決戦② 《side anecdote》
「よっ……と」
フェイブル達が転移魔法によって強制的に崩殂城へ入れられたのを確認したアネクドート達は、皆こぞって同じく入城した。
魔物五体はひとまず魔王のところへ向かい、ミソロジーとヴィットはヴィットの姉を元に戻す道具を探すために別行動、そしてアネクドートとミャージッカは、アネクドートの強い要望により、崩殂城を探検することとなった。
「もぬけの殻、ですね」
「そりゃあ、厳戒態勢だからな。だが、それゆえ強い奴との遭遇率は高い。どこだ、強い奴は。こっちか」
今窓から侵入したばかりだというのに、アネクドートは再び反対側の窓から飛び出した。ミャージッカはその行動のアグレッシブさに驚きつつも、後を追う。
「……先生は、戦いが好きなのですか?」
「ああ? 好きなわけねーだろ。基本的に全部我が勝つんだからな。しかも別に、負けても楽しくねーし」
「そ、そうなんですね」
今二人は、バルコニーのような場所に降り立っている。かなり巨大な半円形の広場が、日除けの付いた城の一角からせり出した場所だ。生物らしきものはなく、ただ無機的なオブジェがところどころに置かれている。
「しかし我はこの世で起こる現象が好きだ。しかもそれは、派手であればあるほど、華美であればあるほどいい。我の世界での最たるものは気象だったが……戦いもまた現象。そしてこの世界の戦いは、我らのとこと違って、美しさがある。そういう意味では、あれだな。我はこの世界の戦いの、『演出』は好きだぜ」
「は、はぁ」
「そしてそれを鑑賞するなら、なるべく近い方がいい。打ち上げ花火は間近で見るのが一番いい。だから我は、仕方なく自ら戦うわけだ」
ミャージッカは、アネクドートの独特の感覚に感心していた。
強くなるために、戦いを好きになるのは分かる。今まで会ってきた、戦闘狂などがそれだ。
しかしその『好き』は、ただ強制された、惰性の好きであるように感じた。だがアネクドートは、戦いに向き合っていないからこそ、純粋に戦いを楽しんでいる。
この世界の住民であるミャージッカには、新鮮な感性であった。
「……その感覚は、素晴らしいと思います。私も……」
「待て」
「へっ?」
そしてその感動を伝えようとした矢先、アネクドートによってミャージッカは制止される。何事か、と思ってアネクドートの視線の先を見る。そこは、日除けの上だった。
大きな、大きな人型の魔物が、そこに立っていた。
「……これはこれは。勇者と同時に、とんだ珍客が来てしまったのう」
深い青色の長髪に、黒と青が混ざりあった染物の衣装。身長はアネクドートのほぼ一緒で、性別も年齢も分かりづらい顔だ。
ふわり、と二人の前に降り立ち、それは睥睨した。
「てめーは……」
「溺死竜ドラウニコル。四死竜の長じゃ。御機嫌よう、フォークロアの友人よ」
どうやら、アネクドートのことはあちら側に知られているようだ。アネクドートもアネクドートで、ある程度死龍については情報を得ていた。しかし、その前情報よりも、実際に相対してみて感じることがある。
この目の前の生物は、強い。
「よく、知ってるじゃねえか。だが訂正しとくぜ。我はアネクドート、フォークロアの恋人兼家族兼大親友だ」
「え、恋人……!?」
隣のミャージッカが凄まじいリアクションをする。
「はははは。それで、アネクドート殿。何故、今ここにおる?」
「……そうだな、とりあえず我のしたいことは三つ。魔王と話す、フォークロアに会う、そんで、強い奴と戦う、だ」
言いつつ、迷いのない足取りでドラウニコルにアネクドートは近づいていく。ドラウニコルもまた、後退せず、その表情を崩さない。
