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魔神 ②

フェイブルに起きた謎の変化に、周囲の全員が驚いていたが、しかし最も驚いていたのはフェイブルである。


(何だこれ、何が……いや)


自分の体から出てきたのは赤黒い何かではなく青白い何かである。それは、フェイブルの意思に従ってゆらゆらと揺れている。

フェイブルは動揺しているが、意思はハッキリとしていた。目の前の人を助ける。その一心である。


「うらぁ……ッ!」


その心に応えるように、青白いゆらめきは、ドロソフィア以外のその場の全員を包み込んだ。

辺りに、謎の心地よい芳香が漂う。

そしてそれが晴れる頃には、全員の傷が癒え、ベールゼヴヴ達がドロソフィアにされた変化も戻っていた。


「な、これは……」


驚くべきは、勇者と魔王の、リルとベールゼヴヴの傷が癒えていることである。二人は呪われているはずだ。お互いが負わせた傷は、不可逆であるという呪いが。

ドロソフィアは興味深そうにフェイブルを見る。


「……サチトシ君、君は……」


そして唐突に、ドロソフィアは自分の腹の中に手を入れた。何かを引きちぎる音ともに、薄い長方形の物を取り出した。それは、紛うことなきスマートフォンだった。

ドロソフィアは、それを使ってどこかに電話をかける。


「……もしもし、ドロソフィアだよ。うん、勇者と魔王の戦いは終わった。そう、うん、四人もいる。でも色々と事情が、変わったよ。権能が、消されて。うん、そう、サチトシ君。 たがらうん、そっちでいこう。それで……え?」


ドロソフィアの表情が変わる。


「ああ、そう、皆、来てるんだ」


ドロソフィアは上を向いた。凄まじい悪寒と気配が、全員を襲う。よく見れば、空にひび割れが生まれていた。それが、どんどん大きくなっていく。

そして、完全に割れた。

まばゆい強い光が、そこから照らしてくる。あまりにも強い光だ。


「誰……」


フェイブルは、そこに数十の人影が見えた。光が強く、はっきりと確認することは出来ないが、おそらく全てがこちらを向いている。

ざわざわ、ざわざわと話し声が聞こえる。


「戴冠式だ。歴史の一変だ」

「いや、まだでしょ」

「どれだよ」

「あれ、あの黒いジャージの子だ」

「あの虹色の髪の子だ」

「あの黒いゴスロリの子だ」

「あの銀髪の子だ」

「彼女達がそうなのか」

「かわいいですね」

「まだ子供だわ」

「あ、ザイネロだ」

「ああ、もう待ちきれないぜ。早く助けてくれよ」

「素晴らしい、我らが本懐よ」

「悠久の末の夢の冷や水の到来」


老若男女の声が、響き渡るように豪勢にエコーがかかって聞こえる。その一つ一つの声に、並大抵ならぬ質量がある。

ドロソフィアはそれを見て、にやりと笑う。


「そう興奮しないでよ。まだ、まだだよ」


そして、ドロソフィアはそちらの方へ行こうとする。ベールゼヴヴは、それを追おうとする。しかし、それを追い越してドロソフィアの前に立つ者がいた。

アネクドートだ。


「待て、おい。聞きたいことが山ほどあるし、しかもぶん殴りたいぜ」


ドロソフィアは振り向いて、笑う。


「笑うな」

「そうは言われても、ねえ。嬉しくて」


アネクドートはずいっとドロソフィアに近づく。身長はアネクドートの方が高い。


「なあ。お前らが言う幸せになる方法っつーのは、殺し続けることなのか」

「はは、齟齬があるね。死なせ続け、生かし続けることだ」

「その結果何が残る」

「幸福な世界が残る。ねえ、四人では幸福ではないんだよ。飽きるとか、そういうのじゃなくて、世界には人数が必要なんだ。沢山の構成員が」

「幸運なやつらだけが、残って何になる。平均が上がるだけだろ」

「それだけじゃない。君達四人が実証済みだろう……上手くいくんだ。ねえ、この世の全ての不幸は、苦は、一方は死、もう一方は不運な摩擦で出来ているだろう? 幸福は、求める形は人それぞれだ。ようはそれが、事故を起こさなければいいんだよ」


