邂逅
「し、死んだの……?」
「死んでもここには来やしないぜ。俺たちは」
相は愉快な顔ではにかんでから、流れるような所作で僕の背後にまわり、腰に手を回す。僕は本能的にその手をひっぱたいて弾いた。
「アウチ…………! 変わらず可愛いな」
「私たちは、あの三人に連れ去られたあなたに会うため、この天界に来たの」
弓子は衝撃的なことを言った。
「まさか、君にそんなことが……」
「ええ、できない。あなた達がこの世界に来てすぐ、私達はスカウトされた。この奥にいる、オレスティアに」
弓子が奥を指さした。
白磁と黄金で彩られた巨大な廊下が真っ直ぐ続いており、200メートルほど先の突き当たりには、空気や光の質が違うというのが正しいのか、ともかく、あまりにも異質な扉があった。
「オレスティアは、君たちに何をしたの?」
「実際に会ってはいない。力を与えてきたけど……」
弓子も相も金髪になり翼まで生え、だいぶイメージが変わっているが、どうやら他にも何かを与えているらしい。そもそも、なぜわざわざこの二人を、この時、この場所に配置したというのだろう。
疑問が止まらず、困惑して二人を見つめてしまう。
「ああ、俺たちの存在が疑問か。まあ、俺は何となくさせようとしていることは分かるぜ。恐らくあいつは俺たちに、さっちゃんを止めろって言うんだ」
相は静かにそう言った。状況をうまく飲み込めていなかった後ろの三人が、にわかに構える。
「それは、どういう……」
「この先に進めば、戦いになる。お互いの理想が違うんだ、当然さ。さっちゃんは強いが、あのオレスティアはまずい。恐らく無事では済まないだろう。それを知っている俺達をここに置けば、必然、さっちゃんを止めるしかない」
「……そういうこと。ジレンマの、盾」
これは……中々、突破のしづらい関門だ。二人の気持ちも分かる。久しぶりに会えたのだ、ゆっくり話もしたい。それに、僕はこの世界に来てのしばらくで、この二人の大切さを再認識させられた。
でも、話し合おうにも、時間が足りない。無論戦うことなんかできない。
「フェイ、分かってると思うけど……」
「うん、分かってる。時間を少しでいいからくれるかな。本当に少し」
「……分かった」
メアニーは頷く。
「弓子、相。少し話そう」
「ああ」
「わかった」
長く話している時間はない。だからこそ、僕は短く簡潔に、そしてこの二人に伝わるように言葉を伝えなければならない。
「まず、僕は謝りたい。僕がそれなりに破綻せず、人間としてここまでこれたのは、君たちのおかげだった。でも、それを今まで、感謝してこれなかったことを謝りたい。ごめん」
「……おいおい、ずるいぜ、それは」
「……幸利」
弓子はとても、嬉しそうな顔をした。もちろん相もだが、やはり弓子は嬉しそうだ。ああ、やはり彼女は僕に向けて、愛に近い感情を持っているのだろう。そんな彼女はきっと、僕とアネク、クロア、マイさんとの関係が憎らしかっただろう。
「そして、分かって欲しいんだ。僕が今ここにいることの覚悟を。僕さ、この世界を救ってみたいんだよ。あの世界は、知らない国に生えている大樹みたいで僕達を関係なしに幸せと不幸せを抱えて進んでいるけど、この世界は、部屋の観葉植物みたいで、些細だけど確かにここにあると分かるんだ」
「……そこに、私たちは居ていいの?」
「うん。もちろんだ。僕達の世界を作りたい。僕達が考える幸せを作りたい。その僕達の中には、僕が想う全ての人が入っている」
それで、二人は頷いた。ただの訴えでしかないし、望みを語ったに過ぎない。でもきっと、そんな風に未来を直視して、斜に構えず世界と向き合おうとする僕の変化を、感じてくれたのだと思う。
「そこまで言われちゃ、失礼になっちまうな」
「……私は、幸利の幸せを祈る」
「ありがとう」
僕は三人の元へ戻る。あとは、オレスティアと会うだけだ。
「……あの奥に、居るんだよね」
「ああ、辿りつければの話だが」
ティカは扉の下を睨みつける。あまりに巨大な扉のせいで相対的に分からなかったが、扉の下に何者かがいる。それも1人ではない。二人いる。
そのうちの一人は……あの宣戦布告の際にいた。天使長と名乗っていた女性だ。
「説得は、失敗ですか」
天使長が後ろの二人へ向かって、呟きとも取れる言葉を発する。赤い髪の奥からは、宝石の先端のような目がのぞいているか。まるでアネクドートと真正面に対峙しているような気迫だ。
「当然といえば当然よねぇ。どちらにせよ、神と神は戦うことになるんだから。ふふ」
その隣に立つ女性もまた、天使長と同様に大量の翼を携えていた。髪の色はまるで地球のようで青と緑が入り交じっている。その不安になる笑顔と声色は、フォークロアを彷彿とさせる。
「……」
僕は二人の前に立つ。戦うのだろうか。
「お久しぶりです」
天使長が静かに僕に頭を下げた。
「これで二度目になりますね。天使長モリエールです。そしてこちらは」
「副天使長テレフォニ・ビアンキよ。もうすぐ神と会う気分はいかが?」
「……別に、普通です」
「ご安心を。私達はあなたと戦うつもりはありません。命を賭ければ四肢を切り落とすぐらいはできましょうが、私達も自愛の精神がありますので」
二人からは敵意を感じる。それがどのような種類のものかは判断出来ないが、すぐに襲いかかってくるようなことはなさそうである。
「この奥に、オレスティアが?」
「ええ、待っていらっしゃいます」
僕は後ろの仲間三人と、弓子と相を見る。正直、かなりまずい展開だ。もしこれから本格的な戦闘になるのだとしたら、まずい。
この天使長や、副天使長、そして他の天界の住人。そういうのと戦っておけばある程度慣れたかもしれないが、天界に来てからここまでで、『必死』になる練習が出来ていない。
いっそ、ここで天使長と戦って……いや、それは流石に危ないか。
ああ、駄目だ! 覚悟を決めろ、僕。
「よし、行こう。三人とも、準備はいいかな」
リルちゃんは静かに、微笑んで頷く。メアニーやティカは、やや緊張しつつも頷いた。
扉がゆっくりと開いていく。空気が張り詰めていくのを感じる。不純物が、消えていく。光だけが空気を満たしていて、逆に酸素とかが消えていっているような不思議な感覚だ。
「……」
ああ、来てしまった。しっかりとした覚悟と、中途半端な努力でここへ。今までの僕と違うところは、覚悟が出来たこと。あと、中途半端でも努力ができたこと、くらいだろうか。
「オレスティア様。フェイブル様が、いらっしゃいました」
天使長の張った声が部屋の中へ吸い込まれていく。かなり、広い部屋なのだろう。薄く白いベールに包まれた部屋の奥で、何かがもたりと動いたような気配がする。
ベールに含まれる金糸が煌めき僕を威圧する。
「……そう」
「っ!」
いる。
何だこの声色は。これでは、まるで……普通の、普通の少女のような、そんな……。
「うふふ」
胃袋のあたりがさっと浮き上がったような感覚を覚える。そのゾッとするほど透き通った笑い声はまるで、いや、まさに、女神のようだった。