「ほう。それは困ったのう。今は緊急事態ゆえ、他の者達がそなたに攻撃されては困る。そして魔王様も多忙ゆえ、会わせるわけにはいかぬ」
「つまり、なんだ?」
ミャージッカは、じり、と後退した。戦いが始まるのだ。しかも、とてつもない規模の。
「そなたには、ここで大人しくしていてもらおう」
ずっ、とドラウニコルは手のひらをアネクドートに向けた。その瞬間、水が放出された、とミャージッカは気づけなかった。それは、滝を横向きにしたような大瀑布、地平線の彼方まで届く水量だった。
収束する頃には、ドラウニコルの目の前からアネクドートは消えていた。
「せっ……!」
「おっと、しまった。ここからいなくなってしまったわい」
ドラウニコルは、不敵に微笑む。しかし瞬時に表情を変え、自分の周囲に水を展開した。そこに、凄まじい熱量の火炎が叩き込まれる。
「ぬぅ……!」
上空には、アネクドートが笑っていた。
「悪ぃな。まだ大人にゃなれねぇ年齢なんだよ。こちとら、花も羨む十六歳だ」
ついでそのまま落下し、ライダーキックの要領でドラウニコルへと蹴りを放った。ドラウニコルは、それを諸手で受け止める。
「はは、若いのう。どれ」
掴んだまま、アネクドートを地面へ叩きつけようとする。しかし、アネクドートはそれを許さない。手先から爆炎を発し、反動をつけてドラウニコルの手からのがれた。
地面に降り立ち、振り向く。
「ふむ……しかし、我にある程度攻撃できるようだな」
「舐められたものよのう。……しかし、やはり妙な者達じゃ。魔力は無く、筋力も人の域を出ん。なのに不思議と、侮れん」
ドラウニコルの足元から、突然水の渦が発生した。それはあっという間にアネクドートの足元まで到達し、彼女を引きずり込もうとする。
「ん」
アネクドートは空中に飛んで難を逃れようとするが、なんと空中にも、そこら中に水の渦が発生していた。
「水子の渦」
さらに、空間をシェイクするような凄まじい衝撃が、アネクドートに襲いかかる。それらは全て、全方位から来る雨粒であることに、アネクドートは気づいた。
「凡百雨」
まるで、身を屈めたくなるほどの雨が前後左右から降り注いでいるかのようである。
「おぉっ!」
そして、最後に、ドラウニコルの手から、一線の鉄砲水が放出された。それは、城の一部を切り落としながら、アネクドートへと迫る。
「水刃」
この水魔法の連撃の最中、驚くべきことに、アネクドートは笑い、喜んでいた。ドラウニコルはそれが策略や余裕によるものなのではないか、と推測する。
しかしその理由は、もっと単純で、アネクドートは、雨が好きなのだ。
「どりゃああっ!」
自分の目の前に、防壁魔法を発動しながらアネクドートは突撃する。車の中から窓に吹き付ける雨を楽しむように、透明な防壁魔法魔法に当たる水を楽しみながら。
そしてドラウニコルに迫ると、防壁魔法をそのまま叩きつけ、ついで拳と蹴りを、目まぐるしいほどの速度で叩き込んだ。
「『金衝』」
とどめとばかりに、大気が揺れるほどの威力のパンチを、ドラウニコルにお見舞いする。腹の底が震えるほどの衝撃音をミャージッカは感じた。
しかし、彼女は視認していた。ドラウニコルがパンチを受けた時、その体の表面は波立ち、揺らぎ、全ての衝撃を吸収していたのを。
「おぉ、さすが水系だな!」
「……凄まじい力じゃ。なるほど、そういうことか。魔力の寵児か。なら、魔法は効果あるまい」
ドラウニコルが天を向くと、頭上から滝のように水が降り注いだ。アネクドートは反射的に距離を取る。ドラウニコルはそのまま、鯉のように滝を登っていく。
