帰還
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
アダマスピカ副伯爵家の紋章を刻んだブローチを手に、ルーチェットピラ魔術伯爵家の門を密かに叩いた魔術師は、コッシニアと名乗った。
アダマスピカ副伯爵家の人間では、唯一生死不明の行方不明。ということに一応されてはいたが、生存は絶望しされていた、あの次女さんの名前である。
それからというものはもう大変な騒ぎになった。
バルドゥスはアロイスに伝えるためにとっとと出て行き、その後を追うようにプレシオくんが王子サマとアーノセノウスさんへ出した使いが王宮を目指す。
マールティウスくんはというと、クラウスさんにそこそこの客に対応するための応接間を用意させた。
のぞき穴つきの。
……いや、そりゃ、アロイスと初めて顔合わせした山の城砦にもあったけどさぁ、のぞき穴つきのお部屋。
のぞくのは貴族階級のデフォルトなのかしらん。
王猟地のお屋敷にも、よーく探してみればあったのかもね。
で。どうするかって?
そりゃもちろん。
マールティウスくんものぞくんですもの、あたしも一緒に隣の部屋からのぞくことにしましたよ、ええ。
念のため放出魔力量は抑えて、ですが。
「突然の訪問をお許しいただき、感謝申し上げます。先々代アダマスピカ副伯爵、ルベウス・フェロウィクトーリアが次女にして、先のアダマスピカ副伯爵、ルーフス・フェロウィクトーリアが妹、コッシニア・フェロウィクトーリアにございます」
クラウスさんに向かい、魔術師のローブ姿で淑女の礼っぽい仕草をした、コッシニアさん――と名乗り出たのは、炎に鍛えられた鋭い穂先のような目の女性だった。
放出魔力の量を見れば、確かに魔術師だというのがわかる、んだけど。
杖をお預かりいたします、とプレシオくんに言われて、素直に短めの杖も預けてたし。
赤褐色の髪がなんだか微妙にまだらなせいで、微妙に年齢不詳気味だけど、たぶん20代半ばかそれより上くらい。
アロイスから聞いた次女さんとの年齢差を考えても、齟齬はまずない。
ちなみに、わざわざ『そこそこの客に対応するための応接間に通し』、『プレシオくんとクラウスさんが応対する』、というのにも意味がある。
いきなりアポなしで、突撃ルーチェットピラ魔術伯爵家~、とばかりに突っ込んでこられた相手に、すぐさま当主であるマールティウスくんが会ったり、それこそあたしが長櫃詰めで運んでもらった最奥の歓談室で応対することにしたりというのは、それだけで来客の持つ情報なり身分なりを、重要視しているということになってしまう。
これ、めっちゃ悪手なのだよ。
マールティウスくんに、宮廷内の噂に聞き入ったふりしといてね、とお願いしたこともあって、現在のところ『ルーチェットピラ魔術伯がアダマスピカ副伯爵家とルンピートゥルアンサ副伯爵家がからんでるっぽい噂に関心を示している』という情報はすでにかなりの範囲で拡散しているとみていいだろう。
特に貴族階級には。
その状態で、突撃してきた『自称コッシニアさんを重要視している』と見られるのは、『自称コッシニアさんが持ってる情報に強い関心を持っている』、もしくは『自称コッシニアさんを囲い込んで、アダマスピカ副伯爵家のお家騒動に介入することを狙っている』と見なされてもしかたがない。
それも、ルーチェットピラ魔術伯爵家が、だ。
ルーチェットピラ魔術伯爵家がアダマスピカ副伯爵位継承権者を保護してるって噂を強化してる以上、否定するわけにもいかないし。否定しても噂が消えるとは限らないけどね。
それでも、突撃してきた一見さんご本人や、ついているかもしんない監視の目の持ち主に持ってお帰りいただくわけにはいかないのだよ、そんな情報。
どんな憶測が巻き起こるか、考えただけでも怖すぎる。
というわけで、まずはクラウスさんとプレシオくんに、『嘘かほんとかわからないが、証拠品っぽいものもあるので無碍にはできず、とりあえずは本人の名乗っている身分に配慮したルーチェットピラ魔術伯爵家の家宰として、面談をする』、という体で、この突撃の理由を自称コッシニアさんから引き出してもらうことになったのだ。
「フェロウィクトーリア様は、ジュラニツハスタとの戦いのさなか、行方不明になられたと伺っておりましたが」
「殺されかけたのです。館に火をかけられて」
「……それはまた」
クラウスさんの牽制に応じて放たれたにしては、じつになんとも強烈なストレートだね。
