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フラグのせいで顔が真っ赤

076



 僕たちは逃げるために、少しでも生きながらえるために、せっかく建設した橋を落とした。


 そして、コチシュ隊長から僕は指揮権を譲ると言われ、びっくりして聞き返す。


「どういう意味ですか?」


「10人もらいます。自分はここで死にますので、残りを連れて帰るなり、どこかで全滅するなり、王子は王子の運と才覚を試してみてください」


 流れの速い渓流の岸には大岩がいくつも転がり、流木もいっぱいあった。


 コチシュ隊長は10人の騎士とともに即席の砦を築いて、魔獣の群れを受け止めようというのだ。


 ただ、ほんのわずかな時間を稼ぐためだけに。


「本当に、それ、死ぬだけですから。もしやるなら全員でやりましょう」


「全員でやっても死ぬだけなのですから、ただいま現在の指揮官としては却下させてもらいます。たとえ王子の命令だとしても、いまの指揮官は自分ですから。時間がないから、早くいっください」


「しかし……」


 ためらう僕にコチシュ隊長は強い口調で諭す。


「自分はメレデクヘーギ侯爵家の騎士ですし、聖女様の盾であることを誇りに思っていますから。昔からそれぞれが自分の役割を果たし、こうやって繋いで生きてきたのですよ、我々は、この厳しい土地で」


「それは……そうなんでしょうが……」


「ここで戦うのが自分の役割なんです。そして、聖女様を守って侯爵家まで無事に連れ帰るのが王子の役割。それぞれがやるべき役割を果たしましょう」


「……わかりました……侯爵に伝えることができたら、最期の様子を伝えます」


「侯爵には自分と部下の家族のこと、なんとか身が立つように配慮いただけたらうれしい、と」


「伝えます」


 うなずくとコチシュ隊長は僕の耳に口を寄せた。


 なにか秘密の話があるらしい。


「このスタンピードはかなり不審なところがあります。ダンジョンからスタートして四方八方に広がっていくはずなのに、ポラーニに集中して、さらに我々を追うように進んできていますね?」


「そうですね。で、どんな可能性がありますか? あるいは注意すべきことなどアドバイスがあれば」


「たとえば裏切り者がいて魔獣をおびき寄せる薬か魔法を使っているとか。残念ながら自分は剣だけで、薬にも魔法にも不調法なので」


「僕と同じですね。あとでフェヘールに訊いてみます。薬も魔法も詳しいから」


「それではご無事で帰還されることを祈っております」


 すでにコチシュ隊長は10人の部下を選んで、その本人には伝えているようで、流木を集めて砦を作る作業がはじまっていた。


 僕は40人ほどに減った部隊に出発するように言う。


 残る10人に選ばれなかった騎士にしても、冒険者たちも、だいたいの事情は察しているようで、目に焼き付けるように彼らの姿を真剣に見ていたが、すぐに背を向けて走り出した。


「急げ! 慌てろ! 走れ、走れ!」


 ヤケクソになって大声で叫ぶと、まわりでもヤケクソ気味の応えがある。


「走れ、走れ! 足を止めるな!」


「急げ、急げ」


「いまの時は血で購ったものぞ!」


 それから30分くらい後だろうか。


 さっきの渓流のあたりでひときわ激しい戦闘音が聞こえてきた。


 コチシュ隊長は粘りに粘って先行していた魔獣たちをしのいで、しかし、とうとう本隊とぶつかったのだろう。


「急げ、急げ!」


「走れ、走れ!」


 普通に隊列を組んで麓からポラーニまで進むと3日ほどかかる。


 僕たちは武器以外には最低限の食料と水だけ背負い、あとは捨ててしまったし、体力には自信のある騎士や冒険者ばかりだから上手くいけば1日ちょっと、遅くとも2日はかからないはずだ。


 つまり、あと24時間この山を走り続けることができればゴールできる。


 だけど、そんな僕たちにとってのみ都合のいいように物事が展開するわけがない。


「早く、早く! 急げ、急げ!」


 みんなに声をかけていくが、最初のころのテンションは続かなくて、誰も唱和してくれないし、みんなうつむいて黙々と足を動かすのみ。


「なんとかなりそう?」


「わからない。スタンピードのときの魔獣は動きが変わるから」


 指揮権をもらったところでメレデクヘーギ山脈についての知識も、スタンピードのこともよくわかってない僕は、どちらもわかっているフェヘールに助言をもとめた。


 しかし、彼女も正確なところは計れないようだ。


「別れるときコチシュ隊長にスタンピードにしてはおかしいところがある、ダンジョンから無秩序に四方八方へ魔獣が広がっていくはずなのにポラーニに集中したり、そのあとも僕たちを追いかけてくるのは、たとえば裏切り者がいて魔獣を引き寄せる薬とか魔法でも使っているのではないか、と。どう思う?」


「効率よく狩りをするために魔獣を引き寄せる薬も魔法もないことはないけど、大量の魔獣を広範囲から集めるようなものではないし。そんなの危なすぎて使いものにならないから。だいたいスタンピードのときの魔獣は普通じゃないから薬や魔法で簡単にコントロールできるようなものじゃないと思う」


「じゃあ、なんで魔獣たちは僕たちを追ってくるんだろう?」


「なんでだろう? わたくしたちを追ってるのではなくて、たとえば魔獣は目的地があって、わたくしたちの逃げる方向と一致しているとか?」


「それはつまりメレデクヘーギ侯爵家ということになるけど……」


「スタンピードのスタートがダンジョンでゴールがわたくしの家? そんなおかしなスタンピード、聞いたことないけど」


「謎は謎のままか……」


 太陽は頭上高くあって、おそらく時刻は昼になっているのだろうが、ゆっくり座って休憩するわけにもいかない。


 走ったまま硬いパンを囓る――いや、もう走るといえるペースではなかった。


 歩いているよりは少し早いが、せいぜいジョギングだ。


「僕は今夜を越せれば助かると考えているんだけど」


「そうね、暗くなって足元が見えにくくなったら、さらにペースが落ちる。ただでさえ体力的に辛くなってきてるから、絶対にいまよりは早くはならない。それでも逃げ切れたとしたら、なんとか麓までいけるとわたくしも思う」


「少しだけだけど希望が見えてきた、かな? こういうときは生き残ったあとやりたいこととか考えておくと、頑張れるかも」


「わたくしのやりたいこと………………クリートと結婚して、この街を再建して、ファルカシュ子爵領を発展させる。いまは領地の体裁さえ整ってないけど」


 いや、フェヘールさん、この戦いが終わったら結婚するは死亡フラグなんだけど?


 そうでなくても重くない?


 王都に帰って、新しいドレスを注文するとか、おいしいケーキ屋さんでお腹いっぱい食べるとか、そういうのだったんだけど。


 どうやらポラーニ防衛戦を戦ったことによりフェヘールの中で僕の評価が上がったらしい


 あるいは好感度のパラメーターが上がったかな――でも、この世界は『華色のファンタジア』


という乙女ゲームがベースになっているはずだからパラメーター調整ゲームではなかったはず。


 まあ、仲が悪いより、いいほうがずっとずっといいんだけど。


 前世でもさっぱりモテなかった僕だから、顔が火照って真っ赤だよ。


 しかも、そんなことを言ったフェヘールは割と平気そうだし。


 いやいや、いま考えるべきことはフラグをへし折って生き残ること。


 コチシュ隊長たちが命がけで時間を稼いでくれたけど――あるいは、いまだ交戦中かもしれないが、そのおかげで魔獣ははるか遠くだ。


 谷にさしかかった。


 切り立った崖の間を抜けていく。


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