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氷解

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 あたしとマールティウスくんが声を殺して爆笑してるという状態に、理解不能と顔に書いてあるアロイス。そしてその様子に、さらにあたしたちが悶絶するという悪循環が数周してしばらく。

 ようやく笑いの収まったマールティウスくんが、手早く現状を説明すると、アロイスものぞき穴に目を当てた。

 で、自称コッシニアさんに見覚えは?


「わたくしもコッシニア様がペルグランデクリス伯爵家へ赴かれてから10年以上お会いしておりませんが、おそらくご本人です」

「そうか」


 マールティウスくんは頷くと、あたしが書き上げた筆談用紙をちらりと見た。

 いや、書いたことはすこぶる単純ですよ?


『何を望むか確認すべき』


 そもそも、アロイスはどうしたいのさ?

 ぶん殴ってやります!などと言われてるけど、まずは誤解を解く必要があるよね。

 で、誤解を解いたら、その後は?


「できればルーチェットピラ魔術伯爵家でコッシニア様の保護をお願いしたいのですが。少なくとも、こちらの一件が片付くまではお預かりいただきたく」

「ふむ。それは構わぬが……」


 いずれにしても、彼女の意思を確認する必要もあるよね。


「では、隣室へ伺いたいのですが、ルーチェットピラ魔術伯どの、立ち会いをお願いいたします」

「むろんのことだ。お…ボニーどのも帯同願いたい」


 ういさ。


 そうそう、彼女、身体強化で聞き耳立ててるからね。

 こっちの部屋の物音まで聞こえてるかどうかはわかんないけど、たぶん、こっちの部屋に人がいた、ぐらいのことは把握してると思うからよろしくー。


 ……しかし自分が使うには便利だが、相手が使うと案外面倒だな、身体強化。

 自然放出している魔力(マナ)を、ただ放出するのではなく全身に循環させながら放出するようなものなのだけどね。

 あたしの眼窩で見ると、全身から炎のような形で立ち上ってる魔力が、身体強化に回すと、なんというか野生動物の毛皮みたく、一方向に向かってぺたっと体表を覆うように変化して見える。

だけど、実際やってみたグラミィによれば、放出魔力量自体は身体強化してない時と比べてもそんなに増えるものではないそうな。

 なので、あんまり魔力感知能力の高くない人間には使っているかどうかもわからないというしろもの。

 おまけに魔術ではないので、魔術師であるクラウスさんたちにも防げないもんなー。

 そもそも使い手が少ないのか。

 魔術師が身体強化してるのを見たのは、あたしがやり方教えたグラミィか、魔喰ライになったサージくらいなものだ。


 アロイスがマールティウスくんを先導して応接室に入っていくと、淑女の礼らしく目を伏せていたコッシニア(仮)さんだが、顔を上げたとたん、表情をこわばらせた。

 目線は…え、あたし?


 瞬間のことだった。


 どこから取り出したのか、細枝のような杖を手に一単語(ワンワード)詠唱。早!

 身体強化で敏捷性も上がってるのか?!


 とっさに張った結界にぶつかって転がったのは。…(やじり)?穂先?のような金属光沢の欠片だ。

 コッシニア(仮)さんは舌打ちして、さらに詠唱するが、今度は何も発動しない。

 あたしが術式を破壊したのだ。さすがに二度同じ手は食いません。


「突然何をなさいます?」


 見れば、杖を油断なく構えるクラウスさん。どっから出したのかpart2。

 ……というか、クラウスさんもプレシオくんも、マールティウスくんには結界で防護を組んだくせに、あたしにゃ何もしなかったね?

 放置か、放置なのか。

 それとも、これくらいシルウェステルさんなら対応できると信頼してのことか。


「まあ待て、クラウス」


 クラウスさんを片手で止めたマールティウスくんは、自称コッシニアさんを正面から見つめた。

 その間にあたしはこっそりクラウスさんと反対側についておく。


「わたしはルーチェットピラ魔術伯、マールティウス・ランシピウスである。このままではそなたが当家に対し敵対行為を行ったと見なさねばならぬ。それは理解していただけるかな?」

「……先々代アダマスピカ副伯爵、ルベウス・フェロウィクトーリアが次女にして、先のアダマスピカ副伯爵、ルーフス・フェロウィクトーリアが妹、コッシニア・フェロウィクトーリアにございます。このたびは突然の訪問のみならずこのような騒ぎを起こしましたこと、大変申し訳ございません」


