表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/82

地獄への覚悟 《side folklore》

フォークロアはえらく上機嫌でベールゼヴヴの元へ帰った。ベールゼヴヴ達は誰が魔界に向かうかという話し合いの最中だった。


「たっだいまー!」

「お、おう……おかえり」

「んふふふ〜んふふふ〜」


大きな窓が壁一面にあり、円卓のあるその部屋は主に会議で使われている。ベールゼヴヴを含め、全員がその席に座っている。


「今、よく話したんだが。魔界に行くのは、俺だけにしようと思う」

「あら……」


アナトとアスタルトが、若干フォークロアが恐れをなすほどの表情で悔しそうにしている。

確かに、魔界という詳細不明の危険地帯を行けるのは、フォークロアと魔王くらいのものだろう。

しかし、彼女たちの内心を考えれば、辛い選択だ。彼に死んで欲しくないと、心から思っている。心配なのだ。


「……そう」

「あと、少しで出発するからよ。準備しといてくれ」

「うん、分かったわ」


しかしフォークロアは、自分が口を出すことではないと自制し、踵を返して自分の部屋へと戻った。

フォークロアもフォークロアで、準備をしなければならないのだ。


「……」


天蓋付きのベッドのある部屋で、フォークロアは呼吸を整える。そして、自分の指にはまっている指輪に呼びかけた。


「クリス」


すると、指輪が溶け、膨らみ、人の形になっていく。遂には、煌めく髪を持った少女の姿になった。

クリスである。

フォークロアはクリスとドロソフィアの顔を重ねた。


「……その、ごめんね」


クリスは不思議そうな顔をする。不思議そうな顔をするだろうと、フォークロアは分かっていたが、謝らずには居られなかった。


「私、ドロソフィアに圧されて、あなたを使えなかった。頭が、処理しきれなくて……」


クリスは事実は認識したようだが、しかしまだよく分かっていないようだ。


「私はフォークロアを守る。フォークロアが危険なら助ける。でも、そういう時じゃなかった」

「うん、そうね、そうよね……」


気が回らないとか、そういうことではないのだろう。クリスは極めて合理的な生物だ。フォークロアを守るために動き、それ以外には動かない。

必要があるなら、フォークロアが命令するからだ。

だからこそ、やはり落ち度はフォークロアにあった。


「私、慣れてなかったんだわ。私に完全に敵対する、私より幸運な存在と、会ったことが無かったから……」

「ん。私、フォークロアの言うこと聞く。だから、フォークロアに考えてほしい」

「うん、分かったわ」


反省した。次はもう繰り返さないとフォークロアは誓う。

そして、もう一つ気になることを、クリスに聞く。


「ところで、やっぱり、あのドロソフィアがあなたの親なの?」

「そう。あの一つが、分かれて私になった」

「なるほどねえ……」


ドロソフィアの姿を思い返す。あれは、変幻自在の怪奇と形容するのが正しい。その一部が分かれ、このような存在になるのは、不思議ではない。


「一応、聞いておくけど。ドロソフィアと戦うことになっても、大丈夫よね」

「私に感傷はない。心配ない」


案の定、クリスは断言した。フォークロアは満足し、ベールゼヴヴの元へと向かった。彼は今、死竜の蘇る黒い泉へと来ている。


「ハーイ、お待たせ」

「おう、準備はいいか」


ベールゼヴヴは特に変化はなく、いつも通りのようである。フォークロアはこの場に来ると、あの黒い竜のことを思い出す。


「ここ、あれよね。前にカオティコルが出てきたとこ」

「ああ、そうだ」

「あの子、本当に行かせて良かったの?」

「仕方ねえだろ、本人が行きたそうにしてんだから」


確かに、全力で申し訳なさを醸し出しつつも、カオティコルはフェイブルの元へと行きたそうだった。

その理由に、フォークロアは心当たりがある。


「……フェイの不幸を食らうとね、あの子に惹かれるようになるのよ。ちょっとした破滅願望を刺激されるんだと思うわ」

「なるほどな。厄介なのに会っちまったもんだな、カオティコルも……」

「うふふ、愛は難儀なものよ。道理を超えて、貫かれるものだからね。分かっちゃいるけど止められないの」

「ふむ……そういうもんか」


そんな話をしていると、四死竜を含めたベールゼヴヴの配下達がぞろぞろとそこへ集まり始めた。


「今から魔界への扉を開く。少し、その穴から離れてろ」


フォークロアは言われた通り、以前カオティコルが出てきた穴から離れる。すると彼女と入れ替わりで、フリジコル、バルニコル、ドラウニコルの三名がその穴の前に立った。


「よし、では始めようかのう」

「りょーかいっ」

「しかし、始めてやるぜこんなの……」


三名は片腕を穴に向かって伸ばし、もう一方の手で傷をつけた。赤、白、青の液体が彼らの傷口から噴出し、黒い液の溜まった穴に注がれていく。


「わ……」


驚くフォークロアの耳元で、アスタルトが説明する。


「魔界とこの世界の間に、クワシオリコルという死竜の祖がいる」

「ああ、それはドラウニコルから聞いたわ」

「うん。今、カオティコルが蘇ったばかりで世界がまだ繋がっている。そこに残り三体の死を注ぐことで、道を開けるように穴を緩くしている」


そうであるならば、カオティコルは一応役割を果たしてはいたのか、とフォークロアは思った。

黒い穴から紫色に光が漏れ、女性の歌声のような音が響く。


「準備は、できました。後は、魔王様」

「ああ」


魔王がそこへ手をかざし、呪文を唱えた。


「亜極土魔法……『地獄への穿口(ホールアウト)』」


その瞬間、一瞬穴がぎゅうっと縮まったかと思うと、膨張し、そして突如盛大に陥没した。

穴から、生暖かい風が吹く。

出発の時間だ。


「じゃあ……行ってくる。必ず、戻る。待っててくれ」


魔王の配下達は、静かに頷いた。

魔王は、穴の前に立つ。

フォークロアもそれに続いて、穴へと近づいていく。不気味な感覚だ。ホラーハウスに入る感覚というよりは、路地裏の、ゴミ溜りに湧いた生き物の中に飛び込むような感覚である。


