そのころ王城では
012
アルフォルド王国の王城に、それに次いでメレデクヘーギ侯爵家に早馬が駆け込んだ。
クリートとフェヘールが襲撃を受けたという一報が届いたのだった。
護衛の騎士団はほとんど全滅に近い損害を受け、死者を回収し、負傷者には治療を受けさせ、同時に周辺を捜索したり、情報収集をしつつ、さらに駿馬を調達して本国に連絡を送ったのだから、まずまず早いほうだろう。
国王も、報告を受け慌てて登城したメレデクヘーギ侯爵も困惑するしかない。
「あの2人のことだから、そうそう死ぬことはないだろうが」
「脅迫するにしても、身代金が目当てでも、生かしておくほうが、メリットが大きいですし」
「どうやら襲撃地点はホーノラス王国とバレンシア帝国の国境付近のようだが……どういうことだ?」
「まずホーノラス王国は関係ありますまい。王家と王家が何代にも渡って血縁を結んできている間柄。これまで友好的な関係であったときばかりで、一度も敵対的になったことはありません。それに対してバレンシア帝国は――」
「待て、待て。確かに、彼の帝国とは因縁浅からぬ関係だが、代替わりしてからはそう悪くはないぞ」
いまにも飛び出しそうなメレデクヘーギ侯爵をおさえようと国王が言う。
そのあたりを魔獣が闊歩する辺境に近いところに領地を持つメレデクヘーギ侯爵が抱える戦力は大きい。
魔獣を相手に鍛えられた侯爵家の騎士団はアルフォルド王国で一番戦闘経験が豊富なのだ。
敵が魔獣ではなく、バレンシア帝国軍だとしても、その武威を存分に見せつけるだろう。
しかし、アルフォルド王国の貴族がバレンシア帝国を攻撃すれば、結局は両国の全面戦争に発展する未来しかない。
「帝国が厄介なのは覇権主義とでもいうのか、大陸全土を自分たちの領地にしないと気が済まない皇帝が続いたせいだな。しかし、当代はどうやら違うようだ」
「覇権主義をやめる、と?」
「いってみれば、この大陸の豊かな土地はあらかた手に入れたのに、さらに兵を使って統治しきれないほど領土を広げても利がないということだ」
「管理が難しいのは事実でしょうな。荒れた土地だと開拓するのも大変で、特に最初は持ち出しも多い。それでいて成功するとは限らない」
「かなり乱暴な人物評となるが、これまでの皇帝は腕っ節が強いタイプだったのだろう。ところが、当代は頭のほうが切れる」
「多大な戦費をかけて領土を拡張するより、いまの領土のままで内政を充実させたほうが結局は国が富むという判断でしょうか?」
「そういうことなんだろうな。いまでさえ帝国の端から端までいこうとすれば、馬車で何か月もかかる。徒歩だと、どうだ? 下手をしたら1年かけても横断できるかどうか。手つかずになっている土地だって結構ある。それを放置して、さらに領土を大きくする意味があるのかと問われると……」
「むしろプライドとか、そっちになりますなぁ」
メレデクヘーギ侯爵が呟く。
天下統一とか、大陸に覇を唱えるとか、王や皇帝を名乗る人物なら――いや、大きな野心を持つ者ならやってみたいことではあるが。
歴史上を見ても、それに成功した者はいない。
むしろ、ほどほどで満足して内政を充実させたほうが国としては長続きすることが多いと歴史は教えてくれるだろう。
しかし、まあ、この場合はよいことだと思っておこう、とメレデクヘーギ侯爵は考えた。
帝国の覇権主義をやめるのなら、なんだって大歓迎だ。
「それでは陛下はバレンシア帝国の仕業ではないと?」
「むしろ最近ではホーノラス王国との間で微妙な出来事がいくつかあった」
「いや、しかし、それでは……」
「別に今回の件にホーノラス王国がかかわっているというわけではない。もし、そうならクリートもフェヘールもいかせるはずがないではないか。だいたい、いくらなんでも簡単に関係が悪化するほど、あそことの付き合いは浅いわけではないぞ。ただ一部に過激な考えを持つ者がいるようだ」
「ホーノラス王国にも覇権主義者が? ですが、こういってはどうかと思いますが、忌憚なく申し上げれば彼の王国の軍事力は我が王国とそう変わらないレベルだったはず。防衛戦なら戦いようがあるとしても、自分たちのほうから侵攻作戦をおこなうのは難しいと考えます」
「いま魔法士の育成に力点を置いているようだ。それに騎士団や国軍の一部が同調し、武闘派の貴族も巻き込み、ちょっとした派閥のようなものができているようだな」
「あえていえば現状維持派と、国土拡大派みたいなものでしょうか?」
「うむ、そういうことであろう」
ただし、派閥ということならバレンシア帝国にもあって、こっちのほうが激しく争っているようだ、と国王は続けた。
「当代の皇帝が内政の充実に舵を切ろうとしても、それを快く思わない連中も多い。一方で若い皇帝を支えようという動きもあるようだ」
「戦争で切り取れば国土も広くなりますが、貴族たちにとっても自領を増やしたり、陞爵のチャンスですからな」
「そういう連中にとってホーノラス王国の王子の襲撃は有力な選択肢だろう?」
「両国のトップの思惑がどうであろうと開戦やむなし、ですか。そうなるとバレンシアの覇権派の仕業ということになりますか」
「決まったわけではないがな。結局、ただの盗賊というわけではないだろうし……」
「野盗ではありますまい。有力な傭兵団なら騎兵1000も用意できるでしょうが、一国の王子の暗殺を請け負うほど頭が悪い団長が率いているのなら、有力と評判になる前に消滅するはず。金次第で王族の暗殺でも引き受けるとなったら、どこの国も雇うどころか、領内を通行することすら嫌がるでしょう。戦場で兵士を殺すとは訳が違いますから」
「やはりバレンシア帝国の覇権派を中心に情報を集めようか。もし2人が生きて捕らえられているのなら、なにか聞こえてくるだろう」
「侯爵家でもすぐに情報収集に長けたものをバレンシア帝国に送りましょう」
こうしてアルフォルド王国ではバレンシア帝国への諜報活動を強化することに決まった。
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