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禁書庫に入ってみた

025


 強敵がいなくなったら、すぐに身内で権力争いなんて、みっともない。


 貴族の多い学園だから家の事情に左右される部分があるのはしかたないけど、校内にまでくだらないことを持ち込む連中ばかりで、ムカッと腹を立てた僕は第1王子を支持するよ、と第2王子派を挑発してみた。


 そうしたら最低で嫌がらせ、最高だと暗殺まであるんじゃないの? と上の兄さんから心配されてしまった……絶対にない、と言い切れないところが困る。


 つまり僕は暢気に昼寝することができなくなったのだ!


 まあ、王族を暗殺するほど現在のアルフォルド王国の政情は煮詰まってないけど。


 でも、バレてもイタズラとして怒られる程度の嫌がらせくらいは普通にありそう。


 昼寝してたら、いきなり水をぶっかけられたり。


 ポケットの中にムカデが入ってるとか。


 本当に困ったことになったよ。


 と、翌日フェヘールに愚痴をこぼしたらなにか考えたらいいと言われた。


「この程度の困難で簡単にギブアップしてもらったら困る」


「ギブアップする気はないんだけど……」


「それでこそクリート、わたくしの婚約者」


 なんかフェヘールがとても満足そうなんだけど……ただ安心して昼寝できる場所を探すという話だよ?


 世界の危機とか、そういうレベルの問題じゃないんだから、別にギブアップしてもだいじょうぶだと思うんだけど。


「で、具体的になにかアイディアはある? 学園の敷地内だけど、生徒や先生が近寄らないところ」


「クリートには心当たりがないの?」


「入学直後から寝心地のいい場所を探して、結局あの中庭の芝生に辿り着いたんだよなぁ……あ、雨の日は普通に教室だけど」


「教室も避けたほうがいいかも。クリートに剣でかなう生徒はいないし、もし不意打ちされても即死でない限りわたくしがなんとかするけど……ただ他の生徒が巻き込まれるかもしれないから」


「うん、それはよくないね。だけど、困ったな。代案がない」


「わたくし、1つあるけど」


「本当に?」


 なんでも図書館に穴場があるとか、それは知らなかった。


 この世界の情報を集めていたころには乱読というのかな? かなりたくさんの本を読んでいたんだけど、うちには――つまり王城ということだけど、ものすごい蔵書があるんだよね。


 そして、このレシプスト王立学園に入学したころには情報収集も一段落していたから、ここの図書館はまったく利用してない。


 穴場ということは、きっと本棚と本棚の間に誰もこない空間があるとか?


 そんなところに女の子と2人で昼寝?


 なんかエロい雰囲気がしないでもない。


 ここはフェヘールに眼鏡でもかけてもらったほうがいいんじゃないか?


 文学少女っぽく、ね。


 いや、いや、いや、なんてバカな妄想だ。


 くだらなすぎて、あまりにもバカバカしい――メガネっ娘の文学少女と図書館の奥にある本棚の影で……実にけしからん妄想だな。








 そんなアホみたいなことを考えていた時期もありましたよ!


 この学園の図書館は校舎の中の1室ではなく、独立した専用の建物にある。


 前世の日本でいうと図書館というより、スカイツリーに似ているけどね。


 近辺にある各種の研究機関の資料の整理保管も兼ねていてることもあり結構な巨大文化施設だ。


 円形の建物の内側はびっしり本棚が設置してあり、その本棚の最後の段が机として使えるように長くなっていて、椅子も備えつけられている。


 それに沿うように螺旋階段になっていて、上のほうまで続いていた。


 本はそれぞれ本棚に鎖でつながれていて、学園の生徒なら自由に読んだり、書き写すことはできるけど、貸し出しは不可。


 この世界にはまだ印刷技術がないので、本はとても高価で、授業に使う教科書さえ、教室に備えつけのものを借ることになっていて、生徒の個人所有ではない。


 製本自体も職人の手仕事だからコストがかさむし。


 紙も稀少品であり、やはり高価なので、ここにいる生徒たちは読むのがほとんどで、たまに要点のみ書き写しているようだった。


 で、それはいいとして、図書館は結構人気のある場所みたいで、あちらこちらに人影があるんだ。


 こっそり隠れることができそうな空間はないぞ?


