決戦③ 《side mythology》
外が大雨になっていた頃、ミソロジーとヴィットは城内の宝物庫へと来ていた。ミソロジーは、まるで城の内部構造を理解しきっているような、迷いのない足取りだったが、特に何かを知っているわけでもなく、ただ勘で足を運ばせている。それを知ったヴィットは、改めて戦慄した。
「ここに、手がかりがあるのか」
「ええ、まあ、私が探して無ければ、無いでしょうね。しかしもしここに手がかりがあるなら、私は確実にそれを見つけられます」
そう言って、積み上げられている宝の山に向かって指を振った。すると、ひとりでに山がざらざらと崩れてゆく。金銀の剣や盾、様々な色の宝石などが、部屋の隅に散っていくのをヴィットは眺めていた。
そしてしばらくして、ミソロジーがぽつりと呟く。
「ん……検索終了のようです」
「あったのか?」
「ええ、一つだけ」
残っていたのは、一本のナイフだった。刀身が紫色に煌めいており、毒々しい気配がする。
「これが、どのような手がかりになるのでしょう」
にこにことしながらそれをミソロジーは拾おうとする。しかし、あと僅かというところで、ナイフが目の前から消失する。
「あら」
ミソロジーは顔をしかめた。ナイフは、部屋にいつの間にか立っていた黄色いコートを着た少年の手に、握られていたのだ。
「帰りたいっすね」
ヴィットは、その少年に違和感を覚えた。何だか、ここにいるようでいないような、不思議な感覚だ。よく目を凝らしてみる。すると、少年の体が振動している、ないしは、点滅していることを理解した。
「ああ、帰りたいっす。なのに、いやはや。とんでもないのがいらっしゃった」
「ええ、帰れません。あなたが一瞬でどれだけ移動しようとも、私があなたを認識していますから、あなたの座標は私のものです」
そう言われるや否や、少年の体の点滅が止んだ。辺りに、ぶわっと凄まじい風が吹く。ヴィットはその場にしっかりと立とうとするが、どうしても壁に寄ってしまう。
「これを、魔王様に届けなきゃならないんすよ。ほら、勇者が来てるっすから」
「ん、ああ、なるほど。あなたが、ヤイハ・ヤーヌスですね」
ヤイハの顔が引きつる。
「……いやいや、早いっすよ。気づくの」
「特徴は聞いていましたから。とても速い、番外さん、でしたっけ」
「情報テキトーっすね」
「うふ。魔王の陣営の中では、あなたに、私は一番会いたかったのですよ」
にこにこと笑いながら、ミソロジーは近づいていく。ヤイハは戸惑った様子で、ナイフをぷらぷらと指先で持っている。見たところ、戦闘にはならなそうだ、とヴィットは思った。
「まじっすか。え、うわーうわーまじか、それは……」
しかし、事態はそこまで甘くはない。
ミソロジーがある一定の距離に近づいた途端、ヤイハはぽろりとナイフを落とした。ヴィットはそれを目で追う。
すると、ナイフは突然、不可思議な軌道を描いてミソロジーの背後に回った。
ミソロジーがそれに気づき、振り向こうとした瞬間、なんとヤイハの手元には、もう一本のナイフが握られていた。
「──奇遇っすね。僕もあなただけは始末しなければ、と思ってたんすよ」
ナイフの切っ先がミソロジーの喉元へと迫る。そして何故かヴィットは、それを止めるべく手を伸ばしていた。
今までミソロジーと旅をしてきて、初めての経験だった。ミソロジーを、助けなければ、と思ったのは。
「くっ!」
咄嗟に、ヴィットはそのナイフの刃を握り、ミソロジーへの進行を止めた。自分の手が切れる感覚がする。
もう一本のナイフは、空中で静止していた。
ミソロジーは指を鳴らし、ヤイハの体を様々な周囲の金属でがんじがらめにした。
「……ありがとうございます、ヴィットちゃん」
