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決戦 ①

さて、僕達勇者一行はと言うと、何ともまぁ予想外な展開を迎えていた。


「あー、だいぶ余ってんな……」


エイドールさんが飛馬車の荷台にうずたかく積まれた回復薬や道具を見てため息をつく。それらはどれも、一切使われた様子もなく寂しそうに置かれている。


「そうですね……」


場所は、そう、たしか終の荒び野とか呼ばれてるところだ。紫色の地面に、赤い雲に覆われた空。何とも禍々しいというか、絵画的な風景だ。

ただ、問題なのは、ここに辿り着くのが早すぎるということだ。


「まさか、だね」

「ああ、魔王の居城まで一体も魔物に遭わないとはな」


ティカとメアニーが話すのを聞いて、僕も改めて実感する。そう、僕達は魔物と一体とも遭遇しなかったのだ。それゆえ、旅の行程は省略されまくった。

もはや、ただの旅行だった。電車に乗っていた気分だ。空を飛んでいたから地形等に影響されることもなく、一直線だったし。


「ともあれ、魔王を早く倒せるのは何よりも良いことです。早ければ早い方がいいですからね」


剣を構えたリルちゃんが、微笑みながらそう言った。その恐ろしく淡白で鋭い声色に、僕は息を呑む。

無論そこには、魔王と戦う覚悟があるのだろう。だが、そういう前向きに勇ましい感情だけではなく、冷たい何かがある。


「そうだな、道具と体力を温存できたことは良いことだ。次にいつ魔王が街を襲うか分からない以上、停滞はできん」


ザイネロさんはおよそ二三キロメートル離れた所にある、圧倒的な存在感を放つ城を見据えながらそう言った。

あれが、魔王の城か。大きいな。いや、思えば城なんてこの世界に来てからアイレス王国のお城しか見てないから、比較対象は少ないけど……少なくとも僕達の世界の夢の国の城よりは遥かに大きいはずだ。


「見張りもいなけりゃ跳ね橋も下がって門も開いてる。完全に歓迎されてんなあ。どうしたもんかね」


エイドールさんが困った顔で、ザイネロさん達を見た。リルちゃんは、魔王の城を見据える。


「行きましょう。警戒は怠りませんが、かと言って機をうかがう時間もありません。我々の戦力はかなりの物と思います。どうですか、フェイさん」

「えっ、ああ、うーんと」


ちら、とメアニーとティカに目配せをする。僕達の目的は、魔王軍の殲滅ではないのだ。なるべく被害を最小限にしつつ、勇者と魔王を戦わせる。それが僕達の真の目的である。

ゆえにこの場合、僕がなるべくリルちゃんやザイネロさん達の近くにいるのがよい。不本意ながら、僕は彼女達を止められるぐらいの力はある。


「そうだね。僕はなるべくリルちゃん達のそばにいるようにするよ」


するとリルちゃんは、唐突に冷徹な表情を崩し、ふにゃんと頬を赤らめた。


「えへへ、私の側にいてくれるんですね~」

「え"っ、あ、う、うん……」


そうだよなあ、僕この子に告白されてるんだもんなあ。うーん……メアニーやティカの視線が痛すぎる。出発の前日もなかなか、壮絶な夜だったしなぁ。


「フェイ……これが終わったら私とゆっくり話そうね」


メアニーが訝しげに言う。ぽわんと僕の頭に次期国王の四文字が浮かび、僕は最大限の苦笑いを浮かべた。


「と、とりあえず、行こうか」


僕は背中から注がれる鋭い視線から逃げるように、一歩目を踏み出した。

その時だった。足元が、眩い光をあげた。


「────なっ」

「────ふぇ、いっ」


僕の方に飛びついてくる声がする。

次の瞬間、僕の視界には訳の分からない、光景が映っていた。


「に、が……?」


極限まで黒い紫によって構成されている柱が、煤けた茶色の廊下に幾本も無造作に立てられている。真っ直ぐ続く廊下は、後ろにも前にも、先には暗闇しか見えない。


「これは……!」


僕の周りには誰も見えない。しかし、どこからか、何やら歌が聞こえてくる。少し耳を澄ませてみると、それがクロアの声であるということが分かった。

彼女は、何を目的に動いているのだろうか……。しかし、一つ分かったのは、分断された、ということだ。魔王の考えがよく読めないが、おそらく、勇者だけを選別して自分の所に来させようというのだろう。

