さて、バトルの時間です!
072
油が撒かれ、黒い煙を噴く森を抜けて魔獣の群れが攻めてきた。
僕も支給されたクロスボウを持ち、背負った矢筒から1本目の矢を取り出す。
危険な森の中にあるポラーニには魔獣と戦うための武器類が大量にストックしてあって、巻き上げ機のついた強力なクロスボウもたくさんあった。
巻き上げ機のおかげで女性や子供でも強力な威力が出せるし、狙いをつけるのも容易だ。
さすがメレデクヘーギ山脈で生き残ってきた隠れ里だけはある。
僕も剣ほど鍛錬を積んでないから普通の弓だと遠射みたいなものは当てる自信がないけど、クロスボウだし、魔獣の大群に射かけるのだから、きっとなにかには命中する――と思う。
黒煙を抜けてくる影。
黒い背景に、もっと黒いものがうごめく。
「放て!」
コチシュ隊長の命令と同時に矢や魔法が飛ぶ。
炎を抜けてきた魔獣たちは、まだ生きているというだけで、全身に火傷を負い、体力を大幅に失っているらしく、矢の1本、魔法の1発であっさりと斃れた。
見えているのは昨日と同じくゴブリンやコボルドという下位の魔獣ということもあって、僕のような下手くそな弓使いでも攻撃力が足らないということはない。
フォレストウルフのスピードと、アーマードベアの防御力は厄介だけど、腕利きの騎士や冒険者ばかりだから対応できなくもなかった。
だが――数が違いすぎる。
魔獣は何百と、まともに数え切れないほどいて、こっちは戦闘員は55名。
僕もできるだけ早く、次々に矢を放ったが、魔獣が少し減ったかな? という程度でしかなかった。
とうとうスタンピードの先頭が塹壕まで達する。
塹壕に立て籠もっているのはメレデクヘーギ侯爵家でも接近戦の名手として指折りの騎士たちだから、どんどん斬って、突いて魔獣を減らしていく。
しかし、やはり数に圧倒され、取りこぼしが出てきた。
その取りこぼしたゴブリンやコボルドが門に殺到する。
「突け! 突け! 突け!」
門や塀の後ろで弓を射ていた騎士たちが槍に持ち替え、なんとか乗り越えようと迫ってきた魔獣を突き倒す。
僕は塹壕からも、塀や門から直接攻撃できない位置にいる魔獣を狙って矢を射かける。
「オークが出てきたぞ、意外とタフだ!」
物見櫓にいた騎士が叫ぶ。
ゴブリンより2まわりは大きい体躯の魔獣が黒煙の中から次々と進んでくる。
それを狙って矢がいくつも飛ぶが、1撃で斃れることがないだけでなく、歩みを緩めることすらしない。
「バイタルゾーンを狙え、頭か胸だ」
オークの出現を警告した騎士が続けて、脳や心臓を攻撃するように指示を出す。
僕も額に狙いをつけて……ちょっと右にずらした。
オークの頭蓋骨が抜けるか不安だったので、狙点を眼球にしたのだ。
しかし、そんな精密射撃ができるほどの腕があるわけでもなく、僕の矢は頬をかすめるように後ろに抜けていき、そこにいた別個体のオークの肩に刺さる。
ところが肩に矢を受けても関係なく前へ進んでくるのだ。
いくら魔獣とはいえ、攻撃を受けたら反応するし、不利だと悟れば逃げ出す。
なのに、負傷してもオークはリアクションらしいリアクションもとらなかった。
こんなふうに魔獣が狂って暴走するのがスタンピードなのだろう。
ついにオークが塹壕前まで到達した。
ゴブリンやコボルドは弱いし、フォレストウルフは足を止めてしまえば紙装甲、アーマードベアは硬いけど個体数は少なかったから、魔獣の侵攻速度に対して、こっちの殲滅速度が劣ることはなかったが、オークまで参戦すると苦しくなってくる。
「オーガだ、オーガの群れが出てきたぞ!」
さらに不利な情報が飛び交う。
焼いた森を抜けて、オークよりさらに巨体で、もっと凶暴なオーガが100頭以上もやってくる。
さらにアーマードベアやエンペラースコルピオンのような硬い魔獣が増えていく。
コチシュ隊長が斬り込み隊を募った。
「オーガの群れがくる前に周辺の魔獣を全滅させる。いまから門を開けるぞ。弓や魔法が得意な者は残れ! 腕に覚えがある者は下に集まれ!」
当然、僕は腕に覚えがある者なので、物見櫓から飛び降りて門の前に急ぐ。
そこには抜き身の剣を持ったコチシュ隊長が先にいた。
「閂を外せ、門を開放しろ! 魔獣を一掃するぞ、いいか?」
10秒もしないうちに門が開いて、外での戦いがはじまった。
「おおおおおっっっーーーーー」
吶喊で気合いを入れ、みんな一斉に走り出す。
僕も剣を抜いて続いた。
クロスボウはいい武器だけど、なんかもどかしい。
たぶん僕にとって剣は体の一部になるのだろう。
その剣を振るってオークを斬っていく。
わざわざ剣技を出すまでもない。
目の前にいる敵を斃すだけ。
もともとオークは頭がいい魔獣とはいえないけど、狂化していっそう知能が低下してないか?
