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墓前でも密談

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

「おう、そうじゃ。ここまできたのだから(たお)れし者らを我らも弔いたいのだが」


 そうグラミィが言うと、微妙な顔をしたのはアロイスだけじゃない。カシアスのおっちゃんもだ。

 ってことは、たぶんこの世界、もしくは国での墓参りってのは、普通しないんだろうな。


 この世界の常識をあたしたちはまだ知らなすぎる。

 サージに殺された人々の墓に手を合わせておきたいと自然に思うのは、それが弔いの形として当然のように感じてしまう考え方があたしたちにしみついているせいなのだろう。

 この世界での正解は教会ないし砦の礼拝堂――あたしは入ったことないけどちゃんとある――で、死者の魂を受け止める神(単数形か複数形かもしらないけど)に祈りを捧げる、なのかもしれない。


 異世界ものでは、たいていこの辺のカルチャーギャップというやつはあまり違和感や不信感の種にはなってないが、本当ならなってて当然だろう。

 というか、排斥の種にならない方がおかしい。

 王侯貴族に許可なくタメ口利いたり、神社に落書きしたりするようなことをして追い出されるくらいならまだいい。中世的な封建主義の価値観で禁忌を犯したと見なされたなら、村八分どころか捕まって火刑にされてもおかしくはないのだ。

 異世界転生系のお話では、赤ん坊ないしは子どもの姿だからか知らんが、多少違和感があっても子どものすることとしてスルーしてもらっている。

 転移系なら、むしろ異世界人と最初から周囲がわかっているからかえって問題が少ない。それなら知らなくても異世界人だからしょうがないよねー、くらいで無知を許してもらえる、ということになっているのだろう。

 魔王と戦ってもらう前の召喚勇者ぐらい、その世界に価値がありそうな人間なら、さらに全力でスルーしてくれそうだしね。

 平面顔と西洋人系の体格よりちまいせいで子どもっぽく見えていればなおさらだ。

 だが、異世界転生というか転死というか、ともかくあたしたちは成年を軽くぶっちぎった老体と骨である。

 それも『この世界における大人』なのだ。外見だけは。

 なのに、この世界における常識を知らないままで行動するしかないという今の状態は、かなりやばい。

 馬鹿にされる、軽く見られる位ならまだましな方で、下手に相手の体面を傷つけたりしたら物理的に首が飛ぶ。


 じゃあどうしたらいいのか。


 対応の一つとしては『知らないことは知らないと正直に言ってしまう』ということができる。

 異世界もので、記憶喪失だったり、それを装ったりするパターンの主人公が多いのもそのせいだろう。

 そういう点ではあたしは有利だ。

 なにせ、よくある『事故にあった』『怪我をした』という理由よりも『いっぺん死んでる』『つーか骨である』という方が、インパクトがあるぶん説得力も強いらしいからな!

 グラミィにはできない言い訳だけど。


 だが、これにも弱点がある。

 こっちが無知であることに周囲の人間がつけ込もうと思えば、いくらでもどうとでもできてしまうということだからだ。

 アロイスがしっかりしでかしてくれたように、思考のどこをどう誘導されるかわからんというのは、怖いよこれ。

 敵からの悪意ならばある程度察知もできるが、ワンクッション置いたり、味方の善意に見かけをごまかしたり、あらかじめ選択肢を削られたりされると非常に回避しづらいのだ。


 そこで対応の二つ目。『ぼかす』もしくは『ごまかす』。

 ときどきグラミィがやってる手だが、『あたしゃ年寄りでねぇ、耳が遠くて(目が悪くて)』『あんだって?』『昔のことは忘れちまってねぇ』というのは、そこそこいい言い訳にはなる。

 でもこれも、『しかし回り込まれてしまった』がありえるのだ。


 だからこその対応の三つ目。『一つの言動に複数の意味を持たせる』。

 一兵卒の墓参りをするほど、正直シルウェステルさんが彼ら亡くなった下級騎士や従士たちの死を悼む人柄かどうかはわからない。

 あたしだって彼ら全員の人柄も名前すら知らない。それほど深いつきあいも思い入れもない。

 それでも死者は敬うべきだと、死はその身分や敵味方を問わず悼むべきものだという価値観があるし、魔喰ライとなったサージの犠牲者である彼らに、たとえ偽善であろうと、冥福を祈りたいと思ったのは嘘じゃない。

