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決戦 ④

「シッ、ぅらあっ!」「せやっ!」「はぁあっ!」

「うわ、うわっ」


カリロエのすさまじい速度の剣は、運良く僕の顔の横を通っているが、僕の不幸も、あまりカリロエには効いていない。

意外と不幸に対する耐性がある……つまり、このカリロエも幸運なのだろう。そうなると、困った。僕の目的はカリロエを退けることで、殺すことじゃない。

むしろ、殺すことは失敗を意味する。

加減が、難しい。


「どうした、その程度か」

「いや、まあ、確かに程度が問題なんだけど……」


どうしたものかな。他の皆が今どうなっているのかも気になる。特にティカは本当にどうなってるんだろう。


「……よし」


僕はちら、と自分の手に握られた槍を見る。これはティカを屠った槍だ。カリロエの言っていたとおり、ティカを簡単に不幸で倒すことが出来たのは、彼女にとって死が大きな不幸ではないからなのだろう。

ならば、この槍はカリロエにとって、死ぬほどではない不幸が襲いかかるはずだ。

仮に、彼女達が持つ幸運が同等であるとするならば、だが。


「……もし、死にそうになったら、僕が助けるよ」

「……?」


僕は槍を放り投げた。それは空中で加速し、カリロエの胸を貫いた。さて、どんな不幸が襲いかかるのだろうか。僕は身構える。


「何をした、貴様……ん?」


カリロエが僕の奥の壁に、意識を向けた。僕も背後から、異様な気配を感じ取る。何だ、いったい、何が、と振り向こうとしたその刹那、轟音とともに、僕の後ろの壁がぶち破られた。


「!」

「うわっ!」


何者かが僕の頭上を、土煙とともに飛び抜けるのを感じた。反射的に前を見ると、カリロエに鋭い斬撃が浴びせられていた。分厚いカリロエの盾が、耳をつんざく音を上げながら切断される。

その剣の主は、リルちゃんだ。


「ちっ……勇者、か」

「……」


カリロエは一旦距離を取り、僕の背後をさらに見た。振り向くと、なんと、そこにはメアニーやザイネロさん、ティカやエイドールさんなどがこちらへ走ってきていた。

その様子を確認したカリロエは、分が悪いと判断したのか、ひゅんっと後ろへ飛んだ。そして壁の一部に体を付けると、ずぶ、ずぶっと体が壁と同化していく。


「……逃げるの?」


リルちゃんがカリロエに尋ねる。


「魔王様からの命令は、『死なないこと』だけだ。勇者よ、私はお前を殺さない。殺せるかどうかは分からんが、お前は魔王様に殺されなければならない」


そうして、カリロエは壁の中に溶けていった。僕はリルちゃんに駆け寄る。

リルちゃんは、剣を鞘にしまい、僕に微笑みを向けた。


「無事ですか? フェイさん」

「うん、問題ないよ」

「良かった。途中で皆さんと合流したり、魔物と戦ったりしつつ全速力でフェイさんの匂いがする方角へ突き進んだ甲斐がありました」


僕は表情を引き攣らせる。えっ……匂いとかするのか、僕って。どんどんスペックが限界を突破していっているな、リルちゃん……まあ、これから魔王と戦ううえでは心強い、いや、違うな、強すぎると制御できない。

今も、魔物と戦ってきたと言っていたし……その魔物は、倒されてしまったのだろうか。


「あはは……ねえ、その魔物って……」

「すみません、優先度はフェイさんが高かったので、仕留めることはできませんでした」

「あ、そうなんだ! よ、良かった」

「え?」

「ああ、いや! リルちゃんが無事で良かったなーって」

「……ふふ。ありがとうございます」


ギリギリごまかせた。多分。

そしてザイネロさんやメアニー達が合流した。皆装備にある程度傷ができている。どこかで魔物と戦ってきたのだろう。


「フェイっ、大丈夫かい!」


メアニーがすごい勢いで近づいてきた。具体的には僕とリルちゃんの距離と同等までの距離に近づいてきた。僕はうんうんと頷きつつ、ドギマギする。

そして僕はティカを見た。

彼女は魔物と戦ったのだろうか、心配だ。


「ティカ……」

「うむ、今のところは、問題ない」


微笑んでみせる彼女は、しかし緊張しているようだった。魔王とリルちゃんが戦う時、いったい彼女はどちら側に立つのだろう。

カリロエに魔王が出していた指示から考えるに、恐らく僕達の予想通りのことを魔王は考えている。後は戦いの先に、どのように決着をつけるつもりなのか、それを把握したいところだ。


