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過去 ②

一切皆苦。これが僕の結論だった。

あの頃僕は確か、十代前半だったと思う。

そう、あの頃は絶妙なバランスで僕は普通の小学生で、里親の家にいたのを覚えている。

人がこの世界に生まれた意味を、僕はずっと考えていた。それはなんというか、何故生まれたんだ? とかではなく、この世に生を受けて人間にはどんな利益があったんだ? という思考だったと思う。

結論として、生きることは苦行であり、意味を見いだせる人は極小数だと考えた。ほとんどの人は、苦労の方が多い。

それを、哀れに思うほどに、僕は傲慢だった。

世界をよく知らなかった。でも、それが正しいことだと思えるくらいに、街は、国は、大小様々な不安と憂鬱に満ちていて、僕はそれが、可哀想だった。


「皆にやりたいことがあって、皆がやりたいことができない。じゃんけんをするとどちらかが負ける。これは……この世界の有様は、苦だ」


僕はこの、小さな幸せと大きな不幸せの連続である、人々の人生を見て、あの『運命の輪』……水車を用いた拷問のようだと思った。

つかの間の安らぎと、再び来る災難。僕にはどうしても、彼らが、僕が生きている理由が分からなかった。

何故生きるのか。

何故死なないのか。


「……はは」


そんなことを、僕は灰燼と化した校舎の上で考えていた。

メラメラと、所々で様々な物が燃えている。その中には、先程まで会話をしていたクラスメイトや先生も含まれていた。


「……飛行機が、ぶつかったんだな」


校舎を貫通したそれは、残骸を校庭に散らしていた。ああ、人が死んだな。

僕がやったのだろうか。僕は、ずっとこんなことを考えていたけれど。『運命の輪』から、皆が外れればいいと思っていたけれど。

まさか、この世に超能力者なんてものはいない。

何故僕は生きているのか。水から上げないでくれ。ずっと溺れさせてくれ。次にくる不幸に怯えさせないでくれ。

そんなことを祈っても、僕は死ななかった。

僕はとぼとぼと、燃え盛る校舎を歩く。この調子では、兄弟も死んだのだろう。ひょっとしたら、僕は……彼らを不幸に、したのだろうか。

でも、彼らはもう水から上がっては来ない。それはもう、救われたのではないだろうか。


「……頭が痛い」


空を見上げると晴れていた。僕は、校舎の正面口へ向かう。

そして、その道中で。


「痛い。足をくじいた」

「……ん」


一人蹲っている少女がいた。僕は興味が湧くわけでもなく、一人残った不幸を憂い、不幸を祈った。

しかし、彼女に何か起きる気配はない。


「君は……」

「中嶋弓子。肩を貸して」


僕は彼女に澄んだ目で見られ、思わず僕は彼女に肩を貸した。そして僕達は、街へと向かってゆく。

僕の不幸は、タガが外れたように溢れ出していた。それは街を飲み、人を飲む。

全てが水へ沈んでいくのを、僕は一人の少女と共に眺めていた。




そして中学生になる頃には、僕は自分を呪い、他を呪い続けていた。未だ後戻りできない世界を憂う心が他を不幸にし、なおも死なない幸運である僕はさらに不幸になるべきであると。

深夜、流れ着いた街のコンビニの駐車場に寝転がり、星を見る。


「私達の周りから人が死んでいくのは、世界には私と幸利しか要らないということだと思っていたのに……」


僕の隣りで、弓子が訝しげに呟いている。その少し離れた所で、ほくほくとした顔で様々な惣菜パンを頬張っている男がいた。


「美味ぇ…………! 究極の料理だな、焼きそばパン! ただでさえ焼きそばが完成された料理だってのに、それをパンに挟んじまうんだからな…………!」


彼は名前は確か一崎相とかいう少年で、僕と同い年である。

弓子同様、僕の近くにいても死なない人だ。この駐車場の人達やコンビニの店員とは異なって。


「いや違うな…………? 焼きそばパンが美味いんじゃない。美しい子を見ながら食べるから、美味いんだ。美味って美しいって入ってるしな…………!」


一崎は僕を見ながら爽やかに笑った。それに対して、弓子が凄まじい形相で睨みつける。


「死ね!」


本当に単純な暴言だった。


「よく吠える雌犬だな。一応言っておくがお前に言ったんじゃないぞ。さっちゃんに言ったんだ…………麗しのな!」


ぎゃいぎゃいと言い合いが始まる。僕はそういう二人の喧騒に包まれると、あまり思考が深くできなくなることに、その頃気づいていた。

代わりに、何故か感情が揺さぶられて、笑ってしまったり、泣いてしまったりしていた。


「……どうしたの、幸利」

「いや、うん……」

「悲しそうだ。どうした、俺たちにすぐ言えばいいじゃないか、友達だろ?」


僕はぽろぽろとそういうことを語る。僕が不幸になるべきだ、とか。僕が周りを殺しているのだ、とか。ここまで大きく世界を動かしているのに、その元となる思考は、語れば何故か、陳腐に聞こえてくる。