 その価値観を押し通すのに、あたしは『墓参り中にアロイスに話しかける』ことを選んだ。

 これで、どちらが本当の狙いかはわからなくなる。

 いや、アロイスに話しとくべきこともあったからなんだけどね。


 畑の端は荒れ地というより小石が積み重なったガレ場のようになっていた。

 そこが墓地であるのをしめすのは、点在する真新しい数本の墓標ぐらいなものだ。

 その前でまずは手を合わせて黙祷をする。グラミィの仕草に倣うように、少し遅れて合掌しておく。

 ヴィーリは手向けのつもりなのか、マイペースに杖から枝を折り取って岩の間にさしこんでいたが……ま、まあ、それはいい。

 十分に黙祷した後で、祈りの姿を崩さないまま、後ろに控えていたアロイスに心話で話しかける。


(アロイス、そなたに話がある。そのままでいい。聞いてくれ)


 アロイスがびくっとする気配がしたが、かまわず続ける。


(想定より王都へ召還されるまで時間がなくなってしまったので、手短に要点だけ伝える。実証もしていない推論なのだが、そなたには魔術師の素質が、魔力(マナ)が十分にあると思われる)


 アロイスの鋭く息を呑む音が聞こえた。


 エレオノーラの兄さんにあたる人は、先天的に魔術適性がないらしい。

 それに対して、アロイスは魔術適性があって魔力がないと診断され、家を出されたという。

 魔術を扱う適性がないから使えないというのはわからなくもない。魔術を学ぶ機会が与えられないために、自分の体内の魔力があっても知識がないから使えない、という人もいるのだろうとは思う。

 しかし、アロイスは初歩的とはいいながらもちゃんと魔力感知をしている。魔術伯家出身だっていうし、子どもの時に教えられたのかもしれんが、魔力感知ができる程度には魔術適性がある以上、教えれば魔力操作もできそうなもんなんだよねー。

 だったら、魔晶(マナイト)という外付け魔力タンクがこの世界にある以上、魔術は使えておかしくないはずだ。

 魔力が少ないというのは確かにビハインドだろうけど。それだって、今は短くしてる髪の毛を伸ばすことで増やすってやりかたがあるのだよ、魔術士隊みたく。


 それに加えて、アロイスに魔力がないというのも違和感があるのだよね。

 サージにしかけた時と、あたしを襲撃したとき。彼の髪の毛の色が変わって見えた。

 ふだんはチャラ系に見える淡い紅茶色の髪だが、とくにあたしを狙ったとき、一瞬だが紅金に強く光るのを見た。

 あれは、魔力の輝きだ。

 それも魔術士隊が術式を顕界する時よりも鮮烈な輝きだった。


 グリグたち魔物は、魔力が大きいほど体格が良く、敏捷に、より強くなるという。

 バルドゥスなどけっこう体格も動きもいい砦の面々も本職の魔術師ほどではないが、砦までの道中こそっと見かけた第一村人なぞより魔力は多い。

 これはアロイスもそうだ。体格はずば抜けて大きいというわけではないが、持久力と敏捷性はびっくりするほど高い。戦闘訓練でもカシアスのおっちゃんとえんえん打ち合ってたりする。

 それも、長剣一本で。

 あたしを襲撃してきた時の動きからして、小剣の扱いの方が長けているのだろうに、それでも相当な腕前だ。

 じゃあ、体格のいいカシアスのおっちゃんや敏捷なアロイスのような人間の方が、ひょろい魔術士隊の面々よりも魔力が少ないのはなぜなんだろう。

 それは以前からなんとなく感じていた疑問だった。

 いや。遡れば『あたしが見ている魔力とは何か』という問いに戻るのだけど。


 生物無生物を問わず、この世界の森羅万象にはあたしが知る限り遍く魔力が存在している。

 あたしが疑似視覚で『見る』ことができているのも、その魔力を捉えることができているからだ。

 そのあたしの視覚では、岩石などの無生物は基本その大きさに応じて周囲にほぼ均一に魔力を放っているのが見えている。

 生物は意志や動きに応じて魔力がその身体を駆け巡る。ちょっとした身動きでも炎のように魔力が動き、その人の周りに立ちのぼる様子は、大小の差はあれ色とりどりで、とても美しいものだ。

