ファンキープレイタウン 《side folklore》
まずいの一番にフォークロアの目に飛び込んできたのは、強烈な発色の構造物だった。紫、赤、黒、黄色と様々な色を纏い、加えてその色どれもがギトギトの光沢を纏っている。
「何あれ気色悪い」
ベールゼヴヴ、アナト、アスタルトは周囲の様子を確認する。周囲は昼のように明るいのに空は黒く、紫色の雲がたなびいている。ところどころには、虹色の靄がかかっており、詳細は見えないが、荒地というわけでもなく、一般的な街中といった様子だ。
「ここが、魔界……思ってたより平和だな」
「まだ油断ならないわ、ベル」
フォークロアの指先から、黒い液体が滴り落ちる。それは少女の形を取り、フォークロアの背後にへばりつく。クリスだ。
「何か感じる? クリス」
「もやもやする。何かがあっちから来てる」
クリスが街路の向こうを指さす。すると、そちらの方から土煙が見え、地響きが聞こえてくる。四人は警戒し、身構える。
「ウオオオオオ」
僅かに聞こえてきたのは、小さな叫び声だ。よくよく目を凝らしてみれば、街路の先から、一人の小さな、白骨化した小鬼のような魔物がこちらへ走ってきている。
「何かしらあいつ」
「いや、違うな、その後ろだ」
ベールゼヴヴは気づいた。その魔物を追いかける巨大なトカゲのような怪物の存在に。それは、黒い鱗に覆われており、ところどころに、落書きのような模様が浮かんでいる。顔は、トカゲというよりは犬に近く、皮膚が垂れ下がっている。
「うおおおおどけどけどけ!」
その必死さ、気迫に四人は何かしらの事情を察知し、バッとそこを飛び退いた。小鬼はまっすぐ道を走って行き、フォークロアの見つけた構造物へと近づいていく。
怪物は小鬼を追いかけ、その構造物へと接近した。
すると、その構造物からリボン状の物が飛び出し、その怪物へと巻きついた。
それはそのまま、構造物へと吸い込まれていく。
「よっしゃあ!」
はしゃぐ小鬼に、四人は注目する。これは魔界の住人なのだろうか。何とも、貧弱そうな様子なのだが、と。
小鬼は四人に気づくと、ずいずいと近寄ってきた。
「お、何だお前ら、見ない顔だな」
仕方なく、ベールゼヴヴが答える。
「ドロソフィアに会いに来た。お前、場所知ってるか」
「その口ぶり、新入りみてーだな。いいぜ、案内してやる。魔界の水先案内人オーガ様に任せな」
「お、おう……?」
若干会話の成り立たなさに違和感を感じつつも、現在手がかりが皆無である以上、案内に従うことにした四人は、小鬼についていく。徐々に道が広くなり始めた。
「ここは魔界の中で唯一静かな場所で、ほぼ俺しか住んでない。ドロソフィアはこの先の街の中にある建物にいるはずだぜ」
「会ったことあるのか?」
「そりゃあな。さっきの化け物もアイツが作ったものだ。お、街に出るぜ」
そして一気に、凄まじい景色が四人に飛び込んでくる。喧騒、喧騒、そして異様な蠱惑的な匂い、立ち並ぶのは露店のような形をした様々な生物であり、それを乗りこなす黒い人型の何かが、道行く奇怪な出で立ちの者達に売りさばいている。
『甘いのはいかがですか! 甘い、モヒルヒトネの目玉!』
『魂に火がつく灰酒だ! 安く済ますぜ!』
『ナチュラルでファンシーなスパーク体験ができる霊薬、今ならキロ単位で売ってるわよ!』
よく目を凝らしてみれば、その奥には巨大なテントが立ち並び、がやがやと出入りする者達が口々に騒いでいる。
「はは、今日は静かだな!」
「これが……静か……」
「歓楽街みたいだわ」
ベールゼヴヴは周囲の立ち歩く者達を見る。そして、違和感を覚えた。魔界にはこれまでの伝説となってきた魔物がいるはずなのだが、そのような姿はなく、全てに見覚えがない。
