098話 魔獣
シンのあの姿、あれはいつか見た…そう、あの時もバロックとの戦いだった。
あれは確か『心魔変換』というスキルだと後から聞いた。
自身の魔力(MP)を注ぎ込んで無理矢理戦闘力を底上げするスキル。代償はその肉体。注ぎ込んだ魔力の分だけ命の危険がある。全てを注ぎ込むと確実に肉体が崩壊するという。
そしてそのスキルの影響でかなり理性がトんでいたのも覚えている。
だが、今回のはレベルが違う
姿が…バロックと遜色ないほどに禍々しい
瞳からは理性が失われ 全身の筋肉は異様に膨張し 髪は逆立ち その口元は魔獣のように鋭い犬歯が姿を見せ 身体に覆う空気は死の匂いが漂うモノ
更にひと目見て正気じゃないのはわかる、いや、そもそもあれはほんとにシンなの?
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最早、人の言葉すら話していない。
その身体からは瘴気ではないが目に見える程の何かが揺らめき立っている。剣気?闘気?それとも…
「このままだとシンが…消えちゃう……」
自分で自分が理解できないが、不意に口をついて出てきた言葉が妙にしっくりきた。
消える、このままだとシンという存在が消える
そもそもアレでは勝てない、アレは今のバロックと根源が同じ
炎で炎は消せない、より大きな豪炎となってしまう
納得は出来ない、だけど見ただけで理解してしまった
豪炎となった時、取り込まれるのは間違いなくシンの方だ
「は……ははは!坊主!お前も結局はそこに行き着くのかよ!」
声など聞こえていないだろう、それでもバロックは狂喜の声を上げた。
バロックの意識は、あたしが考えていたよりもはっきりとしていた。シンは不安定だと言っていたが…情緒が不安定なのは確かだが、あの戦いを楽しむ笑顔は間違いなくバロックだ。
「さっきまでは気に入らなかったが……やっぱそうなるよなぁ!人間の!動物の!全ての根源は闘争だ!争いだ!生物は進化する!なんのためだ!?環境に適応するため!?生き残るため!?そんなお行儀の良い言葉なんか使うんじゃねぇ!」
あたしに襲いかかっていた瘴気の腕が一気に引っ込み、バロックの身体へと吸収される。
「環境をねじ伏せるためだろ!捕食者をぶっ殺すためだろ!生存競争を勝ち抜くためだろ!!全ての命あるものは、自分以外の何かに勝つために!戦うために生きてんだよ!それに敗れた奴が死んでいくんだ!つまり!!今現在生きている生命体、それこそが勝者!!!無数の、それこそ生命の起源から積み重ねられた屍の上に立っている、血塗れの勝者なんだよ!!!」
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二人の、咆哮と雄叫びの如き言葉、剣と刀がぶつかり合う。
その衝撃は『空間固定』がかかっているこの場すら震わせるほどの威力。
そしてその場で斬り合い…いや、正しく殺し合いを始める二人。
クリスが、一切の介入が出来ないと瞬時に悟ってしまうほどの熱量
二人を取り巻く異様な瘴気と剣気
バロックはシンの破邪特性のある刀でダメージを受けているだろうが、シンもまたバロックの剣で軽くないダメージを負っている
クリスはどうしようもなく、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった
なんで?
二人で戦い始めた時はあんなんじゃなかったのに
急に、バロックの近くで戦い始めてから
一体何が起きてるの?
「『心魔変換』…じゃないね。もっとヤバイものだ。」
「…あれ、師匠…なの…?」
気がつくとアレクとウィルが直ぐ側まで来ていた。
少し休んだからか、アレクの顔色も良くなってるしウィルも歩ける程度には回復しているようだ。
「もっとヤバイものって?」
「わからない…でもアレは今のバロックと同じモノだと思うよ。色に例えるなら、バロックは黒、シンは灰色ってところかな。」
明確な回答ではなかったが、その答えはクリスも同意できるものだった。
「そして、このままだと間違いなく取り込まれる。力の大小じゃなくて、さっきの色の例えだと黒と灰色を混ぜたら、確実に黒に近くなる、ただそれだけのことだよ。」
その考えすらクリスとアレクは一致していた。
二人にはバロックの正体なんてわからない、シンの力の正体もわからない、だが見るだけでわかる、シンが取り込まれつつある。
二人の力は拮抗、むしろシンが押しているようにすら思えるが、その実、シンの身体の周りの剣気?が段々と瘴気に染まっているのがわかる。
「取り敢えず彼を元に戻さないと。せっかく僕が色々捨てたってのに。」
それはわかるが、その方法すらわからない。
どうすれば正気に戻る?そもそも戻ることができるのか?