「それで、気づいているか、リル」

「はい、エイドールさん」


二人が、今来た道を振り返る。エイドールさんは、手元の水晶玉を見た。


「上階の方にとんでもねー魔力が放出されてやがる。多分、魔王がいる。今俺たちがいる階の、すぐ上だ」

「ふむ、意外と早く着いたな」


ザイネロさんがそう言うも、エイドールさんの表情は晴れない。


「だが喜べねーな。俺たちは今まで、魔王の配下を一人も倒してねえ。今のところ、威力偵察をされたに過ぎん。全員で一斉にやり合うとなると、キツいものがある」

「大丈夫です。私が何とかしますよっ」


リルちゃんは爽やかに微笑む。確かに、リルちゃんは強い。何故こんなにも強くなってしまったのかは分からないが、勇者というよりは、人間側の魔王みたいな強さだ。


「たとえどれだけ戦力を投入したとしても、傑出した個がなければ勝ちはないのがこの世界だ。殊位冒険者として、今のリルなら魔王とも戦えると自信を持って言える。私達なら大丈夫だ」

「……そうだな。はー……俺は一介の上位冒険者なんだがなぁ、ま、女性に頼るのは情けないが、そんなことも言ってられねえな。行こうぜ、階段を探そう」


そうして、僕達はその魔王がいるという階へ登る階段を探しに向かった。エイドールさんとザイネロさんが先頭を歩き、僕とメアニー、ティカ、そしてリルちゃんが後ろを歩く。

……このままつつがなく、魔王の前に辿り着いてしまうのだろうか。そうなると、もう僕はノープランで魔王とリルちゃんの戦いを見守ることになってしまう。

止められるだろうか、少なくともそれで、この世界の戦いは収まるのだろうか。

何を考えても、絵空事な気がする。ああ、でも僕は、皆と平和な暮らしが出来たらそれで……。


「……フェイさん」

「なっ、何だい?」

「お気づきかと思いますが、今外に、魔王とは別の途轍もない魔力が、二つぶつかっています」

「えっ」


外を見るとどしゃ降りの雨である。何が、戦っているのだろう。


「それでですね、今、一つがこっちに向かって凄まじい勢いで飛んできています」

「それは……」


ひょっとしたら、僕達が魔王の元へ行くのを阻止しようという魔物がいるのだろうか。それは、困ったな。


「もう魔王の所まで行くのはほぼ確定ですが、どうしましょう。一旦こっちも処理しますか?」

「えーと、うん、そうだなぁ、魔王の所にすぐ行った方がいいと思う。魔王の考えが読めないし、なるべく温存した方がいいよ」

「そうですか、わかりまし……あっ」


リルちゃんが剣を抜いた。僕はその突然の金属音にどきっとする。他の皆も、リルちゃんと同様の反応をした。全員が、窓の外を見たのだ。僕も、窓の外を見る。

すると、そこには見慣れた何かがこっちに突っ込んできている気がして……


「うわーっ!」


窓ガラスを破り何かが濁流のように、いや違う、本当に濁流が、窓から入ってきたのだ。皆の魔法やら攻撃やらで、それらは防がれたが、水が去った後、それがこっちに流してきたものが、問題だった。

彼女は、壁に垂直に突き刺さるように仁王立ちし、腕を組んでいた。マントは重力に従って、下にたれている。


「ふむ、水も滴るいい女とはこのことだな、オイ」


煌めく銀髪には、確かに水が滴っている。鋭い眼光は、周囲を睥睨した後に、僕に向いた。凛とした美しい顔が、にやりと微笑んだ。

僕も、引きつった笑みを浮かべる。


「……や、やあ」

「よぉ、奇遇だな。フェイ」


その場にいた、ティカとメアニー以外の人達は、その『少女』を知っている。異世界に来て輪をかけて豪快になった、身長2m近い美しい少女、アネクドートである。

アネクはひょいっと床に降り立ち、僕の前に来た。意識はしていないのだろうが、威圧感はすさまじい。


「来てるとは思わなかったろ」

「うん、全く」

「ハハハ。我はお前がいるのは把握してたがな。んで……」


リルちゃんを見た。


「よぉ勇者。精悍になったな」

「……どうも」


続けて、窓から新しい人が飛び込んでくる。女の子だ。確か、ミャージッカちゃんとかいう魔法使いの子だった。


「せ、先生! 大丈夫ですか!」

「おう」

「何であれ食らって大丈夫なんですか!」

「まあな」

「まあなじゃないですよ!」


心なしか二人の距離感が近い。アネクが浮かべる表情を見れば分かる。

なるほど、アネクも僕のように誰かと交流し、親睦を深めたということか。……よく考えれば、それもすごいことだなあ。

マイさんも、クロアもだけど、彼女達が今まで僕達の世界で普通に友達や仲間を作ったことがあったのだろうか。

多分、無かったはずだ。いやはや、なんかこう寂しくもあり嬉しくもある親のような気持ち…………ん?


