3
「スレイヤーさん、この魔法書、使えるでしょうか」
シンは不安そうな面持ちで、紙片をスレイヤーに差し出した。
スレイヤーはそれを受け取り、安心させるように口角を上げた。
「これが治癒の魔法書かどうかは帝国に戻って調べないとわからないが、こういう状態でも魔法が使える事は分かっているから大丈夫だ」
「そうなんですか」
「魔法の力は、厳密に言うと本にではなく、この文字の中に宿っているらしいからね」
スレイヤーは綴られた文字を指で指した。
文字の解読こそ出来てはいないが、魔法書のメカニズムは徐々に解明されつつある。その一つとして、魔法の力は本としての『魔法書』にではなく、呪文といわれる文字の中に宿っている事が分かってきた。
つまり、魔法を発動させるに足る呪文を記した頁が揃っていれば、魔法の使用は可能ということだ。
「帝国に戻り次第、すぐに賢人のもとへ持っていくよ」
「よろしくお願いします」シンは深く頭を下げた。
スレイヤーは紙の束を丁寧に布で覆い、木箱に戻した。
「確かに受け取った。父上にも全て報告させてもらう。きっとお喜びになられる。それと、君の妹のことに関しても心配しないでくれたまえ。事情を説明すれば、報酬という形で君の妹の治療を約束してくれるはずだ」
「あ、ありがとうございます!」
シンが破顔すると、スレイヤーも深く頭を下げた。
「いや、礼を言うのは私たちの方だ。何の役にも立てず、重ねてばかりですまない。ありがとう」
「頭を下げないでください。どうしたらいいか、わからなくなります」
シンが頭を掻くと、スレイヤーはゆっくりと顔を上げた。
一瞬躊躇いを見せると、何かを決心したように一つ息を吐いて、口を開いた。
「君たち三人に話しておきたい事があるんだが、これは他言しないでもらいたい。本来なら、今話すべきことではないんだが、このままでは気持ちが悪くてな」
三人は顔を見合わせると、少しだけ姿勢を正した。
「何でしょうか」シンが訊いた。
「この遺跡探査が終わった際に、話すと伝えていた事だよ」
スレイヤーはそう前置きすると、今回の遺跡探査についての背景を語った。
「ガルドラ帝国王女アナスタシア。私の妹は、ホワイトドール症候群を患っているんだ」
「お姫様が? い、いつからですか」
「三年前だ」
それを聞いてシンは訝しげに顔を顰めた。スコットとケイティも突拍子のない話に顔を見合わせて小首を傾げた。しかし、ケイティはふと記憶を探るように目を細め、確認するように言った。
「でも、お姫様って去年の誕生際にいたわよね。ほら、みんなに可愛い笑顔を振り撒いて手をフリフリしまくってたじゃない? あんた達も見たでしょ?」
「見たね。恐れ多くも可愛かった」スコットが言った。
「俺も見た覚えあるよ。元気そうだったよな」
三人が記憶を照らし合わせて更に不可解そうに眉間に皺を寄せた。
誕生際はガルドラの伝統行事で、王族の人間の誕生日を盛大に祝うイベントだ。昔はかなり格式ばった堅苦しいものだったが、長く続いていくうちに国中の人が待ちわびる盛大なお祭のようなものになっていった。七日七晩にわたって続く誕生際には、列国の人が足を運び、珍しい出店や出し物が並ぶので、皆毎年楽しみにしている。
同時に、平和と安寧が続く時代を一つ一つ数えていくという意味もあって、民衆にとっても大切な意味を持つ行事だ。大人も子供も、この時だけは無礼講で散々ハメを外す。身分や人種に関係なく参加でき、ガルドラの人間が出す出し物や食堂の食事は、この時ばかりはタダで振舞われる。
ともあれ、誰もが楽しみにしているお祭という認識で間違いない。そしてその席には必ず列国の王族が集まっていて、その中にアナスタシアの姿があったことを、三人は覚えていた。
ちなみに、アナスタシア王女とエマの年齢は同じである。
「あの席にいたアーニャは影武者だよ。そっくりだったろ?」
「影武者」
シンが初めて聞いたフレーズに驚くと、スレイヤーは少し可笑しそうに笑って、すぐに真剣な表情になった。
アナスタシア王女は既にホワイトドール症候群の末期で、本当に人形のような姿でベッドで眠っているという。発症からたった三年、それは噂で聞く進行よりずっと早いものだった。ホワイトドール症候群と診断されてから、王室はすぐに治療の方法を探した。しかし、現状治療法が見つかっていないからこそ不治の病と言われている以上、そう簡単にはいかなかった。
王女が病床に伏しているという、それもホワイトドール症候群という奇病に侵されているという事実は、外に漏れる訳にはいかなかった。
「政治というのは面倒なもので、こういう状況を利用して国家の転覆を図ろうとする者も現れる。或いは、何らかの形で理不尽な取引を申し出てくる者も。今の平時にと思うかもしれないが、歴史を紐解くとそういう事が往々《おうおう》にしてあるんだ。場合によっては戦争にも発展する。それ故に、自分達で手を打つ必要があった」
