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本日も拙作をお読み頂きまして、ありがとうございます。

 王都で噂が舞う。

 爵位継承権者がほとんど絶えた、とある副伯家に後継者が正式に認められるらしい。

 とある副伯爵家の後継者が陞爵(しょうしゃく)するそうな。

 港湾伯ことボヌスヴェルトゥム辺境伯と外務卿のテルティウス王弟殿下が、どこかの家に協力してなにやらてこ入れをしている。


 ……このテの噂を流すのは、アロイシウスがアダマスピカ副伯爵家を継ぐセンがほとんどないのに、御領主様の後妻さんの養子って体裁を取ってまでごり押ししようとしてるって聞いたことから思いついたものだ。

 人間は所詮、信じたいことを信じるもんである。逆に信じたくないことはとことん誤りだとみなしたりもする。

 この現象の理由にも、学問的にはいちいち感情バイアスとか正常性バイアスとか、確証バイアスとかって名前がついてるらしいけれど、結局のところは人が自分の欲望によって自分の目を塞いでいるというだけのことにすぎない。

それは、どうやらこの世界の人間にもばっちり当てはまるようだ。


 金髪リアルオークこと、アロイシウス・アウァールスクラッスス準男爵の実家であるルンピートゥルアンサ副伯爵家は、現在のところ、とことん王族からの信頼が落ち込んでいる。

 その決定的な要因は、愛しのマイボディことシルウェステルさんの秘密報告書にあるだろうが、これまでも、やれ税収が少ないだの港が悪いだのと理由をつけて、消極的不服従の姿勢を見せまくってたことも大きい。

 ボヌスヴェルトゥム辺境伯と、テルティウス外務卿殿下の二重庇護を目論むとかって小細工はまだしも、それを不服従の権威付けに使うというのは、さすがに目に余るもんがあったらしい。

 虎の威を借る狐が虎に不服従とかバッカじゃねーのと言いたくもなる。

 庇護者同士で甘い汁の奪い合いをしてもらえるとでも思っていたのかもしれないが、王国で王族と大貴族、どっちが国のトップたる国王に近いか考えれば、すり寄る相手は一発で決まるっしょ。

 寄親である港湾伯の権力を過剰評価しすぎたのかなとも思うが、それにしても先が見えなさすぎる。

 そもそも甘い汁さえろくに吸わせてない相手がそこまでかばってくれるわきゃないでしょうが。


 それにしても。

 あの魔喰ライになったサージといい、シルウェステルさんの秘密報告が正しいとすれば、今回のアロイシウスといい。

 小中貴族の身分で国を売るとか破滅思考でもあるのかね君ら。反逆罪って知ってるのかしらん。


 ともあれ、ルンピートゥルアンサ副伯爵家の信頼と評価はだいぶ落ち目である。

 落ち目だから暴走したのか、暴走気質だから落ち目なのか。

 鶏と卵な関係の疑問は、今はどうでもいいことだ。

 問題は、だからってなぜ、アダマスピカ副伯爵家に食指を動かすかなーってことなんだ。


 ちなみに、日本語として正しい慣用句は、『食指を動かす』である。あくまでも『触手』ではなひ。なんだその権力欲にまみれた触手プレイ。


 ……話を戻そう。

 落ち目なルンピートゥルアンサ副伯爵家がアロイシウスの背後にいるというのは、推定を通り越して、ほぼ確定された情報らしい。

 ならばということで、ルンピートゥルアンサ副伯爵家、アロイシウス、そのどっちもが飛びつきやすそーな、曖昧な情報しか入ってない噂を実働部隊の皆様に、さかさかとふり撒いてもらってます。