「……あれ? なんでこの世界だと仲間と友達ができたんだ?」

「馬鹿」

「でっ!?」


ごちん、と僕の頭にアネクの拳骨が激突した。普通に死ぬほど痛い。つい口をついて出た独り言に、アネクは驚くべき速度で反応した。

クエスチョンマークと痛みが浮かぶ僕の頭を、アネクは撫でた。その行動のちぐはぐさに、僕と皆はあっけにとられる。


「もうすぐだからよ、ほら行くぜ。多分もうすぐはっきりする」

「え、え……?」


アネクドートは皆の方を向いた。


「勇者一行、魔王がお待ちだ。ほら」


そしてがん、と横の壁を蹴った。すると、がちん、がちんがちんがちんがちんがちんと何かか組み変わる音がして、階段が出現した。


「とりあえず決戦しろ。話はそれからだ」


そう言い放つと、ずんずんとアネクは進んでいった。僕達は顔を見合わせて、というか皆が僕を見て、僕は安全の意を示すように首を縦に振り、進む。

皆も後ろに付いてくる。

アネク、君は何を知っているんだ? 僕は、何を知らないんだ?

僕が疑問を掘り返そうとすると、僕の左右に女の子が立った。二人だ。右にメアニー、左に……ミャージッカちゃんだ。

二人は同時に口を開く。


「先生(あの人)とはどういう関係なんですか(だい)?」

「えっ……」


僕はちらっとアネクを見た。彼女はずんずん進んでいる。


「……そうだね、僕もよく、分かんない。でも、大事な人だよ」


二人は納得したような、ムッとしたような反応を示した。僕は苦笑いをしつつ、アネクを見た。彼女の進む速さが、ちょっと遅くなったような気がした。




そして僕達は、ついに大きな扉の前に立った。確かに、こんな僕にでも分かる。この扉の向こうから、少し前にも経験した威圧感を感じる。いや、それ以上に何か色々ごちゃ混ぜになったような気配……というのだろうか?


「……」

「……」


全員が、押し黙っている。そりゃそうだ。いくら何でも、順調すぎた。この扉の先に、どんなしっぺ返しが待っているのかも分からない。僕もそうだ、勇者と魔王の戦いの先に、何が待っているのか分からない。


「行きます」


リルちゃんが扉に手をかけた。


「私が、やります」


その決意は、流石に放っておけない。


「待って」


彼女の肩を掴み、振り向かせた。ああ、少しでも不安そうな表情をしているなら、まだ良かった。でも、リルちゃんは本当に無表情だった。それは、それは……。


「君が……」


僕は、もうリルちゃんの意志を聞いている。彼女は、たとえどんな事情や背景があろうとも、この世界に暮らす人々のために魔王を倒すつもりのだ。

だから、僕がかけられる言葉は……。


「君のことが大事な人が、ここにいる。君は勇者だけど、そうである前に一人の女の子だ。君には、たとえどんな戦いの後でも、君が大事な人達と穏やかに過ごす権利がある。それだけは、憶えておいてほしいんだ」


リルちゃんは、僕と、ザイネロさんとエイドールさんを交互に見た。そして、にこりと笑って扉を開く。


「ありがとうございます」


僕達の眼前に、魔王軍の景色が広がった。

正面に鎮座する玉座の左右に、均等に様々な魔物が立っている。そこには、あのカリロエもいる。というか、マイさんやクロアもいる。

僕達も、リルちゃんを中心に自然と左右に、彼らに向かい合うように立つ。

そして玉座に堂々とかつ尊大に座るその男に、僕の視線がいく。

魔王、ベールゼヴヴだ。


「…………は。ついに来たか」


リルちゃんは、一歩前に出る。


「…………魔王ベールゼヴヴ、君を倒す」

「そうか。俺も、お前を倒す。勇者リル」


本当に単純な言葉を、二人は交わした。

そして。

轟音と衝撃。


「…………ッ!!」


お互いに、戦闘態勢では無かったはずだ。だが僕が瞬きした次の瞬間には、勇者は剣を抜き魔王に、魔王は拳に禍々しい気を纏い勇者に、お互いの凶器が激突していた。その衝撃で、城全体が軋み、揺れた。

それは、僕が見てはっきりと分かるほどの、それほどに鮮烈な、決戦の始まりだった。



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