事実、過去に王族の人間が病死し、国王や女王がその悲しみに暮れ、国を滅ぼしてしまったという話はある。国の重要人物の死は、そのまま国の未来や運命を大きく左右しうる。それを分かっていたからこそ、国王は王女の病気を一切口外せずに、救う手立てを考えた。予想以上に早い病気の進行もあいまって、秘密裏に治癒の魔法書を求めた遺跡探査が決行された。
多くの兵が命を落としはしたものの、治癒の魔法書のありかを突き止めたまではよかったが、貴族の間にはそんな強攻策をとりだした王に不信感を示すものもいた。
その体裁を保つという意味もあって、王子であるスレイヤーが陣頭指揮をとる事を志願した。
「アーニャの病を知っている人間はほんの僅かだが、それでも犠牲が出すぎたんだ。遺跡探査に兵を派遣しているという事実が表沙汰になって欲しくないが為に、兵力を小出しにしたのも裏目に出た。自分達が死んでいく理由も知らずに遺跡に入っていった者も多くてね。噂が広がるのも時間の門題、兵達の間でも不信感が高まっていった。もちろん、危険な仕事に相応の褒賞は用意していたが、それにも限界がある」
真実を知る人間は王室、そこに仕える家臣、学士、一部の貴族と部隊長と限定されていた。しかし、はっきりしない背景に命を賭していく者達の士気が低下するのも時間の問題だった。目的を果たした後、必ず訳を話すと伝えてはあったが、それで納得した人間はいないだろう。
「面倒ね、王室ってのは」
「ケイティ、ダメだよそういうこと言っちゃ」
ぎょっとしたスコットがケイティを注意した。しかし、ケイティはあたしは間違ってないと険しい顔をした。スレイヤーもケイティと同じことを思っていることを声音に滲ませる。
「彼女の言うとおりだ。たった一人の家族を助けたい、その為に何人もの人が命を落として、その家族は城の中で待つことしか許されない。大きな鳥かごにでもいる気分だった。私としては、今回の遺跡探査に加われた事は嬉しい事だった。正直、妹の為に命を落としてく者達の家族の姿は、他人事には思えなかったからね」
スレイヤーはこれを機に外へ出ることを国王キーリに打診した。そして、数少ない事実を知る部隊でもあった機工部隊の隊長という形で遺跡探査に加わった。本人としては、兵達の働きに報いる為にも、また弔う為にも、自分の命を危険に晒すことに使命感を持っていた。
「これが一つのポーズにはなっている事は承知しているが、妹の為に体を張るのは、兄の務めだ。ようやく、ほんの欠片でもその義務を果たせたと思える」
いちばん懸念されていたのは、トレジャーハンター達に協力を仰ぐことや、それによって情報が外部に漏れる事だった。それゆえ、依頼に情報開示が限定された。もっとも恐れていたのは、アナスタシア王女が病床に伏している事を理由に、隣国のゴルダダが同盟を条件に協力を申し出てくる可能性が非常に高かったことだった。表向き友好関係を築いているとはいえ、同盟となると、話は変わってくる。
「ゴルダダは魔法書の回収にかなり力を入れているから、万に一つでもこの情報が漏れると、魔法書の奪い合いが始まることが目に見えていたんだ。以前から、ゴルダダはガルドラの機械技術に目をつけていて、ことあるごとに同盟を結ぼうと声を掛けてきてる」
「五大国って相互協力関係にあるんじゃないんですか?」
スコットが訝しげに尋ねると、スレイヤーは緩やかに首を振った。
「ある意味ではYES、ある意味ではNOだ。勿論、事実を話せば協力的な姿勢を見せてくれる国もあるだろう。しかし、そこからゴルダダに情報が漏れれば、確実に彼らは治癒の魔法書を先に手に入れようとする。そして、治癒の魔法書を提供するうえで、一方的な条件の同盟締結を試みてくるだろう」
「どうしてそこまで?」
「以前、ゴルダダの国王は世界の覇権を得る為に、父上に同盟を組もうと申し出てきたことがある」
戦争を前提とした同盟。
それがちらついていたからこそ、ガルドラ帝国国王のキーリはこの事態を公には出来なかった。
「それがあたし達にまで話がまわってきたまでの経緯、か」
とんでもなく面倒な事情が山のように盛り込まれた内容に、ケイティは面倒くさそうに溜息を吐いた。
「三人には特に、私から伝えておきたかっただけなんだ。元々、私も父上も隠し事は好きではなくてね、今回の三人の働きに報いるという意味でも、話しておきたかった。もちろん、まだ他言はしないでほしいが」
スレイヤーが念を押すと、三人は口をチャックするジェスチャーをして、スレイヤーを笑わせた。
粗方の事情を話し終えたスレイヤーは、ここで一つ膝をぽんと打ち、話題を切り替えた。
「さて、それでは三人お待ちかねの。報酬の話をしようか」
スレイヤーの男らしく切り出された言葉に、ケイティの瞳が誰よりも輝いた。
2016/12/27 改稿。




