険者たちと似たような反応で、ドラゴンの背に乗るフェヘールを見て大喜びだ。


 さすが聖女様、という声があちらこちらから聞こえてくる。


 みんなに囲まれながらメレデクヘーギ侯爵家に凱旋だ――帰ってくることができなかった者も少なからずいるのだから胸を張ってというほどではないけど。


 屋敷に入るとフェヘールは自分の部屋に連れられていき、アペフチは中庭で振る舞いをうける。


 ご馳走を用意するらしいけど――裕福な侯爵家だからだいじょうぶだと思うけど、ドラゴンが美味しいと感じるものを腹一杯食べてもらうとすると、とんでもない出費になりそう。


 僕は侯爵夫妻に報告だ。


 執務室みたいなところに通されると、さっそく侯爵と別れてからのことを説明した。


 といっても、コチシュ隊長と騎士たちが残って遅滞戦闘をしていることは出会ってすぐに言ったし、あとの騎士も途中で残留したと報告したので、それに応じて侯爵は騎士団の一部、100名を先に進ませて、生き残りがいるようなら救助しろと命じたので、急ぎの報告はないんだけど。


 一通り順番にあったことを話していく。


「このスタンピード自体がエイン・ヘリアルが引き起こしたことのようです……どうやったらそんなことができるのかわかりませんが」


「で、奴はドラゴンに食われたのですな? あのアダマント鉱山のあったダンジョン以外にも、スタンピードの種になりそうなダンジョンを発見して、それを隠していたということか……」


「そういうことになりそうですね。あの男、性格は最悪ですけど、魔法士としては天才でしたね。人族以上の寿命だからメレデクヘーギ山脈にも長らくいるみたいだし」


「我が領に住み着いた者で一番長いかもしれない。そして、一番長く悪巧みを続けた者でもあるらしい。冒険者を縛ろうとしても反発されるだけだから自由にしていたが、せめて情報収集にはもっと力を入れていこうと思います」


「そうですね、悪巧みをする奴はいなくならないでしょうから、せめて小さいうちに潰したいところです」


「スタンピードまで発生させられたら、下手をしたら領地が壊滅するし、そこまでいかなくても鎮圧までいくらかかるか……命も、金も。しかし、そういうことならスタンピードはこれで終わるとみていいでしょうな?」


「すでにダンジョンから湧き出した分は処理しないといけないかもしれないですけど」


「もともと魔獣だらけのメレデクヘーギ山脈に、さらに少し魔獣が増えたところで誤差にしかならないですね。まあ、冒険者ギルドに魔獣の買い取りを強化できないか相談して、場合によっては褒賞金でも出せばすぐに片付きます」


「さらに出費ですか?」


「冒険者にとっては稼げるからメレデクヘーギ侯爵領が賑わいます。よそからきた商人が仕入れにくるから、領内の金だけでなく、外の金も含めてこのあたりで大金がまわりはじめだし最終的には侯爵家にとっても悪い話にはならない」


 それにはきっと5年とか10年はかかるはずだけど――場合によっては20年とか30年も。


 貴族というのは、長く、大きな考えかたをするんだね。


 僕にも少しわかるような気がするのは前世の知識があるせいかな?


 景気浮揚策に公共工事を増やすとか。


 金利を下げて、お金を市中に溢れさせるとか。


 戦国時代から安土桃山時代の楽市楽座だって、商業が盛んになれば結果的に領内の発展につながるというものだったはずだし。


 まあ、いまの僕には支配している領地はないけど――そうなる可能性が少しはあったファルカシュ子爵領ポラーニはいまごろ荒れ地だ。


 まあ、ゼロからスタートすればいいだけなんだけど。


 不幸中の幸いというか、ポラーニについては街が壊滅しただけで人的被害はない。


 メレデクヘーギ侯爵たちと一緒に下山した住人に被害はなかったし、マトルさんたち残留防衛隊として戦った人たちにしても死亡者はいないから。


「いろいろあったが結果としては予想を上回る好成果でした、王子。ゆっくり休んでください」


 侯爵夫妻に挨拶して、僕も自室に引き取ることにした。


 その部屋を出るとき、水溺姫が首をかしげながら治癒魔法はなく、ティムの方向に才能を伸ばしていたら、あの娘もスタンピードを自由に操れるようになってたのかしら、と呟いていたのが印象に残る。


