エンドレス模擬戦
041
どうやら敵の姿が少しは見えてきたと思ったら、よりにもよって神聖国ブランの切り札ともいうべき暗殺者らしい。
アルフォルド王国で最高の学園で魔法の教師をつとめている――つまり、この王国で最高レベルの魔法士であるフレドリカ先生と1対1で戦って互角だったのだから、その腕の冴えがわかるだろう。
僕も剣には自信のあるほうだけど、現在2つ問題を抱えている。
1つは年齢的な部分からきているからしかたないのだけれど、体格も体重も筋力もみんな成長途中なんだよね。
結局、体格が大きくて、体重があって、筋力が強いほうが戦闘能力は高くなる。
ある程度は技で対応できるとしても、やはり不利なものは不利。
スポーツ化した格闘技は体重別でやるのが普通だからね、柔道でも、ボクシングでも、レスリングでも。
体重の差というのは競技としての公平さを保てないレベルなんだろうね。
しかし、これは時間が解決してくれるし、それ以上の解決策はない――ごはんいっぱい食べれば体重だけは増やせるけど、そんなことをしても無意味どころか逆効果になるだろう。
もう1つの問題はこのところ戦闘経験があまり積めてないところ。
この世界に転生して13年。
それ以前の戦いの日々とは一変して、おだやかな毎日を過ごしているからね。
いちおう自分なりに訓練をしているつもりだし、剣技など一部ではこの世界の剣士を凌駕できているところもあるんだけど。
しかし、実戦から遠ざかっていたせいで、僕の剣は少々錆びているのかもしれない。
護衛がついているとはいえ、神の剣と呼ばれる暗殺者に狙われていて、剣が錆びていては困る。
大変困る。
ちなみにフレドリカ先生の話を聞いた後、やはり危険だからコンル・サカーチの杖を王城の宝物庫にでも収容しようという話も出てきた。
実際のところフレドリカ先生も僕に杖を譲ることにしたのは安全に保管してくれることを期待していたかららしい。
神聖国ブランがコンル・サカーチの杖を狙っていることは知っていたから、絶対に渡さないようにしたかったが、その場で思いついたプランの内、一番ましだったのが僕に託すこと。
そして、この杖は本物だと保証した。
「杖は1本とは限らないですよ」
ひょっとしてコンル・サカーチは杖を両手で持っていた?
でも、もし2本を完全に使いこなすことができたとしても、計算上は魔法の出力は2倍がやっとだと思うんだけど、他になにか秘密があるのだろうか?
2倍ではなく2乗とか――10の魔法が2倍になっても20にしかならないけど、2乗なら100になるってことだよね?
結構すごいような気がする。
ところが、フェヘールが杖を手放すことを拒んだ。
「いやよ。これはわたくしがもらったもの」
抱え込むように杖を握りしめるフェヘールからそれを取り上げることは誰にもできなかったので、作戦は継続が決定となりました――しょうがないよね?
国王陛下や婚約者がいたところで、どうにもならないことが世の中にはあるんだ。
それどころかフレドリカ先生に正当な対価を支払うと国王陛下が約束して、正式にコンル・サカーチの杖はフェヘールのものになった。
つまり僕の実戦勘をさっさと取り戻して、とっとと神の剣を斬ってしまえということだよね――まあ、手っ取り早い解決方法ではある。
その第一弾ということでメドベ・サルウァシュ伯爵夫人にしごいてもらえることなった。
獣人族の中でも特に戦闘力が高いので有名な豹人族の血を強く受け継いでいる彼女は現役の近衛騎士団長でさえ恐れるほどのものらしい。
さっそく翌日の早朝、騎士団の訓練場の隅を借りることができたので、そこで手合わせすることになった。
訓練用の防具を身につけ、木剣を持って向かう。
フェヘールもわざわざ早起きして見にきている。
いつも騎士団の早朝訓練をやっているけど、一度も見にきたことないのに――まあ、これまでは侯爵家に住んでいたのに、いまは王城に部屋をもらったから簡単に観戦できるようになったという事情もあるのだろうけど。
「クリートが怪我をしたときのためよ」
だけど、フェヘールの気持ちは違ったようだ。
