出発準備はのんびりと
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
「骨どのー。ご要望の針と糸をお持ちしやした」
……バルドゥス、骨どの呼ばわりはあんたもかい。カシアスのおっちゃんのせいだな、これは。
で。
その裁縫道具をてっぺんにちょこんと乗せた衣類の山脈はいったい何ですかね、副長さん?
眼窩でじとーっと睨んでやると、バルドゥスは平然とした顔で肩をすくめてみせた。
「今のこの砦にゃ、人手が少なすぎるんでさぁ。隊長たちは引き継ぎで動けない、あたしらだって仕事が増えてるのは似たり寄ったりで。だったら使えるもんは骨でも使おうってことですわ。繕い物をなさるんなら、ついでにお願いしようかと。あ、もう着られないようなもんはほどいて布にするなりなんなりお好きなようになすってください」
……相変わらず平常運転でステキな性格してやがんな、あんたも。
あたしの骨がシルウェステルさんのものだって知ってんのかな。それでこの態度だっていうなら、ある意味感心するね!
まあ、理由はわかった。
肩甲骨をすくめてみせると、いくぶんほっとしたように後ろの荷物持ちな面々がどかどかと籠を荷物小屋の床に置いていく。
やっぱり、この状況でへらっとした顔が変わらん人間はバルドゥスぐらいなもんか。
それで、持ってきてくれたのはお仕事ばっかりじゃないよね?
「ああ、ついでに。隊長から伝言です。『明後日出発、ヴィーリの同行を許可する』だそうで」
「わたしは彼らの行くところへ行くだけだが?」
許可など必要ないだろう?と本気で不思議がってる様子のヴィーリにバルドゥスがものすごい半目を向けた。全く効き目がないけどな。
つくづくこの二人(?)のかけあいはおもしろい。相性的な意味で。
あたしとグラミィは基本こんな感じでヴィーリとだべりながらすごしていた。
だってアロイスたちの引き継ぎ要員さんたちが砦のいつどこにいるのかわからないもの、骨が下手にうろつけないじゃん。部外者民間人のグラミィもだけどさー(棒)。
そんなわけで、人外ならではの魔術知識なぞをもりもり教えてもらったりしながら、えらくのんびりと有意義な時間を過ごしております。
魔力の隠蔽方法以外にも、魔力量の増やし方とかまで教えてもらえたもんな。
そう、なんでそんなに膨大な魔力を持ってられるのか訊いてみたら、ホントあっさり教えてくれたのにはこっちが驚いた。
一度見せた極大な魔力、あれはヴィーリ一人で維持してるものじゃないんだそうな。
自分が世界の一部であるから、という相変わらず理解に苦しむ表現だったんだが、いろいろ噛み砕いて解釈したところによると、本当に世界の一部をぐぐっとヴィーリの形に圧縮して見せたようなもの?らしい。
周りの大気、水、日光、土、などなどに含まれる魔力を吸収してじわじわと自分の魔力量を増やしていく。
その一方で、魔力をため込みすぎないよう、周囲に流し続けている、んだそうな。ちょうど木の若芽が呼吸と光合成を行いながら大樹に育っていくように。
で、その樹木が彼ら自身だとすると、呼吸や光合成によって周囲と交換される酸素や水にあたる魔力の流れも彼らは操作することができる。
それプラス、闇森の同胞たちがそれぞれに把握し、創りあげ、維持しているその流れもいっしょに――ヴィーリの言葉によれば――『ちょっと借りて持ち上げてみせた』、んだそうな。
『墜ちた星』に対抗するには、そのくらいしなけりゃいけないと思ってたんだと。
……びびって損した、などと思ってはいけない。
それだけの魔力をいざとなれば行使できる権限がヴィーリにはあるということなのだ。警戒して当然である。
まあ、このランシア山から離れれば離れるほど、闇森そのものの流れを捕まえることも制御することも難しくはなるだろうけど。
それでも、挿し木で増やしてる『ヴィーリ自身の森』が拡大していけば、今度はヴィーリという個体が同じように膨大な魔力で巨大な規模での魔術すら行使できるということになるのだ。
この世界の魔術師が聞いたら、喉から手どころか足すら出しそうなくらい価値ある情報、さらっと教えてくれていいのか、と思ったけどそれにもちゃんとわけがあるらしい。