 それだけを見れば、ショートヘアになって魔力が少ないはずのベネットねいさんの方が、それでもまだアロイスよりも多く魔力を立ち上らせているのだが、ねえ。

 ヴィーリを見てしまうと、どうしてもあたしが見ている魔力がすべてとは思えなくなってしまったのだ。


 ヴィーリは最初、人間というより植物にしか見えないほど僅かな量の魔力を穏やかに放っていた。

 しかし――いまだに性別不明なのでとりあえず彼と呼んでおくが――彼は一瞬だけ、自分の魔力を見せた。

 まったく、とんでもない魔力量だった。それまで気配すら周囲に溶け込むほどだったのにだ。


 と、いうことは。

 あたしがこれまで見ていた魔力量というのは、ひょっとしたらその人や物の持つ魔力量の総量ではなく、意志や行動によって動かされるごく一部、短時間で術式を構築したり顕界したりできるような、ほんの表面的なものではないだろうか、という推測がなりたつのだ。


 ふだん、アロイスの魔力はカシアスのおっちゃんよりも少ないくらいに見える。

 けれども、それが火事場の馬鹿力的な使い方とはいえ、魔術士隊よりも強く輝くということは、潜在的にアロイスの魔力が魔術士隊の面々より多いということを示しているのではないだろうか?


 そう考えると、アロイスに魔術が使えないのは、魔力量が少ないからではないという結論になる。

 ならば、ひょっとしたら、魔術士隊の面々とはまったく別の魔力の使い方をしているから魔術を行使できないということなのだろうか?

 たとえばグリグたち魔物がしている身体機能の強化、これを鍛錬をしている武人たちも無意識にやっているとしたら?

 あたしの疑似視覚でもさすがに体内まで覗くことはできないが、彼らがふだん、魔力を体幹とか体内の深いところに集めているのだとしたら?

 攻撃の意志が動作に変わるときにのみ外に現れるのだとしたら?


 ……ひょっとして、カシアスのおっちゃんの剣気というやつは、わざとそれを外に出したいわゆるバトルオーラ的なものなんだろうかね。

 だとすれば、カシアスのおっちゃんの一睨みで、ぎゃーぎゃー言っていた魔術士隊の面々がぴたっと押さえられた理由もわかる気がする。


 それともう一つ、確認しておきたいことがある。


(アロイス。そなた、もしや幼いころに大怪我を負ったり大病を患ってはいないか?)

「なぜ、それ、を」


 喘ぐような反問。それだけで肯定ととるには十分だ。


 治癒箇所には魔力が集まる。身体強化にも魔力が使える。

 ということは、身体機能の維持にも魔力は関わっているはずだ。

 ならば、命に関わるような身体状況の悪化があったならば、その回復のために魔力を消費していた可能性もある。

 峠を越えたとはいえ、魔力量や魔術適性の判定時期の体調次第では、その時の消耗しきった魔力量が通常の魔力量と見なさる可能性もある。

 ならば、生命維持になけなしの魔力をまわしている状態なら、回復する前になんらかの形で魔力量の計測がなされたのだったならば、魔力ナシと判断されたのも納得がいく。


 もしくは、そういったアクシデントのために受けるべき教育が受けられなかったのだとしたら?


 エレオノーラは子どもの頃から訓練で魔力量を増やしてたと自慢げに言っていた。

 魔力特化型貴族特有のカリキュラムなのかもしれないが、してみると、訓練開始前の幼児期というのは、魔力量にあまり差はないんじゃなかろうかと思う。

 そして、魔力量増加の訓練が施されなければ、魔力操作に慣れていなければ、術式を組むために回す魔力を流せなかったり、あるいは流しすぎて気絶することも考えられる。

 結果として魔術適性ナシとか魔力ナシとか判定されることもありうるんじゃなかろうか。

 ひょっとしてエレオノーラの兄さんはこのパターンなのかもしれない。


 アロイスの話に戻そう。

 魔術師としての訓練をうけることなく、その後騎士として戦闘訓練を受け続けたカシアス。

 騎士の鍛錬は、おそらく魔術師の訓練とは全くの別物だろう。

 ならば魔力ナシという思い込みのまま、術式を顕界することもなく今に至ってもおかしくはない、と。


(魔術を使いたいか?)


