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出涸らし王子はしょせん絞りカスなんだよ

010






   



 


 あまりにも。


 あまりにも酷い誤解だ。


 まるでフェヘールの想い出の僕は彼女の救世主みたいじゃないか。


 すごい、かっこよくて、さ。


 だけど、そんな事実はない。


 まず前提条件として、魔法には攻撃に使えるものが多い。


 炎の球とか、水の刃とか、そんなものを攻撃対象にぶつけるのだ。


 一方で攻撃対象の内部にダメージを与える魔法はほとんどない。


 ほとんどないということは、あるにはあるということで――一般的には魔法ではなく呪術と呼ばれる。


 あまりよく思われてない魔法に対する蔑称だ。



 フェヘールは生まれつき高いレベルで呪術に親和性があった。


 もっといえば、振りまわされていた。


 ものすごい才能があるだけで、それをコントロールすることはまったくできてない状態。


 その結果。


 睨んだだけで相手が体調不良になったことは数知れず。


 急死したとか、再起不能なんて噂さえあったのだ。


 だからといって、僕がはじめて会う侯爵令嬢を怖がったり、怒ったり、それで気絶したりもしない。


 当時、5歳だった僕は自分のまわりの情報を集めていた。


 この世界の情報を集めていたと言い換えてもいい。


 剣と魔法の世界だとわかり、ドラゴンがいることも確認できた僕は「さて、これはどのVRMMORPGだろう?」と考えていたのだ。


 異世界転生したみたいだけど、できればファンタジー的世界というだけでなくて、ゲーム的な世界だったらいいな、と思っていた。


 いや、願った、祈ったというのが正しいかも?


 ゲームの世界に転生なんて、あるわけないじゃないかと常識的に考え、それでもやっぱりゲームの世界だったらいいな、と。


 しかし、前世の日本で遊んだゲームの世界に転生したかもと期待し、だけど該当しそうなタイトルがないのでやっぱり普通の異世界転生かと思った。


 それはそれでいい。


 剣があって、モンスターと戦えるのなら、どんな世界だろうと僕は嬉しい。


 少なくとも、前世の日本より素晴らしい。


 そこに会ったのがフェヘールだ。


 彼女の顔を見た瞬間に思い出した。


「これ、乙女ゲーだ!」


 僕の目の前にいる女の子は悪役令嬢。


 ゲームの世界に転生してたらいいなと願いつつ、どうやらファンタジー的世界への転生みたいだと諦めていたら、本当は乙女ゲームだったということが判明したときの衝撃!


 あんまりなオチだ。


 しかも、そのゲームには僕にとっては思い出したら死にたくなるほど恥ずかしい黒歴史つき。


 その瞬間、僕の意識は暗転した。


 恥の多い人生を送ってきた人間失格な僕だから数え切れないほどの黒歴史を背負ってるけど、あれは高校1年の時、たまたますぐ近くの席になった女子生徒がやたらと話しかけてくるので「ひょっとして僕に気があるんじゃね?」と勘違いしたのさ。


 その女子生徒はコミュニケーション能力高めで、男子との距離が少し近いだけなのに。


 あるとき「ゲーム好きなの? わたし『華色のファンタジア』ってゲームやってるよ。物語がすごくいいから男でも楽しめるかも」と言われて一緒にゲームをやろうという誘いだと誤解したわけだ。


 買いましたよ『華色のファンタジア』。


 やりましたよ『華色のファンタジア』。


 もちろん全ルート。


 それで彼女にここがよかったとか、なんとか感想を伝えたわけですよ。


 クラスメイトたちの生暖かい視線にも気づかず。


 ウギャー! ってなるよね?


