白と黒《side anecdote》
「何だ、お前は」
アネクドートは突如として現れた白髪の少女に警戒心を示す。ミャージッカもまた、その存在に異質なものを感じていた。
「過去ってとこだ」
少女はそう言った。そして、演奏を始める。アネクドートは反射的に、ミャージッカの耳を塞いだ。少女の持つギターからの気配が、彼女にそうさせたのだ。
普通のギターだったはずだ。だが、それが音を出した途端に、危険度が跳ね上がった。
『♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪』
演奏者は一人。だが、聞こえた音は少なくとも十人分以上はあった。しかも、その一人一人が未だ地球では出会っていないほどの技巧を持っている。
アネクドートは全ての地球上の音楽を聞いているが、そのどれよりも、異質で、優れていると分かるのだ。
「何だ、こいつ……」
そして、彼女を奇妙な感覚が襲った。時が加速するような感覚である。体感時間としてはおよそ30秒。しかし、遅れてやってきた実感時間としてはだいたい15分くらいである。
体感時間を、狂わされたのだ。
それが意図されたものであったら、この演奏者は、パフに到達する最大の関門と言えるだろう。
「……どうだ? いい曲だろう」
その美しい目に、敵意は無かった。
「……ああ、そうだな」
「ふふ、これ、ギターっていうんだろう? 初めて弾いたけど、良い楽器じゃないか」
アネクドートは、その場を離れることを最優先した。正体は不明だが、今これに対峙するのはまずい。そう考えたのだ。しかしミャージッカの目が白い少女に囚われている。
確かに、美しい。
「ん。ああ、そっちのお嬢ちゃんには効いたか。じゃあこの顔でも駄目だなぁ。よし」
少女は片手で自分の顔を押さえる。そして、ゆっくりと手を離した。そこには、先程の少女の顔とほとんど変わらないが、何かが足りなくなった顔があった。
「これでどうだい?」
ミャージッカは魅了から解放されたようである。
「おい、我らは急いでるんだが……何だ、お前は」
「名前はラヴ。愛だよ。曰くこの世界の一つ目の答え。曰くこの世界の認められざる者だ」
「……ほぉ」
その言には、説得力があった。いや、その一言だけでは済まない。少なくとも、アネクドートを信用させる何かがあった。
アネクドートはその場にどかっと座り込む。法界の床は、リノリウムと似た感触である。
「もうすぐ、終わるからな。それはまだ決められていないが、なぁに、終わるものは終わる。終わらなければねぇ」
「この戦いが、ということか?」
「そ。その後は、さてどうなるかだな」
ラヴはギターを再び掻き鳴らす。
「復習は十分か? アネクドート。予習は?」
「ああ、問題ねぇよ。少なくとも、ずっ……と感じていた違和感は、パフに会いさえすりゃあ何とかなるだろう。だから、問題はその後だ」
「そう。その後だな。問題は非常に複雑だ、と君達は思うだろうが……はは、これもまた、面白ぇ」
アネクドートはラヴを見つめる。彼女の身体は、半透明であった。ラヴの深層は見えない。その正体については、ある程度の推察はついている。
「お前は何をしたい? 何を欲している?」
アネクドートはラヴに問う。
「始めて終わるだけだ。それが、なんつうか、やりたいことだからなぁ」
ラヴは静かに笑っていた。身体が徐々に薄れ始めている。しかしそれに対して本人が反応するような様子は無いようで、最後の一言をアネクドートに残した。
「安心しろ。パフはお前にゃ勝てないよ。お前の最大幸福は、『魔法使い』だからねぇ」
そう言って静かに、フェードアウトしていった。
ミャージッカは、アネクドートに問う。
「あの、先生、ひょっとしてあれが……」
「『神の隣人』、だ。多分な」
ポスヤチ・ヴァーチュ・ユトレトスケファの絵画、そのパフが描かれた横にいた、白い人影。それがあのラヴと呼ばれるものなのだろうか。だとしたら、あれはパフの何なのだろう、アネクドートは、思索をめぐらせながら、パフの元へゆくために道を進んでいく。
「さて、そろそろ……」
視線の先には、老人がいた。
「だと、思っていたぜ」
「来訪神よ。貴方の到来を歓待しよう。と、私は、そういうスタンスをとる事にした」
「ほお、そうか」
「着いてきなさい。パフの元へお連れしよう」
ミャージッカが服の裾を掴む。アネクドートは、乱暴に髪を撫でた。
二人は、大きな扉の前に案内される。その扉は、アネクドートの接近を感知すると、一人でに薄れ始め、消えていった。
「どうぞ」
「お前は、いいのか?」
「……私はただ、あの方の美しさに心酔するものだ。デカダンスが趣味でね」
パフの配下、ヅプレという老人は、静かにその場を離れていった。
「さて、ミャージッカ。緊張しているか?」
「はい、とても」
「だが安心しろ、我がお前に教えてやれるのは、やはり、知ることの喜びのみだ。我らが対峙するのは、それはそれは、よほど素晴らしい知識だろうよ」
「……はい!」
二人は、中へと入っていく。
そこは、宇宙の中心のようであった。いくつもある扉は、中央の回転する光の輪に向いている。その中で足を組んで座るものがあった。
黒い貴婦人。それが、パフであった。
「……やあ、遅かったじゃないか」