彼女の説明によれば、命が助かった理由は二つ。
おとーさんやおにーちゃんにサバイバル知識をたたき込まれたことと、未熟ながらも魔術が使えたこと、だそうな。
サバイバル知識というと、向こうの世界では火のおこし方とか水の確保のしかたといったものをついイメージしてしまうが、もちろんそんな生やさしいものではない。
いついかなる事態に陥っても生きのびるためにどう動くべきか、というものなんだそうな。
……さすがはカシアスのおっちゃんちの御領主様の血筋だわ。
それに従い、彼女は火をかけられたと知ってすぐに逃げ出すのではなく、少し待って十分に火が回ってから、一番人目が少ないであろう火元近くにつっこんでいったんだとか。
下手に逃げやすい、火元から離れた窓や裏口には伏兵が置かれている可能性が高い。そんなところからすぐさま脱出したら今度はそこで殺される、という判断ですよ。当時10代だった貴族のお嬢様が、なかなかできるもんじゃないね。
とはいえ、魔術で風を操り、なんとか燃え落ちる城館から脱出した時には火傷だらけだったという。
水を生み出して冷やすとともに、体内の魔力を操作することで自分自身の怪我の手当てをしながら逃げ延びたが。
「今でもこれだけは消えません」
自嘲気味に髪を掻き上げれば、自称コッシニアさんの頬には、赤い切っ先のような痕が残っていた。
より重症だった手や足の治療を優先したせいだという。
「その後はいかがなされていたのです」
「身を隠すため、国内を転々としておりました」
煙に巻かれ窒息しそうになりながら持ち出せたものは、行儀見習いに赴いた先でも大事に持ち歩いていた杖とブローチ、そして師匠の残したローブが一枚。
幸いというべきか、身につけていたスカーフにも幾ばくかの小銭と宝石は縫い込んであったそうだが、それより役だったのはローブだったという。
教えを請うていた魔術師が残してくれたのは、自分の礼装用のローブであったらしい。
男女兼用のデザインなので、彼女が着ても違和感はない。
ついでに言うと、特殊な製法で作られたもので、魔術学院を卒業した者であるという資格を証明するようなもの、らしい。
……なるほど、着る卒業証書ってわけか。
戦禍による荒廃した土地で女性が身を守るのは大変だったろうが、そういうものがあったとしたら納得がいく。力ある魔術師を正面きって襲うほど自信過剰というか無謀な賊はさすがにいなかったのだろう。
怪我の手当ができたのも、目立つ赤毛を染めて隠せたのも、師匠から教えられた薬学の知識があったためだとか。
……ここまでの話の筋は確かに通っている。語ってくれた理由にも納得がいく。
だが、こちらがありそうだと納得できる話の筋というのは、作ろうと思えばできるのだ。
そもそも、彼女がただの騙りでないという証明がないんだよね。
ブローチ?本物かもしれませんが、それが何か。
本物のコッシニアさんの遺品、もしくは手放したものを悪用されているとも限らんでしょうが。
カシアスのおっちゃんやアロイスのように、直接面識のある人間が保証しない限り、彼女が本当にアダマスピカ副伯爵家の人間であるという断定はできない。あたしにゃアダマスピカ副伯爵家の皆さんの顔も知らないし、マールティウスくんも成人前にお亡くなりになったとかいうルベウスさんの顔はよくわからないらしいし。
不明尽くしの相手は徹底的に疑ってかかるしかないでしょ今は。
首実検に呼ぶとすれば、アダマスピカ副伯領にいるはずのカシアスのおっちゃんより、王都にいるアロイスの方がまだ現実的か。
……とはいえ、アロイシウスへのしかけも最終段階なんだよね。今呼び寄せていいものかどうか。
ああ、頭というか頭蓋骨が痛い、ような気分にもなる。
それになにより、彼女の説明には腑に落ちない点があるのだ。そもそも臓腑ないけどさ、あたし。
「でしたら、なぜ、アダマスピカ副伯爵家にはお戻りにならなかったのですか」
やっぱりそう思うよね。そこが不自然なんだもの。
死地を脱出したらまず普通は安全な場所、たとえば実家に返ろうとするもんね。
あたしが聞きたいことを聞いてくれてありがとうクラウスさん。
「戻れなかったのです。そもそも、わたくしが行儀見習いとしてわざわざペルグランデクリス伯爵家に出されたのは、父ルベウスがわたくしを守るために計らったことなのですから」
……自称コッシニアさんの話が本当ならば、どうやら、御領主様が元気な頃から後妻さんとアロイシウスはいろいろやらかしまくってくれたらしい。