 二重の意味で。


 まさかの乙女ゲーという事実と、思い出してはいけない黒歴史のダブルパンチで僕はノックアウトされたのだ。


 だから、翌日お見舞いにきてくれたフェヘールに変な態度だったのもショックを引きずっていたせいだ。


 だけど、僕は反省した。


 ここが乙女ゲーの世界だったとしても、それはフェヘールのせいではない。


 僕が乙女ゲーの世界に転生したことは彼女の責任ではないのだ。


 当然だよね。


 そもそも前世でソードディクショナリーと呼ばれていたんだよ、僕は。


 それを略してディクとかね。


 冒険者登録した名前がそれだ。


 あるゲームで実装された剣技を別のゲームで使えるかといえば普通は使えない。


 しかし、VRゲームは自分で剣を握って振りまわすから、プレイヤーの能力次第で似たような技が出せることもある。


 あるいは漫画やゲームに出てくる技とかね。


 リアルでは無理でも、なんらかの補正が働くゲーム空間だと同じようなことができるんだよ。


 いくつものVRMMORPGでいろいろな剣技をプレイヤースキルで再現して戦っていた僕や、同じように剣を極めようとしていた仲間たちは剣豪とか剣聖とか剣鬼とか、まわりから異名をいただくわけですよ。


 大剣マスターに、長剣マスターに、短剣マスターの3人組もいたな。


 そうしたら突如として双剣マスターを名乗る変な奴が現れたり。


 なつかしい。


 なつかしすぎる。


 いまでもどこかのゲームで戦ってるんだろう、きっと。


 キングと名人のどっちが強いか勝負という話になったら、全プレイヤーが注目する盛大な賭け試合になって、ゲーム内通貨とはいえ億単位になったこともあったな。


 で、僕の二つ名は剣技辞典ソードディクショナリー――最初は二つ名だったけど、そのうち自分でもキャラ名に使ったりしていた。


 どんなゲームでも必ず設定されているオーソドックスな両手剣でどれだけの技を出せるかがソードディクショナリーと呼ばれた僕が挑戦していたこと。


 乙女ゲームに転生したとしても、ソードディクショナリーなのだから、どんな世界であっても剣技を再現すればいい。


 それどころか新技だって開発すればいいのだ。


 まあ、その結果として僕はさらに剣の練習時間を増やし、剣を振りまわすしか能のない出涸らし王子という評判を盤石のものにしたわけだけど、同時にフェヘールに対しての同情の気持ちがどんどん強くなってきた。


 彼女は悪役令嬢だ。


 少なくとも僕の知っているゲームではそうだった。


 だけど、いま現在は僕と同じ5歳で、まだ悪役令嬢ではない。


 すでに悪役令嬢だったとしても、僕は被害を受けてないし。


 出涸らし王子はゲーム中ではモブキャラだから!


 ヒロインはもちろん、悪役令嬢との絡みなんてぜんぜんないから!