「ああ、いや、なんてことはない」
止まっているナイフは突然霧散する。どうやらこっちが偽物だったらしい。
「なんてことはない、のですか。それは不思議です」
「……?」
ヴィットは落ち着いて考えてみる。よく考えれば、相手はミソロジーを殺そうとして、これなら殺せると考えてあのナイフを刺そうとしてきたのだ。その刃に触れた自分が、無事であるはずがない。
「確かに、何故だ……?」
二人は視線をヤイハに落とす。
「イテテ……やっぱ無理っすか」
「行動が軽率過ぎませんか? あなたの使命は魔王にこれを届けることでは? ここで私に殺されては、意味がありませんよ」
ヤイハは、少し汗を頬に垂らしながらも、にやっと笑う。
「いやー、実はここまでは、狙ってた流れなんすよ。あなたがこの宝物庫に来ることは、知ってたっすから」
「あら、そうでしたか。私には殺されはしないだろうと思ったからこそ、殺しに来たわけですね」
「どうすかねぇ。まあ、フォークロアさんとは仲良くさせてもらってますから」
嘘だろうな、とミソロジーは思った。前に一度、この者は怪しいとフォークロアに伝えてある。しかし、その動機と行動力には、興味を引かれる。
「何故、私だけは、なのですか? 教えてください」
「……そうっすね。フェイブルさんも、危険ですけど、今は安全になってますし、アネクドートさんやフォークロアさんは、基本的に我々の世界の害にはならなそうっす」
「ほほう。その物言いだと、私はこの世界の害になる、ということになりますが?」
ヤイハは改めて、ミソロジーを見つめた。
「ええ、あなたは……この世界の神に、似てるっす。同調、もしくは、影響を受けかねない。そうなると、今度は我々はあなた達と戦わなければいけなくなる」
なかなか面白い情報が詰まった台詞だと、ミソロジーは心の中で笑う。やはりこの目の前のヤイハ・ヤーヌスは、神の配下なのだろう。
だが、そうなのだとして、どちらの配下なのだ? ヤイハ・ヤーヌスという群体は、恐らく法神の配下である。しかし、このヤイハ、魔王の部下として今動いていた。
しかも今の発言は、全ての神と敵対していることを物語っている。
「……では、訂正しておきましょう。私の人格がどうであっても、誰に似ていたとしても、私の優先事項はアネクやクロア、そしてフェイ君が全てです。ですから、あの子達が問題ないというのなら、私も問題はありませんよ」
「……ふむ。それが真にせよ偽にせよ、こうして止められた以上、僕はこれ以上何もできないっす」
ヤイハは降伏のポーズを取り、ナイフを下に置いた。
ミソロジーはにこりと笑って、ヤイハの体を浮き上がらせた。
「最後の質問です。グロテスクシャインを知っていますか?」
「知ってるっす。魔神のアーティファクトっすね」
「はい、ではそれの解除方法は、ご存知ですか?」
「……知らないっすけど、もうすぐ、知ってるやつが来るっす」
「それは?」
「ついてきてくださいっす」
ヤイハは、ミソロジーによる拘束が解除されると、宝物庫を出て、城を上へと登り始めた。少し後ろを、ミソロジーとヴィットがついて行く。ちら、と窓の外を見ると、信じられないぐらいの豪雨であった。
「……いいのか?」
「ええ、良いのです。あのナイフは、こういう意味での、手がかりだったようですから」
ああ、それにしても、とミソロジーは思う。この世界では、いったい何が起きているのだろう。自分の意思ではない、自分の認識の範囲ではないところで、何かが蠢いている。
始まりは、ただ四人で落ち着いた平和で幸福な暮らしを求めただけだった。しかし訪れた世界は、平和とは程遠い、戦いの渦巻く世界だった。
