097話 再来
バロックの身の丈は二メートルをゆうに越えているだろう。瘴気でできている身体だから大きさは可変だし身の丈、というにはおかしいのかもしれないが。
「ねぇあれ、バロックの意識はあるのかな?」
「さぁ?あの状態になってから精神が不安定みたいだし。」
バロック曰く、"殻"である身体を脱ぎ捨ててから随分と感情の発露がおかしくなっている気がする。今までは少なくとも、あの気味の悪い笑顔以外の表情を見たことも、怒りを全面に出すようなこともなかったはずだ。
「とにかく切り込むぞ。恐ろしいほど速いし、急に現れるから気を抜くな。ちなみに『気配察知』にも一切引っかからないから。」
「…さっきあたしがバロックの一撃を受け止めれたのは、ほんとに偶然だったのね。」
言いつつ俺達はバケモノに成り果てたバロックの懐に切り込む。
俺とクリスが同時に斬りつけるも、バロックは直前で霧散し回避する。その瞬間に俺たちは神経を集中させ、死角からの攻撃に備える。
次にバロックが出現したのはクリスのすぐ斜め後ろ、それにいち早く気付いた俺は一足で間合いを詰めバロックの振りかぶった剣を受け止める。
俺が一瞬受け止め、その隙に刀の下をくぐり抜けたクリスがバロックに対して襲いかかる。その様はいつか見た"暴君"と言われた姿そのもの。
燃えるような紅い長髪をなびかせ、ただただ剣速と自身のスピード、そして黒剣の重さと威力に全力を乗せる単純かつ強力な斬撃。
それ故に回避が難しい、相手の防御ごと切り裂く、まさに"紅血の暴君"。
「!!!」
その黒剣はバロックの胸の辺りを横一文字に切り裂き、その勢いのまま縦に切り裂こうとするも
「ッチ」
霧散し距離を取られてしまった。
「うん、あたしの剣でも問題なくダメージは通るわね。」
バロックを見ると、俺が攻撃したときのように苦々しい表情を浮かべていた。
「みたいだな。それに今のタイミングだと上手く反撃できる。」
俺かクリスが一旦防ぎ、その間にもう一方が反撃する。やはり一人だったら勝機はほぼなかっただろう。
二人でもかなり危ないことに変わりはないが。
「クソが…ユウシャ候補でもないクセニ…」
少し距離を取ったバロックは、その身体から濃密な瘴気を吹き出しつつ不明瞭な言葉を吐き出す。
その表情はわかりづらいが声から察するに、かなり怒っているようだ。そして懸念していた通りだいぶ意識も薄れてきているような、言葉が聞き取りづらい。
「俺がドレだけお前とのタタカイを楽しみにしてたと!」
バロックの声に、弱い者ならそれだけで気を失いそうなほどの怒気と殺気が含まれる。
「なんなんだ!ボウズは勇者コウホじゃねぇんだろ!?だったら半殺しにトドメテやろうかと思ったのによぉ!クソが!こっちはまだ"慣レテ"ねぇのに破邪の武器まで持ってやがって!」
な、なんだ
奴はなんでそこまで
「しかも嬢ちゃんまで!あのコムスメのせいか!?サッサと殺しとくべきだったのかよ!ユウシャコウホ共が!堕ちたとはいってもやっぱりジャマスルのかよ!」
今までのバロックとは思えない、明らかに錯乱している。
勇者候補じゃなければ生かすつもりだった?その意図は何なんだ?
「お前にとって勇者候補が何なのかは知らんが、はっきり言って今のお前は異常だ。悪いが倒させて……いや、殺らせてもらう。」
生まれて初めてだろう、誰かを殺す、心の底からそう宣言するのは。
元の世界にいたらこんな経験はしないだろう。
正常な判断力を持っている人間なら実際に誰かを殺す、誰かの命を奪う、そういう行動の直前でブレーキが掛かるはずだ。
もちろん、思い余って殺す、つまりは"カッとなった"ということは十分にありえるが、理性が勝る場合がほとんどだろう。
殺られる前に殺る、というのは本能であり生き物として正常な判断。
今現在もそれと同じ状況と言えるが、俺の中ではっきりと違う点があった。
話し合いの放棄、そしてそれ以外の手段の思考停止
つまりは相手を殺す、ただそれだけのために刀を振るう。
勝つためじゃない
生き残るためじゃない
助けるためじゃない
殺すために
殺す
純粋且つ混じり気のない至極の殺気
それに反応したのだろう、二度と使うまいと思っていたスキルが次なる修羅の道へと使い手を誘う
「…………」
自分自身が信じられなかった。
何故かはわからない、頭の中の何かが、こいつを殺せと言っている。
同時に、心の深い部分で何かがくすぶっている。
それは何か大事な物のような。
だけど今はそれどころじゃない、黙っててくれ。
「?シン?」
クリスが怪訝そうな顔をしてこちらの顔を覗き込む。
心配するな、俺は大丈夫だ。
そう言葉にしたと思う、興奮しているせいか心臓の音が煩くて自分の声が聞き取りにくい。
そんな中、こっちの準備など待ってくれるはずもなくバロックの攻撃が再開される。
やつから伸びた巨大な瘴気の腕のようなモノが二本、こちらに向かって空中を高速でとんでくる。
俺とクリスは左右に避けるが腕はそれぞれを追尾してくる。
クリスは剣技とスキルと持ち前の野性的勘で追ってきた腕を八つ裂きにする。
中程から切り裂かれた腕は大気中に霧散しもとに戻ることはなかった。その代わりバロックにもダメージはないのだろう、腕が使えなくなったと見るや奴の根本から敢えて霧散させ、今度は細かく細い複数の瘴気の腕をクリスに向かって放った。
ほそうでとは言え、瘴気の腕に掴まれたらどんな影響があるかわからない。最悪取り込まれでもするんじゃないか?クリスは全てに触れないように、らんぼうに目の前の腕を切り落としていく。
俺はと言うと、実は最初の腕すらまだ倒せていない。
こちらの腕のほうがクリスの方より強いのか、それとも俺自身の体力がもうないのか。
身体が重い、のどが渇く。
少しばかり体勢を崩しそうになり、慌ててバランスをとる。そしてその隙を逃すまいと腕がくる。だが俺はひとりで戦っていない、便利な道具がある。
俺の考えとはかんけいなく、俺が動けない、気付けない時にかってに動いてくれる道具。
実にべんりだ、こいつは
そんなことを考えてると
なんかうざったく、ひかりだした
うるさい
じゃまするな
「シン!!!」
あぁ
めのまえのおおきなうで
こいつも
じゃま
「----」
クリスの反対側で、シンは黒い瘴気の腕に隠れて見えなくなった。
そして次に見えたものは
「うそ……」
いつか見た、獣の如きシン
それよりも禍々しさを放つ『魔獣』と見紛う姿のシンだった。
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