残された文章は?
027
レシプスト王立学園までは基本的に徒歩だ。
王城のすぐ近くだし、そのせいで治安もアルフォルド王国で最高レベルに良好なので護衛もいらないし。
馬車を出してもらうこともできるけど、これも鍛錬。
ゲームみたいにモンスターを倒したらレベルが上がるとか、ポイントがもらえて割り振ることができれば面倒がなくていいんだけど、この世界では地道に鍛えるしかない。
まあ、もともと乙女ゲーの世界っぽいから、そもそもバトル展開はないのに、ちゃんと鍛錬したら結果に結びつくのだからありがたいと思わなければ。
校門のところに差しかかったとき、向こうから馬車がやってきて、止まるのが待ちきれないように勢いよく扉が開いた。
おはよう、と飛び出してきたのは、もちろんフェヘールだ。
「これ、なにかわかったわよ」
彼女が話題に出したのは禁書庫にいた不審な侵入者が落としていったものこと。
もっとも、上の何枚かは包み紙のようになっていて、中はたった1枚で、そんなに長い文章ではない。
実はその場で読もうとして、上手く読めなかった。
かなり古い物らしく、書体も古典の授業で少し習ったかな? というレベルなので勉強嫌いの出涸らし王子の手には負えないのは当然としても、フェヘールでさえ時間が必要だと言う。
昼休みはまだ残っていたから、文字を書くというより、形を真似するように書き写しておいたのだ。
まあ、それでも1晩で解読できたのは充分スゴいと思うけど。
「やっぱりヤバいネタ?」
「どうなんだろう……コンル・サカーチの杖についての手紙みたい」
「コンル・サカーチっていうと……えとえと……あの……聞いた記憶はあるんだけど」
「焦土の魔女と呼ばれた、歴史上有名な魔法士よ。600年くらい前の人ね」
「わかった、わかった、思い出した。乱世の大魔法士のことだ」
当時は乱世で、この大陸に100以上の小国があり、コンル・サカーチという魔法士はそんな小国の姫として生まれたと伝わっている。
そして、いままで誰もなしえなかった大規模殲滅魔法を完成させた。
この世界の魔法は基本的に個人戦でしか使えない。
武術を極めて一騎当千などと呼ばれるような豪傑になったところで、本当に1000人と戦えるかと問われると、なかなか厳しい。
数の暴力というのは確かにある。
四方八方から剣で斬りつけられ、槍で突かれ、弓を射かけられたら手傷を負うし、体力も低下していき、最後には討ち取られるだろう。
魔法も同じで、1人とか、数人を一度に倒すことならできる。
腕のいい魔法士は弓より遠距離で、矢よりも強い威力を出せるが、たとえば街を1つを1発で消滅されるようなことはできない。
ひょっとしたら世界征服を狙っていた、バレンシア帝国の森で戦ったアーガスならば、あるいは大規模殲滅魔法を開発することもできたのかもしれないけど。
少なくとも軍隊を相手にワンマンアーミーで戦える能力があったから世界征服などという言葉が出たのだろうし。
そして、歴史上では過去に数えるほどだが、そんな偉業を達成した魔法士がいる。
「コンル・サカーチって歴史の授業でも魔法の授業でも習ったな、そういえば」
「クリートでも魔法の授業、ちゃんと聞いているのね?」
「失礼な! 実技がボロボロだから、せめて座学のほうだけでもとがんばっているのに」
「ごめん、ごめん」
「まあ、いいや。とにかく、ウルドゥグ大帝国の礎を築いた伝説の大魔法士でいいよね?」
この大陸に100以上の小国があり、お互いに寸土をめぐって争っていた乱世の覇者となり、天下統一をなしとげたウルドゥグ大帝国の王女がコンル・サカーチだ。
日本の戦国時代でいったら織田信長みたいなものかな?
もっとも、彼女自身は皇帝の座につくことなく、祖父から父、兄、兄の長男と4代にわたってウルドゥグ大帝国の帝国魔法士団団長として活躍したと伝わっているが。
逆らう敵を容赦なく焼き払ったせいで、立場により英雄とすることもあれば、血も涙もない虐殺者みたいな扱いをされることも。
「読み上げると――コンル・サカーチ殿下崩御につき、生前のご厚誼に感謝の意を伝えると共に、愛杖をセープ・ロストーツィ殿に渡すこと。神聖セーチェーニ歴19年5月2日 ウルドゥグ大帝国 皇帝 ノチユ・サカーチ」
「杖って……誰かが持っているという話はないよね?」
「そうね。史実では彼女が亡くなったとき、一緒に埋葬されたことになっているけど、実際には持ち出した人がいたみたい」
「その史実では焦土の魔女の母国はここだ」
と、僕は人差し指を下に向けた。
最終的には大陸全土をほぼ制圧したウルドゥグ大帝国だけど、もともとは現在このアルフォルド王国の王都周辺にあったとされる。
そのせいもあってウルドゥグ大帝国の流れをくむ貴族はアルフォルド王国にも何家が残っているし、それどころか王家の末裔であるサカーチ公爵家すら現存しているのだ。
「でも、噂も聞かないけど。たとえばサカーチ公爵家に残っているのなら門外不出の宝物だったとしても噂くらいは耳にすると思うんだけど」
「ローブが残っているという噂を聞いたことあるわ」
「それ、本物か? 皇帝の直系は絶えて、傍系を連れてきてサカーチ公爵家を興したと聞いているぞ。建前でいうと名家を残したいということになるんだろうけど、ぶっちゃけアルフォルド王国の権威づけというか、ウルドゥグ大帝国の皇帝の末裔が臣下にいると箔をつけるためだからね」
いちおう、これでも王子だからね。
自国の貴族はだいたい知っているし、他国でも主要なところは押さえている……はず。
あんまり自信はないけど。
「本家がなくなったのに、分家の分家みたいなところにローブが伝わるわけないかな? サカーチ公爵家といっても名ばかりで、爵位こそ高いけど領地はないし、国王陛下の顧問とされているけど正式な役職に就いているわけではないし」
「つまり昨日のあれは禁書を狙った泥棒ではなくて、古い歴史の遺物を探していた?」
「そういうことになるんじゃないの?」
「でもさ、どんな手段を使ったのか不明だけど、正規の手続きをして禁書庫に入ったわけじゃないから、まともな研究目的じゃないだろう? ちゃんとした研究のためなら自由に禁書庫に出入りする許可が出なかったとしても、該当の本の閲覧くらいなら認められるんじゃないの?」
「読むだけでダメな本でないのなら申請すればいいと思う。それなら、どういうことなの?」
「つまり、これは宝探しだと思う!」
歴史上の偉人の愛用品なら莫大な価値があるだろう。
骨董の好きな貴族だっているし、サカーチ公爵家だって絶対に欲しがる。
オークションにかけたら、いくらの値段がつくか?
なんだか面白くなってきた!
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