「……行くぞ」

「ええ」


ひゅ、と二人は穴に飛び込んだ。その瞬間、後ろから大きな声が上がった。




「……う」


フォークロアのぼやけた意識が徐々に戻り始めている。辺りを見渡すと、黒い空間だ。その中で一つ、黒い幹に紫色の液が流れる大木があった。

よく見ると、様々な形の竜が集まって形成されている。


(これが、クワシオリコル……)


そんな風にぼんやり思いながら、フォークロアは後ろを振り向いた。何か大きな会話のような声が聞こえたからだ。


「だからァ! なんっっで付いてきちゃってんだお前ら!!」

「しょうがない、もう付いてきちゃったものはしょうがない」

「そうよそうよ」

「俺はお前らの気持ちもふまえたうえでなおなぁ! 苦渋の決断で!」


正座しているアナトとアスタルト、そしてそれに向かって吠えているベールゼヴヴ。フォークロアは瞬時に状況と心情を理解した。


「うふふ、面白いことになっちゃったわね」

「いや、あのなぁ……」


フォークロアは三人の元へ駆け寄り、ベールゼヴヴの肩……を叩くほどの身長はないので腰を叩いた。


「愛は道理を超えるのよ。さっきもそう言ったでしょう?」

「……愛って、誰の何への愛だよ」


にやにやと笑いながら二人を指さす。アナトは少し頬を赤らめつつも頷き、アスタルトは顔を真っ赤にして否定する。


「ち、違う! 私はただ、アナトが行くから……」


その反応に、フォークロアはさらににやにやする。ベールゼヴヴは、しばらく唸り続け、悩み続ける。簡単には戻れないのだ。


「……私達も、弱いわけじゃない。あなたの補助も、できるはず」

「ああ、そりゃあそうだ。いた方がいいに決まってる……」


ベールゼヴヴの脳裏には、サーターンのことがあった。できることならば、もう仲間を失いたくない。いや、絶対に失いたくない。

世界を正すため、ドロソフィアを誅殺しようとはしていたが、本当は、それはただ、仲間の無念を晴らすため。世界など二の次なのだ。

今はただ、仲間がいる世界を守るために。そのためにここにいる。

その大切な仲間を、この戦いの最中失うことがあっては、それこそ本末転倒なのだ。ゆえに、悩んでいる。


「だが、お前らを失ったら、俺には何も残らねえ……たとえ、あの神を滅せたとしても、だ」


苦し紛れに、本当に説得するために、ベールゼヴヴはその言葉を絞り出した。

その瞬間、彼の股間をフォークロアが頭突きする。鈍い音がした。


「う"ン!?」


鈍痛に声をくぐもらせる魔王と、それを目を丸くして見る二人。フォークロアは、高々と言い放った。


「ちょっと、そこまで言っておいて何で分かんないの? バカ!あんたを失っても、この子達には何も残らないでしょうが!」


言いつつ、フォークロアは、まさか非人間的人格の自分にこんなことを言う機会がくるとは、と驚いていた。

ベールゼヴヴも驚いていた。守るばかりで、相手のことを考えていなかった、そんなことは踏まえているつもりでいたのに。

言葉にして言われなければ、伝わらないこともあるのだ、と。当たり前のことを気づけないほど、彼は若かった。


「…………すまん」


がし、とアナトとアスタルトを、ベールゼヴヴは抱きしめた。


「!」

「り、理解できたなら、いい」


二人の顔は、フォークロアしか見えない。フォークロアは、嬉しい気持ちになった。二人の顔が、幸せそうであったから。


「じゃあ、行くか」

「ええ、ええ!」

「ん」

「ふふ、まとまって何よりだわ」


満足げに微笑むフォークロアを、ベールゼヴヴは見た。


「……分かってるもんだと、分かってて言うけどよ。お前も仲間だからな。俺が守るまでもなく、お前は強いけどよ。死ぬなよ」

「……うん」


フォークロアは内心どきっとしていた。意趣返しをされた気分だ。確かに、自分が仲間になれたという自覚は、無かったかもしれない。

ベールゼヴヴは、クワシオリコルの根本にある、魔界への穴に歩き始めた。


「……」


暗く深い道である。地面には何か、ぶにぶにした黒い脂肪組織のようなものがある。体内に飲まれていっているような、生理的嫌悪を覚える感覚だ。

他の三人は大丈夫だろうか、そう思って後ろを振り向いた。


「……あ」


三人は何かを話していたようだが、ベールゼヴヴが振り向いたのに気づき、ベールゼヴヴと目が合う。

その感覚に、ベールゼヴヴは懐かしい感覚を覚えた。

あの頃は、フォークロアの位置には、サーターンが立っていた。


「……」


彼の目頭が熱くなった。たぶん、悲しみではない感情で。


「どうしたの?」

「……何でもねえ、行こうぜ」


生死の奔流を足元に、各々が感じていた。呑まれそうになる。しかし、それを支えているのは、強い決意だった。

本能が嫌悪している。その嫌悪を、彼らは感情で押さえ込み、一歩を踏み出した。

フォークロアは、感情を司る。だが、その感情の真価は、まだ、気づき始めたばかりであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