とはいえ。どの情報を公開してどの情報を隠すのかもあたしたちでちゃんと考えなきゃならんな、これ。頭蓋骨を抱えたくもなる。
まあ、その情報のおかげであたしの魔力もだいぶ回復した、というかぱっつんぱっつんに膨れ上がったんだから文句は言えない。
じわじわ魔力を周囲から吸収するだけじゃない。消費した状態にも慣れるんなら、増大した魔力にも耐えられるよね、という推測のもと、吸収した魔力を骨の内側に圧縮し続けてみたのだ。
イメージ的には伸びにくい風船を大きく膨らませるのに、ぎゅぎゅっと引き延ばしてから空気を吹き込むような感じだろうか。
おかげで今のあたしの魔力は、たぶん1000サージ近い。
そのくせ、外側からはそんなに魔力があるようには見えないようになっている。
中身は魔晶っぽい何かで外見普通の(?)動く骨格標本という、なかなかに面白い状態である。
ちなみに、ヴィーリに言わせると、時間帯や吸収効率的に最も魔力を吸収しやすい対象は日光であるらしい。
さすが森精、そういうところも植物的だ。
なので一番いいとオススメされたのは全裸で日向ぼっこなんだが、さすがに骨丸出しは畑じゃ無理でしょ。砦から見下ろされたらアンデッド認定一直線よ?
こっそり深夜に砦内に戻ってから、人目を盗んで塔の屋上まで行って、大の字になって日光浴するって案も検討したんだけどね。またグリグみたいな魔物に襲撃されるかもよー、というグラミィのツッコミに断念しました。反論できないんだもの。
まあ自分でも想像図が鳥葬みたいだなーとは思ってたけど。
次善の策として、繕い物も畑のなるべく陽の当たるような場所に椅子代わりの丸太を置いてやってるわけです。いい暇つぶしだよね。
この魔力量増加方法のポイントは無理を絶対しないこと、魔力の流れを断ち切らないことなんだそうな。ため込むのはかまわないそうだけど。
サージは岩盤から魔力を吸ってぼこぼこにへこませていたが、そんな急激な吸い上げをしなくたって、ちゃんと魔力は吸収できるし、減った物質の魔力は高いところから低いところに流れるように、じんわりと回復していくという。
木々が岩を割るのは自身の成長による体積の膨張によるものであって、周囲の岩の硬度を低減させているわけではないのと同じだ。
ちなみに、無理をしたり、自然に流れ出している魔力を止めてしまうと、即座に魔喰ライの世界にウェルカム状態になってしまうらしい。あな恐ろしや。
まあ、肺活量増やすトレーニングにしたって、息を吸うだけ吸って吐き出さなければ窒息死するもんね。なんとなくだけどわかります。
そんなわけであたしは繕い物をしながらちょろちょろ魔力をヴィーリの木に与えていたりする。今のところ、特に魔術を使う必要もないもんね。
下手なところに流し出すと魔力だまりみたいなものができて、魔晶や魔物が生じるらしいので、あたしみたいに圧縮した特濃魔力の取り扱いというのは、ヴィーリ的には最重要に近い要注意案件らしい。
流出先の確保だけでなく、こっそりとヴィーリの森の使用権限に後乗りできないかなーなぞとも考えているのは秘密だ。
そうそう、以前にアロイスに用意してもらった下働き変装用のかっこに着替えて、尾骨でブスった自分の服から繕おうとしたら、ヴィーリにいきなり止められたのには驚いた。
なんでも、フードつきだからって理由で選んだ、あの真っ黒いローブ、いわゆるひとつの魔術道具というやつなんだそうな。
しかもある意味現在進行形で生きてるって。マジですか。
久々に異世界すげーって思ったね。
ほんのり残念仕様だったのはさておき。
このローブ、いろんな機能を備えていて、着用者の魔力を吸ってそれらを発揮するらしいのだが、なにせ必要な魔力量がただごとじゃない。なみの魔術師なら発動させるだけで吸い殺されてると知って二度びっくりだよ。
動き出した直後の魔力満タン状態だったあたしだから、知らない間に機能が発揮されてても使いこなせてたみたいだけど。
んな物騒なもん持ってたって。
……シルウェステルさん、ひょっとして別口でも暗殺をしかけられてたんじゃないのかね?