騎士団との訓練で僕が怪我をするはずがないと、ある意味で信頼してくれているとのこと。
「獣人族とは戦ったことないと言っていたし、豹人族とやり合って怪我1つしなくて終われると考えているのなら、いまのうちに考えを改めたほうがいいよ?」
「フェヘールは獣人族との付き合いは深いの? 王都ではほとんど見ないけど」
「うちの領では結構いるけど。モンスターの濃い土地が多いから、種族ではなく、強いか弱いかで評価されるところがあって、獣人族は信頼されるし、それなりのポジションについていることも多いわ。冒険者のパーティーでリーダーに推薦されたり。本当に優秀な人が多いから、わたくしの家で雇うことだってあるし」
「メドベ・サルウァシュ伯爵夫人については知ってる?」
「逆に獣人族は王都だと差別されることもあるし、特に貴族の中には血が汚れるなどと偏見を持っていたりもするのだから、強い人だし、優秀な人だと聞いたことはあるかな。差別する相手を実力のみで叩き潰して、いまの地位まで上り詰めたそうね」
「強いとか、優秀である前に、なんか怖いよ」
「獣人族を差別するほうが悪い」
「それは正論だけど……叩き潰して外務参議までいくとして、いったい何人がペッタンコになったのか想像すると、ちょっと背中が冷たくなっただけ」
「これからクリートもペッタンコになります」
「やめろ!」
「肉体的にも、精神的にもペッタンコになります」
「ならないから……ならないといいなぁ……」
そんなふうに答えたんだけど、実際にはペッタンコにされました!
防具らしい防具も着けず、動きやすそうだけど安っぽいシャツとズボンでサルウァシュ伯爵夫人は現れた。
武器もなく、まったくの素手だ。
「どうぞ殿下、いつでもかかってきてもらってかまいません」
「お願いします」
木剣をかまえてスーッと距離を縮めていき、あと1メートルで僕の間合いになると思った瞬間――サルウァシュ伯爵夫人の姿が消えた。
いや、飛んだ?
このところ見えない相手の気配を読む訓練をしていたのが、ここで生きた。
目で追いきれなかったが、どこにいるかを感じることはできる。
しかし、それを本当に信用していいのか?
なにしろ僕が察知した場所は前方だけど、空中3メートルのところだ。
とっさに視線を送って、ちゃんとサルウァシュ伯爵夫人がそこに存在していることを確認してから剣を落下地点に持っていこうとして――すでに手遅れになっていた。
振り出しが遅れた剣をかいくぐり、サルウァシュ伯爵夫人の拳が僕の腹部にめり込んだ。
人の拳ではなく、ハンマーだよね? というパワーだった。
ほぼ同時にフェヘールが治癒魔法を飛ばしてきた。
他人の目があるせいだろう、ピカピカと黄金色に輝くエフェクトつきで、僕の腹部が光に包まれると痛みを含めて、ダメージは全回復される。
「もう1本お願いします」
すぐに立ち上がって剣を構えた。
豹人族を人族の延長線上にいる生物だと考えていた僕が間違っていたよ。
これは、まったく別の生物だ。
あと気配察知は僕がこのところ磨いていた能力なのだから、ちゃんと信じよう。
自分の力を信じ切れてないままで、どうやって戦えというのだ?
気配を察知したら自動的に剣がそっちにいくようになるまで練習する必要があるな。
そんな反省点を考えていたら、またしてもサルウァシュ伯爵夫人の動きの起こりを見逃した。
しかし、今度は左側の視界から出たところで姿勢を低くして突っ込んでくる気配を感じたまま、そこに剣をむけた。
まったく手応えがない。
そう思ったとき、背中に強い衝撃を受けた。
地面に倒れると、すぐに治癒魔法で回復してもらえる。
「もう1本お願いします」
神の剣には、きっと神様がついているんだろうね。
でも、僕には聖女がついているんだ、世界最高のヒーラーがいるのだから負けるビジョンがどこにも見えない――けど、それが訓練だと無限地獄だよ。
倒されて、回復してもらい、倒されて、回復してもらい、倒されて、回復してもらうというループが延々と続く。
いや、僕、剣は好きなほうなので別に問題ないですけど!
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