008話 ほのお
来た道をひたすら駆け抜ける。
そんなことはないはずだ、きっと大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせてひた走る。
森を抜けて、平野を抜けて、村が見える位置に戻ってきた。
そこから見える村は
「嘘だろ……」
炎にまかれていた。
今朝まで俺たちが普通に住んでいた村が、テレビで見たかのように燃えていた。
その炎は村の近くの木々も燃やし、更に大きく延焼を繰り返している。
「…クリスは!?みんなはどこだ!?」
村の人たちを、先を走っていたクリスを懸命に探す。
どこかに生きている人が…きっとクリスがそれを…
いや、駄目だ、最初から手遅れなんて考えるのは!
だが遠目のせいか、どんなに探しても人の気配は一切しない。
いや、それどころか魔物の気配もしない。
「…!でも急いで戻らないと!」
考える余裕もない、一分一秒が惜しい。
燃え盛る村に向かって、残りの道を駆け抜けた。
「…はぁ…はぁ…はぁ…どうして…」
村の前までたどり着いた。
よく見知った門も、家も、畑も、倉庫も、全てが燃えていた。
そのあまりの光景に、誰に問うでもなく口からこぼれてしまった。
だが、他にもわからないこともあった。
「なんで…はぁはぁ………誰も……」
気配が全くしない。
誰かの亡骸も見えない、魔物が来た様子もない。
「……はぁ……はぁ…………ふぅ……」
息を整えて、少し冷静に考える。
「………おかしい、どういうことだ。」
村の人達はどこに行った?
もしかしたら、バロックさんが間に合ってどこかに避難したのか?
「そう考えるのが妥当か…この村の燃え様も、まだ燃え広がってからそこまで立ってないはずだ。」
村の中を炎を避けつつ見て回ったが、まだかなり燃えていた。
時間的には、ちょうど俺とクリスが向こうから戻ろうとした時だろうか。
そう、それにクリスだ。
クリスは俺の前を走っていた。
なら村が見える位置くらいで、先を走るクリスが見えても何もおかしくはないはずだ。
「道を間違えるわけないし…なんだ、どうなっているんだ?」
わけがわからない。
村のみんなは?バロックさんは?クリスは?
ふと足元を見ると、炎の光りに照らされ、大勢の人が草を踏みしめた跡が草原に残っていた。
それは近くのバロックさんが決めた下山ルートに向かっているように見える。
「これをたどれば、少なくともみんながいるんじゃ!」
僅かな希望を胸に、その足跡を追ってみることにした。
村から離れると、光源が少なくなり足跡が更に見えにくくなる。
「仕方ない…『ファイアーボール』」
『ファイアーボール』を放たず、手元に火球として留めておく。
これにより、なんとか光になるのだ。
だがこの状態を保つのは、精神をすり減らす上にMPも割りと減っていく。
魔法の中には、暗い場所を明るくする専用の魔法もあるらしいが、火魔法をむりやり松明代わりにしているせいか、効率がすこぶる悪い。
「…やっぱり、途中までは下山ルートを通っている。でも、それはここまでだ、ここから違うルートに入っている。」
そこは、俺が村が燃えている様子を確認できたところから少し村側に進んだところだった。
そして、足跡は本来の森へのルートではなく、谷の方に向かっていた。
「何らかの要因で谷を目指したのか?」
もし村が魔物に襲われたんだったら、森に逃げるよりも谷に向かったほうがまだマシ…なのか?
いや、森だと360度どこから来るかわからないが、谷なら前後のみだ。防衛はしやすいかもしれない。
「…もしかしてクリスはこの足跡に気付いて、こっちに向かったのか?」
だとすれば考えられなくはない話だ。
先に行ったのではなく、別方向に行っていたのだ。
「他に手がかりもないし、行くか。」
近くにちょうどいい乾燥した枝があったので、アイテムボックスから油のついた布を取り出し、乱暴に巻きつけて松明代わりにする。
いつまでもファイアーボールで何とかするわけにもいかない。
谷を慎重に降りていく。
明るい状況なら普通に歩けるレベルだが、俺はこの谷には入ったことがなく、なおかつ今は心細い松明の光だけだ。
慎重にゆっくり進むしかない。
しばらく進んでいくと川の流れる音が聞こえてくる。
その音に導かれるように向かうと、砂利と小石の敷き詰められた河原に出た。
そしてそこには、よく見た背中があった。
「クリス!!!」
俺は後ろ姿のクリスに大声で呼びかけた。
だがクリスは微動だにしない。
よく見ると剣を抜いている。
心なしか、身体もボロボロになっているような。
声をかけつつクリスに歩み寄ると、クリスは剣を握ったまま糸が切れた人形のように体制を崩し、そのまま地面に倒れた。
「……っ!!おい!!」
俺は松明を近くに放り出し、クリスに駆け寄った。
クリスを抱えると、身体中に無数の傷ができているのがわかった。
幾つかは急所を狙ったと思われるものもある。
それをクリスが躱すかギリギリ致命傷を受けないレベルで抑えているのがわかる。
「な、なにがあったんだ!?村のみんなはどうしたんだ!?」
アイテムボックスから薬草を取り出して、簡単な応急処置をしながら問いかける。
クリスは肩で息をし、時折苦悶の表情を浮かべながら痛みと戦っているようだった。
「…シ……ン………」
クリスがやっと口を開いたかと思うと、俺の名前を呼んだ。
「大丈夫だ、今薬草を使っているからもう少ししたらだいぶ楽になるはずだ!」
失った血までは戻せないが、対象の体力回復、HP回復、怪我の治療くらいには役に立つ。
最悪のケースは防げるはずだ。
「一体何があったんだよ、辛いとは思うが説明してくれ!」
「いや、それは俺が説明するさ。」
そこには剣を構えたバロックさんが立っていた。
クリスとは対照的にほとんど傷もない、俺達と別れた直後と変わらぬ姿だ。
さすがバロックさん、この場で魔物か何かに襲われたが傷一つ追わずに無事だったのか。
「…なんてわけないよな。」
クリスは傷だらけだった。
あの傷はよく知っている。
魔物のするどいツメや牙による傷ではない。
俺がクリスにつけられた、模擬戦での"刃物による傷"だ。
その証拠に。
「いやぁ、嬢ちゃんも強くなったなぁ。」
血に濡れた大剣を軽々と振り回しながら、いつもの人懐っこい笑顔で俺に話しかけてきた。
「さーてと、坊主はどんぐらい強いのかね?」
人懐っこい笑顔は変わらない。
だが気付いてしまった。
その瞳の奥には
底知れぬ残虐性が隠されていることを
ドス黒い炎が宿っていることを