 杖を手放すと、自称コッシニアさんは袖からもタクトサイズの杖を取り出したが、その数には、クラウスさんも頬がひきつってた。

 だって数十本も出てくるなんて思わんもの。どんだけ仕込んでたのさ。


 あたし……というか、シルウェステルさんの杖だって、武器にも使えそうなほどにはそこそこ太くて長さもある。グラミィが持ってる杖なんて、いわゆる魔法使いのおばあさんのものに近い。

 これ、魔力によって刻まれる魔術の量が杖の大きさに関係が深いせいもあるという。

 魔術が刻み込まれる杖の容量には限りがある。だから、魔術の得手不得手は杖の容量とも関連してくるんだそうな。

だからって、杖の容量に限りがあるなら、数を増やせばいいじゃない、とはまずならない。

 特に魔術特化型貴族の場合、杖は与えられるもの、作らせるもの、手に入れるものであって自分で作るものではないからだ。

 

 後ほど彼女に聞いたことだが、彼女の最初の杖は、師匠だった魔術師の手作りだったという。

 魔術学院での洗脳は、国への忠誠。魔術士団は、団への忠誠をたたき込む。

 だが病弱な少女に杖を贈ることは、そのどちらにも抵触していなかったのだ。

 入手できる材料で、杖の作り方を教えることも。

 だからこそ、彼女は魔術を使い生き延びることができたわけだが。


「その……そちらの方は」

「彼は、…ボニーという。当家にいささかゆかりのある者だが、何か?」

「大変ご無礼をいたしました。ボニー様の魔力が、その、あまりにも異様に思われまして……」


 ……あー、そういえばそうだった。

 つまり、出会った直後の魔術士隊の面々と同じ反応だったわけね。激烈だったけど。

 顔を隠した状態だと、あたしの魔力を感知した段階で人間のものじゃない、これは化け物だ!ぐらいの認識になっちゃうわけか。悪即斬って。いやいや悪じゃないです。骨ですが。

 加えて、コッシニアさんの場合、ひょっとしたらいつ敵地に変わるかもわかんないという警戒心MAX状態もあいまったからこそ、違和感イコール身の危険、ぐらいの過剰反応をしちゃった、って感じかな。やられる前にやれ、と。

 いやいやいやいや。納得したけど、やんないから。


 マールティウスくんを筆頭に、ルーチェットピラ魔術伯爵家のみなさんがそこまでひどい拒否反応を示さないのは、あたしが『とっくに死んでる』『シルウェステルさんである』と認識しているからというのもあるんでしょーかね。たぶんだけど。


「理由は理解した。確かにボニーは少々事情があって、魔力に変調をきたしてはいる。だが魔術には長けており、魔力を暴発させるようなことはしない。また無闇に人を害するような人物ではない」


そうですよー。だから、術式破壊から生魔力いただきまーす、ってコンボもしなかったんですよ、コッシニア(仮)さん?


 あ、夜中の不法侵入者さんたちにはしました、生魔力抽出。だって武力しか行使できないバルドゥスたちには、魔力ばりばりの魔術師って、ちょいとめんどくさそうな相手なんですもの。捕縛のお手伝いのついでです、ついで。

 ……お腹も減ってたし。比喩的な意味で、ですが。


「は、はい。まことに申し開きのしようもございません。わたくしの術式すらたやすく破壊されるような、達人の方に大変なご無礼をいたしまして……」


どうする?というニュアンスでマールティウスくんが振り向いたので、軽く頷いておく。


「ボニーは貴女の謝罪を受け入れるそうだ。だが二度はない」


 ……ちょっと厳しすぎやしませんですかねそれ。

 いやまあ二度も三度も狙われたいかっていうと、そうじゃないんだけどね。襲われたい願望など、あたしにゃありません。

 いのちたいせつ、たとえ骨でも。


「かけられよ」


 自称コッシニアさんを促して、自分も座るマールティウスくんのちょっと斜め後ろに立ってみる。あたしゃルーチェットピラ魔術伯爵家の人間っぽい何かです、という意思表示に見えるかな。


「……そうか、そういうことだったのですね。ボニー様がいらっしゃったから、アダマスピカ副伯爵の隠し子がルーチェットピラ魔術伯爵家で保護されている、などという根も葉もない噂があったのですね。わたくしはなんという考え違いをしてしまったのでしょう」


 いやあ、確かにその噂は根も葉もありませんがね。複製元はしっかりあります。

 むしろあたしが細胞増殖してばらまきました。都市伝説の元ネタになろうかという気合いをこめて。

 なので、自称コッシニアさんは悪くはない、というかうっかり釣針にかかっちゃったお魚さん的位置づけですよ。


 で、釣った魚に餌をやってもいいかどうか見極めはいいかね、アロイス?


