糞が糞になる話
080
僕が指したヘリアルの背後には?
アペフチの大きく開いた口があった。
パクッとヘリアルを咥えると急上昇する。
誰にもとられてたまるかというような行動だった。
「うわわわーーーーーっ…………うわぁぁぁ………………は、放せ、放せ!」
右足を咥えられて逆さ吊りになったヘリアルが叫ぶが、もちろんアペフチは放さない――空の上で放り出されたら、それはそれで命はないと思うけど。
遠くの方でこっちに向かってくる赤いドラゴンが見えたから必死に時間稼ぎをしたんだよね。
それが絶対にアペフチだという確信はなかったし――メレデクヘーギ山脈なら赤龍はそれなりにいるだろうし、味方してくれるとも限らなかったから、かなりのギャンブルだったけど。
失うものがなにもなかったからこそ、この賭けは僕の勝ち。
アペフチはゆっくりと僕たちのいる場所の上空を旋回する。
するとワイバーンたちが逃げ出した。
魔獣としての格が違うし、ドラゴンは食物連鎖の最上位。
腹が減っていたらエサにされてしまう。
アペフチはそんなワイバーンを一瞥することもなく無視して、ヘリアルを振りまわしたり、空中に放り出して1人でキャッチボールみたいなことをして楽しんでいた。
「おーい、アペフチ。そいつをどうするつもりなんだ?」
フェヘールならばともかく、僕の言葉がどこまで届くかわからないが、できるだけ大きな声で上に向かって語りかけた。
そうしたら普通に返事が戻ってくる。
「食う」
「美味いのか? そんなの?」
「この我を無理に隷従させる無礼を働き、威張りくさった嫌な奴だから、今日は食べる。そして明日には糞になる」
「糞にするのか?」
「糞野郎が糞そのものになるのだ、文句はなかろう?」
「僕にはないな」
なるほど、糞野郎が本当に糞になるのか……まったく文句のない結末だ。
因果応報とか、自業自得だね――僕はあまり普段は意識することないけど、神様っているのかもしれないと思うんだよね、こういうとき。
「復讐は一旦置いておくとしても、食べ物としても悪くないぞ……むしろ魅力だ。そもそも我が隷属させられたきっかけは、あまりにも美味そうなものがあると近づいたせいだからな」
エイン・ヘリアルって、ごちそうに分類されるのか?
ドラゴンの味覚って、わからないな。
いや、美味しそうだと近づいたということは、美味しそうな匂いでもしたのか?
あるいはフェロモン的なものとか。
まあ、ドラゴンの味覚に限らず、嗅覚も僕には理解の外だし、なにに興奮するかはもっとわからない。
ここはただお礼だけ言っておこう。
「なあ、アペフチ。助かったよ、ありがとう」
「汝のためではない。そこな少女が我の名を呼んだから、ちょっと様子を見にきたまで」
「名を呼ぶ? ああ……そういえば名を呼んでいたような。アペフチは義理堅いな」
「よい。復讐もできたゆえ、むしろ我のほうが感謝したいわ。恩がある少女に、さらに恩を受けたようなものだな」
「そういうことなら麓までつきそってくれるか? そこまで頼むのは厚かましいか?」
「……まあ、よい。さしせまって我にやらなければならないことがあるわけではないし、な。ただし、麓の者たちを驚かせることになるかもしれぬぞ。攻撃されれば我も黙ってやられるわけにもいかぬ」
「彼女は領主の娘だ。その上、領民からも慕われている。無事に帰ることができれば領主をはじめ領民からも感謝されるだろう」
「ふむ……我も知っているぞ。聖女様などと呼ばれておるのだろう?」
「すごいな、人の噂まで耳に入るのか……ドラゴンはスゴいな。あるいはアペフチがスゴいのか?」
「無論、我がスゴいのだ!」
人と体つきが違うのだから、仕草も違うのだろうが、なんとなくアペフチが胸を張って自慢しているようにも見えた。
高スペックなドラゴンだが、ヨイショされれば普通に嬉しいらしい。
「出発準備、いけるな?」
声をかけて気づいたのだけど、周囲にいた冒険者たち怯えたような視線をこっちに向けてかたまっている。
武器を握った手が震えているのがわかった。
「だいじょうぶだ。このドラゴンは怪我をしたところをフェヘールの治癒魔法によって救われた。つまり我々と同じ立場のドラゴンで、アペフチという」
その瞬間、まわりの空気が変わった。
いままで怯えていた冒険者たちの強ばった表情が緩み――緩みきって笑みまで浮かべる。
「おまえは俺かよ」
「なんだ……俺たちと同じじゃねぇか」
「そうなら最初からそう言ってくれればいいのに……」
「さすがに死んだかと思ったぜ、びっくりさせやがって」
「聖女様の眷属ということだな」
急に冒険者たちはドラゴンを友達扱いしはじめる。
「これで助かったぞ、聖女様を早くお屋敷まで」
1人の冒険者がそう言うと、そうだそうだという声が溢れる。
治癒魔法を使い続けて疲れ切ったフェヘールはチュクさんに抱えられたまま。
疲労だけだから命にかかわるようなものではないと思うが、できるだけ早く屋敷でゆっくり寝かせてあげたほうがいい。
「悪いな、アペフチ。フェヘールはみんなに治癒魔法を何度も使って、ものすごく疲れて、自分1人で歩くのも難しい状態なんだ。魔獣が寄ってこないように睨みをきかせてもらえると助かる」
「そういうことなら我が運んでやろう。背に乗るがいい」
アペフチはあっさり言う。
いいのか?
前世でのゲーム世界においてドラゴンといえば、たいてい畏怖される存在として描かれ、その背に乗るなんてなかなかできることではなかったけれど。
この世界でもドラゴンはそれなりに畏怖される存在みたいじゃないのかな?
フェヘールを抱えているチェクさんを見ると、やはり驚いた顔をしているが、小さく頷いているのでアペフチの申し出にのってもいいみたい。
チェクさんから託されたフェヘールを背負ってアペフチの背に乗る。
アペフチもかがんで乗りやすくしてくれるから、別に嫌々乗せてくれるわけでもないらしい。
鞍もなにもないし、馬ほど細くもないから、跨がるというよりは本当に乗るという感じ。
そして、フェヘールと僕を乗せたアペフチが歩き出すと、冒険者たちも歓声を上げながら後ろをついてくる。
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