10歳を過ぎたかどうかという頃から、当時病弱で寝込むこともまだ多かったというコッシニアさんの部屋に、アロイシウスを夜中に向かわせて襲わせようとしたとか。
気がついて止めたルベウスさんが後妻さんを叱りつけたら、真顔でこれが最もいいことではないかとコッシニアさんとアロイシウスの婚姻を確定事項のように語った上に、既成事実が結婚式より先でもいいじゃないかと言い放ったとか。
なんというか、想像するだにすごく怖いです。
ルベウスさん自身が警備のためにコッシニアさんの部屋で寝るようになったとか、王都に行くときなど、どうしてもコッシニアさんから離れなければならない時には、通常家の全権を代理するべき後妻さんに渡すのではなく、家宰さんに委譲した上に、侍女と、武術指南役――つーことはカシアスのおっちゃんやアロイスたちをしごきまくった人か――などに、ガッチガチにコッシニアさんを防御してもらうくらいの警戒ぶりだった、らしい。
自称コッシニアさんが本物で、話の中身が本当のことならば。
戦いでお亡くなりになったとかいうお兄ちゃんズも基本他の貴族の家に預けてたってのも、ひょっとしたら爵位継承権者として排除されるのかもしれないという、警戒の一環だったのかしらん。こっわ。
……いやまあ確かに、後妻さん的にはコッシニアさんと結婚させればアロイシウスをアダマスピカ副伯爵家に押し込むのに一番無理がない方法だったのかもしれないけどさぁ!
もっとうまい話の持って行きかたとかあるでしょが。
ルベウスさんから根回しをするとか。
コッシニアさんがアロイシウスに恋愛感情を持つようにしむけてからとか。
アロイスから聞き取った内容からは、とてもじゃないが女性に好意を持たれるような人間には思えないけどな、アロイシウス。
いやだからこそ、後妻さん必死だったのかもしれませんがね。
あまりのなりふり構わなすぎさに、一緒にのぞき見してるマールティウスくんが唖然としてるぞおい。
マールティウスくんも、こういうところがまだすれていない、というか、貴族としては経験値が低い、のだろう。
エグいことならお手の物っぽいアーノセノウスさんや。そういうところを心配して補ったげるのは父親としての務めでしょーに。
そのへん、自称コッシニアさんの話の内容が本当だったとすれば、武官とはいえ策謀型だったらしい故ルベウスさんの方が今のマールティウスくんよりもまだ手強いんじゃなかろうか。最悪を想定して手回しができるってのは大事だね。
そーいやアロイスもカシアスのおっちゃんも、一応とは言え脳筋型というより策謀型だよね。目の寄るところに玉というべきか、この場合には勇将の下に弱卒なしというべきか。
「では、なぜ、今日、当家へお越しになりましたか」
「噂を聞きました」
ええまあ、いろいろ王都に撒き散らしたもんねぇ。ぶひぶひ豚さんの歌まで作ったし。
もしアダマスピカ副伯爵位継承権者がルーチェットピラ魔術伯爵家に保護されてるなら、アロイシウスや後妻さんからの妨害ははねのけられる。
自称コッシニアさん的には唯一生存が確認されてる姉のサンディーカさんか、それに準ずるおとーさんの隠し子さんと会えると思ったわけかな。
うまくすれば、自分の継承権を主張することもできるし、生存を公表する時が来たと思ってのことなら、今名乗り出たという判断にも納得がいく。
「さようでございましたか。どのような噂を聞かれましたか」
「騎士アロイスが、父ルベウスの隠し子としてアダマスピカ副伯爵位の継承権を主張していると」
……あひゃー……。
どうやら、放流しておいた噂は、七十五日たって消滅する前に、あたしも想像しなかったような悪魔合体をしでかしたらしい。
マールティウスくんが、ふぐっというような声を立てた。
うん。気持ちはよく分かる。
鮒が金魚に化けたというより、ピラルクにでも入れ替わったような感じだものね。どうしようこれ。
「それで」
クラウスさんは鉄壁の笑顔を崩さない。強いなおい。
「もし、噂がまことであれば、いかがなさいます」
「知れたこと」
自称コッシニアさんは、それはそれはイイ笑顔で拳を握りしめた。
「我が父の名誉を汚さんとする騎士アロイスを、この手でぶん殴ってやります!」
この直後、息を切らせてのぞき部屋に入ってきたアロイスの顔に、再度マールティウスくんとあたしが撃沈したのは言うまでもない。
……なんつーか、良くも悪くもアクティブなお嬢さんだね。うん。