「コッシニア様。わたくしがおわかりになりますか」


 まじまじとアロイスの顔を見たコッシニアさん?は、恐る恐る呟いた。


「その髪の色……。まさか、アロイス?アルバスウィオラの花が嫌いだった?」

「いえ、アルバスウィオラの花よりアルバスロサの方が香りは好みだと申し上げただけですよ。なぜかその日は不機嫌になられて口も聞いてくださりませんでしたね。晩餐にマールムの蜂蜜煮をお譲りいたしましたら、ようやく晴れやかなお顔に戻られましたが」

「そ、そのことは忘れて!」


わたわたと手を振るコッシニアさん(確定っぽい)。


「では、どうかコッシニア様も巷間の噂などお気になされませぬよう。わたくしは御領主様の血を受けてはおりませんし、アダマスピカ副伯爵位の継承権もございませんので、その手でお殴りになるのはご勘弁ください」

「……聞いていたの、アロイス?」


 ひどいわ、と赤毛と同じ色の顔になってむくれるコッシニア(確定)さん。

 苦笑するアロイスは目が和んでいた。


 ……なーるほど、こういう関係か。からかい好きのおにーちゃんに振り回される、勝ち気な妹って感じだね。

 ここまで仲がよけりゃあ、そりゃ後妻さんもそれなりに危機感持ってアロイシウスをたきつけたんだろうな。


 さて、コッシニアさんが本物だと確定できたところで。


 ……どうしよう。


 これまでグラミィがいたから、なんとかしなきゃという気持ちで動いてたけど。

 一人で決断するのって、何回経験してもやっぱり怖いな。

 多くの人間のこれからを左右する決断であっても、いやだからこそ『人のためにすること』と、『自分のためにすること』ってやっぱりウェイトが違う。

 だからこそ、これまでもなるべくアロイスたちの要望もかなえられるWin-Winの実現を盛り込んで、あたしの利己的な行動とすりあわせはしてきたつもりだ。


 でも、王子サマのご注文(御命令)は、『ルンピートゥルアンサ副伯爵家のお取り潰し』なんだよね。

 それは、カシアスのおっちゃんとアロイスに協力をしてもらってる今の段階でも、ちょっと大変だ。

 ならば、これってチャンスなんだよね。

 ……おっけー、覚悟は決めた。さらに多くの人間を巻き込んででも、あたしはあたしのために、やるべき事をやってやろうじゃないの。


 あたしはアロイスに合図を送った。


「コッシニア様。これからいかがなさるおつもりですか?」

「これから、というのは」

「ルーチェットピラ魔術伯爵家を訪れた目的は果たされ、誤解は解けたのでしょう?では、非礼を詫びてお帰りになるのですか?何処へ?」


 国内を転々としていたという彼女に、帰るべきところはたぶんないはずだ。


「コッシニア・フェロウィクトーリアどの。アダマスピカ副伯爵位の継承権をお持ちの御身は、当家に何を望まれる?」

「望めば、お聞き入れくださるのですか。ルーチェットピラ魔術伯さまがお手ずから叶えてくださると?」


 そんなわけはないだろうと、彼女の目が語っている。

 甘い言葉に惑わされることもなく、その張り詰めた面持ちでなければここまで生きてこれなかったのだろうね。

 だが、それはあたしにとっちゃ望ましい猜疑心だ。

 相応の見返りがあってこそ、協力する気にもなれるというのなら、過剰な期待で永遠の庇護を求められるよりも、ずっと取引相手としては話がしやすい。


「そのようなことは無論ルーチェットピラ魔術伯として、言わぬし言えぬ。だが、口に出されなければ望みは叶わぬものだ」

「アダマスピカ副伯爵位をアロイシウスに継承させようと、プルモー夫人がジュラニツハスタの戦い以降、何度も請願を王宮に送られていること、コッシニア様はご存じでしたか」