 王宮づきの侍女に化けたエレオノーラには、主に宮廷内で侍女やってる下級貴族向けに。


 マールティウスくんに頼んだのは、それらの噂にいかにも興味ありげな様子を示して耳を傾けること。

 否定も肯定もしなくていい、自分の意見を一切差し挟むことなく、ただ噂を聞いてくれ、というのが、あたしがマールティウスくんに頼んだことだった。

 宮廷という一つの(フィールド)において、魔術伯という有力者が有力視する情報は有力であると見なされ、さらに広がる。

 これ、むこうの世界でもよくあることだったのだ。

 ある大企業のCEOが好んで公的な場にも来て出てくるからというので、あるファストファッション系に人気が集中するとか。

 有力者のファッションや思想の真似っこをする心理というのは、主に二つに分けられる。

 一つは優れた相手持っている優れた性質を自分自身に取り入れたい、もしくはそんな相手と自分自身の存在を重ね合わせたいという、同一視と言われる心の動き。

 もう一つは、同じ格好や似た考え方をする相手に対し、人は好意を抱きやすいという類似性の法則の活用だ。

 とんがった特徴を持つ人間が気に入って取り巻きにするのにイエスマンが多かったり、同じような格好してる人が集団で群れたりするのもこのせいである。

 人間心理がどこまでこの世界で学術的研究対象となっているか、系統だって研究されているかはわからないが、向こうの世界にだって類人猿に人間心理学はどこまで応用できるかという研究があったように思う。

 だったら、向こうの人間とより近縁種っぽいこっちの人間にも応用できまいか、と推測したのだ。

 案の定噂はぎゅんぎゅん加速をつけて宮廷内を巡りはじめたらしい。

 今後もしばらく定期的に耳を傾けておいてねーとマールティウスくんにはお願いしておいた。

 噂の内容というのは変質するし、それがこっちの思惑に従ったものになるかはわからない。場合によってはさりげなく修正も加えてくれる能力があり、耳を傾けるだけでその噂が影響力を持つマールティウスくんはちゃんとすごい子なのですよ。

 それを自覚したら、ちょっと自信を持てるようになるんじゃなかろうか。

 王宮内に行ったっきりのアーノセノウスさんには何も伝えていないし、マールティウスくんも見かけることすらほとんどないらしいが、彼は彼でなにか動いているのだろう。


 その一方で、ドルシッラには富裕商にエクシペデンサ魔法副伯爵家の息がかかった某商会の人間、という嘘ではないがホントでもないという架空の身分(カバーストーリー)で、いくつも関係するかしないかすらわからないような噂を撒いてもらっていたり。


 例えば、アロイシウスがルンピートゥルアンサ副伯爵家を継ぐというもの。

 あ、これは仲間割れ狙いね。

 例えば、アロイシウスがアダマスピカ副伯爵家を継ぐというもの。

 信じたいモノで自分の世界を構築してる向こうに取っちゃ、これが大正解に見えてんのかな?


 他にも、アロイスが副伯を継ぐという話、隠し子が見つかったという伝聞、いやいやそれは生き残りの次女さんだったというヲチ、いや隠し子はアロイスだった説……とまあ、いろんなパターンの噂を撒き散らしてもらっている。

 とあたしが作った素案を元に、噂が王都のみならず宮廷すら引っかき回してることにはなるのが、こっそりと王子サマもいっちょかみしていたりするので、政治的には問題がない。

 政治的にはね。

 だけど、なんで王子サマがそんなことしたのかというとだね。

 マールティウスくん経由で伝わってきたところによると、『おもしろそうだから』だそうな。

 やっぱつくづくイイ性格してるよなー……。

 つか、大丈夫かこの国。


 といっても、王子サマも表だって噂を広めよう隊に加わっているわけではない。

 こちらはアーノセノウスさん経由でお願いしといた。王家が陞爵(しょうしゃく)の準備っぽいことをしたらどうなるかを、シュミレートしてくれということをだ。

 わざと噂をばらまかなくてもこんなもん、いつの間にやら広まっていくものだ。

 もちろんこれもムダにはなんない。どのみちいずれアダマスピカ副伯爵家は継がれなければあかんのだろうから。

 それが誰にかはさておいて。


 この、噂で相手を有頂天から疑心暗鬼にぶっこめ案は、最初に示したときから王子サマには大ウケだったらしい。特にアロイスがアダマスピカ副伯爵家を継ぐ、という話が混じってたところが。