おっと、ゴブリンがしぶとく生き残ってるよ。
「だけど、ここまでだよ」
大剣で薙いで首を飛ばす。
そのまま大剣を返してこっちに向かってきたオークの顔面に叩きつけてやった。
さすがに顔をバッサリ斬られるとオークものけぞって両手で傷口を押さえる。
がら空きになった胴に大剣を野球のバットでも振るようにフルスイングでぶち込む。
上下2つになったオークを放置して、さらに森に踏み込んだ。
向かってくるオークに対して右に左に体勢を変えながら、どんどん膝を割っていく。
コチシュ隊長の指示は周囲の魔獣を全滅させるとのことだったけど、たぶん無理。
僕の視界にいるオークだけでも100頭は優に超えている。
殺すことにこだわらず、とにかく無力化だけをがむしゃらに目指したとしても……かなり難しい。
嘘だろう、という気持ちで一杯だ。
おいおい、まだ半日も経ってないんだぜ?
数日くらいは稼げますと侯爵に言ったけど、とんだ大言壮語だったわけだ。
いや、あのときはどんな魔獣の大群が攻めてきたとしても、ちゃんとした防御施設が使えるのだから数日の籠城だったら簡単に思えたんだよ。
「そろそろ撤退する。まず自分の前に味方が見えない者は、味方の背中が見えるところまで後ろにさがれ!」
僕の前には味方はいないから、後退するとすぐに戦斧を持った冒険者がいたので、その10メートル後ろまで走った。
僕より身長が低そうだが、横はがっちりしていたからドワーフかもしれない――王都で生活していると少数派の種族は見かけないので、もし本当にドワーフならはじめて会う。
「いま自分の前に味方がいない者は、味方の背中が見えるところまで後退しろ」
最前線が下がると、すぐにコチシュ隊長は次の指示を出して、さらに最前線を下げていく。
「今度はワシがさがるぞ!」
「了解です!」
その冒険者が声をかけてきたので応答する。
武器や装備が重いのか、足が短いのか、ドタドタと音ばかり迫力があって、ちっともスピードのない走りかたで僕のほうに駆けてくる。
そのときオークの生き残りが追ってきた。
オークより足が遅いベテラン冒険者がいるのかよ?
しかも、後退することになって気が緩んでいるのか、追撃されそうになっていることに気づいてない。
「きてるぞ! ストリーム・ストライク!」
一気に最高速でダッシュし、一瞬で5メートルの間合いを詰めて突き技を出す。
体重を剣先にのせて体当たりするようにオークの胸部を刺した。
「すまん……」
「早く下がりましょう。ここにいては危ない」
「そうだな……とにかく助かった。ちゃんと覚えておく」
斧の冒険者は自分のこめかみを指先でトントンと叩いた。
ちゃんと借りたことを脳に記憶しておくという意味かな?
こんなときに借りも貸しもないと思うけど、彼にだってプライドがあるのだろう。
「覚えておいてください。僕はクリート。クリート・アルフォルドです」
「アルフォルド? 王子様でしたか、失礼しました」
「駆け出しの未熟者ですよ」
冒険者としては、あなたのほうがずっとずっと先輩ですよ、と立てておく。
首からさげていた木札の登録証を見せた。
「ワシはキナ。いちおう金板冒険者ぢゃが……かっこ悪いところを見せたばかりで金板などと言うてもな」
「これからかっこいいところを見せてもらいますよ」
「なるほど、王子様ぢゃ」
「えっ?」
「さあ、逃げよう。どうやらワシらがドベみたいぢゃぞ」
「門を閉められたら大変だ」
僕たちはかばい合いながらポラーニに戻った。
底辺作家としてはびっくりするほどたくさん読んでいただけているようで、とても嬉しくて顔真っ赤になっております。
ブクマや、評価もいただけた大変ありがたく思っています。
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