強力な魔術道具という贈り物に見せかけた罠の対処に困って持ち運んでました、というように思えてならんのだが。
かーなーりーとんでもないマイナスつきなだけのことはあるのか、搭載されてる機能はどれもこれも相当ぶっとんだものだった。
自動修復機能一つとってもかなりすごい。というかひどい。
ただほっとくだけで勝手に新品同様になるとか。
この機能だけなら周囲から勝手に魔力を吸収して勝手に発動してるとか。
着ていれば着用者の魔力を吸って、もっとそのスピードは上昇するとか。
……確かに、よくよく調べてみたら、グリグんに八つ裂き状態にされてたフードも、半裂きぐらいに裂け目が浅くなってる、ようだし?
尾骨で突き破った穴も、思ったより小さい、みたいだし?
思わず繕い完了の山にぺいっと抛り投げちゃったのは、あたし悪くない。たぶん。
だって、下手に繕って機能不全を起こすくらいならまだしも、縫ってる最中にも通した針で開いた穴を修復して、縫糸をぶちっと喰いきったりしそうなんだもの、この生物っぽいローブ!
糸だけならともかく、稀少品ぽい針を折られてたまるか。
ちなみに疑似生命体的な魔術道具であるという点では魔術師の杖も同じ、らしい。
杖が術式の展開を支援できるのは、支援のための術式が刻み込まれているからだけではない。何度も魔術を顕界することで魔術師が使う魔力を吸うと同時に、その術式も杖に次第に深く、行使された魔術の数だけ刻み込まれる。
つまり、使用者とともに成長していく存在なのだそうな。自己修復機能はローブほどデタラメなものではないらしいが。
……そう言われると、詠唱の圧縮に欠かせない要因であるというのもうなずける。マインドセットの道具立てにすぎんだろーなんて言ってマジすいませんでした、という気分だよ……。
ついでに、杖同様サイリウム並みに光って見えるほど魔力を発していた紋章布はどうかと聞いてみたら、魔術道具であるのは確かだけど、疑似生命体的なサムシングではないらしい。
普段は使用者が自然に発散してる魔力を吸って蓄積していて、詠唱すら不可能な緊急時に、自動的に紋章に仕込まれた術式に従って結界を張るというものではないかとヴィーリは推測していた。
ひょっとして、シルウェステルさんの骨に傷らしい傷がなかったのはその防御力のおかげなんじゃなかろうか。そう考えるとかなりのすぐれものだよね。死までは防げなかったようだけど。
まあ、墜落の衝撃で脳の中央が1㎝ずれたとか、内臓が損傷したとかでも普通人間は死ねますから、しょうがないということなのかなぁ。
そんな魔術道具なんて規格外はさておき、それ以外の服というのも大事なものである。
なので、まずはアロイスにぶっ刺されたクッションを再利用して、あたし用の尾骨クッションを作成。
これ、ボトムの中というかあたしの骨盤の中に入れて、これ以上尾骨が周囲に刺さるのを防止するだけのものである。これまで適当に作ってた試作品はぽろんとボトムから抜けて落っこちるという非常にみっともないことになることがあったので、大きめに作った。
それでも骨盤の外にはみ出ると非常にみっともないのだが、ないと不便なのでしかたがない。
バルドゥスが言うところの『もう着られないようなもん』をほどいて布にして、骨盤にぐるぐる巻いちゃいるんだが……。
おむつのようでなんかヤなものがある。改良の余地ありだな、これ。
ともかくボトムのダメージを予防できるようになったところで、残りのボトムを繕い直す。いくつか合いそうで素材の悪くなさそうなものはもらっとこう。
向こうの世界的にはズボンタイプの下衣というのは、馬に乗る習慣のあるところに広がっていったものらしい。
北方では足にぴったりしたものが、南方ではゆったりしたものが発達したのは、暑いといろいろと蒸れるからだとか。
その分類で言えば、この世界で今まで見た兵士のみなさんたちの様子は、どちらかというと北方系に近い、ようだ。
スキニーとまではいかないが、ストレートよりもぴったりフィット系な感じのボトムの上から、脚絆と靴下を足して二で割らないようなもので膝上まで覆って、靴を履いている。
まーマジで中世ヨーロッパ的な服装となると、トランプのジョーカーみたいなかっこになるので、個人的にはちょっとほっとしている。
いくら肉体美を誇張したいからって、ムキムキなおっさんたちの下半身ぴちぴちぱつぱつもっこりなタイツもどき姿はリアルで見たいと欠片も思えない。
なのに、同じ格好をしなけりゃならなくなるんだぜ?