それは、こちらにも好都合だ。とりあえずは、リルちゃんと合流してしまおう。


「………!」


そう思い一歩目を踏み出した時だった。カツン、カツンとゆっくり廊下を歩く音が聞こえた。これが意味していること……こんなにゆったりと歩くのは……魔王の陣営しかいない。


「通さんよ。侵入者」


現れたのは、貝殻の裏のように輝く甲冑を着た、一人の女性だった。灰緑色の髪を後ろで束ね、右手には盾、左手には大剣を持っている。一目見ただけでは、全く、魔物かどうかも判別はつかない。ただ、一つだけ分かるのは……彼女がこちらに、圧倒的な敵意を抱いているという事だ。

どういうことだろう。彼女にも、魔王の言葉は伝わっているはずだが……?


「我が名はカリロエ・サオール。魔王様が配下、三乗騎。侵入者よ。我が強硬、我が絶壁、我が堅牢、全てが貴様を阻止する」

「……どうも。フォークロアが、お世話になってるね」


ぴくっ、とカリロエは反応した。そして、苦虫を噛み潰した顔になる。


「あの小娘の仲間か。ならば……尚更だ」

「!」


鎧と盾と剣。それらは全て、堅牢ながらも重そうだった。しかし、驚くべき初速。これでは、かわせないな。仕方ない……軽く撃つか。


100(ファンブル)!」


指の先から、赤黒い弾丸が放出される。それは、カリロエの右足を貫き、彼女はぐらつく。それによって、剣の動きが少しずれて、僕の横をかすめる。

その隙を見て、僕は前方へ走る。カリロエの殺気がこちらを向いた瞬間に、僕は振り向く。


「貴様も、珍妙な技を使うようだな」

「……まあ」


三乗騎の一人、と彼女は言っていた。馬車の中で聞いていた、魔王の部下達。四死竜、三乗騎、二院がいると言う。それがそのまま序列を示しているのかは分からないが、だとすれば、この人はティカより強い。