 どうするんだろう? と思っていたら――フェヘールは司書に声をかけると、彼女は大きくて複雑な鍵を持ってきた。


 そして、僕が連れていかれたのは?


 禁書庫でした!


 いやあ、ファンタジー的世界あるあるですね、禁書。


 それを集めた禁書庫ってロマンですよね?


 大きな塔のような図書館だと思っていたら、実は地下室まであったんだよ。


 人知れず、こっそりと図書館の隅にその扉はあった――という感じてはなかったのが残念だったけど。


 普通にカウンターにいき、普通に司書に声をかけ、その後ろにあった部屋に向かったのだ。


「入るわよ。彼もいいわね?」


「あっ、はい。だいじょうぶです」


 司書さんは僕の顔を見て、問題ないと通してくれた。


 返却本や新規資料の整理をやっているスペースを抜けて、さらに奥の扉が禁書庫の入り口。


 大きくて、複雑そうな、いかにもそれらしい鍵で司書さんが解錠する。


 その扉も厚い材木でできていて、四隅はゴツい金具で補強してある、かなり頑丈そうなものだった。


「いつものように出るときはノックを3回お願いします」


「昼休みはここで過ごす予定です」


「ノックがなければ声をかけましょう」


 司書さんはそう言って僕たちが入った後、扉をしめた。


 すぐにガチリと施錠する音。


 場所はともかく、禁書庫そのものは物々しい雰囲気だ。


 ポッとフェヘールが指先に明かりを灯して掲げた。


「魔法で灯の明かりを使うことになってる。基本的に火気厳禁ね」


「まあ、本が大量にある地下室で火を使って火事になったら絶対に助からないもんな。でも、そうなると僕は明かりなしかよ」


「生活魔法まで使えない人はあんまりいないから」


 フェヘールの言う通り、強い魔法がまったく使えない、魔法士としての才能がぜんぜんない人でも最低限の魔法は使える。


 火をつけたり、明かりを灯したり、コップ1杯の水を出したり、汚れた手を洗ったり、低レベル小規模の魔法を便利使いすることを生活魔法と呼ぶ。


 だけど、僕はそれすらまともに使えない落ちこぼれなんだよね。


 まあ、生活に便利に使えるというだけで、魔法行使という意味では炎をぶつけたり、氷の槍で刺すのと同じだから、魔法がさっぱりできないのなら低レベルだろうと小規模だろうと無理なのは当然だ。


 フェヘールが僕の足元を照らしてくれるので、危なげなく石造りの古い階段を降りることができた。


 地下室は予想以上に広くて、一見しただけでは本棚が無数に並び、続いているようだ。


 ここは壁沿いではなく、一定間隔で本棚が並んでいた。


 そのあたりは割と普通。


 あまりたくさんの本棚があるせいで、部屋全体がどうなっているかわからない。


 いくらなんでも多過ぎだろ、禁書。


 アルフォルド王国、だいじょうぶなのか?


 しかも、地上の図書館と違って本と本棚を鎖でつないでないようだ。


 禁書というのにセキュリティーが甘いと思ってフェヘールに尋ねると、入るのに許可が必要で、鞄などは持ち込み禁止、出るときにボディチェックされるそうだ。


 不特定多数の利用する施設ではないということと、あとは鎖でつなげないような本も多いみたい。


 写本というより、本当に手書きの文字が並んだ紙の束とか、粘土や木など紙以外の素材を使ったものや、紙をつなげた巻物とか、一般的な本の形態から外れたものも多い。


 もちろん、きちんと製本されたものもあるが、どれも特別な装釘ばかりでとても高価そうだった。


 元の持ち主は大金持ちの商人か、高位の貴族なのだろう。


 まあ、そもそも禁書なんて普通の人は持ってないと思うけど。


 本人が亡くなったときの遺品か、なにか犯罪に加担して発隠したのか、寄附されたり没収されたり押収されて、内容がアレなせいで禁書庫で保管されることになったのだと思うけど――どれも一財産になりそうなものばかり。