「オーガ、ここにいる……」
「ん!? 聞こえねえ、何だ!?」
「ここにいる奴らは、魔界に辿り着いた魔物なのか?」
「ああ、そうだぜ! 多分な!」
「多分?」
「ここは流石に騒がしすぎるからな、一旦どこかに入るか! あそこだ!」
オーガが指さす先には、酒場風のテントがあった。四人がそこへと入ると、店内は薄暗く、数人の客がガボガボと様々なものを飲んでいる。
一人の大量の眼球が引っ付いたサボテンのような生物が、オーガに気づく。
「おん? オーガ、新入りか!」
「まあそんなとこだ!」
「お疲れさまだったな! ようこそ魔界へ!」
お疲れさま、という言葉に違和感を覚えつつも、四人は席に腰掛けた。ぶに、とフォークロアのお尻に嫌な感触が走る。どうやら、椅子は生物の一部分のようで、時折もこもこと動いている。
「この魔界は、普通の世界で生き残り、のし上がった幸運な魔物が住民の三割を占めているんだ」
オーガが運ばれてきた飲料を片手に、説明を始める。
「残りは?」
「ドロソフィアの撒いた種から生まれた怪物たちだな。今酒を運んできたねーちゃんとか、後は店の裏で酒を吐き出してる亀とか、今俺たちが座ってる椅子とかがそうだ」
アスタルトはようやく椅子の違和感に気づいたようで、小さな絶叫をあげて椅子から飛び退く。
「生物は三種類に分かれてて、飯や嗜好品になる奴、それを提供するやつ、あとは、街の建物や地面とかになる奴だな」
「何だって、そんな……」
「ガハハハ」
会話を聞いていた一匹の魔物が、高笑いをする。一つ目の大男だ。青色の肌が、酒に酔ったのかより青く顔が染まっている。
「魔界のモットーは日々楽しく! 日々変化を! 刺激を! だな!朝起きたら街の形が変わって逆さまになってたりとな! 酒吐き亀が気分でマグマサワーを吐いて店が燃えたりとかな! 千日酔いの頭に響く、激烈な変化だな!」
フォークロアはぼんやりとドロソフィアの言葉を思い出す。あの神は、変化こそが幸福に最も重要であると思っている節があった。その考えが、どうやら魔界自体にもよく活きているようである。
「それと、もう一つ。知ってる存在が、伝説の魔物が一人もいないと言ってたな?」
「ああ、話には聞いていた、悪食の蛇龍ゲネスヘデク、黄金の光を放つ骨の馬エハ、他にも……一体ぐらい、まみえることになると思っていたのだが」
「おう、ちょうどいい。そこで酒がぶがぶ飲んでる女がゲネスヘデクだよ」
「何……!?」
店のカウンター席には、若干椅子から床に足が届いていないぐらいの身長の、少女がタンクトップシャツのような服を着てジョッキに並々注がれた青い液体を飲み干していた。
「何見てんのじゃ、おおん?」
「アレが、ゲネスヘデク?」
「ああ、俺たちには死が与えられていねえ。俺たちは肉体が一定以上破壊されたりとかで、条件を満たすと新しい体でこの世界にまた降り立つんだ。飽きたら、また死んだりとかしてな。そういうとこも変化だ」
「じゃあ……」
全ての生物達は、もはや自分の元の姿などは忘れ、享楽に浸っているのだと、ベールゼヴヴは気づいた。これが、世界を生き抜き、大きな犠牲の元に手に入れた幸福な生活なのか、ベールゼヴヴは言葉にできない違和感を感じた。
「へいガール。飲んでんね。良い薬手に入ったから俺たちと楽しまない?」
「よーし、いいじゃろう。乗った!」
ゲネスヘデクは現れた若い男と酒場の外へと消えていった。それを見ていたフォークロアは、故郷の景色に思いを馳せる。
「ここは良い世界だぜ、飽きないし楽しいし、いつも何かしら起きてるしな。生物が生きるのに適してるよ。んで、ドロソフィアただったな。じゃあ、そろそろ出ようぜ」