不思議だ。自分は神運の御子。全てが如意の範疇である。ただ唯一の、守るべき愛すべきものは、如意の外にいるあの子達……であるのに。
「……ん、なるほど」
「む? どうした」
「いえ、いえいえ」
ついにヤイハとミソロジー、ヴィットは、城の最上階へと辿り着いた。目の前には、巨大な扉がある。
扉が徐々に開きながら、ミソロジーは納得していた。自分がこの世界に、興味を持ってしまう理由、たとえば何ということの無い、矮小な一剣士の、姉の為に動いてやろうという気分になってしまう理由。
それはひとえに、この世界の一部が、如意の外にあるからなのだ。そこに、たとえばフォークロアやアネクドート、フェイブルのような、守るべき愛すべき者がまた、ある気がするからだ。
「……お待たせしました、魔王様」
ミソロジーの視線は、玉座らしき場所に座る、一人の男、ではなく、その玉座の後ろで微笑む、一人の少女に注がれていた。
「……おぅ「マィイイイイイイイ!!!」」
魔王の返答を掻き消す叫び声をあげながら、少女、フォークロアは走り出した。ミソロジーはにっこりと、手を広げて、その突進を受け止める。ふわりとした優しく甘い香りが、ミソロジーの鼻腔をくすぐる。
「久しぶりですね、クロア」
「うん! ああ、ちょっと会わなかっただけなのに、ああ、やっぱり、嬉しいわ、あなたがいることが、こんなに嬉しいわ!」
ミソロジーが身を屈め、お互いに、まずチークキスをする。そして、五秒ほど見つめ合った後に、唇を重ねた。魔王、そしてその傍に控えていたアナトもアスタルト、ヤイハ、ヴィットは視線を向ける。
「ん……」
世界が固まっているようである。しばらくして、二人は少し顔を赤らめながら、唇を離した。突如としたラブシーンに、一瞬面食らっていた魔王が、咳払いをして、話し始める。
「……あー、それで、ヤイハ。来てるのか、あいつは」
「……はい。アネクドートさんとドラウニコルの戦いに反応しました。どうやらこの戦いは、魔神と善神に認められたみたいっす。正式に、魔王と勇者の戦いとして」
ヤイハは、紫色のナイフを魔王に手渡した。
「『家族殺し』、法神よりくすねてきたこの短剣が、唯一、神を殺せるっす。僕では不可能でしたが、あなたなら」
魔王はにやっと笑って、その切っ先をミソロジーとフォークロアに向ける。
「俺じゃなくてもいい。この城には今、一騎当千の、神の如き四人が集まっている。俺が駄目なら、お前らに任せるさ」
ミソロジーは、フォークロアを抱き抱えて立ち上がった。そして、魔王の席に近づく。ヴィットも、先程から魔王の威圧感で完全に萎縮してしまっているが、ミソロジーについて行く。
「私も、魔神に聞きたいことがあります。そのついでなら、構いません。魔神はいつ、ここに?」
その時、凄まじい音がした。城のどこかで、戦いが行われているのだろう。
「……じきに、勇者がここに来る。それからだ。全てはな」
「そうですか。では、待ちましょう」
ちら、とミソロジーは魔王の表情を見る。フォークロアほどではないが、相手の表情や姿勢などから、感情を読むことは得意だ。
魔王は薄く微笑んでいる。その表情きは、余裕や、闘争心が込められている。そしてその奥、奥の感情は……不安、焦り、恐怖、そういう、人間らしい感情だった。
ミソロジーは、意外に思う。魔王も緊張するものなのか、と。
「……ふむ」
「マイ、違うわ」
「え?」
「もっと、奥があるの。もっと」
そう言われてみて、よく目を凝らしてみる。魔王の目を、横からよく見てみる。
「……」
すると、徐々にその感情が見えてきた。感性の豊かなミソロジーは、少し鳥肌が立つ。
それは、怒り。煮えたぎり、沸騰し、爆発しそうなほどの、怒りだった。