そこまで言うと、アネクドートは何かを言おうとするが、口をつぐんでしまった。二の句が出ない。しかし、きっとドロソフィアを睨む。


「引っかかるぞ。なら何故我は怒っている」

「さあ……それは、直接ぶつけてくれ。私達は待ってるから」


ドロソフィアがそう言って帰ろうとする所に、ミソロジーが割り込んた。彼女は、聞きたいことがある。


「あなたが、ヴィットちゃんの姉を?」


ヴィットはその言葉にハッとする。今の今まで、恐怖に震え何もドロソフィアに対してできなかった。ミソロジーはそんなの関係なしといった風で堂々としている。


「ああ、そう。それも重要なことだ。戦界に、あれを治す物があるから。君たちはそこに行くべきだ。俺は、もうどうしようもない」


そして、ドロソフィアの身体が浮き始める。

アネクドートとミソロジーをかき分け、ベールゼヴヴはそれを掴もうとするが、空を切る。傷は癒えても、まだ身体が上手く動かない。


「クソッ、待て、待て……!」


ドロソフィアはそれを、嘲るように、しかし慈しむように眺める。


「君も来ればいい。怒りが何かに変わる前に早く。変わらないものは嫌いだが、全く変わり続けない何かには、僕は一定の評価をする。魔界で待ってるよ。ああ、そうだ」


ドロソフィアは下を見た。


「さっき全ての神の総意で決定した」


ドロソフィアの顔が変貌する。のっぺらぼうのように、全く顔のパーツが消失する。しかしそれは、冷酷、無機物を伝える全くもって有効的な『表情』だった。


「この世界を一度滅ぼすよ」


そこに一切の誇張はなく、無論冗談も嘘もなかった。ただ、決まったことを淡々と、報告しただけだった。


「また最初からやり直しだ。猶予期間は与えておくから、まあ楽しんで。じゃあ。はぁ……」


ドロソフィアは酷く疲れたようにため息を吐き、その光の中へと消えていった。そして光も、徐々に薄れていく。完全に光が消え去る頃には、辺りは寒気がするほどに穏やかな風と、温かい陽の光が注いでいた。

全員が、敗北したような気分だった。


「……」

「……」


重い沈黙が、周囲を包む。皆傷が癒えているというのに、全身が刺すように痛い。

沈黙が、限界まで満ちる。

そして。


「……おい」


最初に動いたのは、やはりアネクドートだった。彼女は、魔法を発動する。するとここに、魔王の城の頂上跡地に、大きな円卓が召喚された。

席は全員分ある。


「全員思うところがあるだろう。したいこと、言いたいことがあるだろう」


その表情は、この状況にあっても、極めて凛々しかった。怯みはしたが、臆してはいなかった。


「だが座れ。我らは、この時こそ、落ち着く必要がある」


皆はそれに従う。

フェイブル。ミソロジー。フォークロア。

ベールゼヴヴ。アナト。アスタルト。カリロエ。四死竜。

リル。ザイネロ。エイドール。

メアニー。ミャージッカ。

全員が席につく。しかし、まだ空席がある。魔王は小さな召喚獣を出し、命令する。


「料理長と、五臓衆を呼んできてくれ」

「かしこまりました」


しばらくして、料理長グラと、五臓衆が現れ、空気を読んで席についた。巨大なゴーレム用の椅子もあったので、全員席につく。


「さて」


アネクドートが指を鳴らす。すると今度は、コップに入った薄い赤色の飲み物が出現した。甘い果実の香りが、皆の鼻腔をくすぐる。


「とりあえず、酒だ。まず飲め」


フェイブルは、完全に状況が理解できていない今来たばかりの五臓衆とかいう魔物達や爬虫類っぽい人に同情しながら、一口飲む。しかし混乱の最中にいるせいか、味がよくわからなかった。

ミソロジーは、美しく輝く空を、素知らぬ顔で波打つ海を美しくと思いながら、アネクドートやフォークロア、フェイブルを美しいと思いながら、一口飲んだ。

フォークロアは、憤懣やるかたない様子だが、しかしアネクドートに窘められたとあっては、仕方なく一口飲むしかなかった。自分のだけはよく味わえばジュースで、何か悔しかった。

ベールゼヴヴは、憤怒と憎悪を飲み下すように一口飲む。何も成せてはいないが、しかし生き残っている仲間がいるのは歓びだ。

リルも一口飲む。彼女は空を見ている。

その他の面々も、それぞれの思い、それぞれの感情の最中、一口飲む。


「よし」


アネクドートは、全員が飲んだのを確認した後口を開く。


「はっきり言って、状況は極めて困難だ」


ぴり、と場の雰囲気が張り詰める。


「しかし、錯綜している状況を、氾濫している情報を、全て並べて一つにすれば、少なくとも理解することはできる」


アネクドートはベールゼヴヴを見る。


「まず、ベールゼヴヴ。知ってることを、全て話せ」

「ああ、分かった」


そして次に、ザイネロを見る。


「ザイネロもだ。お前のその、表情の理由を。お前の知ってることを、全て話せ」


表情と言われて、フェイブルはザイネロを見た。ザイネロは、想像がつかないほどに、殺気のこもった目をしていた。ベールゼヴヴと、同じ目である。


「そして最後に、我がこの世界の全てを、何故在るか、何故生まれたかを、推論だが語ろう。なんのことはない、残酷な真実を語ろう」


フェイブルは、真実という言葉に反応する。

彼女は理解したのだ、この、世界に来てからのわずかな時間で、全てを。


「窮地の淵に立たされた我らだが、しかし猶予はある。まだ、時間はある。だからこそ、我らに必要なことはただ一つ」


ばん、とアネクドートは円卓に手をついた。


「作戦会議だ」


空は晴れている。少なくとも、この城にフェイブルが来た時よりは、ずっと。






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