 そのぶんアロイスにはものすごーくイヤな顔をされたがよしとしよう。

 なにせこっちは王子サマの庇護を求める側です。

 小さな事からコツコツと。お手を求められたらついでにおかわりもして、尻尾だって振れるものなら振りますとも。ぶんぶん。


 この王国の権力構造に巻き込まれた以上は、道化になっても権力者の興味や関心というものは買っておくべきだとあたしは考えている。

 がっちり身分制度が構築されてるこの世界においては、それが最善手だろう。

 少しでも面白いやつ=失うには惜しい価値があるやつ、と認めてもらえるならば、抱え込んでること自体が損失と思われない限りはケツ持ちをしてもらえるだろうから。

 最終的にはシルウェステルさんというガワがなくても、それだけの価値があると認めてもらえるところまでいけたらいいなと思ってるくらいです。ええ。


 逆に言うならば、そのくらいには、利用されることを覚悟の上であたしは王子サマの庇護を得るという道を選んだ。

 正直なところ、一度しか見たことがないけどあの外見リアルオーク騎士が、本当にアロイシウスという人物だったのかどうかも、アロイシウス・アウァールスクラッスス準男爵が、カシアスのおっちゃんたちが数え上げて見せたほどの罪と悪徳にまみれた人間であるかどうかも、ひょっとしたらカシアスのおっちゃんやアロイスが仇とつけねらう理由が、じつは正義の騎士アロイシウスに悪のおっちゃんたちが罪を犯して罰せられた逆恨みである、という可能性だってないわけじゃないっても、すべてはどうでもいいことなのだ。

 王子サマの庇護を得るために、カシアスのおっちゃんやアロイスを味方とした時に、アロイシウスは自動的に敵になった、ただそれだけのことなのだ。


 だから、カシアスのおっちゃんとアロイスが、グラミィとあたしの前で熱く語ってくれた復讐譚すら、たとえまるっと嘘だとわかったとしても、『ふーん』で済ましちゃえるだろう自信があたしにはある。

 十中八九はそうではないだろうけどね。

 なにせ魔力の動きと心話のつながりがあると、人の感情がある程度読めてしまうもんで。

 だけど、残り一や二だったとしても、それがどうしたなのだし、化かし合いにおいてあたしが彼らにはかなわなかったというだけの話だ。


 あまりあの時選択肢がなかったとはいえ、それでもあたしはあたしの意思で王子サマの手下になる道を選んだ。

 それだけ腹をくくっているのです。物理的には存在しないけどね、腹の内臓も腹筋も。

 脂肪はいらん。

 そもそもあたしがやってることは正義の執行でもなんでもない、ただの保身だってことは誰よりもよくあたし自身がわかってる。

 ついでに言うと、あんまり深く突っ込むと正義とはなんぞや、悪とはなんぞやという哲学方面の問いになるからほどほどで思考停止をしておいた方がいい、という判断もある。

 自我の存在割合が精神的なモノになりつつあるあたしにゃ、この手の思考をつきつめてしまうとゲシュタルト崩壊起こす危険性が高そうだからね。深く考えないというのも自己防衛になるのだ。


 あえてこの話の裏を取りに動かなかったのにも理由がある。

 あたしとグラミィには、裏取りの方法がほとんどなかったっつーのもあったけど、王子サマたちがだましにきているとわかっていてもあえてのったかもしんない。

 もちろん、ただだまされて動くわけじゃない。疑っていると行動で見せたら、『能力のあるやつ』という評価は得られただろうが、『使えるやつ』という評価はどうしても低くなるからだ。

 王子サマの庇護を得るためとはいえ、このあたりのことをグラミィが聞いたらどういう反応するかわからんからってこともあって、あたしは『グラミィにはそのへんのことは何も言わない』で『素直にもらった情報の中で可能な限りエグい策を立てる』って行動を取ることで、『物事の正しさ過ちに左右されず』『だがだました結果、こっちに不利益が及んだ場合、なにをやらかしてくるかわからない危険な存在』という認識を王子サマたちに与えようとしている。