「さっちゃん、自分以外のこと考えすぎだな」

「そう。それはそう。配分の問題。自分のこと、友達、未来や過去のこと、世界のこと、どれも考えれば深くなる。バランスが大事」


気休めだと思った。だが、僕は二人がそんなふうに言いながら、僕に好意を向けてくるのに、酔っていた。


「なぜ、君たちは……僕の友達なんだろう」


来る日も来る日も、誰もいなくなった街で、僕は二人に尋ねる。

来る日も来る日も、二人は笑い飛ばす。


「俺がさっちゃんと友達になったのは、そりゃあさっちゃんが可愛いからな…………! 友達であり続けるのは、さっちゃんがほっとけないからかね」


一崎は笑う。そして俺ににこやかに近づいて、壁ドンをしつつ鮮やかな流れで僕の唇を奪おうとするのでみぞおちを殴ってみる。


「私が幸利の恋人……いや、友達になったのは、あなたが綺麗だったから。そうであり続けるのは、あなたが儚いから」


二人は決まって尋ねる。


「幸利は?」

「さっちゃんは?」


僕は答えに窮する。何故……?

気づけば、僕の世界には、二人しか残っていなかった。

自然と一緒にいた。確かに、今までも他の人たちはいたはずなのに、僕は二人だけと、最後は一緒にいた。

三人しかいない街には、不幸は無かった。偶然死ななかった幸運な僕達だけが、生きていた。

そして、16歳の春、そこに彼女達が来た。


「……」


友人から僕は、離れることになった。代わりに僕には、恋人たちのようなものが出来た。

それが僕の、青春の終わりだった。




「……あ、もちろん、それからも会ってるんだけど……。ああいや、最近は、あまり会えてないな……」


僕は、そんな日常的なことを、魔王や勇者、戦士や魔物に向けて語っている。

滔々と語っていたベールゼヴヴやザイネロさんを素直に尊敬したい。人前でこんな状況で長々と話すなんて、僕の精神力がもたない。

というか、落ち着いて語ってみると……僕、随分変わったな。

弓子や一崎にも、また会いたくなってきてしまった。


「僕の話は、こんなところ、かな」


何か僕の話が、皆の役に立てばいいとぼんやり思いながら話していた。しかし、この内容、メアニーやリルちゃんにはあまり言いたくなかったかもしれない。

嫌われてしまうだろうな。まあ、それで当然だし、それでいい。僕は報いを受け続けるべきだ。人を沢山……殺したのだから。

……でも、これがどう、この世界の仕組みと関係があるのだろう。ただの、僕に友達ができた話だ。


「…………友達」


僕は、魔王との戦いの前にアネクに尋ねた疑問を思い出していた。すぐに、質問は却下されちゃったけれど、確か、『何故この世界では僕達神運の四人に友達が出来たのか』という質問だった。


「友達……?」


言い換えるなら、ある程度対等に話ができる相手だ。僕達の世界には、僕達と友達になれるような奴は……いや、違う違う。今僕が語ったばかりだ。

中嶋弓子と一崎相。彼らは対等な友達だった。

何が、僕と、他の神運の四人とは違うのだろうか。何故僕には、友達がいたんだ?


「待てよ……」


そう自問すると、だんだん、繋がってくる。この世界に来てからの、色々な旅の記憶。この世界で会ってきた、様々なものの記憶。

魔物……人……そして、神。そのどれもが、僕のいた世界とは大きく異なっていた。

だから、僕の世界と同じ部分もあるということを、失念していた。

どんな生き物でも、どんな存在でも、知能があるならば、幸せに生きていたいと思うのが当然だ。

不幸を嘆くのが当然だ。

僕は弓子と一崎に会えて、暮らせて、幸せだった。

アネクやマイさん、クロアに会えて、暮らせて、幸せだった。

それは……!


「そうだ」


アネクが、僕の思考の動きを読んでそう言った。何かを解明した時、そしてそれを説明する時、アネクは清々しい表情になる。

でも今は……どこか、悲しそうだ。

日が、徐々に沈み始めている。


「以前、神の使い四人に会ったことがあった。そいつらの神からの伝言曰く、『我々は幸せになる方法を知っている』と言っていた」


彼女の後ろから、風が吹いた。


「結論から言えば」


それが皆の髪を揺らすのを、僕は見た。


「この世界の全てが、その方法だ」


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