三人が解決策もなくただ呆然と魔獣とバケモノの戦いを見ているとウィルがあることに気付く
「ん?あれ…師匠、刀が光る度にちょっと顔をしかめてない?」
よく見るとシンの刀がたまに瞬く際、ほんの少しだがシンの顔が歪んでいるような。
「あの光……そうか。バロックと根源が同じなら、破邪特性が有効かも…」
もしかすると、クリスの持つ黒剣で斬りつければ、正気に戻せるかもしれない。
その答えに行き着いたが、それはつまりシンを斬るということ。あの魔獣へと変貌したシンを。
「隙を見て一太刀っても、その隙ですら僕達にとっては隙とは認識できないほどの一瞬だね。間違いなく今の僕には無理だ。」
「あたしがやるしか……ない。」
この中で一番まともに動けるのはクリスのみ。
アレクの『転移』を使えばその隙を突くことはできるかもしれないが、本人が無理だと言っているんだ、自分がやるしかない。
クリスは剣を構えて数歩前に歩み出る。
一瞬の隙、それを逃すまいと
チャンスはほぼない、時間もない
恐らく、次に二人の動きが一瞬止まった時
それを逃すと、次のチャンスが来るまでにシンが取り込まれる
目を凝らす
瞬きすら抑え、精神を集中させる
そして
------!!!
シンが大きく刀を振り下ろし
バロックがそれを受け止める
その衝撃で、二人が一瞬動きを止める
「今ッ!!!」
その距離は普通に歩けば数歩
クリスは持ち前の踏み込みで、一足で間合いを詰める
野生的勘、純粋な脚力、極限まで高められた集中力
それらが融合された結果
タイミングは完璧だった
「え?」
クリスの黒剣は、淡く光る刀に防がれていた。
「どう…して…」
クリスは知らなかった
いや、シンがしっかりと話してはいなかったのだ
『刀が自動で防ぐ』ということを
刀はクリスの思惑など知らない
ただ、主が攻撃されそうになった、その事実があるだけ
それに対するいつもの対応をしただけ
そしてそれは
クリスの失敗も意味していた
「邪魔だ!嬢ちゃん!」
------!!!
最早一瞬の、たった一度の隙はなくなっていた。
バロックと理性を失ったシンの、二つの凶刃
ノータイムで繰り出される、命を刈り取る刃
間に合わない、防げない
走馬灯と言うものを見るとしたら、恐らくこんな時だろう
クリスもご多分に漏れず、刹那に過去のことを思い出していた
走馬灯とは何なのか
死を自覚し、脳が今までの楽しかった記憶を見せてくれる、そういった隠された機能なのか
死の直前に、神からもたらされた、最期のギフトなのか
それとも
剣と刀がクリスの薄皮を切り裂き肉に到達する直前、クリスの頭の中で一つのスキルが思い浮かんだ。
「『霞』!!」
今まで何故忘れていたのか。シンと手合わせした時の決まり手であったのに。
その頼れるスキル名を大声で言い放つ。
クリスが発現し、過去にシンの命すら救ったスキル。
その効果は
『最大で一秒間、自身の存在を装備ごと霞のようにし、あらゆる物理攻撃、魔法攻撃を受け付けない。』
クリスは走馬灯の中で、このスキルの効果を思い出していた。
走馬灯、それはクリスにとって"死の眼前にて、脳が記憶からそれからの回避方法を探す、最後の悪足掻き"だった。
そしてそのスキルの副産物、『スキルの効果中は『気配察知』にも感知されない』
その特性を活かしシンの背後へと一瞬で移動し
「頼むから、戻ってきてよ!!」
急所を避けつつ、その腹部に黒剣を突き立てた。
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果たして100話までにこの戦いを終わらせれるのか…