 この状況で、それが成功しているかどうかはまだわからない。

 カシアスのおっちゃんやアロイスをも信じていないってのは、そういうことだ。

 利益だけでつながってるとことんビジネスライクな関係。

 ――今はそれでいい。それでもいい。


 そうそう、マールティウスくんの許可を得た上で、こっそり爵位継承権者をルーチェットピラ魔術伯爵家が匿っている、という噂もエレオノーラたちに流させている。

 肝心の継承権者が誰かってのは、隠し子や生き残りの次女さん、別の第三者にばらけてるらしい。

 そこまであたしは指示をしていないんだけどなー。

 別の噂と勝手にくっついて生えた尾鰭らしいが、ありそうなことというのはかなり強力な尾鰭らしく、噂はどれもすごいスピードで王都中を泳ぎ回っているという。

 へっへっへ、計算通り。

 なにせ今んとこ王都近隣にいるのは、あたしとアロイスとその愉快な仲間たち(含む魔術士隊)、そしてアルベルトゥスくんたち協力者だけなのだ。

 噂という、一度振りまいたら勝手に拡散してれるのに人手不要の攪乱材料は、フルに使ってなんぼというもんだろう。


 ちなみに。

 なんで、武官系っぽいアダマスピカ副伯爵家に、魔術特化型大貴族として有名なルーチェットピラ魔術伯爵家が絡んでるという噂が信じられてるかというと、アロイスによれば行方不明な次女さんに魔術師としての素養があったから、らしい。

 というか、放出魔力(マナ)が多すぎて、暴発どころかしょっちゅう体調不良を起こすレベルだったそうな。

 なんでそんなに詳しいのかな?


 アロイスは黙して語ろうとはしなかったが、なんとなく想像はついた。

 暴発ならば周囲にも被害は出るもの、魔術師でなくても見れば分かる現象だ。

 だけど武官系の貴族の娘さんがですね、寝たり起きたりの病弱ライフの理由が放出魔力が多すぎるせいだとわかるなんて、あーた(誰)。

 顔を合わせる人間が少ない上にそんな知識を持ってる人間がいる確率、家柄的にはめっちゃ少ないだろうってことを考えるとー、誰かが見抜いて教えてあげたんじゃね?とね。

 具体的にはアロイスが。


 ……そういや、アロイスも小さいときに大病をしたことがあったっていうから、なんとなくシンパシーを感じてたのかもなー。

 次女さんのことを語る口調がじつに歯切れの悪いのも、家族なみに親しく接してくれた女の子に、ひょっとしたらあわーい恋心を抱いたり、その一方で魔術師としての素養があることにはほんのり嫉妬したりもしてたのかなー、なあんてね。

 いやあ、青春だねぇ。


 そんな思わずニヨニヨしてしまうような、個人的ほっこり事象はさておきまして。

 次女さんのことは、仕掛けに使える。


 次女さんは病弱の理由が放出魔力過多であると判明した後も、魔術学院に在籍することはなかったという。

 それこそ病弱を理由にしてのことだというが、その代わりに、アダマスピカ副伯爵家が、つるんつるんにお禿()げみになったせいで魔術士団を追い出されたという魔術師さんを一人、衣食住つきで雇い入れ、その人に魔力操作と感知の指導を受け続けていたそうな。

 それも、放出魔力が安定した後も、しばらくの間ずっと。


 書物を読んだだけではどうしても伝授しきれないのが、この二つの技術らしい。

 アロイスは生家でその訓練を受けたのだろう。

 あたしは魔力を直に見ることができたから、その通りに動かしてみただけの話。

 そしてグラミィの魔力操作は、あたしが手伝ってやったから、彼女は魔術を使えるようになった。

 いずれにしても導師がいなければ、どんなに素質があろうとも、生徒は魔力感知も魔力操作もすることができず、魔術師にはなれない。

 そして、その魔術師をアダマスピカ副伯爵家で雇っていたことは、アロイシウスも後妻さんも知っている、らしい。

そしたら罠に使わなきゃウソでしょうが。


 あたしが直接動くのは難しいが、それでも囮にはなれるのである。

 なにせアルベルトゥスくんともどもルーチェットピラ魔術伯爵家のお屋敷にいるだけで、『なんか正体不明な人物をルーチェットピラ魔術伯爵家が保護してる』って噂の裏付けになるような生活実績ってのは、否応なく発生するのですよ。