 いや、スタンピードを人工的に発生させたら、みんなから嫌われる未来しかないぞ。


 少なくとも僕にはスタンピードを起こして喜ばれる理由は1つも思い浮かばない。


 母親としては怖い発想だけど、魔法士としては興味あるんだろうな――そういうことにしておこう。


 闇落ちフェヘールか……まあ、出会ったころはそんな感じではあったけど。


 ベッドに転がって、そのころのことを考えたり、別の世界戦のフェヘールはどんなふうなのか想像しているうちに寝てしまったようだ。




 最悪の事態は終わったのだから、寝て起きたら素晴らしい世界――というわけにはいかなかった。


 コチシュ隊長たちの安否を確認にいった騎士団が目的地に辿り着くことができず、それどころかゴブリンの殲滅に残った騎士たちと合流することすらできずに敗走してきたのだ。


 徹夜で逃げ帰ってきた騎士団は半壊状態。


 傷を負わない者はいないほどの惨状で、魔力を回復したフェヘールがまたしても疲労でふらふらになるほどだった。


「スタンピードは終わってない。むしろ、さらに脅威は増していると考えてもらいたい。いま北の山脈は無数の魔獣が溢れ、こちらに向かっている。中断していた籠城の準備をふたたび進め、迎撃戦をおこなう! 街に避難を呼びかけろ、冒険者ギルドに使いを出せ!」


 メレデクヘーギ侯爵が指示を出す。


 戻ってきた騎士団によると、僕たちと別れて先に進んでいくと、いくらもいかないうちに異常な数の魔獣の群れに遭遇したという。


 僕たちが戦ったゴブリンやコボルド、フォレストウルフにオークとオーガ、ワイバーンなど、フルコースで歓迎された上、ほかにも多数の魔獣が地を埋め尽していたらしい。


 もちろん、精鋭揃いのメレデクヘーギ侯爵家騎士団だから魔獣の群れと接敵したところで殲滅させるだけだ。


 しかし、それが何度も重なってきて、しかも魔獣を殺しても殺しても増える一方。


 まったく減る気配もないとなれば、騎士団のほうも疲労が蓄積していき、神経が摩滅し、だんだん戦線を維持するのが難しくなる。


 そして、最後には壊滅するだけ。


 永遠に続くような魔獣の攻勢に味方を減らしながらも、なんとか半数ほどは生き残った。


 精鋭無比を誇るメレデクヘーギ侯爵家の騎士団といえども100名でスタンピードと正面からやりあったら勝てるわけがないのは当然としても、まるで勝負にならなかったのだからスタンピードはおさまるどころか、逆に激しくなっているといってもいい。


 このメレデクヘーギ侯爵家まで押し寄せてくることは確定したようなもの。


 領主の館といっても事実上は城で、一番外側の城壁は領都の中心をほとんど取り囲んでいる。


 しかし、その外の庶民が生活するようなところまでは防御設備はない。


 より正確にいえば城壁は元々の街をぐるっと囲っていたのだが、それ以後も街は発展の一途で、新しい城壁の建設が間に合っていないのだ。


 どんどん人口も増えて、家が建ち、城壁内の空いた土地なくなっていけば、メレデクヘーギ侯爵領の好景気を聞きつけた腕に自信のある冒険者や、一旗揚げたい商人がやってきて、城壁の外に簡素な建物を勝手に建てて住み着いてしまう。


 だから、そういう城壁の外の住人に対していまのうちにメレデクヘーギ侯爵領から出るなり、城壁の中に逃げ込んで籠城にくわわるなり、早急な避難を呼びかけることになった。


 同時に冒険者ギルドに戦う意思のある冒険者を集めるように呼びかける。


 こうやってメレデクヘーギ侯爵領のスタンピード防衛戦がはじまったのだが……しかし、これはどういうことだ?


 エイン・ヘリアルは死んだのに。



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