 家名も名乗れぬと言っていたアロイスには、かつて手にすることができなかった力、家を離れざるをえなかった理由。

 だからこそ立場を逆転させる手段に見えるかもしれない。

 だけど、彼は三男だ。

 この世界の家督相続方法がどうなってるかはまだ知らないけれど、ここまで家の外に出てしまった以上、相続レースからはリタイアしてるとみなされてもしかたがない。

 それに。


(いいことばかりではないぞ。まず、そなたの剣の腕が衰えるかもしれぬ)


 魔術に魔力を使うということは、無意識に身体強化に回している魔力をこれまでのようには使えなくなるということだ。身体能力を瞬時に魔力でブーストするような真似は難しくなるだろう。

 それに、魔術士隊の面々と同じような魔力の操作をするようになれば、おそらく魔力も体表でより多く動かすことになる。

 これ、気配として感知されるのだよ。

 特に、動物なら警戒モードに入るくらいに強いものだというのはベネットねいさんも言っていたことだ。

 ということは、現在のアロイスの隠密スキルもゼロになるとまでは言わないが、おそらく劣化するものと思われる。

 騒々しい気配がするような偵察、たとえ足音立てなくても成功するとは思えんわな。


 まあ、あたしかグラミィが無詠唱を教えたら、タイムラグなしに剣と魔術を同時に使える、いわゆる魔法剣士タイプの戦術が組み上げられるのかもしれないが。

 いずれにせよ剣も使える魔術師になるか、普通の剣士にはできないことができても、剣の腕の劣化したただの器用貧乏になる可能性がある道を選ぶかという問題になるわけだ。

 それに。


(問題はもう一つ。そなたが魔喰ライになったとしたら、わたしでも手がつけられぬであろうということだ)


 ……真面目な話、これがこの世界でまだ魔法剣士系の人間を見てない一番の理由じゃないかと思う。

 魔術師が暴走して魔喰ライになっても、元のスペックがサージレベルならば、数十人分の命を奪った段階でも剣豪が相打ちに近いレベルにまでもちこめた。

 けれど、元の身体能力がアロイスレベルの人間が魔喰ライになったら、……それこそ、コンクリ破壊用の鉄球とかで一撃ででも潰さない限り、とてもじゃないけど一国の軍がかかっても殺せるビジョンがまるで見えない。

 それを考えると、暴発する可能性の高い、体外や体表に放出する魔力量が多い者にコントロールを学ばせたのが魔術士の始まりだと言われても信じるぞあたしは。


「では、なぜ私にそこまで情報を渡されるのです」


 無声音での疑いに、シルウェステルさんだったらこう答えるだろうなと思いながらあたしは心話を放った。


(手はいくつもあった方がいい。そうではないか)


 ああ、それでもきっとアロイスは奥の手として魔術を欲するだろうな。

 面だって活躍するワンマンアーミー、一人で戦局を変えうるような、英雄と呼ばれる人間になりたいとアロイスが思って魔術に手を出そうとするのなら、あたしはぶんなぐってでも止める。

 名誉欲にとらわれている人間は別の欲にも弱い者だ。新たな手強い魔喰ライがまた生まれる可能性をさらに高めるような真似は、まったく欠片もしたくない。

 だけどアロイスの行動原理は今まで見る限り、剣士としての名声よりも諜報部隊という裏の仕事で成果を出すことを望んでいるようだ。

 ならば、彼は、生き延びるための能力引き上げを望むだろう。

 それがこれまでのように魔術師を取り込んで外注するという方針か、自分で魔術を行使できるようになるような道を選ぶかは、まだわからないけれども。

 どっちにもメリットとデメリットがあるんだもの。


(悩め。悩まずして手に入れた結論には後々いっそう悩まされるものだ)

「それはあなたの結論ですか?」


 息づかいのような声で、アロイスが囁いた。


(想像に任せる。魔術を使えるようになりたければ、まずは魔力操作を鍛えておけ。使うかどうかはそなた次第だ)


 無言でかすかに頷いたアロイスが、蹌踉とした足取りで去って行く。

 その後を心配そうにバルドゥスが追っかけてった。

 だいじょぶかな……?

 ショック療法もほどほどにしておかないとは思ってるんだけどねー。

 なにせ時間がないもんで。悪いな、アロイス。

骨っ子のひっかきまわしはもーちょっと続きます。

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