剣と信仰 《side mythology》
本当に、お待たせしました。申し訳ありません。唐突なスランプでした。これからも頑張りますので、どうか見守っていってください
妹の脊髄を目の前でゆっくりと引き抜かれたあの日から、もう随分と経った。あの日の屈辱は千年経った今でも、 はっきりと思い出すことができる。だが、それだけだ。その張本人は未だ玉座に君臨し続け、俺はその傍らにいる。
ああ、これでは駄目だ。分かっているとも、アルバムR。俺たちで、神を殺さなければならない。それは復讐心でも怒りでもなく、ただ純粋に彼らへの愛と憐憫のためだ。
ヴィットは周囲の様子を見渡し、自分が切迫した状況にあることを改めて実感する。何らかの要因で、自分のみがこの、戦界の三番目の実力者の前に立たされてしまっているのだ。
「……やあ、ヴィットさん。四本腕がステキだね」
細長い剣を携えたその女性は、剣をぷらぷらとさせている。彼女の金色の髪同様、異様な光沢を放つその剣は、揺らめくたびに周囲の光を複雑に反射して光り輝いている。
「……お前は」
「ん? ああ、私ね。レイラって名乗ってるよ。語感がいいでしょ?」
いまいち掴めない相手に、ヴィットは警戒を最大限にする。
「ミソロジー達を……どこにやった」
「どこにも。私が斬ったのは君と私のいる空間だ。ここは周りの世界と比べて落ち窪んでいる。二人きりというわけだね」
「ならば……俺に用がある、ということだな」
ヴィットは剣を構える。基本的に、彼の剣の方針はまず防御から入る。四本の剣による絶対的な防御の構え。これらの使い分けによって相手の攻撃を捌き、いなし、かつ有効な一撃を加えるというものである。
だが構えたヴィットを眺めつつも、レイラは戦闘を仕掛けようとはしない。
「まず、その前に君の剣についての考えを聞かせてほしい」
「……剣? ただの、武器だろ……」
何か琴線のようなものを張られた気がして、ヴィットは言い淀む。恐らく目の前にいる女は最強の剣豪だ。やはり剣に対しては並大抵ではない思い入れがあるに違いない。
そう身構えたヴィットだが、相変わらずレイラはケロッとしている。
「うん。ただの武器だ」
どころか、ヴィットと全く同じ感想を口にした。
「硬いものがあって、柔らかい手ではどうにも出来ないから、鋭く硬いもので何とかする。そんな、生物の営みの一つさ」
噛み締めるように呟く。そしてゆっくりと、獲物を引き抜いた。
「……!」
何の変哲も無い、ただの剣のようだ。
「物を切るのが好きでね。これは切れないだろう、というのをすっぱり切った時の快感が好きで、ずっと続けてたら上手くなっちゃった」
ツカツカ、と靴を鳴らしてヴィットに近づいてくる。特に切りかかるような気配はない。ただゆっくりと、近づいてきている。
「何故、俺だけを残した?」
「ん、一番斬りやすそうだったからだよ。私は多対一が嫌いだから。目の前の人を、切り結ぶことに集中したいから」
至極簡単な理由であった。つまり今目の前にいるレイラという女は、人を切ることが幸せであり、それに自分が選ばれたということだった。
単純な幸福の形。思えばこの戦界はそういうところであった。勝ちたいとか、負けたくないとか、ともするとガキのような、獣のような信念。
悪性で言えば最も悪な連中だろう。
「……そう簡単に、やられるわけにはいかない」
ヴィットは覚悟を決める。やられるわけにはいかないのだ。ひとえに姉のために、彼女の為に、死ぬわけにはいかない。生きて、救わなければならない。生きて、謝らなければならない。
「でも、君はきっと、簡単に切れるよ」
剣を構えた。距離は10メートル。ヴィットは斬撃を飛ばすという概念をいくつか経験済みである。何とか衝撃を和らげるために、剣を4つ構える。しかし、いくら待てども、斬撃は飛んでこない。
「ん?」
おかしい、と思ってちらりと見てみると、目の前でレイラが剣を振り下ろそうとしていた。
その目は、暗黒だった。
ヴィットの脳裏に、久しぶりに恐怖が甦った。
「うわぁああああっ!?」
全身のバネを使ってヴィットはそれを避ける。すると、一瞬体を奇妙な感覚が襲った。その瞬間、目の前からレイラが消える。焦って周囲を見渡すと、後ろにレイラがいた。彼女はヴィットとは逆の方向を向いていた。