 例えば、アーノセノウスさんが出かけてるってのに、同格レベルの食事は一人分増えているとか。

 あまりの量の多さにアルベルトゥスくんは青ざめてたけど、それでもあたしが魔力回復のためにも必要だって励ましたら、少しでも多く食べようと、ちゃんとがんばってた。

 それによって、『上等な食事を用意する数が増えてる』だけでなく、『それを誰かが食べてた』という痕跡が残るのだ。

 そんでもって、こんな些細な情報なんてもんは、使用人の一人でも籠絡すればばれることなんですよ。


 他にも、魔力感知能力の高い魔術師が一人でもこの屋敷内に入ってくれば、魔力量が多いってのはばれちゃうものらしい。

 敷地の外ぐらいの遠距離ならまだしも、同じ屋敷内ぐらいの距離ならば、そこそこ能力のある魔術師でも魔力の質はともかく、量ならきっちり感知できちゃうらしいです。

 結果として、魔術師の人数を放出魔力量で割り出したりとかもできちゃうとか。

 そして、いくら放出魔力量を減らしてても、あたしとアルベルトゥスくんと二人分を合わせれば結構な量になってしまう。

 ええ、魔術師一人分ぐらいの量には簡単に。


 これ、別に後ろ暗い手段を使わなくても、どっかの魔術特化型貴族からの使者という形式を取られたら、漏れざるを得まい。

 親しい相手からの使者に、こっちくんなとはさすがにアーノセノウスさんだって言えないだろうし。

 いや、シルウェステルさんべったり状態のアーノセノウスさんなら真顔で言っちゃうかもなー。でもマールティウスくんにはできないだろうなー。


 これらの漏れてる情報と、漏れざるをえない情報を組み合わせると、『高位の貴族、それも魔術師らしい人物が、ルーチェットピラ魔術伯爵家に、少なくとも一人は隠密裡に滞在している』ということになる。

 ならば、これから意図して漏らす情報をどういじるかで、敵か味方か様子見か、いずれにしても人の行動ってば、ある程度制限することも暴走させることもできちゃうんだよね。

 そのとき思い知ったけど、裏も表も情報操作に長けてるアロイスってば、つくづく敵に回したくない人間だ。

 特に、念願の仇討ちができる、と張り切ってる今は。


 いやー……、おかげで、間者っぽい人が釣れる釣れる。魔術師系の人も密偵系の人も。

 噂を集めるというパッシヴな方向ならひっかからんだろうに、どうも皆さんアクティヴな方ばかりなようで。

 一番過激なのは、武装集団を送り込んできたりとか!

 どう見ても暗殺部隊ですありがとうございました。

 クラウスさんとプレシオくんがそれはそれは怖い笑顔になっていたけれども、むべなるかな。

 王都の中で、そこそこ有力な大貴族であるルーチェットピラ魔術伯爵家に押し込もうとはいい度胸すぎるもんねー。

 頭悪い上にルーチェットピラ魔術伯爵家とその下についてる人たちをなめてるとしか思えない行動だけど。


 で、その侵入者さんたちはどうしたかって?


 突入してくる人が出た直後から、黒覆面に例の仮面をつけたかっこで睡眠不要なあたしがスニーク任務に当たってたので、撃退しましたとも。

 と言っても、あたしは基本二階から動かず、屋敷内に人が入ってくるのを魔力で感知したところで、見えないような物陰から全員凍らせるだけ。

 後は地面や建物の壁に貼り付いた侵入者さんたちを、待機してたバルドゥスたちに引っぺがしてもらって、お持ち帰りいただくという簡単なお仕事です。

 その後彼らがどうなったのかはあたしゃ知らん。とりあえず冥福を祈っとこう。


 そんな襲撃者も一段落したところで、噂作戦は第二フェイズ・『真実は鉄槌』に移行するのだ。

 ちなみに第一フェイズの作戦名は『嘘は砂糖衣』、ということになっている。一応。

 ……タイトル詐欺ゆーな。ちょっと衣が剥げて劇薬(真実)の苦みが出ているだけだ。


 王都に新しい噂が舞い始める。

 それは、騎士とも思えない騎士の話。


 弱いモノいじめに励むあまり、鍛錬を怠っていた騎士がいるという。

 ある日見下していた鍛錬相手に、命を落としかねない卑劣な行為をしかけたが、反撃を喰らって顔面崩壊した騎士がいるという。

 手近な女性という女性に手を出しまくって、切り落とされた騎士がいるという。どこを切り落とされたかは不明だが。

 己が身分もわきまえず、高位貴族の子弟を見下したため、女性には軽侮されたうえに、処罰された貴族がいるという。


 はい、これみんなアロイスから聞いたアロイシウスの真実()ですね。ちなみに切り落とされたのは髪らしい。

 ……いっそのこと、逆に全部細かいおさげにでも編んで蝶々リボンでも飾ってやればよかったんじゃなかろうか。

 ついでに編み込みも仕込んで、なかなかほどけないようにしておくとか。


 もちろん、ルンピートゥルアンサ副伯爵家を巻き込んだ真実()も忘れてはいけない。

 