オーガは数枚の銀貨のようなチップを酒場のカウンターに置き、店の外の喧騒へと出ていく。四人は、少し顔を見合わせる。
「どう、ベールゼヴヴ。今のところ」
「……どうだかな。どちらにせよ、俺の目的はドロソフィアを止めることだ。あの世界を守る、という意味でもな」
「そうね、ええ……私も、あれは止めなきゃ」
改めて意思を確認しているその時、唐突に、オーガが叫び声をあげた。何かが起きたようだ。四人が慌てて店を飛び出すと、オーガがフワフワと飛んでいく建物を指さしている。
「やべえ! ドロソフィアのいる建物飛んできやがった!」
フォークロアはすかさず、クリスに指示を出して空を飛ばせた。そして全員を回収させ、建物へと向かわせる。フォークロアはふと下を見下ろし、群がる生物たちを見た。何となく、自分の最大幸福は効くのだろうかと、指を鳴らす。
すると、いくらかの生物が、右手を挙げた。
「挙げてないのが元魔物ね……じゃあ」
飛んでいく建物に向かって、フォークロアは声を飛ばす。するとぴたりと建物は止まり、動かなくなった。
「よし」
「おお、すげーな」
オーガが素直に感嘆を口にする。フォークロアはその考えオーガの反応から、オーガがどれほどの魔物なのかを図りかねていた。しかし、このぐらいで驚かれてしまっては、底が知れるというものである。
「ねえ、あんたは元々は魔物なのよね」
「元々は、というか今もな」
「今も……?」
「俺は魔界に来てから、一度も身体を更新したことは無い。俺の身体はずっとこれだぜ」
ベールゼヴヴは、オーガという魔物の記憶を思い返そうとするが、そのような名前の魔物は聞いたことがない。無論種族としては、角の生えた大男の姿を持つオーガという魔物は、よく知られている通りだが。
「俺はニックウッドっつー種族の最後の生き残りで、見てのとおり身体は貧弱さ。まあ頭と運があったから、何とかここまで来れたんだけどな」
「貧弱な身体なのに、替えないの?」
「ああ、腐っても最後の一人さ。俺ぐらいは自分の見た目を覚えておかないと、流石に申し訳ねーだろ?」
見た目に反して、とても誠実な男だ、とフォークロアは評価した。思えば唐突に現れた自分達を、彼は何の迷いもなく案内してくれている。
「まあドロソフィアにはさっさと変えろって急かされてて、ああしてバケモンをけしかけられるんだけどな、はは!」
「そういうことだったのね、あれは」
今彼は、自分を現在進行形で殺そうとしてきている存在に会うことを覚悟したうえで四人を連れていこうとしている。それは余裕なのか、親切心なのか、どちらにせよ、彼に会えたことは、非常に幸運なことだった。
「お、着いたぜ」
そして四人は、巨大な塔へと辿り着く。登るのはかなり骨が折れそうだ。
「エレベーターあるから、それに乗ってくぞ」
「エレベーターあるのね」
「そりゃあ高いからな」
エレベーターという聞き慣れない単語にベールゼヴヴ達は首を傾げつつも、入口近くにある小部屋に入り、それが上がり始めたのを見て何となく理解したを
「オーガは、エレベーターまででいいんじゃないかしら?」
「いや、せっかくだ。最後まで付いていかせてもらう」
「いいのか、多分……戦いになる。巻き込んでしまっては、まずいだろ」
戦いになる、という単語を聞いたオーガは、一瞬表情が硬直した後に、しまった、という表情をした。しかし同時に、エレベーターの扉が開く。
「なんてこった、じゃあ、間違えた!」
その扉の向こうには、身長5メートルほどの、髪は足までの長さの、細い、枯れ木のような女性が立っていた。白く真っ直ぐな目で、一行をゆったりと見下ろしている。
「……ハロー、諸君」
その声は、確かに、ドロソフィアのものだった。