そもそもあたしの足は骨です!肉体すらございません!
……地球の歴史では、時代が下がると上着の丈がより短くなり、もっこりがいっそう強調される羽目になったようだ。
その後、剣を股間に吊すのが流行ったとか、もっこりを強調するようなばかでかい装飾が股間につけられたりした、とか知った時にはなんかもういろいろ頭痛がしたものだ。
そ う か 、 そ ん な に もっこり具合 に 自 信 が な い か 。
それ、物理的なサムシングが原因じゃないからね。男性らしさをさらに誇張しなければならないという強迫観念の背後に透けて見えるコンプレックスが問題だからね。
発想の仕方が、なんかもう進化論や民族学を通して見ると、生物としても人間としても進化してなさすぎるだろ、残念だなー、としか言えん。
あらかた服を繕い直したところで、今度は自分の移動準備である。と言っても持ってく物はあんまりないので、居心地の良さを追求する方に突っ走ってみた。
鉤裂きクッションたちを繕いなおすついでに中身もさらに詰め込んでみたり。
馬車の座面を魔改造してみたり。
馬車の座席はその下が物入れになっている。
なので上の板をはずして、掛け布といっしょに持ってきてもらうようにグラミィに頼んだら、なぜかモートンくんが板を背負って畑まで降りてきてくれた。
なんかすまん。
〔あたしが持ってこれるわけないじゃないですかー。で、わざわざ板まで持ってこさせて、いったい何するんですか、これ?〕
グラミィにもお尻が痛くなりにくい工夫、かな?
板を台にして鉤裂きを全部縫い込んだところで、掛け布の周囲をぐるっと縫い、そこに紐を通す。ちなみに紐の原料は再起不能と判断した服だ。
何に使ってもいいってバルドゥスが言質を自主的にくれてったんだもの、有効活用しますとも。
掛け布を平らに伸ばしたした上に、できるだけ平らに再起不能布を敷き詰める。さらに編んでそこそこの幅と長さと厚みを持たせた干草を置き、その上に板を載せる。
そしてぎゅーっと紐を絞って固定すれば……。
はい、クッションつき座面の完成である。
馬車にとりつけるのもモートンくんにでも頼んどいてね、グラミィ。
〔おおー、ありがとうございますー。……そういえば、アレクくんたちにお願いしていたアレもできたみたいですよ?でもあの形式でいいんですか?なんかすっごく不気味がってましたけど〕
不気味がるって……。
じゃ、じゃあ、ついでに単語帳と、あと例文集も作っておいてもらおうかな。
あ、貴族用の言い回しとか、翻訳できるようならエレオノーラにも頼んでおいて。あんまり期待はしてないけど。
〔了解しましたー〕
……にしても。対話用に使いやすそうだから作ってもらったとは言え、世界を越えても不気味がられるとか。
さすがすぎるよ、ヴィジャボード形式。
アロイス率いる諜報部隊がてんてこ舞いな裏側で、のんびりとお裁縫中の骨っ子。
世界はシリアスだけでできてないという状況でした。