「……ん?」


そういえば、今つい「この人」と思ったけれど……カリロエというこの魔物は、どのへんが人間と違うのだろう。


「やはり、な」

「……え?」


僕が考えている隙に、いつの間にかカリロエは僕の隣を通っていた。僕の右太股に、ザックリと切り傷が出来ている。


「……っぐ」


痺れるような熱い痛みが、悪寒とともに僕を襲った。咄や嗟に離れつつ、僕はカリロエを見る。彼女の体を覆う鎧は、いつの間にか非常に薄く、覆う部分も少なくなっていた。

軽量化、ということなのだろうか。


「貴様、その正気を疑うほどの油断、なるほど、やはり貴様も魔物と人間の戦いを調停する者か」

「……貴様もってことは、やっぱり君も、知ってるんだよね」


カリロエは僕の返答には答えず、盾を構えて突進してきた。その時、僕ははっきりと視認する。盾がメキメキと音を立てながらその大きさを増していることに。

なるほど、あの鎧、そして盾……あれは、ひょっとするとただの金属製ではないのかもしれない。

何はともあれ、攻撃するならば応戦せざるを得ない。


100×100(スクランブル)!」


僕の両手から、赤黒い弾丸がカリロエに向けて発射される。そのほとんどがカリロエに命中し、まず彼女はガクッと膝をつき、ついで天井がみしりと音を立てて崩落した。


「知っているなら、戦う理由なんてないじゃないか。この分断が魔王と勇者が戦うためのものなら、僕達に戦う理由はないよ」


その呼びかけに対して、カリロエは勢いよく瓦礫をこちらに飛ばすことで答えた。僕の周囲を黒紫色の瓦礫が通過して、後ろでけたたましい音がする。

カリロエはむくりと、姿を表した。流石に、傷一つついていない。


「甘い。甘過ぎる。貴様のその決断は、甘過ぎる。私は、納得しない」


その言葉には、恐ろしいほどの凄みがあった。立ち上がり、カリロエは近づいてくる。


「そういうのをな、便乗というのだ。ただ、自分にとって都合の良い方式だから乗っかろうというその浅慮さを、私は、容赦しない」


がちゃり、と剣を構えた。僕は生唾を飲む。確かに、僕の精神には、甘えと油断があったからだ。

たとえば、本気で魔王達と戦いに来たとしていたら、僕はこのカリロエとどう向き合っていただろう。あちらも殺す気で、少なくとも僕も、容赦はできなかった。


「魔王様の苦渋のうえでの、絶望の末での、忍耐の中での決断なのだ。推し量れまい、貴様ら人間に魔王様が味わわされた屈辱を。そのうえで、魔王様は人間も救おうというのだ。その尊さを、その理知を、愚弄するな!」


その時、僕の背後から気配がした。訳が分からないまま僕は直感に従い、身を屈めた。僕の頭上を、ぶぉんぶぉんと二つの何かが通過する。

後ろから何かが来た以上、僕はカリロエに近づこうとも前へ出るしかなかった。


「な、えっ?」


そしてちらっと後ろを振り向く。一瞬目を疑ったが、そこには、何と、二人のカリロエが立っていた。全く、同じ見た目、背格好である。


「避けたか」

「流石に悪運が強いようだ」


何でも有り得るのがこの異世界だが、これは、分身の術か何かだろうか……? にしては、妙に存在感があるように感じる。

これが全く同じ三人だとすれば、僕はかなりピンチな状況に置かれている。不幸はある程度効果があるようだが、彼女が僕の肌に傷を付けることができたというのは、まずい。


「……1000(ハードラックパラブル)


うぉん、ぅおん、と僕の両腕に赤黒い槍が握られる。危機を察知した後ろのカリロエは、僕の前方に飛んだ。


「……ああ」

「なるほどな」

「その赤黒の槍、貴様が、カオティコルを屠った者か」


どうやら、僕の情報はある程度伝わっていたみたいだ。


「それを知っているなら……あまり、僕に本気を出させないでくれ」


ちょっと言ってて恥ずかしい台詞だが、ここはこう言うしかない。

カリロエが僕と戦うのは、つまり、穏便に済ませるということの決断を容易にしたことへの怒りなのだろう。

そりゃそうだ。簡単に争いが止められるなら、僕達の世界もあんな有様にはなっていない。

だけど、本当にそうしたいのだ。僕が望む、幸福の形は……平和だから。


「……お前が何故、カオティコルを屠れたか教えてやろう」


三人のカリロエは、しかし僕の忠告は無視して、剣と盾を構えた。さらに、氷が割れるような音ともに、カリロエの鎧が厚くなっていく。ついには、顔を覆い、完全な甲冑騎士へと、変貌した。


「カオティコル、つまり四死竜はな、死んでも蘇れるのだ。だから、簡単に死ぬ」


さらに、左右のカリロエが、中心のカリロエに寄り始めた。どんどん近寄っていって、接触した。しかし、カチンと鎧がぶつかっても尚、左右のカリロエは、ずず、ずず、と中心のカリロエに吸い込まれていく。


「な……」


そして最終的には、あの阿修羅観音を彷彿とさせるような形態にカリロエは至った。六本の腕はそれぞれ剣や盾を持ち、兜に覆われた三つの顔は、真っ直ぐ僕を見据えている。

そうか、彼女は……こういう魔物なのか。


「改めて名乗ろう。我が名はカリロエ・サオール。ゲーリュオーンの末裔。最堅にして最要。私が……三乗騎だ」


ずん、とカリロエは一歩を踏む。その振動で、ミシミシと城が揺れ、さらに、背後の黒紫色の柱が突然増殖し、退路を塞いだ。

カリロエの気迫、そしてその重厚感は、三人の時よりも桁違いだった。

僕も名乗らなければならない。

いよいよ、今更だけど、覚悟を決めなくてはならない。


「僕はフェイブル。フォークロアの友達だ」


カリロエは、もう一歩踏み出した。


「私は盾、私はせき、私は城壁である。貴様の覚悟を見せよ。魔王様と共に平和を実現するに足るか、この私に示せ」


その言葉に応じて、僕も槍を構えた。やるしか、ない。




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