 海に面したある領地の当主が他国と通じているという。

 不届きにも別の領地を乗っ取ろうと策謀しているという。

 ある港がどんどん衰退していっているらしい。

 もうじき反逆罪でどこぞの領地が討伐されるらしい。

 外務卿殿下がとある副伯家を見離そうとしているようだ。

 ボヌスヴェルトゥム辺境伯が直接査察に赴かれる領があるとか。


 第二フェイズの目的は、ポジティブな噂とそれを打ち消しそうなネガティブな噂が蔓延したところで、火消しだなんだと飛び回ってるだろうアロイシウスを、真実の重みでどどーんと谷底というか崖下に突き落としてくれよう、というものだ。

 今回の噂は、商人を中心にアレクくんやベネットねいさん、ドルシッラたちを中心に広めてもらっている。

 おかげで、じわじわと商人ネットワークが動きだしたようだ。

 活動拠点の軸をアルボー港からベーブラ港を含めたボヌスヴェルトゥム辺境伯の領内にある小港へと移しているとかいないとか。

 多少の不便は争乱に巻き込まれて出る損失より遙かにマシって計算ですな。いいことです。


 このごろは種切れっぽくなってきた襲撃者がアロイシウスやルンピートゥルアンサ副伯爵家の手の者だとすれば。

 手駒が――子飼いの部下か、それとも金で外注した実働部隊かまでは知らないけれど、使える手足がほどよくもがれた後で、この噂は塩水かタバスコ並みに良く沁みたことだろう。

 アルボー港を利用する船が減れば、そのぶん税収も減るという追撃つきだ。

 いーじゃん、ルンピートゥルアンサ副伯が王国に納める税を軽減して欲しいって主張してた通りの状態になるんだもの。

 ちゃんと言い訳は真実と一致させなきゃだよね。


 この噂を流すことについては、外務卿と港湾伯の了承を事前に王子サマ経由でとりつけてある。

 やはりルンピートゥルアンサ副伯爵家にあんまりいい感情を持ってなかったみたいで、わりとあっさり港湾伯は見限ってくれたらしい。港の使用料と税収増えるかもよーと王子サマがささやいてくれたらしいが、それも効いたのかな。

 外務卿も港湾伯と改めて手を結び直したらしく、見て見ぬ振りだ。


 これで、港湾伯の庇護下からはずれたルンピートゥルアンサ副伯爵家は、好き放題ボコりまくってオッケーということになる。

 あたしはやらんよ?

 やるのは復讐者であるアロイスとカシアスのおっちゃんたちだ。

そして全部終わったあとで、アダマスピカ副伯爵家の方については、『他家の策謀によって爵位継承者を惨殺された悲劇の名家』という方向の真実をぶちまけるつもりだけどね。断じて死体蹴りではない。


 そして、噂作戦は第三フェイズに突入した。


「ぶたぶたぶーたぶたぶたぶたぶーたぶたぶっひっひ♪」

「ぶたぶたぶーたぶたぶたぶたぶーたぶたぶっひっひ♪」

「海に落ちたら塩漬けに♪」

「森に入れば肥え太り♪」

「肉になるためぶっひっひ♪」

「川を上ってぶっひっひ♪」

「励みに励んで王都まで♪」

「お口に入ろうぶっひっひ♪」

「入ればおしまいぶっひっひ♪」

「帰るに帰れぬぶっひっひ♪」

「ぶひぶひぶひーひぶひっひぶひぶひ♪」

「ぶったたーぶったたーぶったぶったぶひっひ♪」


 裏門に一番近い二階の一室で、がらがらと荷車を押してお屋敷を出て行く子どもたちの歌声に、あたしはばんばんクッションを叩いて笑いをこらえていた。

 アルベルトゥスくん?

 笑いのあまり、くの字を通り越して隣でうずくまってますが何か?