 しかも噂に聞くとフェヘールという侯爵令嬢は忌み子とか呪い子と呼ばれているらしい。


 これではヒロインに嫌がらせする以前から悪役令嬢だよ。


 本人に会う機会があったとき、すぐに僕を呪うように頼んでみた。


 呪術がなにであるのか不明だけど、おそらくは状態異常の付与魔法だろう。


 麻痺とか、気絶とか、混乱とか、幻覚とか、恐怖とか。


 5歳の子供の使うデバフにソードディクショナリーが負けるわけない――と思って、嫌がるフェヘールを説得してみた。


 軽い呪いでいいのなら、ちょっと睨んだだけでできるらしい。


 で、それをやってもらった。


 僕は全力でトイレを目指して駆け出した。


 お腹がヤバい。


 パンツの危機だ。


 5歳ならギリギリ漏らしても許される――かもしれないが、僕に中身はオッサンがインサートされているわけで。


 ブリブリブリとパンツの中にたっぷり漏らすのだけは勘弁。


 そんな下半身の危機的状況でも、頭の中は割と冴えていて、この状況を分析していた。


 これは状態異常と違う。


 付与魔法でもない。


 たぶん免疫を低下させるとか、ウイルスなどの病原体を活性化させるとか、そんな方向性だと思う。


 心配して追いかけてきたフェヘールに病気の仕組みを説明する――トイレの扉越しに。


 まあ、医者でも、高学歴でもない、リアルではゲーム廃人でゲーム内ではソードディクショナリーだった剣バカの僕に医学の専門知識はないのだけれど。


 一般常識として知っている範囲のことを、そういう教養のまったくない異世界人の5歳児に説明するのだから、どれだけ伝わったのかわからない。


「その反対ってできない? 体の中にいる小さい悪いものをやっつけて、いいものを増やすんだ」


 こんなざっくりした説明でなにかが起きたら、それは奇跡というものだろうが、1ついえるのはフェヘールは天才だった。


 適当すぎる僕の言葉をどんなふうに参考にしたのか、稚拙で、効果が薄いものの治癒魔法のようなものをすぐに生み出して僕をトイレから解放してくれた。


 まあ、そこまでは予想の範囲内だ。


 彼女が治癒魔法に目覚めることを僕は知っていた――だって、ゲームの中で見たから。


 ささやかな治癒魔法に目覚めたフェヘールに対して周囲の手のひら返しはすごかった。


 身分的に侯爵令嬢だから表だって非難することはなくても、いままで忌み子とか呪い子などと陰口をたたいていたのに、急に聖女と呼ぶ人まで現れたのだ。


 下手に睨まれると病気になると避けられていたのに、突如として大人気となり、重い病気を患っている家ではなんとかフェヘールを招待しようと画策した。


 その後もフェヘールは治癒魔法を磨き続けたようで、会うたびにどんどん強力なものになっていった。


 免疫を高めて自己治癒能力を高めるとか、ウイルスを退治するとか、病気を治す手助けのようなものだが、ちゃんとした治癒魔法だ。


 僕もおもしろくなって内臓の仕組みだとか、血管だとか骨の話をしたら外傷にも対応できるようになった。


 聖女と呼ばれるようになったフェヘールと第1王子の婚約が決まるまで、たびたび会っては医学や、その関連の科学の知識を伝え、魔法化する手伝いをした――さすがに婚約が成立してからは会わないようにしたけど。


 兄の婚約者と仲がいいなんて噂になると面倒だからね。


 いまから考えると、このとき僕がやってしまったことと、フェヘールが優秀すぎるし真面目すぎたのが1つの分岐点だったのかもしれない。


 ゲームのルートだとフェヘールは治癒魔法を開発したものの、ごく簡単なものだった。


 そこに、さらに強力な治癒魔法が使えるヒロイン、つまり僕の上の兄がやらかした婚約破棄の原因となったヴルュ・アンドラーシが現れて、婚約者とともに聖女の肩書きまで奪わそうになったフェヘールは悪役令嬢に堕ちるのだ。


 ところが、実際にはフェヘールは治癒魔法の腕をどんどん上げている。


 さらには自分と同じ呪術的な能力があって差別されてる者たちを集めて治癒魔法を伝授した。


 いままで呪い子、忌み子として迫害されていたのに、治癒魔法の使い手として尊敬を集める立場になった者たちは?


 フェヘールを救世主だと崇めるよ。


 靴を舐めろと命じられたら即座に四つん這いになって爪先をペロペロしてしまうくらいには――いや、フェヘールにはそんな趣味はないから、ただの例え話だけど。


 そういう『フェヘール教』信者たちが中心になって白樺救護団が結成され、白地に緑の葉っぱの旗がシンボルとされた。


 病院をはじめた者は看板とともに旗を立て、キャラバン隊は旗を翻した馬車で大陸のあちらこちらを巡回して貴賎を問わず医療を必要とする人々を救済してまわったのだ。


 すでに『華色のファンタジア』のストーリーからは完全に逸脱している。


 いま僕たちは13歳で、ゲーム開始が15歳だから2年後にヒロインと出会うはず――いや、この前、断罪のときに見たぞ?


 あれ?


 どういうことだ?


 ゲームがはじまる前に潰してしまった形だから、そのあたりもズレたのかもしれない。


 まあ、なんにしてもフェヘールの地位は盤石。


 2年早く登場したところで、ヒロイン、ちょっと手遅れ気味ですね? という感じ。


 もっとも、ホーノラス王国の宮廷魔法筆頭の息子なんか、まだ登場すらしてないんだけどね。


 攻略キャラの中で唯一他国からの留学生だからしかたないが、ゲームがはじまる前に事実上終わっている。


 まあ、シナリオの強制力というものがあるらしいけど、どんな力がどんなふうに働いたとしてもフェヘールが困った立場にはならないと思う。


 そもそも第1王子の婚約者ではなくなっているんだし――そんなふうに考えていくとゲームがスタートするよりも早く実質的に終わらせてしまったので、いろいろおかしくなって、結果として僕とフェヘールが婚約することになった?


 






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