「これなんか、いくらになるんだろう?」


 装釘が金属だ。


 しかも白っぽい宝石がキラキラで、ろくに明かりのない場所でもまぶしいほど。


 日本の女子高生を召喚してデコらせたらこうなりました、と言われても僕は信じるね。


「プラチナとダイヤモンドだから……いくらなのかな?」


 そんなことを呟きながらフェヘールは僕の手から本を取り上げて、ちょっと開いて――すぐに閉じた。


「装釘より、中身のほうがヤバいかも」


「……ちょっと想像できないんだけど…………ちなみに、そのヤバい中身というのは?」


「即死魔法についての考察」


「聞かなかったことにして、あえて読まないという選択肢を選ぼう」


 フェヘールの手からひったくるように本を取り上げた。


 まあ、即死魔法なるものが存在するとしたら、こういうものではないかという考えをまとめただけのものだろうけど――忌み子と呼ばれたフェヘールだって、さすがに人間を即死させることはできないのだから、もしそんな魔法があってもきっと誰も使えない。


「あっ、でも……この魔法を反対に発動したら蘇生魔法にならないか?」


 死にそうな状態でもフェヘールなら治癒魔法で命を救うことができる。


 しかし、完全に死んでしまったものを蘇らせることはできない。


 時間が経って状態が悪いものを蘇生するのは、たぶん無理――蘇生というより時間の巻き戻しになるからね。


 だけど、死んだ直後のものを蘇生させ、ぎりぎりで生きているところまで持っていくことができれば、あとは普通に治癒魔法でいけそうな気がするんだけど?


 心肺停止の人に心臓マッサージとか人工呼吸をするイメージだね。


 あるいはAEDみたいに自動的に心電図を解析して電気ショックで心臓の再始動させるまでの行程を魔法的にできたら救命率が上がると思うんだけど。


 そんなことを考えていたら、フェヘールが今度は僕から本をひったくる。


 しばらく無言で本のページをめくっていたが、結局は本棚に戻した。


「ちょっとしたヒントくらいにはなりそうだけど、それ以上ではないかな?」


「そうそう都合よくはいかないか」


「むしろ即死魔法の禁書を見て、いきなり蘇生魔法の可能性に辿り着くクリートの頭の中を覗いたほうが、ずっと役に立ちそうなんだけど」


「もし読めても、つまらない物語ばかりの詰め合わせだな」


 もう1冊、本棚から適当に取り出した。


 どうやら革の装釘らしいので、さっきのよりは少しまし?


 全体的に黒ずんでいて、表紙は中心付近が不自然に膨らみ、なにやら干し葡萄みたいなものがついている。


 水分を吸ったとしても、ここまで大きく膨らまないと思うんだけど……おかしな装釘だ。


「あっ、クリートもそういうの、興味あるんだ?」


「そういうの?」


「ちょっと読んでみたら?」


 フェヘールのお薦めだから読んでみようかな?


 僕が興味を持ちそうということは、つまり剣技とか、そういう方面――ではなく、エロ小説でした!


 まあ、エロ方面も過ぎれば禁書になるんだろうけど、インターネットでエロ動画が見放題な世界を知っている僕としては、かなり微妙だよ。


 ただ、こんなに禁書が大量にある理由もだいたいわかった。


 人間は――いや、男はというべきか、とにかくエロは強いから!


 それとも、この大量の禁書の中には女性向けの腐った物件もそれなりにあるのか?


 あれは日本の文化だと思いたいが、一方で乙女ゲーの世界ならヤバいの結構あって、いきすぎたのが禁書の扱いになってそうな気も。


「たいしたことないだろう? これくらいのものなら」


 パラパラとページをめくった後、そうフェヘールに疑問を投げかけると、内容より装釘が問題だと言われた。


 人皮本、というらしい。


「動物や魔獣の革で装釘できるのだから、人間の皮膚を鞣してもいいよね? 女性の胸の部分の皮膚を使ってある、かなり通向けの1冊よ」


 つまり表紙の膨らんだ部分はおっぱい。


 それを撫でまわしながらエロ小説を読む、と。


 たいしたことありました!