 ちなみにバルドゥスは満面の笑みだ。

 クラウスさんとマールティウスくんだけ、笑っていいのやら真面目な顔を保つべきなのか微妙な顔になっている。

 イヤ一緒に笑っとこうよここは。我慢は身体に良くない。


 噂作戦の第三フェイズの作戦名は、『森のぶたさん』である。

 魔術士隊と打ち合わせたあの後で、豚をからかう内容の、シンプルな歌詞の歌を流行らせようという提案を、アロイスと魔術士隊教育係のお二人に示してみたのだが。


 ……いやー、励ましの効果はすごかった。

 謹厳実直を絵に描いて色塗ったような、あの上級メイド長さんが噴いたもの。

 彼女は笑い上戸だそうで、しばらくは上品に手巾で口元を隠しながら笑ってたけど、とうとうしゃがみ込んで呼吸困難おこしかけてたし。

 ようやく収まってから涙目で抗議されましたが、なんつーかギャップ萌えというものを実感しちゃいましたよ。

 端正な美人さんに、笑いをこらえてひくひくしながら怒られたのは、あたし的にはご褒美でした。ごちそうさまです。


 ポップスは無意味なほどに単純な歌詞のリフレインが多く、のりのいいテンポであればあるほど売れるという鉄則があるそうな。

 一般人が歌って笑って楽しめるのには、超絶技巧な演奏も、深遠な表現の歌詞も、複雑怪奇なメロディもいらないということですね。

 この世界でもそれは通じるのかはちょいと賭けではあった。

 なので、アロイスには、宮廷づきの吟遊詩人じゃない、庶民が出入りするような居酒屋か、もしくは広場にいるような楽人で、そこそこ洒落と機転が利くような相手に、子どもでも歌える歌詞とメロディを考えてもらえと伝えてみたのだが、それがどうやら当たったようだ。

 こんな貴族街出入りの商人の下働きの子ですら歌うってことは、相当王都にこの歌が広がってるとみていいだろう。

 で、ご当人の反応はどうかな、バルドゥス?


「耳に入るたびに脳天から湯気を噴いておりますようで。しかし、ただの戯れ歌ごときにいちいち反応しているようでは、自分自身が豚だということをよく知っているということになりますからな。態度を取り繕うのに苦慮しているかと」


 んーん、いい感じのようだね。

 ほんとはさらに間近で歌って逃げる肝試しとか、こどもたちの間に流行らせてもいいのだろうけど。

 あまりやりすぎると作為を見抜かれかねないし、八つ当たりの被害に遭わないとも限らないから、これでちょうどいいのかもね。


「八つ当たりの被害なら、もう出てますぜ。豚が荒れてると評判で。騎士団の鍛錬場でも力任せに戦斧を振り回すので、鍛錬相手に誰もならない、憂さ晴らしのできる相手がいないからさらに荒れるわ酒に逃げるわ。あんなのがまだ我が物顔に騎士団本部に出入りしていると思うとうんざりですよ」


 バルドゥスは大仰に顔をしかめた。


「そろそろ隊長がとどめを刺しにかかってもいいんじゃないんですかねぇ?」


 そこまで煮詰まってるなら、タイミングは任せてもいいだろう。がんばれ、アロイス。


『隊長に一任する』

「……了解しました。そんじゃ、早速伝えときまさぁ」


 バルドゥスがにやりと敬礼を決めた時、ノックの音がした。


「失礼いたします、マールティウス様」


 プレシオくんが入ってきた。一応彼も家宰ってことで、お屋敷内全般のことを取り仕切っているので、あまりこんな時間帯に二階まで戻ってくるのは珍しい。

 しかも、いつもだったら親子揃って執事の見本みたいな、穏やかな無表情を崩さないはずなのに。

 なんか、困ってます?


「どうした、プレシオ」

「こちらをお持ちの方が、裏口よりお訪ねになりました」

「なに?……これは!」


 なにいったい。どうしたの。


 プレシオくんの示したものに、みるみる表情の変わっていくマールティウスくんと目つきの鋭くなるクラウスさんの顔を、あたしたちは見比べていることしかできなかった。

裏サブタイトルは「噂+煽り=炎上」って感じですかね。

いろいろ悪巧みしてます、骨っ子。

しかし何やら想定外な出来事が発生したようで。


果たして王都を巻き込んだ、オッサン二人のざまぁはなるのか?!


カシアス&アロイス「「オッサンと呼ぶな」」


……えええええええ?!



さて、別連載のお知らせです。

元旦0時よりしばらくの間、毎日投稿いたします。ストックが尽きるまでは。

「無名抄」https://ncode.syosetu.com/n0374ff/

和風ファンタジー系です。ぜひご覧ください。

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