これは事実上の敗走
075
僕たちはポラーニを放棄することにした。
少しでも魔獣の進行を阻もうと街の建物に火をつけて――これでポラーニは完全に廃墟となる。
しかし、それで1秒でも時間を稼げるのなら僕たちに躊躇はなかった。
すでに油は使い尽くしたので一気に勢いよく燃えるわけではないが、頑丈な塀に囲まれた場所で火を放たれると逃げるのが難しい。
これで少しは時間が稼げたはずだ――と思ったのは、あまりに楽観的すぎた。
魔法士たちのとっておきで付近にいた魔獣は壊滅したのに、すぐに後ろから元気な魔獣たちがどんどん溢れて、わずかの時間で距離を詰められてしまう。
街に放った火に巻かれて焼け死んだ魔獣もいるけど、やはり数があまりに多くて、どんどん抜けてくる。
ポラーニから出た後も、木々の深いところや、草の茂みがあると火を放ち、少しでも魔獣の足止めをしながらメレデクヘーギ山脈の麓を目指す。
幸いなことに、一般の住人は侯爵が連れていってくれたので、騎士や冒険者ばかりだから早く進める――たぶん最も体力や持久力に欠けるのは僕たちなんじゃないかな?
フェヘールが残るからと、自分たちも残ることを選んだマトルさんたちにしても自分では死にかけの年寄りなどと口にするけど、長年ポラーニの防衛を担ってきただけあって、そこらへんの騎士よりもずっとずっと精強だ。
だけど、それであってもスタンピードは速い。
結局、スキュージ渓谷に辿り着く前にスタンピードの先頭が僕たちの後衛に追いつきそうなところまで距離を詰められていた。
「円陣を組め! 押し返すぞ!」
こんな状況でも士気は衰えることはないようで、後方に人が殺到した。
僕はフェヘールを円陣の中心に連れていったせいで出遅れたから、空いている前のほうへいくことにする。
「よし、足を止めろ! 魔獣の群れを受け止め、押し返す!」
「おーっ!」
コチシュ隊長の言葉に全員が応えた。
スタンピードの先頭はフォレストウルフだ。
先頭というより、俊足を生かして突出している感じでもある。
50頭はいそうな大きな群れだが、騎士や冒険者が協力して後ろにそらさない。
盾持ちがフォレストウルフの突進を止め、そこに剣や槍が集まる。
しかし、斃しても斃しても新しいフォレストウルフがやってくるのだ。
「回転するぞ! 右にゆっくりまわせ!」
コチシュ隊長の言葉に従って組んだ円陣が動き出した。
いままで右横にいた者たちが後ろを担当することになった。
そして、円陣の前にいた僕は左横にまわり、とりこぼしを狙う……盾にぶつかったり、剣で斬られた逃げてきた手負いの個体ばかりだから、バトルとかハンティングではなく、ただの処理だ。
しばらくして、ふたたび円陣をまわすよう指示が飛ぶ。
やっと最前線にやってきた。
ただ、すでに大勢は決していて、フォレストウルフの生き残りは少なく、その後に続く魔獣はいない。
「押し返せ!」
群れが全滅に近い損害を受け、逃げ腰になっているフォレストウルフに追撃をかけた。
そして、一転またしても後退する。
「急げ! 急げ!」
スキュージ渓谷を出たところで森が終った。
ゴツゴツとした砂利の多い岩場になって、火を放てる草木がなくなる――まあ、放火戦術というか焦土作戦みたいなものが、どこまで効果があるか微妙だったけどね。
ただ、大きな足止めにはならなくても、嫌がらせくらいにはなっていたはず。
こういう岩場だとそんな嫌がらせすらできない。
それどころか足元が大粒の砂利で、とても走りにくく、僕たちがメレデクヘーギ山脈に嫌がらせされている気分。
「円陣を組め! 円陣だ!」
僕たちが躓きながらも必死に走っている場所を、大柄なオーガたちは苦もなく進んできた。
1歩1歩の歩幅が違う。
どこにいたのかフォレストウルフも別の群れが追走してきている。
まだ遠いが、オーガより小型のオークの姿も見えてきた。
さらに後ろにはゴブリンやコボルドもいる。
何百という魔獣がどんどんこちらに押し寄せていた。
せっかく円陣を組んでも最後尾だけでは受け止めきれず、横にも大量の魔獣が流れていく。
僕も必死になって剣を振るが、あきらかに殺した魔獣の数より、新たにやってくる魔獣のほうがずっと多い。
これが本当のスタンピードというものか……こんな数の暴力に勝てるわけがないだろう。
「魔法士、一掃しろ!」
10人くらいしかいない魔法士だが、おのおのの得意魔法を一斉に放つ。
ドガドガドガドガドガッッッッッと円陣の周囲が爆炎で覆われ……巻き上がった砂埃がおさまってくると、魔獣の死体が大量に転がっているのがわかる。
「撤退する! 急げ! 急げ!」
またしても慌てて逃げ出す。
その途中、振り返ると地面に倒れている魔獣を踏みつけるようにして新しい魔獣たちが迫ってきていた。
しかし、だからといって僕たちのペースが上がるわけではない――むしろ下がっている。
走りにくいというのもあるが、体力的にもだいぶ削れているのだ。
移動と戦闘の繰り返しで、騎士や冒険者であっても疲労は隠せなくなっていた。
「フェヘール、だいじょうぶか?」
「なんとか。戦闘には参加してないし。クリートは?」
「まあ、なんならフェヘールを担いで山を駆け下れるほどには」
「足が痛くなったら頼むわ」
「いつでも頼まれるよ」
軽口をたたき合っていたら、チュクさんが声をかけてきた。
「我々は本当に背負って脱出できますので遠慮なく」
ジョンさんも頷く。
無理をして進んでいくと川にぶつかる。
幅50メートルはある大きな川で、水深も深く、流れが速く、少数精鋭で渡河するのならともかく、大人数を率いて行動するには難所となりそうな場所。
だから、今回ポラーニまでの経路整備として、いくつもの丸太を繋いで作った橋を架けた。
簡易的なものではあるけど、川幅50メートルのところに現場でほとんどの材料を調達し、人力だけで架けたのだから時間もかかったし、ものすごく苦労したのだ。
「橋を渡れ! 全員が渡りきったら橋を落とす」
しかし、そういう決断になるよな。
その指示の後、僕はコチシュ隊長に呼ばれ指揮権を譲ると言われた。
「王子。あとは頼みます」
評価、ブクマありがとうございました!
少しは面白いものが書けるようになったかな? と喜んでおります、本当にありがとうございます。
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