 人間の命でさえ安い世界だから、死刑囚の遺体とか、いくらでも人間の皮膚は入手できると思うけど、僕程度ではレベルが足りなくてこれで興奮するのは無理だわ。


 むしろ萎える。


 ただただ不気味で、ひたすら気持ち悪いだけ。


 よくこんなもの作ったな。


 さわっただけで手が穢れそうなんですけど。


 さっきエロ方面の禁書がこの部屋にはいっぱいあるのではないかと推測したけど、こんな業の深い本、そうそうあってたまるか!


 いや、そんなことより最初の目的だ。


 こんなところで安らかに昼寝できるのか?


 と、そのとき。


 遠くに光が見えた。


 禁書庫は地下にあるせいで、基本的には暗い――蛍光灯とか、ない世界だしね。


 さらにびっしりと本が詰まった本棚がずらりと並んでいるから見通しが悪い。


 しかし、そんな暗い場所だから明かりがあると、すごく目立つ。


「あれ?」


「しっ!」


 フェヘールに黙るように注意された。


「どういうこと?」


 小声で囁く。


 すると小声で答えが返ってきた。


「誰もいないはずなの」


「捕まえよう」


 一瞬で決断。


 誰もいないはずの場所に誰かいるというだけで充分に怪しい。


 その場所が禁書庫というのだから警戒レベルが2つ3つは跳ね上がる。


 もしフェヘールの勘違いで正規に禁書庫を利用している生徒だったら謝ればいいのだし。


 腰の剣に手を伸ばす。


 学園で貴族の子弟がぶらさげている剣は戦闘用というより身分を示すためのアクセサリーみたいなものだから紋章が刻まれていたり、貴金属や宝石で飾り立てたものだ。


 長さも短剣くらい。


 僕の剣はやや長めだけど、それでも30センチもないし、ナマクラだ。


 フェヘールも腰に挟んでいた杖を抜く。


 こちらもこちらで戦闘用ではなく儀礼用だろう。


 ただ……不審者相手ならこんなもんでも充分じゃないかな?


 しかし、こんなことならバレンシア帝国の皇帝にもらった大剣を持ってきたらよかった――さすがに暗殺は現実感ないし、だいたい大剣は授業中とか邪魔なんだよね。


 そんな少しの後悔と、かき集めた戦意を胸に明かりのほうに迫っていく。


「気づかれた! あっちにまわって」


 さっきまで見えていた光がずっと小さくなり、禁書庫の奥に移動していく。


 それを見てフェヘールが叫んだ。


 こっそり忍び寄って捕まえようとしていたけど、こうなっては全力ダッシュで追いつくしかない。


 だが、禁書庫の壁際まで追い込んだはずなのに、そこには人の姿はなかった。


「いない?」


「どこへいったの?」


「わからない……おかしいな、もう逃げる場所も隠れる場所もないのに」


「なに、これ?」


 フェヘールが床に落ちていた数枚の紙を拾う。


 書簡か、メモか、少なくとも本と呼べる形態にはなってなかった。


 不審な侵入者は影さえ見せずに消え、怪しげな文章だけが残ったことになる。


「それは?」


「うん……なんだろう?」


 2人とも頭のまわりにクエスチョンマークを踊らせながら文字列を見る。


 それが文字だということは僕にもわかった。


 けど、内容がわからない――というか読めない。


「何百年も前の文字みたいな……」


「古文書みたいね」


 フェヘールの言うとおり、文字だけでなく、それが書かれた紙自体もとっても古そうな雰囲気だ。


 で、古典の教養が必要なものであれば、勉強嫌いの出涸らし王子である僕の手には余る。


 しかし、フェヘールは成績優秀なほうなのできっと読めるだろう。


 そんな期待を寄せてみたけど。


「ごめん、すぐには読めない。ちょっと時間をちょうだい」






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