「久しぶりじゃのう。竜の姿になるのは……しかし、はよう終わらせねば。魔王様の計画に、間に合わぬわ」
空に雨雲が出来てゆく。黒い雲が歪な渦巻き模様を描きいてゆく。そこへ、ドラウニコルが吸い込まれていく。そして、強烈なスコールが降り注ぐ。ミャージッカは思わず目を閉じ、下を向いた。アネクドートは構わず、上を向いている。
すると、何かが雲から飛び出した。
「……おお……!」
アネクドートがフェイブルから聞いていた死竜の大きさは、大体マンションやアパートといった大きめの建物ほどだった。しかし、目の前に現れたのは……上海タワーやスカイツリー、ブルジュ・ハリファといった、これまでアネクドートが観てきた、超高層建築物の如き竜だった。
形態は中国や日本で知られる竜に似ており、巨大な蛇のようであるが、腕の数が異様に多く、そして全体的に青く発光している。角が前に向けて二本、雄々しく伸びており、その眼光は絶大さと幽玄さを兼ね備えている。
「な、あ……」
「くく、この世界に来てから、いや、我が生まれてこの方見てきた生物の中では、最大サイズだな、オイ」
ドラウニコルは、その巨大な腕の何本かで、城の一部を掴んだ。その巨躯は空中にたなびき、二人の視界を覆い尽くしている。わきわきと蠢くその手のおぞましさと、洗練された頭部の美しさのギャップは、見るものの心に恐怖を覚えさせる。
「……我ガ名ハ溺死竜。生マレテヨリ未ダ死ナヌ死竜。愚者ノ一員、魔王様ノ配下ジャ」
「はん。改めて名乗んなよ……って、ん? 愚者? ……まあいい。的が大きくなってくれて有難いぜ」
アネクドートは、背後に大量の魔法陣を召喚し、様々な属性の魔法をドラウニコルへと放出した。あまりの衝撃とその眩さに、ミャージッカは目を瞑る。
そして、再び目を開けたとき、ドラウニコルは、健在であった。大口を開けて、口から水流を放出する。それは城が丸ごと沈むほどの、水量だった。アネクドートは巨大な防壁魔法を展開し、それを防ぐ。水が大地を打つ音が、遠方から聞こえた。
「コレマデ戦ッテキタ者達ハ、皆我ヨリ小サイ者達デアッタ。貴様ハ、我ノヨウニ大キナ者ト戦ッタ事ハ無カロウ。慣レガ違ウワイ」
ドラウニコルがアネクドート達の周囲を、ぐるりと巻き始めた。そして全ての腕の手のひらに、水流が渦巻き始める。
「蚤ヲ潰ス困難ハヨク知ッテオル。シカモ強大ナ蚤トキタ。油断ハナイ。全力デ潰ス」
アネクドートは喜んでいた。彼女にとっては、生物が生まれ、存在するのもまた現象。目の前に存在するあまりにも巨大で迫力満点で美しい現象を、彼女は大いに気に入った。
水の匂い、耳に響く水の逆巻く音、口を開ければ入ってくる水の味、視界を覆い尽くす水と竜、そして、全身の濡れる感覚。五感全てが、彼女を楽しませている。
「来い。全現象は我に鑑賞される為に起こる。貴様の起こす全てを、我に見せてくれ」
ミャージッカは、その強大な二人の衝突に意識を向けていた……訳では、無かった。ドラウニコルの体の隙間から見える、城の一部。その壁に、垂直に張り付いている奇妙な木のような生物がいた。
黒く極度に細い幹から、様々な色の球体が浮かび上がっては割れている。そのうちの一つは、眼球のような見た目で、こちらを覗いている。
そして、表情もないのに、笑っていると、ミャージッカは分かった。なぜなら、そこから、雨の音がするのに異常にハッキリと、笑い声が聞こえていたからだ。
「hehehe。hehehe。hehehehehehehehehehe」
それは、目の前の景色が自然に見えるほど、異様であった。