「なんだ、何が……」
するとまた、レイラが消えていく。ヴィットにかけられたミソロジーの幸運が、全開で働き始める。直感でヴィットは背後を向いた。
そこには、何も無い空間からぬうっと這い出でる剣を振りかぶるレイラがいた。
間一髪でかわそうとする。だが、鋭い、というか目に見えない速度の剣の振り下ろしは、ヴィットの腕を一本切り落としていた。
「あ、がぁ……っ」
「切れたァ」
恍惚そうな顔をしている。
「く、くぅ……あ……」
ヴィットは完全に気圧されていた。もとより、敵うはずのない相手だ。今の自分に何があるだろう、自分はただの、凡人だ。目の前に存在しているのは、もはや人間とも言えない、才能の化け物だ。そう思っていた。
「私はね、神様を信じてるんだ。それはとても遠いところにいて、絶対に届かない。私達人間がどうあっても、絶対に辿り着けない」
レイラがぼそぼそと語り始める。
「切れないものがあるというのは、幸せなことなんだよ。生きていく理由になるんだ」
ヴィットはゆっくりと状況を理解し始める。空間が落ち窪んでいる。つまりはそういうことなのだろう。このレイラは、本当に世界を切り落としていたのだ。そんなレイラが、切れないもの……とは何だ。神とは。
そう思うと、少しゾッとした。
「……そうか」
だが、ヴィットはもう一つ気づいていた。切れた腕から、痛みはない。血液も漏れてはいない。そうだ、自分に確かに今までは凡庸な存在だった。これからもそうだ。ヴィットという人間は、やはりまだ成長出来てはいないだろう。だが、ただ一つ、あいつに貰った身体があるのだ。
「私は必ず斬る。全てを。神以外の全てを」
ならば自分も、信じなくてはならない。自分の神を。
「やって、みせろ!」
ヴィットは駆け出した。レイラはゆっくりと剣を振りかぶり、こちらへ振り下ろそうとしている。その懐に、彼は飛び込んだ。レイラは一瞬戸惑う。再生能力が無尽蔵の者も、その不死の機構と共に斬り伏せてきた。そういう為の斬り方があるのだ。
だが目の前の人間は、自分が不死であるかどうか確信していないようだった。
「……ッ!」
すっぱりとヴィットは寸断され、上半身がぶわりと飛ぶ。そして当然、残り三本の腕による斬撃はレイラに襲いかかる。かわしはしたが、うち一本が、レイラの肩口をばっさりと切っていた。
レイラは、驚いていた。そんな展開になるなど分かりきっていたはずなのに、何故自分はヴィットをただ斬り伏せたのか。
それは、彼女がただ斬りたいという意思のもとに行動していたというのもある。そしてヴィットの、何かを信じて自分の身を投げ出すという、信仰に、当てられたのだ。
「はァ……ッ!」
ヴィットはそのまま空中を舞い、地面に激突しそうになった。だが、信じていたのだ。
「ヴィット!」
自分を受け止めてくれる存在が、たとえ落ちくぼんだ空間にも辿り着いてくれる神がいることを信じていた。そしてレイラは、そのままどさりと倒れた。回復には、少し時間がかかりそうだった。
「これで、大丈夫です」
ミソロジーはヴィットの治療を終え、廊下を歩く。ザイネロもまた、周囲を睨みつけつつ、奥へと進んでいく。
「そろそろ、だろうか」
「ああ、気配が近い」
そんな彼らに、正面から近づいてくる奇怪な生物がいた。可愛らしい少年の顔に、筋骨隆々の巨大な身体を持った怪物だ。ミソロジーとヴィットは身構える。
だが、ザイネロは真っ直ぐそれを見据えていた。
「……欠損卿」
「やあ、ザイネロちゃん」
それは、ザイネロから両腕を奪い、力を与えた者だった。
「ようやくここまで来たんだね。うん、随分と、僕の力も馴染んでいるみたいだ」
欠損卿はそのまま、三人の横を通り過ぎていく。
「それで、どうにか戦神を負かしてやってくれ。君達なら、できるよ」
三人は徐々に黄金とオレンジ色の増していく回廊を歩いていく。空気の圧が、どんどん上昇していく。この先に待つのは、世界で最も強いとされている、戦神のショウジョウ。この戦界での、最後の戦いだ。
ミソロジー、ヴィット、ザイネロ、それぞれの思いが、目の前の扉に向いている。
それはゆっくりと、開いていく。
「よう、よく来たね」
出迎えたのは、血に塗れたショウジョウの配下、マシラオだった。