「いいえ。まさか、まさかそんな許されぬ簒奪(さんだつ)を画策していたなど」


 コッシニアさんは顔色を変えてかぶりを振ったが、正直な話、生きてるアダマスピカ副伯爵位継承権者はほんのわずかだ。

 嫁いでった長女さんが継承権を失ってるという現状では、後妻さんとアロイシウスの暴走は止めきれない、のだそうな。

 王子サマがあたしたちを使って足を引っ張ったり、コッシニアさんなんていう不確定要素が出てこない限りは。


 あたしはアロイスを指で招くと、心話で通訳を頼んだ。


「コッシニア様。ボニーどののお言葉です。『コッシニア嬢を次のアダマスピカ副伯爵として領地へお戻しすることはできる。ただし、いくつか協力をしていただけるのなら』と」

「協力とは?」

「『アロイシウスらの実家であるルンピートゥルアンサ副伯爵家を潰すためのもの』」


 コッシニアさんは眉間に皺を寄せた。


「ご協力申し上げた際の、わたくしの利点は?」

「『より早くアダマスピカ副伯爵家へお戻しすることができるようになるだろう』」

「では、わたくしが継承権を放棄してでも副伯爵家との争いはしたくないと申し上げましたなら、どうなさいますか?」

「『どうもしない』」


 マールティウスくんまでこっち振り向くなよ。そしてアロイス、(それでいいのですか?!)とか小声で囁かない。コッシニアさん側に君が立っててくれないと、こっちが悪い警察官役をやってる意味がないのだよ。


「『無礼を不問に付す代わりに、協力を要請するような取引もしない。コッシニア嬢は機を見る目がないか、敏に動きえぬ人だということであり、そのようなお嬢さんにに協力を願ったわたしが不明であったというだけのことだ。ただし、今しばらくこの邸内に足止めはさせていただく』と、おっしゃっておられますが」


 みるみるコッシニアさんの顔が赤くなるが、別にこれ、いきなり攻撃されたことを根に持ってイヤミを言ってるわけじゃない。

 本当ですじょ?


 これまで10年近くも国内を一人で、女性の身でありながら、無事に逃げ回ってこれただけの能力がコッシニアさんにあるのはわかってるわけで。

 だったら無理矢理旗印に担いだって、いいことはないに決まってる、というだけのことだ。

 次のアダマスピカ副伯爵に決定してから当人が逃げ出しちゃいました、というのは目も当てられない。

 自発的意思ってのは物事を成功させる時の重要なファクターです。

 足止め云々ってのは、断られた場合でも、せめてこっちの仕事が片付くまでは情報は漏らしたくないというのと、アロイスが願ったコッシニアさんの安全確保との妥協点だ。


「ボニーどの」


 どした、アロイス?


「バルドゥスの話は、コッシニア様にお伝えしてもよろしいでしょうか」


 バルドゥスの話って、……ああ。アロイシウスが煮上がってきてるから、いつ料理にかかってもいいよーという、あれね。

 構わない、と頷けば、アロイスは彼女にごにょごにょと耳打ちした。さすがに密着はできないらしく、言葉の端々が漏れ聞こえてくる。

 ……暗殺とか、罠とか、噂とか、叩きのめすとか、やたらと物騒な言葉ばかり聞こえてくるのは気のせいだと思おう。


 アロイスが離れた後、コッシニアさんはものすごくイイ笑顔になっていた。

 いったいどこまで何をどう吹き込んだアロイス。


「ボニーさま。どうか数々のご無礼をお許しください。すでに、あの豚どもを叩き潰すためアロイスに手をお貸し下さっていたとはつゆ知らず、短慮に恥じ入るばかりにございます」


 ああ、うん。それで?


「お話をお受けいたします。外道たちをアダマスピカ副伯領から追い出し、父や兄たちの恨みを晴らせるならば、いかようにでもこの身をお使いくださいますよう、伏してお願い申し上げます」


 ……ここまで一気に変わるとか。どれだけ嫌われてたんだか、アロイシウスってば。

 まあ、おとーさんが必死になってガードしてくれる姿を見てれば、いっぺん潰れろ、ぐらいには思うだろうね。

 どこのナニがどうか、までは知らないが。

ちなみに、花言葉的には、

アルバスウィオラ……純潔、率直、無邪気(な恋)

アルバスロサ……純潔、深い尊敬、私はあなたにふさわしい


いろいろ勘違いしたせいで、コッシニアさんはむくれたわけです。

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